07.魔術師ワンハムハイ(上)
私は初めて王都の新しい魔術学院を訪れた。昔は6大国のそれぞれに学院があったが、今後はこの王都に集中する。そのため、数年前、軍の駐屯地を郊外に動かして、その跡地に新しい学院が作られた。それがここだ。
つまり私はここ数年、王都に来ていない。だが、大陸のあちこちに住んでいる魔術師などみなそんなものだろう。
学院の役割はいくつかある。名前の通り新たな魔術師を養成することだけではない。魔法の研究をすること。最新の研究に関する知識を得ること。魔術に関する道具を製造し魔術師に販売すること。いざとなれば国軍に参加すること、そして魔術師たちの情報交換の場だ。
私は学院長に呼ばれているので、まずそちらに向かった。幸い学院長は自室にいた。
「久しぶりだな、魔術師ワンハムハイ」
「ご無沙汰しております」
私たちはお互いに魔術師として、挨拶の印を切った。
「なぜもっと早く来なかった?」
「ブラストアが王都から遠いせいです」
だから旅も長くなるし、その途上で熊や狼退治などという諸事に駆り出されもする。
「君が10日も前に王都に入っていたことは知っている」
「残念ながら宮仕えの身ですので、いろいろとやらなければならない雑事があるのです」
何のために呼ばれたのか、残念ながら悪い想像しかつかない。特に学院長のテーブルの上に置かれた封書が気になる。
「まあお互い時間もないだろうから、さっさと本題に入ろう。まずブラストアの様子から聞きたい」
まあ学院長からしたらそれが一番大事だろうな。ちなみにワンハムハイは親から与えられた名ではなくて、この学院を卒業する際に与えられた魔術師としての名前だ。
「何人かの魔術師を侯爵家に雇いれることにしました」
「何?」
「ブラストア侯爵領は元王国の広さがあります。ルーガ伯爵家にいた魔術師だけではあまりにも人数が足りない。ブラストアの元宮廷魔術師と廃止されたブラストアの魔術学院にいた者たちのうち、使えそうなものは侯爵家に雇い入れました。ルーガ伯爵の時から所属していた者も合わせると70人ぐらいになりますね」
学院長が嫌な目で私を見ているが話を続ける。
「一方で何人か、役に立たなさそうな者、邪魔になりそうな者は侯爵家からは追い出しました。そしてまだ修行中のものには、私がここの紹介状を書きました。全部で40枚は書いたと思います。何人かはもうこちらに来ているかと思いますがどうですか?」
半分ぐらいはもうきているはずだ。侯爵家と北雪商会を中心とした、私たちの一行の中にも何人かいた。
「確かに20人程はこちらに来たので受け入れた。だが一貴族家で70人の魔術師を召し抱えるのは多すぎないか? それに残りの学生はどうした?」
私が知る限りでは、王都の宮廷魔術師は100人程度だった。そう考えると確かに多いかもしれない。だが、ブラストアは広い。ルーガ伯爵領もそのまま領有している。それに王都であれば、非常時にはこの魔術学院から、あるいは王都内にいくつかある私塾から魔術師をかき集めることもできる。
「学生の方はわかりません。田舎に帰ったのか、ブラストアで誰かに師事しているか、王都のどこかの私塾に入ったのか……私にはわかりかねます。そして魔術師70人のうち20人程は私とともに王都にきていますし、その半分ほどはこのまま王都に残すつもりです」
先日の狼退治も一団の中にいた魔術師にやらせようかとも思ったが、私が出るのが一番早く確実だからそうした。そして追い出した者たちなど、いちいち彼らの動向など追ってはいられない。
「連絡用か」
学院長は王都に残す10人のことを言っているのだろう。
「そうですね」
ブラストアと王都はあまりにも遠い。手紙をやりとりするにはとても時間がかかる。そこで魔術を使って遠方とやり取りをするのだが、この儀式魔術には人手も準備も時間も費用も必要だ。そうそう使えるものではないが、それでも、あると無いとは大きな違いだ。
私が答えた後、学院長が黙ったので、用が終わったかもしれないと思って私は立ちあがった。
「待て、魔術師ワンハムハイ。ブラストアは大丈夫だと思っていいのだな?」
私は立ったまま答えた。
「懸念はいくらでもあります。征服してようやく1年です。ですがいまのところ概ね上手くいっていると思います。このまま順調に進めばですが、あと1年程で私も後任に職を譲るつもりです」
もちろんそんな簡単に物事が進むはずがないとは思っている。だがこうして侯爵家の中枢部がこちらに来ている今の段階でも現時点でブラストアには特に変わりはないらしい。旅程の中でも10日に1度は儀式魔術でブラストアの様子を聞いてはいたが、今のところ大きな変化はないようだ。
「なぜだ? それに後任は決まっているのか?」
学院長が顔色を変えたのは私の最後の言葉についてだ。学院長は引き止めるつもりかもしれない。しまった。辞任してから事後報告にすればよかった。
「ご存じかと思いますが忙しいからですよ。魔術に専念できればよいのですけどね。後任はこれからゆっくり選びます」
魔術に専念するつもりなどまるでなかったが、ここではそう言っておく。学院長も本当のところはわかっているのではないか?
「そうか。くれぐれも慎重に決めて欲しい。最低でも君のようにこの学院の出身者がいい」
私はうなずいたが、どうなるかはわからない。ブラストア出身者の方がいいと思ったらそうするつもりだ。
「あと一つ、君に渡すべきものがある」
学院長はそう言って私に、机上にあった封筒を差し出した。
「わかりました」
私は封筒はちらっと見ただけでポケットにしまった。