最終話.リージア新国王
俺は陛下に熱弁を続けていた。
「ですから至急、私はブラストアに戻る必要があるのです。このままだと陛下にもご迷惑をおかけしますし、王女殿下を傷つけてしまうでしょう」
俺はこの執務室に入る時正直陛下に激怒されると思っていた。下手をすると処刑される可能すらあると思っていた。だが陛下は俺の報告に、なるほど、なるほどと、適当に相槌を打たれただけであった。挙句の果てに、報告が終わった後にこう仰せになった。
「ふむ。だいたい文官たちに聞いていたとおりだな。裏が取れてよかった。で、どうするのだ?」
俺はとりあえず陛下と理性的に話すことができたことに感謝しつつも、考えて来た対策案を提示した。それが冒頭のブラストアに急遽戻るというものだ。王都に留まるのは危険すぎる。ここはもう、早急な全面退却しか選択肢はない。
「その結論は早すぎないか? お前がブラストアに戻るとなると、必然的にブラース大司教も、魔術師ワンハムハイも、北雪商会の商会長もブラストアに戻るのだろう? 娘たちが悲しむのではないかな?」
何をおっしゃっているのだろう。俺はおそらく相談相手を間違ったのだろう。とりあえず今は国王陛下がお怒りでないということを確認できたのだから、今度は王妃陛下にご相談しに行った方が良いだろう。
この場ではどうでも良い話だが、通常であれば王妃の尊称は殿下だが、王妃は形ばかりになりつつあるが正式に王位もお持ちなので、俺は王妃陛下とお呼びしている。
もちろんあちらで激怒される可能性もあるが……そこで俺は気が付いた。あの王女殿下が母親である王妃陛下に相談しないと言う事があるだろうか? 失礼ながら王女殿下は父である国王陛下よりも母である王妃殿下とより親密だと宮廷で耳にしたことがある。それを考えると半々ぐらいで俺のこともご存じに違いない。
これはご相談はしない方がよいな。独断でブラストアに戻ることにしよう。
「陛下、申し訳ありませんが、やはりここはブラストアに逃げ帰らせて頂くことに致します。真に申し訳ありませんが、これもリージア王国を思えばのこと。ご容赦頂くようお願い致します。それでは失礼させて……」
そこで俺は執務室の外が急に賑やかになったことに気が付いた。もしかして嵌められた? ここが国王陛下の執務室でなければ、俺は窓を蹴破って、地面へと飛び降りていただろう。執務室の下は崖? 生身で着地したら死んでしまう? そんなものは魔法でも御業でもなんとかなる。
その時執務室の戸が叩かれた。秘書官が緊急の報せを持って来たのだろうか?
「誰かな?」
国王陛下の誰何に答えたのは意外にもティレニア王女殿下だった。
「ふむ、入りなさい」
俺が何かを言う暇もなく、ティレニア王女殿下がその妹姫君たちも連れて部屋に入って来た。
あーあ。
俺はすぐさま跪いて、頭を下げると王女殿下にご挨拶をした。
「これは王女殿下方、陛下とのお話が長くなり、申し訳ございません」
俺は頭を下げたままだ。
「これは侯爵閣下、こちらこそ父との打ち合わせ中にお邪魔して申し訳ありませんわ。お顔をお上げになってください」
戦争ならば最期まで逃げるのだがここは宮廷だ。もう観念するしかない。俺は立ち上がって姫様方に向き合った。
「侯爵閣下、実は閣下にお願いがあって、こちらにお邪魔した次第です、というのも……」
「ちょっと待って!」
ティレニア王女殿下の声を遮るという不遜、不敬、無礼極まりない一言が、その妹君の口から出た。
「あなた魔術師ワンハムハイよね? なぜそんな身なりをして侯爵閣下の名を騙ってお父様の執務室にいるの? こんなの私でもかばいきれないわよ」
「いやお姉さま。その方はブラース大司教猊下です。そうですよね? 猊下」
「みな勘違いしているわ。北雪商会の商会長殿よ」
次妹シルビアに続いて、末妹アヴェンナも三妹ストラーバも次々に別の名前で侯爵を呼んだ。え? え? 声に出した者もそれを聞いた者も皆が互いの顔を見合わせる。
仕方がない、俺は自分の身の上話をすることになった。
「私は子爵家の四男に産まれました。貧乏貴族の四男など傭兵か何かになるしかありません。ですが私には魔術の才能があったのです。私は王都に留学し、そこで魔術を修めました」
