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マイティ・ドール  作者: 哀井田圭一
5/15

ベッドで二人

「やっぱり痛い?」

 僕の隣で、彼女は言う。


「結構ね。ときどきすっごく痛くなる」


 ふぅん。

言いながら、僕の剥き出しの腕を撫でる。

包帯で巻かれた左腕、肩の付け根、傷跡の残る胸。


「他に生身じゃ無いのは?」

「右足がスネから先。左足は全部。後、腎臓と大腸かな、一度、生物兵器食らったんだ」

 だからこの傷なんだ。

彼女は僕のお腹に手を伸ばして、真横に伸びる傷を撫でる。冷たい彼女の指が、変にくすぐったくて心地良い。


「左手は生身なの?」

「うん、一応そのまんま」

 ふむ。彼女は一度頭を上げてから、また僕の左腕を枕にした。

重くないのか、と彼女が聞くから。別に平気だよ。と強がってみせる。

本当は少し、血が止まりかけている。


「あたしの父親もね。少し前まで生身だったの」

「『ホーム』関係者かい?」

「ううん。軍師だったの。二等上級補佐官、陸軍でね、危ないから『ドール』にしたら、て言うんだけど。生死をかけてる戦いに、そんな事は出来ないって、言い張って」

 彼女は少し悲しそうに、クスクス笑う。


「少し前に、爆弾抱えて突っこんで、被弾して、誘爆して、死んじゃったわ」

 僕は言葉が見つからなくて、痺れる左手で彼女を撫でた。彼女はほんの少し、体を動かして、僕にすり寄ってくる。


 軍人で生身の人間は多い。

それは、アンドリィ・ドールの身体能力が、鍛えられた生身を越えられないと言う事と、軍全体の志気を落とさない為だと言われている。


 強制徴兵制が設けられている現在だが、大抵の国民は『ドール』を持っているから、戦うのは当然アンドリィ・ドールで、軍から支給される一級品だが、それでも他国の一軍兵士にすら劣る。

その上壊れても死なない、と言う安心感から当然のように志気が低く、緊張感が無い。爆弾に巻き込まれても死なないのだから、必死で動く人間の方が少ない。

 圧倒的科学力を持ちながら、この国が未だに戦争を続けているのは、陸上戦で勝てない事が原因とされている。


「お父さんも、誰か盾にすれば良かったのよ。そうしたら、助かったのに。こんな人形の体くらい、いっぱいあるにね」

 声が擦れていた。僕は感覚の無くなった左手で、彼女の髪を上げる。


「きっと、守りたい物があったんだよ。すべてをかけて、守りたかった何か」

「何よ、それ」

「僕にはわからないけど……たぶんアレじゃないかな」

 僕は彼女を見ながら、指を指す。部屋の奥で座っている、君の『ドール』


「この部屋、君が作ったの?」

「ううん、お父さん。私がアンドリィ・ドールを壊して、覚醒しても、寂しく無いように。って、起きた時にコンクリートの部屋だったら、悲しいだろうから。って」

 わかってないよね。実際覚醒してもさ、そう視力があるわけじゃないのに。

彼女は嬉しそうに笑いながら、一つ一つ思い出を教えてくれた。


父親は帰る度に、『お前成長しないな』と、口癖のように言ってた事。

変な果物を持って帰ってきて、父親だけがお腹を下した事。

彼女が銃と分からず手に触れて、殴られて、逆に父親が腕を怪我した事。


「なんでだろう。私は何度壊れても平気なのに、どうして一度なの? どうして壊れた終わり、なんて怖い事、やってられるの?」


 僕は、なんでだろうね。と笑って返す。


「でも、きっとそれが普通なんだよ。僕はそのうち老いるし、そのうち体を壊して死ぬんじゃないかな」

「それで良いの? 死んだら終わりじゃないの」

 うん、そうなんだけどさ。

と僕は呟く。僕にも、何が正しいのかは分からない。


「『ドール』にしなさいよ。こないだ買ったでしょう? そうすれば、死なない。『ホーム』にあずけるなんて、悲しいからダメ。この部屋に置けば良い。そしたら私も」

 寂しくないから。


『可哀想』姉が言った言葉が蘇ってくる。

アンドリィ・ドールで喋って、遊んで、楽しんでいても、心のどっかで『ドール』を気にかけている。自分の脳、自分の本体、自分の体が、一人ぼっちで寝ているのだと思うと、無性に寂しくなる。


「少なくとも、今の仕事は、生身じゃないとできない」

『ホーム』はアンドリィ・ドールでは入れない。彼女は寂しげに目を伏せて、僕に体をすり寄せた。


「そういえば、リストラされるかもしれないんだっけ」

 ふと、思い出して呟く。

 え? 彼女が頭を上げた。僕はグアッ! と悲鳴を上げた。


「どうしたの? なんか痛い? 傷が開いた?」

 いや、じゃなくて。たまらず体を起こして、顔を歪ませて、左手を抑えた。

耐え難い痺れが腕を覆っていた。

「なに?」

「いや、えっと。痺れて……」

「は?」

「腕が……痺れた。君が枕にしていたから」

 彼女は呆れた顔をしていた。

どうせこの痛みは、『ドール』にはわからないさ。

苦しむ僕を見ながら、彼女は露骨にため息をついた。

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