表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マイティ・ドール  作者: 哀井田圭一
7/15

絶望のドール

 数ヶ月後、新兵軍法徴兵制度が発表された。

政府からの公式発表があって、首相の宣言も全国に流された。


 いわく、この戦争を終わらせる為に、徴兵制度を強化する事。

兵士で無い物にも新軍法が適用されると言う事。

今まで、どんなに戦っても志気にかけていた事から、これからは少しでも積極性に欠けると判断された場合、兵士の家族に刑罰が行く事。


 その刑罰が……『ドール』だ。

『ドール』に精神を移したままの監禁。

酷ければ『ドール』を破壊される事。


 だから戦え、と首相は言った。家族が死ぬのが嫌なら、戦争に勝て。

 

そして、もう一つ。ドールの保有を『ホーム』以外で認めない事も制定された。


 当然のように、国民は納得しなかった。

あちこちで不満の声が上がり、暴動が計画されてストライキが起きて――


そして、すぐに収まった。


暴動は起きずに、誰も何も言わなくなって、この法律は施行された。


「この国は戦争をしているのです」

 誰もが知っていて、誰もが忘れかけていた事を、首相は言った。


「だから、国民が一つになる必要があります。犠牲はしかたありません」


 テレビの前で、暴動を始動した人の『ドール』をかち割りながら、坦々と言った。


反対を叫んだ人も、ストライキを先導した人も、『ドール』をたたき割られて、死んでいった。


「戦争に勝つまでです。なるだけ早く終わらせるには、皆さんが頑張ればいいのです」


 首相は笑顔で言った。その顔にべっとりと脳髄が飛び散っていた。




 仕事場は軍人に乗っ取られた。

 当然のように軍人が出入りし、いくつもの『ドール』を運び込んだり、かっさらったりした。


「管理番号 YAPU 7FC46AB2番『拘束』。よろしく頼むよ」

 軍人が僕に指示を出す。

僕はそのケースに近寄って、タッチパネルを操作する。ケースが点灯して、弾ける音がする。回路が遮断されて、強制的に『覚醒』する。


「起きました」

 僕は言う。

『ドール』は最初、目をしばたいているが、やがて恐怖で震える目をする。決して良くは無い視界の中で、置かれている状況を理解する。


 僕はケースのロックを外す。二度ほど小さな警戒音がして、ケースが開く。

軍人は人形に手を伸ばし、ケーブルを引き抜いた。人を扱う、と言う手つきでは無い。何か、不良品を持つような、ぞんざいな乱暴な感じで。


「この人は何をした人ですか?」

 僕は軍人に聞いてみる。

ある程度、仲の良い軍人は、雑談するように答えてくれる。


「市民運動の先導者だそうだ。新軍法の反対を叫んでいたから、その集会の前に。と言うことらしい」


『ドール』は運ばれていく。動けない人形の、必死で訴える目が記憶に残る。


 僕は空のケースを見ながら、小さく唇を噛みしめる。

『アンドリィ・ドール』で何をしていようと、『ドール』からの電波を遮断したら動く事は出来ない。反対する人間も反逆を計画した人も、全部『ホーム』で起こされて無力化されてしまう。


「こっちを手伝ってくれ」

 軍人に呼ばれて、部屋を横切る。奥にある大きな部屋は、もとは開発室だった所だ。


 運ばれてきた袋の開封だった。真っ黒のゴミ袋を開けると、そこにはぎっしりと『ドール』が詰まっていた。


 軍人はガラガラと床に開けていく。全部出してくれ、と僕に指示をする。

袋から転がり出て、床の上に積み上げられていく。その全てが、目を開けていた。この人形は人が入って、そして覚醒しているのだ。


「そんなふうに……」

 扱って良いのか、と聞こうとした所で、

いいんだよ、軍人は言った。


「こいつら、明日には、全部処刑されるんだからさ」

 人形の目がギシと動いた。ほとんどの目が僕を見ていた。


 僕は震える手で床へと出していく。

軍人は楽しそうに仕事をしながら、こいつらをどう処理するか知ってるか? と聞いてきた。


ゴミ袋を開けながら、やめてくれ、と思う。


「電気ショックだよ。通電スタンガンでバチッ、て。でもさ、軍人系の人間とか、反逆首謀者とかだと、熱湯付けになるわけよ。お前、見たことある? 茹でられていく人形がさ、ゆっくりと熱せられて、中の脳が――」


 もうやめてくれ、と僕は願っていた。

軍人は知らないのだろうか、もしくは知ってて言ってるのか。

この『ドール』は目が見えるし、音を聞こえるのだ。

今喋っている事を、すべて聞いている。


 ザラリと、袋から転がり出る『ドール』

すべて僕を見ている『ドール』。

憎しみと殺意の視線、憎悪と失意に満ちて、恐怖と哀願に染まる、耐えられない視線。

明日には処刑される。その事実を知って、その狂いそうな恐怖に耐えながら、動くことすら出来ない人。


「ありがとう。もう良いよ」

 軍人は笑う。何も読み取れない笑顔で、優しく言う。

「昼休憩、行くと良いよ。君、まだだろう?」


 僕は頷いて、休憩室に行くために、階段を上る。

 出口で一度振り返って、ずらりと並ぶ人形を眺める。

 おのおの皆、目を瞑って、いつか来る不安に耐えながら、眠り続ける人形。


 それはもう寂しそうというより──


 僕は考えるのをやめて、無数に並ぶ人形から目をそらした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