1人で眠り続ける人形
「遅かったじゃない」
仕事を終えて地上街に出ると、彼女はそこに立っていて、
私を待たせるなんてどういうつもり?
と不機嫌な顔をした。
「君は……あの時の君だよね」
僕がそう聞くと、彼女はますます顔をしかめて、他に誰が居るのよ。と怒った声で言った。
「それともあんたには、こんな物好きな女が他にも居るわけ?」
爆発前と変わらない彼女は、僕の体を一通り眺めて、
「心配したんだから」
とはき出すように言った。
「ありがと。怪我はそんなに無かった。右腕、吹き飛んだくらい」
「ねぇあの時、あんた私を盾にしなかった? おかげで私、木っ端微塵だったんだけど」
「うん、した。だから僕は助かった。ありがとう」
彼女は、フンと息を吐いて、まぁいいわ。と呟く。
「お礼に何して貰おうかしら。ショッピングの続き? 食事が良い? それとも、ウチに来る?」
僕はほとんど驚いて、何を選んだが覚えていない。
ただ気が付けば買い物を済ませて、食事を終えて、彼女の家に来ていた。
そこは、ため息出るくらい、大きな地下スペースに、これまたため息が出るくらい、豪華で大きな家だった。
「びっくりした」
正直にそう言うと、しないほうが珍しいわね、もしくはバカ。と、彼女は言った。
「良い物見せてあげる」
そう言って、分厚い扉を開ける。
金庫ばりの扉で、暗証番号と光彩チェックをして、もう一つ扉をくぐる。
「もっとびっくりした」
そこは、決して広くは無かったが、ピンクの壁紙の、おもちゃやぬいぐるみがひしめき合った、子供部屋だった。
やわらかいカーペットに、お姫様が寝るようなベッド、天井には青空を映したウィンドゥに、ゆっくりと雲が流れていた。
「私の『ドール』の部屋よ」
部屋の一番奥に、『彼女』が居た。
クッションに囲まれて『ドール』が座っていた。ピンクの可愛い服を来ていた。
「あれが、私」
と、彼女は言う。彼女は『ドール』に近づいて、両手で抱き上げた。
クッションの後ろから、ケーブルが伸びて『ドール』につながる。
それはたしかに、人が入った『ドール』だった。
抱いてみる? と彼女は言う。
にっこり笑って、その人形を差し出す。
「いいの?」
『ドール』を持つ人間――とくに、自分で管理している人間は、それを人に触られる事を嫌う。
それは、生死を人に委ねるような物だから。
「僕がこの子を叩き付けたら、君は死ぬかもしれない」
僕がそういうと、彼女はフンと鼻で笑った。
「愚問ね。それはあなたも一緒でしょう? 私があなたの頭をたたき割ったら、同じ事が言えるわ」
たしかに。僕は納得して、丁寧に『ドール』を抱き上げる。
もちろんの事、落としたくらいで壊れる事は無いだろうけど。
それは、腕の中でほのかに暖かかった。
「君はよく、こういう事するのかい?」
「こういう事って」
「誰かに、『ドール』を見せる」
「誰でもじゃないけど、ちょくちょくね。寂しそうだし」
寂しそう? 僕が首を傾げると、あと可哀想ね。と彼女は言った。
「部屋でポツンとすわって、ずっと夢見てるなんて、可哀想じゃない」
だから誰かを連れて来たくなるのよね。と、彼女は言った。
その言い方はまるで、
「姉さんと同じだ」
「姉さん? あんた、お姉さんがいるの? どんな人?」
「んー、君に似てるかな」
そう言うと、彼女は少し怒ったようだった。
「あら。だから声をかけたら簡単に付いてきたんだ。私は、あんたの大好きなお姉さんにそっくりだから」
僕は丁寧に人形を戻して、彼女に笑いかけた。
「ごめん。訂正するよ。君は姉さんよりも、ずっと魅力的で綺麗で、素敵だよ」
彼女は不機嫌に視線を戻して、もっと気の利いた言い回しは無いわけ? と不満を漏らしてから、僕にキスしてくれた。
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