04.野営(下)
そしてこの大集団の残りの3分の1の人間は侯爵の部下でも、北雪商会とも関係のない者たちだ。だが、安全な旅をしたいという者たちが侯爵の上洛を聞きつけ、その一隊に加わろうとするのは当然だった。その中には他の商人も含まれている。独占権が無効になるとすぐに侯爵領内になんらかの商品を持ち込もうというのだろう。
それは当然のことだから俺は気にしていない。むしろこちらから積極的に声を掛けて、目端の利く者をみつけては何人かをうちの商会に取り込むことに成功した。
この上洛は随分と余裕を見た旅程だったはずだが、悪天候に見舞われたり、侯爵が断り切れない招待を受けることが予想以上に多く、ここへきて強行軍となり、王都を目前にしながら野営をしなければならない羽目に陥っている。そこにきて狼か。
俺は侯爵の天幕に着いた。
「北雪商会です。よろしいですか?」
天幕の護衛に声をかけると何も言わずに通してくれる。天幕の中では、侯爵の部下たちがなにやら議論していたが、俺に気が付いて黙る。
「すいません。大規模な狼の群れが近くにいるようです。魔力持ちもいるかもしれません。侯爵家の皆さまに獣どもを退治して頂けないかと」
俺はそう言って頭を下げた。
「お前は北雪商会だな?」
確認するように騎士のひとりが俺に聞く。最初にそう名乗っただろ? なお商会の会長である俺が、実名ではなく屋号で呼ばれるのは、この大陸では普通のことだ。俺は左様ですと答えて、頭を下げた。
「5人出そう。それでなんとかなるだろう」
それでは追い払うことしかできない。この後も纏わりつかれる可能性があるし、俺たち以外の別の旅人を襲うかもしれない。
「いかに侯爵家の方々と言えど、5人では討ち漏らしもありましょう。その3倍は必要かと」
騎士たちは黙った。誰だって、こんな夜に狼狩りなんぞに参加したくはないだろう。だが俺の提案を無視して討ち漏らしても困るし、死人などが出ると面倒なことになってしまう。
俺は手早く終わらせたい。黙り込んだ騎士を見ながら彼らに訴えた。手っ取り早いのは、決定権のある人間が命令するのが一番早い。
「なんなら俺が侯爵に話をつけましょうか?」
騎士たちの何人かが顔をしかめる。単純に狼狩りに行く可能性を下げたいのかもしれないし、俺の口ぶりが気にくわないのかもしれない。だが、公式の場ならともかく、この天幕ごときで俺が『侯爵閣下のお考えをお伺いしましょうか?』などと言うのも変だ。
「いや兵士ではなく、騎士を5人出す。あと魔術師ワンハムハイ殿とブラース大司教猊下にも出て頂く。商会長なら説得も容易かろうし、魔力持ちがいるならば少数精鋭の方がよかろう。侯爵閣下もご納得いただけるに違いあるまいよ」
先ほどから俺の応対をしているのは、数カ月前にブラストア侯爵に仕えるようになった騎士、ディムドだ。旧ブラストア王国に仕え、元国王をよく支えていたが同僚に足を引っ張られ決戦に敗走、王国滅亡とともに下野し無職になっていた。
新ブラストア侯爵は彼を何度か登用しようと声を掛けたが、しばらくは首を縦に振らなかった。旧主を滅ぼした張本人に仕えるのは嫌だというのだ。だが当然ながら無職だと困窮する。彼自身は気にしなかったそうだが、彼の家族が耐えられなくなったので、説得されて出仕することになったという話を聞いている。
そして騎士ディムドの話に出てきたワンハムハイは、ブラストア侯爵家の魔術師長、つまりブラストア侯爵領内の魔術師を束ねる立場にある。そしてブラース大司教はその名のとおりブラストアで最高位の聖職者の神官の名だ。とはいえ、どちらも北雪商会同様、侯爵が子爵だった時代からその許で活動してきた。
この15年足らずの間に、北雪商会が子爵家の出入り商人から、伯爵家のそれになり、今や侯爵家の御用商人になった。同様に魔術師ワンハムハイもブラース司教も、子爵家お抱えの魔術師、子爵領の司祭から、侯爵家のそれへと立場を変えた。つまりブラース大司教猊下も、10年程前は田舎の子爵領の司祭に過ぎなかった。
俺は頭の中で損得を考えて答えた。魔術師ワンハムハイならば、狼に対して先制攻撃をかけることができる。5人の騎士たちが逃げ道を防ぐ。万一けが人が出た場合は司教、いや大司教が癒す、そういう作戦なら上手くいくと思う。
「わかりました。ではそのようにしましょう。で、騎士様はどなたが来ていただけるので?」
さすがに提案者のディムド自身は来るという。あとの4人はディムドが選んだ。いずれも頭より体が動くタイプだが、狼狩りには向いているかもしれない。このメンバーだとなんとかなるだろうけれど、これって一番しんどいのは俺だよね。
そして王都に入るまでのトラブルはこれで終わりにして欲しいね、と俺は思った。明後日には王都入りできるはずだけど、これだけの人数がいるからまたトラブルが起こる可能性がある。ちょっとした雨だって、俺たちの足を鈍らせるからな。