絶望のドール
数ヶ月後、新兵軍法徴兵制度が発表された。
政府からの公式発表があって、首相の宣言も全国に流された。
いわく、この戦争を終わらせる為に、徴兵制度を強化する事。
兵士で無い物にも新軍法が適用されると言う事。
今まで、どんなに戦っても志気にかけていた事から、これからは少しでも積極性に欠けると判断された場合、兵士の家族に刑罰が行く事。
その刑罰が……『ドール』だ。
『ドール』に精神を移したままの監禁。
酷ければ『ドール』を破壊される事。
だから戦え、と首相は言った。家族が死ぬのが嫌なら、戦争に勝て。
そして、もう一つ。ドールの保有を『ホーム』以外で認めない事も制定された。
当然のように、国民は納得しなかった。
あちこちで不満の声が上がり、暴動が計画されてストライキが起きて――
そして、すぐに収まった。
暴動は起きずに、誰も何も言わなくなって、この法律は施行された。
「この国は戦争をしているのです」
誰もが知っていて、誰もが忘れかけていた事を、首相は言った。
「だから、国民が一つになる必要があります。犠牲はしかたありません」
テレビの前で、暴動を始動した人の『ドール』をかち割りながら、坦々と言った。
反対を叫んだ人も、ストライキを先導した人も、『ドール』をたたき割られて、死んでいった。
「戦争に勝つまでです。なるだけ早く終わらせるには、皆さんが頑張ればいいのです」
首相は笑顔で言った。その顔にべっとりと脳髄が飛び散っていた。
仕事場は軍人に乗っ取られた。
当然のように軍人が出入りし、いくつもの『ドール』を運び込んだり、かっさらったりした。
「管理番号 YAPU 7FC46AB2番『拘束』。よろしく頼むよ」
軍人が僕に指示を出す。
僕はそのケースに近寄って、タッチパネルを操作する。ケースが点灯して、弾ける音がする。回路が遮断されて、強制的に『覚醒』する。
「起きました」
僕は言う。
『ドール』は最初、目をしばたいているが、やがて恐怖で震える目をする。決して良くは無い視界の中で、置かれている状況を理解する。
僕はケースのロックを外す。二度ほど小さな警戒音がして、ケースが開く。
軍人は人形に手を伸ばし、ケーブルを引き抜いた。人を扱う、と言う手つきでは無い。何か、不良品を持つような、ぞんざいな乱暴な感じで。
「この人は何をした人ですか?」
僕は軍人に聞いてみる。
ある程度、仲の良い軍人は、雑談するように答えてくれる。
「市民運動の先導者だそうだ。新軍法の反対を叫んでいたから、その集会の前に。と言うことらしい」
『ドール』は運ばれていく。動けない人形の、必死で訴える目が記憶に残る。
僕は空のケースを見ながら、小さく唇を噛みしめる。
『アンドリィ・ドール』で何をしていようと、『ドール』からの電波を遮断したら動く事は出来ない。反対する人間も反逆を計画した人も、全部『ホーム』で起こされて無力化されてしまう。
「こっちを手伝ってくれ」
軍人に呼ばれて、部屋を横切る。奥にある大きな部屋は、もとは開発室だった所だ。
運ばれてきた袋の開封だった。真っ黒のゴミ袋を開けると、そこにはぎっしりと『ドール』が詰まっていた。
軍人はガラガラと床に開けていく。全部出してくれ、と僕に指示をする。
袋から転がり出て、床の上に積み上げられていく。その全てが、目を開けていた。この人形は人が入って、そして覚醒しているのだ。
「そんなふうに……」
扱って良いのか、と聞こうとした所で、
いいんだよ、軍人は言った。
「こいつら、明日には、全部処刑されるんだからさ」
人形の目がギシと動いた。ほとんどの目が僕を見ていた。
僕は震える手で床へと出していく。
軍人は楽しそうに仕事をしながら、こいつらをどう処理するか知ってるか? と聞いてきた。
ゴミ袋を開けながら、やめてくれ、と思う。
「電気ショックだよ。通電スタンガンでバチッ、て。でもさ、軍人系の人間とか、反逆首謀者とかだと、熱湯付けになるわけよ。お前、見たことある? 茹でられていく人形がさ、ゆっくりと熱せられて、中の脳が――」
もうやめてくれ、と僕は願っていた。
軍人は知らないのだろうか、もしくは知ってて言ってるのか。
この『ドール』は目が見えるし、音を聞こえるのだ。
今喋っている事を、すべて聞いている。
ザラリと、袋から転がり出る『ドール』
すべて僕を見ている『ドール』。
憎しみと殺意の視線、憎悪と失意に満ちて、恐怖と哀願に染まる、耐えられない視線。
明日には処刑される。その事実を知って、その狂いそうな恐怖に耐えながら、動くことすら出来ない人。
「ありがとう。もう良いよ」
軍人は笑う。何も読み取れない笑顔で、優しく言う。
「昼休憩、行くと良いよ。君、まだだろう?」
僕は頷いて、休憩室に行くために、階段を上る。
出口で一度振り返って、ずらりと並ぶ人形を眺める。
おのおの皆、目を瞑って、いつか来る不安に耐えながら、眠り続ける人形。
それはもう寂しそうというより──
僕は考えるのをやめて、無数に並ぶ人形から目をそらした。