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マイティ・ドール  作者: 哀井田圭一
3/15

寂しそうな姉

 ドール、ドール、ドール、ドール、ドール……

 人の中でもっと大事な器官、脳が詰まった人形。

 地表で活動する人間の、命の塊。大事な大事な、本体だ。


 当然、安全管理が必要で、金持ちなんかは自分で管理するらしいが。大概の人間は、政府が作った保管所に依頼する。すなわち、それが『ホーム』である。


 地下十五階。高い天井の、どこまでも続く大きな部屋に、沢山の『ドール』が並んでいた。一つ一つ、ガラスのケースに入って、薄明かりの中みな一様に座り、悲しげに目を閉じていた。分厚い壁とセキュリティに守られた、この国で一番安全な場所。そして、数少ない、アンドリィ・ドールには入れない場所。


『ホーム』


 僕は目の前の光景を見ながら、静かにため息をついた。

「痛て」

 右手の痛みに声を上げる。

小さな声は大きな部屋に吸い込まれ、跡形もなくかき消える。すぐに静けさが戻って、シンとした空間だけが広がる。


 何もなければ静かな空間だ。まるで一人でいるように、静かだ。

 本当は、数え切れないほどの人間に、囲まれていると言うのに。


 カタリ、と音が鳴った。掴んでいた人形が音を立てたのだ。なんとなくどこにも置けなくて、持ったままのドール。彼女が買ってくれたドール。


 持ってるだけで良い。彼女はそう言ったが、使ってない『ドール』なんて不気味で、大の大人が人形を持っているなんて、


「気持ち悪いわね」


 いきなり声がして、ビクンと震えた。上の出入り口から、姉が見下ろしていた。

「あんたそんな趣味あったの? それとも、『その人』はあなたの新しいお友達なのかしら? 知ってると思うけど、たとえドールでも傷つけたら傷害罪だし、わいせつ罪も、監禁罪も適用されるから気をつけて」

「いや、違うんだ姉さん。これはカラッポで。僕ので。けっして誰かでは無いんだ、ましてや危害を加えてるわけでもなくて……ホントに」

 焦って言いつくろう僕に、冗談よ。と姉は笑った。


「中身があるか無いかくらい、見りゃわかる。だれが作ったと思ってんのよ」

 カンカンと姉は階段を下りる。白衣の腰に手を当てて、なんでそんなの持ってるの、と呆れた口調で言った。


「いや、買ってもらったから」

 僕がそう言うと、姉は手元の電子カルテに目を落として、変な女もいるもんだ。と興味なさそうに言った。


 女性に貰ったのだと、言ってもいないのに見抜かれて、否定するのも気恥ずかしくて、ガシガシと頭を掻いた。


 姉が、ペンタブレットを持ち上げる。ガラスケースの一つを指して、少しだけ神妙な顔をする。どうやら、仕事が来たらしい。

「管理番号 NCTO 63F2BC47番――受信機喪失により、27秒後に『覚醒』予定」

「はいはい」


 該当のガラスケースは、ぴったり27秒後に、ピスンと音をたてた。


ケースの中で、ぐったり座っていた人形が震える。

そしてゆっくり顔を上げた。

 見開いた目が僕を認識したようだ。不安げな瞳がクリンと動く。


『覚醒』

アンドリィ・ドールが破壊されたか、電波が届かない状況に陥った為に、『ドール』に神経が戻ってくる事。

『ドール』自身が動かせる範囲は制御されてるが、多少の視力と聴覚、触覚情報はある。


『ドール』の足下が点滅していた。

僕はタッチパネルを操作して、アンドリィ・ドールの確認を取った。

どうやら、ビルの破壊に巻き込まれて、大破したらしい。続けて、個人情報と、資産に、同意が取れているかを確認した。入金はきちんとあった、次回のアンドリィ・ドールの手配もしてあった。


