13.次女シルビア
私は自室で手紙を読み返しながら、その返信の内容を考えていた。そろそろ決定的な一言を書いても良い頃だろう。あの方も断ることはないはずだ。
お姉様はブラストア侯爵と順調にお手紙のやり取りをされているそうだ。私のあの方は立派な人だけど、それでも身分などを考えると、ブラストア侯爵に劣るのは間違いない。そして驚いたことに妹たちは妹たちで、なにやら相手を見つけた様子である。あるいはお父様に懇願してまだ早いと言ったのか……ともかく勉強会は4回でお終いとなった。私も退屈な時間を過ごすことが無くなってよかった。
そこで私はふと思った。あの方はブラストア侯爵の部下なのだということに改めて気が付いた。自分の子飼いの魔術師を引き抜かれるとなると、侯爵もさぞお困りになるだろう。早いうちに手を回しておいた方がよいが、お姉さまに邪推されても困る。お姉さまには事情を先にご説明しておいた方がいいだろう。
私は侍女に命じてお姉さまの私室をご訪問したい旨を伝えた。私たちは家族だが、それなりの身分があるので、少し面倒なところがある。お姉さまの私室は私の部屋の向かいだから、侍女はすぐに戻って来て、お姉さまからご了承を得られた旨を受けた。
「ただ、ストラーバ殿下もアヴェンナ殿下も、ティレニア殿下の私室にいらっしゃいました。ですのであまり込み入った話は……」
そうか……妹たちがお姉さまや私の部屋に来ることは珍しいわけではない。できればお姉さまとふたりだけの時にお話ししたかった。だが、先触れまで出しておいて、今更行きませんというのは難しい。まあ姉妹そろってお話するのもよいだろう。私は簡単に身支度を整えると、お姉さまの部屋に向かった。
自室のドアを開けて廊下を開けた時点で嫌な予感がした。ちょうどお姉さまの部屋から、侍女たちがぞろぞろと出てきたからだ。その中にはお姉さまの筆頭侍女も、妹たちの筆頭侍女もいた。お姉さまが人払いをされたということ?
私がお姉さまの筆頭侍女に聞いたところその通りですとの返事を受けた。
「シルビア殿下だけ入って頂くようにと仰せつかっております」
私は先ほど先触れを務めた侍女を見た。
「先ほどシルビア殿下の使いが来た時には変わった様子はなかったのです。ティレニア様がお人払いをされたのはその後なので、その者は何も知らぬはずです」
結局姉妹それぞれの筆頭侍女だけがお姉さまの私室の前に残る。私と妹たちの他の侍女はそれぞれの部屋に戻り、お姉さまの他の侍女は侍女部屋に行くようだ。部屋内は私を含めた姉妹だけになる。何があったのだろう。
私は軽くノックをして、お姉さまの私室に入った。予想通りお姉さまと妹たちしかいない。
お姉さまと妹たちがソファから立ち上がって私を迎えてくれる。
「ちょうどよかったわ、シビィ。あなたからの先触れが無かったら、今頃私の方があなたに来て欲しいと伝えていたわ」
何が合ったのかしら。私にはまったくわからない。姉はシルビアの手を取ってソファへと向かった。そこにはシルビアの二人の妹たちがいる。
「あなたたちどうしたの」
私はお姉さまの横に腰かけた。これで妹たちと向き合うような形になる。
「実は……」
前置き無しで始まった話に私は驚愕した。私の上の妹、ストラーバは活動的な子だが、私のように羽目を外すことも無かった。その子が大店とは言え商人風情を婚約者に選びたいというのだ。
私は驚いたが別に反対するつもりはない。私だって魔術師。それも宮廷魔術師では無い方を生涯の連れ合いにしようとしているからだ。そういう意味ではストラーバの話は、ちょうどよかったとも言える。このまま私の話もしてしまおう。
私はそれを姉妹たちに告げた後、ひとつのことに気が付いて上の妹に訊ねた。
「ちょっと待って。ねえラーバ、北雪商会ってたしかブラストアに本拠がある商会よね?」
私の悪い予想は当たり、ストラーバがうなずく。
「商会だからまだましか……魔術師ワンハムハイ様はブラストア侯爵家の家中なのよ。だからお姉さまにご報告しないと、と思ってここに来たのだけど、商会長も一緒となると」
「お姉さま、お姉さま方」
慌てた声で末の妹、アヴェンナがこの子らしくなく口を挟む。
「あの……私の想い人もブラストアの方です。ブラース大司教猊下です」
これまたサプライズな発言が飛び出した。大司教猊下の年齢は存じ上げないが、若くても30代半ばだろう。下手したら年齢差が3倍だ。
「全員ブラストアで重複しているわ。これ、侯爵閣下の心証が悪いわよね? 重臣たちを引きはがそうとしてると思われかねないんじゃないかしら?」
お姉さまは真っ先にブラストア侯爵の事を考える。この方も乙女だったんだな、とこの年になって気づかされる。
「いやどうせ次期女王はお姉さまだから、私がブラストアに行ってもいいけど……」
私が発言中にお姉さまが話し始める。恋する女は恐ろしい。
「すぐにお父様にご相談しなければ」
そう言ってお姉さまは自ら部屋のドアを開けると、そこに控えていた自らの筆頭侍女に、お父様に取り次ぐようにと伝えた。私たちは政務中のお父様の邪魔をしたことがこれまで一度も無かった。逆は何度もあったけど仕方がない。
そしてお姉さまはそれまでの禁忌を破ってお父様に訴えようとしている。お姉さまらしくない。これは公私混同にあたらないかしら……って。まさかお姉さま、私に女王を押し付けて、自分はブラストアに行こうとしているのでは?
これはお姉さまを問い詰めるより、私も何かお父様を失望させるようなことをした方がいいかもしれない。女王も悪くはないんだけど……やはり行動は相当に制限されてしまう。そもそも私のお相手は魔術師だからそんな心配は無用か。魔術師に政治ができるとはあまり思えない。
そうこうしている間にお姉さまの筆頭侍女が戻って来た。急いでいたのかもしれないが、想定よりかなり早い。
「王女殿下。陛下は先ほどから執務室に籠られ、誰も入れるなと命じられているようです。私は執務室に行くまでに近衛兵にそれを聞きました。間違いなかろうと思います」
それにはさすがの姉もたじろいだ。お父様はよほど大事な用事のようだ。
「それでは、さすがにどうしようも無いわね。ちなみになにか面倒なことが起きているのかしら?」
お姉さまのといかえに侍女が答える。
「わかりません。今朝がた先触れがあり、ブラストア侯爵閣下がご登城されたそうです。それからはお二方で執務室に入られたままで……」
お姉さまは侍女の言葉も遮った。
「侯爵閣下がいらっしゃてるの? ちょうどよかったわ。私、執務室の手前の客間でお待ちすることにしますわ」
「私も行くわ」
私の口から勝手に言葉が飛び出した。
「えっ? 私だけでいいわよ?」
「だって、ワンハムハイ様の話を侯爵にお伝えしなければいけませんわ」
私がそういうと妹たちも便乗し始めた。
「私も北雪商会の話があります」
「私もブラース大司教猊下の件をお伝えしないと」
私たちの筆頭侍女は、全員が頭を抱えていた。
次回が最終話になります。