冒険させたい神様、平穏に暮らしたい転生者
「つまらん」
視線だけを不満そうな声のした方によこす。床に敷かれた絨毯の上で悠々と寝そべる黒猫がこちらを睨めつけていた。手元に視線を戻して裏庭で採れた薬草を束ねながら、そうですかと一言返す。ああ、まったく、実につまらんともう一度不服そうに言った。
「なんのためにお前を拾ったと思っているんだ」
「常軌を逸した力で無双したりしているところを見たかったんでしたっけ」
「分かっているなら冒険に出ろ! それだけの能力を与えただろう!」
「だったら最初からそう言えばいいのに、『お前の望む能力をやろう、異世界で好きに生きるがいい』なんて格好つけたとこ言うからこうなってるんじゃないですか」
作業の手を止めずに淡々と述べると、ぐぅと唸り声が聞こえた。
いわゆる異世界転生チート無双系が異世界の神の間で流行っているらしく、たまたま都合よく肉体から離れた私の魂を彼――雄猫の姿を模しているのでそう呼称する――が拾い、望む力を与えて超常的な力で世界を救うだか変えるだかを見たかったらしい。
しかし、残念ながら私は冒険には出ず、街の外れの一軒家でただ静かに薬草を育て、それを街の道具屋に卸す生活を送っている。桁外れの魔力量も全属性の高等魔法もずば抜けた癒やしの力も宝の持ち腐れであるが、どれもこれも彼が勝手につけたものだ。私が望んだものは衣食住の確保と鑑定スキルくらい。だとしても、彼は大きな力を持てば誰もがその力を誇示したがるものだと思っていたらしく、しかして私はその目論見にはまる人間ではなかった。
娯楽を与えられる見込みのない私を早々に見限ってしまえばいいと思うのだが、そう簡単な話ではないらしい。ぼやいていた内容から察するに、過去に色々やらかして行動に制限がかかっているようだ。制限を受ける神様って……と思ったが、こちらに対する要望を聞いていたらそれも仕方ないと納得してしまった。
更にこの世界は平和そのもので冒険に出る理由がないのだ。魔物はいるが驚異にさらされているほどではなく、元の世界で言うところの害獣くらいの認識だ。稀に魔物の大量発生による災害もあるようだが、私が出るとすれば近隣の街が脅かされた時くらいなものだろう。それを彼に言ってしまったらわざと引き起こしそうなので口にはしないが。
「ところで、神様はどうして猫の姿をしているのですか?」
ふと、前々から気になっていたことを尋ねてみた。魂を拾われ、精神世界のような場所で色々要望を聞き出そうとした時は確か人形をしていた――しかも大層な美青年であったはずなのだがこちらの世界に転生してからはずっと猫の姿をしている。
今更な質問だが、まあいい、と言ったあとフフンと鼻で笑い答えてくれた。
「お前の元いた世界でお前達人間は猫に従属していたのだろう、ならば私の御姿としてこれほど相応しいものはないだろう」
今、彼の方を見たら猫のドヤ顔が見られることだろう。それはなかなかお目にかかれないものに思えて少しだけそちらに顔を向けたくなった。
異世界転生の件といい、猫である理由といい、異世界の神様は元いた世界のサブカル知識に傾倒しているようだ。
確かに、猫の奴隷と呼ばれるような人間はいるものの別に元の世界は猫に支配されていたわけではない。この神様の誤算に私が猫の奴隷タイプの人間でなかったことも追加された瞬間であった。
なんと言えばいいのか分からず、そうですか、と吐いた言葉は感情が乗っていなかったが、彼はそれに気が付かなかったのかそれに言及することはなく、またつまらんと不満そうにこぼすのだった。