「NCTO 63F2BC47番。乗り換え手続き完了、神経移行を開始します」

 おきまりの台詞を言いながら赤いボタンを押す。

ピスンとまた音がして、人形は顔を下げる。目を瞑って、また寝始める。

 この人の意識は、新しいアンドリィ・ドールに繋がっていくのだ。


 すべての操作を終えて、ふぅ、と一つ息を吐く。姉が後ろで満足そうに笑う。

「仕事、早くなったじゃない?」

「もう二年目だよ、姉さん。子供じゃないんだからさ」

「まぁ、最近は面倒な顧客も減ったしね。次の体が出来ていないとか、ざらだったから」

 まるで保育所みたいだったわ。姉は昔を懐かしむように言って、シガレットケースを取り出した。


「姉さん、ここ禁煙だろう? 僕は良いけど、『この人達』は嫌がるんじゃない」

 僕は『生身でよくタバコが吸えるな』と、そう言った人たちの事を考えた。

今は、自分の体を、汚したり、危険に晒したりする事など、考えられない人たちがほとんどだ。

「ドールに影響は無いわよ。脳は空気に絶対触れない。開発者の私が言うんだから、間違いない」


 そう言う問題じゃないと思うけど。

僕は呆れて、手持ちぶさたに自分の『ドール』を眺めた。


姉が近づいて、ちょっと見せて、と取り上げた。


「買って貰っただけだよ。別に使おうとは思ってない」

「何、弁解してるのよ。そんな事、誰も言ってないでしょう」


 姉は『ドール』をクルクルと回して、蓋を開いたり、操作したりしながら、あんまり変わってないのねぇ。と、ポツリと呟いた。


「あんた……爆弾に当たったんだって?」

「あ、うん。機械率、五パーセントアップ」

「いい加減、サイボーグ認定、出るんじゃない?」

 まだ、三十パーセント台だって。

僕が言うと、姉はハァ、と真っ白い息を出した。


「機械の腕をつけて、機械の臓器を入れて、だましだまし生きて。まったく、生身って奴はどうしょうもないわね」


 そう言って、左手でタバコを握り潰した。姉の左手も、機械の腕だ。


「僕はかまわないけど、姉さんは『ドール』になる権利はあると思うよ。だって、開発者だろう?」

 簡単に死ぬのは嫌だ、と。願って願って『ドール』を開発したのだから、誰よりも『ドール』になりたいはずだろう。誰よりも、死にたくないはずだろう。


 姉は姉はタバコをもみ消して、右手に『ドール』をぶら下げたまま、ふとこっちを向いた。あのね、と神妙な声を出した。


「生きてる事が、必ずしも幸せとは、限らないのよ」


 それは僕の耳にはっきりと届いたけれど、意味が分からなかった。


「いつも考えるのよ。これは、正しい選択だったのか。『ドール』を開発して、はたしてよかったのか。この光景を眺めてると、本当にそう思う」

 薄明かりの中に並ぶ、いくつもの人形。無数の数え切れないほどのドール。それぞれのケースに入って、ぐったりと座って、眠り続ける人形。体の夢を見ながら、自分のドールを動かしながら、でも本体はこんな地下で、集められて無言で眠り続ける、人形。


「なんでこんなに寂しそうなんだろね」

 こんなにいっぱい居るのに。姉は振り返った。僕の人形を片手にぶら提げて、疲れた顔で笑った。


「ねぇ、生身の人間が出来て、『アンドリィ・ドール』が出来ない事って、知ってる?」

「……歌を歌うこと、とか?」

「もっと大きな事よ。根本的な事」

 僕には分からなかった。生身の人間が出来ない事は多いが、アンドリィ・ドールが出来ない事は少ない。精々、電波の届かない所に入るくらいだが、それも電波発信源の普及により皆無に等しい。今や、『ホーム』くらいじゃないだろうか。


「ねぇ、これ借りてって良い?」

 姉が僕の人形を振って言った。別にかまわない、と言うと。姉は上機嫌で階段を上っていった。毎日、何万体と見ているだろうに、どうして一つ増やそうと思うのだろうか。


「そうそう、言い忘れてたけどさ」

 入り口の所で、姉が振り返る。


「もうすぐ、管理体制が変わるらしいから」


「管理体制、どんなふうに?」

「軍政府か力をかけてくれるみたい。今までほったらかしだったから、予算は上がるかもね」

「だと良いんだけど」

「リストラもあるかもよ? その時は、あんた、ドールに入りなさいよ」

 やめてくれよ。僕は医者の話を思い出しながら、嫌なため息をついた。


「あーあ、軍もどうせなら、戦争止める方に力を注いで欲しいわ」

 姉はブツブツ言いながら、扉の向こうに消えた。


 リストラか。もし本当ならどうするかな。そんな事を考えていると、ピスンと音がして、ケースが点滅していた。

 やれやれ、仕事だ。僕は急いで、覚醒した『ドール』に駆け寄った。


お読みくださりありがとうございます。


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感想おまちしております。

哀井田圭一@mmmm4476902325

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