俺がまだ10に満たない歳の頃だ。
「しかし、学ぶことは私の性に合わなかったです。私はこの王都の魔術学院を卒業すると、商売を始めることにしたのです。魔術師として食べて行くよりも、商人として、故郷を支えようとしたのです。魔術は便利なので商売にとても役に立ってくれました。そして商売を以て、父や兄を助けていたつもりです」
学院にいたのは1年程。その後の北雪商会の商会長としての方がキャリアの方が若干長い。魔術師であれば、魔術を用いれば賊を退治するのも簡単だし。急ぎの際には空を翔けることもできる。
「しかし私が14の時、旧ブラストア王国によるルーガ戦役がありました。父は義兄であるルーガ伯爵の救援のため、三人の兄とともに出陣しました。しかし、ご存じのとおり奮戦空しく、ルーガは失陥。伯爵のご一家も、私の父も三人の兄も武運拙く討ち死にを遂げました。私は急遽子爵領に戻り、その領主となったのです」
もし私がルーガにいれば、その魔術で状況を変えることができるかもしれなかった。今更言っても詮無きことだが。
「そして私は伯父、父、兄の仇を取るべく持てるべき術を用いて、まずは子爵領を堅く守り、そして兵の鍛錬や、北雪商会を用いた商売の利益と情報収集に努めたのです。そして私は神にも祈りました。神は私の声を聞き届け頂いたのです。こうして私は、魔術師であり、商人であり、聖職者であり、そして貴族になったのです」
王女殿下はもちろん、これらの事情をご存じのはずの陛下までもが、黙って耳を傾けてらっしゃった。
「それからは皆さまもご存じかもしれません。私は神の恩寵に守られながら、敵を魔術で、あるいは兵を用いて、ルーガを取り戻しました。そして陛下からルーガの地を賜りルーガ伯爵を名乗りました。ただ、残念なことに、北雪商会も、ルーガの魔術協会も、ルーガの司教の座も任せられる相手がいなかったのです。その後は皆さまもごご存じかと思います」
私は話はこれでお終いと、手で合図した。本当はもっと言いたいことはある。なぜ、私に、陛下御自身からはもとより、商業組合長から、学院長から、そして法王猊下からもあの勉強会の招待状を私に渡したのだろう。まったくの偶然なのだろうか?
「なるほど、ブラストア侯爵閣下は、商人でもあり、聖職者でもあり、魔術師でもおあるということですね? それはわかりました。ところでこれからのことをどうお考えですか?」
この質問はティレニア王女殿下のものだが、その背後には3人の妹姫たちの目は、姉と同じ考えであることを雄弁に物語っていた。俺は陛下を見た。陛下は俺から目をそらした。つまり陛下はこの状況についてご存じだけど、積極的に事態をどうこうしようとする御意思がないということだ。
だったら……もらえるものは全部もらってしまおう。俺はなんやかんやルーガ伯爵領も、旧ブラストア王国も、司教位や大司教位も、すべてを遠慮なしに頂いている。
「では姫様方。もしよろしければ私と夫婦になっていただけませんか?」
その後俺がブラストアはもちろん、故郷に帰ることすらほとんどなく、王都でいろんな仕事を行った。俺が持っている多くの肩書はそのまま残ったが、実務はどんどん部下に委譲していったが、そうするとまた別の仕事がやってきた。つまり国王陛下の仕事の手伝いだ。
俺がブラストア関連の仕事の手を離せたのは、それから20年以上も経った後、俺の子どもたちが大人になってからの話だ。それでだいぶ楽になったけれど、俺は今も忙しいままだ。
なぜなら俺はもらえるものは全部もらってしまったからだ。ルーガしかりかりブラストアしかり、四人の王女殿下しかり、そしてリージアも頂いた。先王の四人の姫君はどなたも王位を継がず、四人の共通の夫を兼ねた俺が代わりに継いだからだ。
俺に時間ができるのは、まだしばらく先になりそうだ。
完
いままでありがとうございました。最後はちょっと急ぎすぎましたね。
もうちょっと上手く書けたと思うのですが無理でした。
最後に他の拙作を紹介させて頂きます。
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旧作は以上です。今までありがとうございました。重ねてお礼申し上げます。