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06.長女ティレニア(下)

この広間で、私たち姉妹を除くと宮廷序列で最高位となるブラストア侯爵その人だと私はすぐにわかった。もちろん聖職者の方など、俗世とは一応切り離して考えるべき方々もいらっしゃるけど。


軍装ではなく、やや簡素だが最上位貴族に相応しいよそおいで、帯剣もしていない。なお宮廷内で帯剣が許されているのは、近衛兵以外では数人しかいない。侯爵はそのひとりだから、敢えて帯剣していないということだろう。


「ブラストア侯爵閣下、この場は皆さまの意見交換の場と聞いており、私たちも今後のため是非お聞きしたいと思い、父に無理を言ったものです。ですからどうぞ楽になさってください」


おそらく侯爵は昨日登城された時に、この勉強会の本当の目的をお父様から聞いているはずだ。だから真っ先に私の前にやってきたのだろう。


「もったいないお言葉です。ではどうぞこちらにおかけになってください」


侯爵は手近な円卓に私を自然にエスコートして座らせた。戦場の人、という先入観があったけれど、産まれた時から貴族なのだからこれくらいできて当然よね。


「さあさあ、皆も先ほどの話を王女殿下に聞いて頂こう」


そう言って、他の若者たちに声を掛けながら、侯爵自身は私と少し距離を置いた所に座った。


「じゃぁ順番に殿下に自己紹介をしていこう。私は先ほどご挨拶したので、ナコリトトノオ、貴方から順番にどうぞ」



話は私の予想以上に盛り上がった。だが、その一方で話を続けている間、少しづつ人が減っていった。たまに新しい男性も来るが、しばらくするとこの場を去って行く。私が陣取った円卓には空席が目立つようになった。


「それでは私も失礼させていただきます」


申し訳ないが名前も覚えていない魔術師が去ると、テーブルに残ったのは私と侯爵のふたりだけになった。まあそうなるだろうな、と経過を見ていた私にはわかった。


最初は皆自分について、私や侯爵に売り込もうとする男性が席が足りないぐらいに押し寄せていた。だがどの話も私から見ると底が浅いと感じる。


例えばとある学者が高名な文学者の話をしても、私もそうだが侯爵もそれに合わせることができる。


「アガワクタの作品では、マイナーかもしれませんが、『バンバアババ』が好きですね。読後感がとても爽快でした」


希代の名将として知られるが、軍拡主義者ではない。王国全体のことを考えている視野の広さを感じる。


「私はやはり中央の軍は削減するべきだと思います。やはり大陸は広いですからね。軍の一部を解体して、彼らは予備役として道路建設などに回すのがいいと思いますね。実際、ブラストアから王都までは随分時間がかかってしまいました。あとは各地に分散している文書や美術品を王都に集めるなどの文化的事業を行うべきかと」


また意外なことに信仰心が篤い。


「聖典の3章4節の解釈については、いまだに聖職者たちの間でも解釈が揺れています。一方の解釈だけで断定するのは時期尚早ではないでしょうか?」


有能な為政者、常勝の軍人としての実績。広く深い教養、巧みな話術、細やかな気遣い。服装も礼儀作法も全く瑕疵がない。あえて難を見つけるとするとあまり特徴のない平凡な顔つきぐらいだが、私の相手には中身のほうが大切だ。この若き侯爵と張り合える男性はこの大陸でも中々いないだろう。少なくとも私の(腹違いの)兄弟や従兄弟たちとは人間の格が違う。


年齢もアヴェンナとは離れすぎかもしれないが、私やシビィには釣り合っているだろう。政治的なことを考えても、この侯爵の右に出る逸材はいないはずだ。


そして、単純にひとりの男性としてみても魅力的だ。こうして知的な会話はものすごく楽しい。これは私ももっと前に出た方がよいのではないだろうか?


「私たちだけになってしまいましたね。お近くへ行ってもよろしいでしょうか?」


「もちろんです、王女殿下」


ちょっとはしたない行動だったかもしれない。侯爵と結婚すると、おそらく王国の後継者という多少面倒なものもついて来るだろうが、それは正妃の長女である私は昔から半ば覚悟していたことでもある。私は侯爵の話を聞きたいと思い、ブラストアと王都の違いについて尋ねた。侯爵は北の海に面した港町の建物の造りやそこに住む人々の風習を手際よくまとめて教えてくれる。


私たちはとてもよい雰囲気のままその日の勉強会を終えた。今後私的な手紙を交わすことも約束できた。だが、やはりお忙しいのだろう。私的な手紙には毎日のようにお返事を頂いたけれども、侯爵がこの一連の勉強会に出席されたのはこの初日が最初で最後となり、残りの勉強会は私にとってつまらないものになってしまった。


最後の勉強会が終わった日、私は侯爵に改めて父に紹介したいという手紙を書いた。侯爵からきた私の招待に応じるという内容の返事を見た時、私は周囲の侍女たちに自分の歓喜の感情を悟られないように押し殺すのに少し苦労した。

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