笑う医者
「いたっ、いたたたたたたたたた。痛い、痛いって!」
「黙ってろバカヤロウ!」
医師は怒鳴って、僕の腕をバシと叩いた。
ウグッ、と言葉を詰まらせる。脳天突き抜ける衝撃があった。
「痛感神経、もう死んでるだろうが。痛いわけあるか、バカヤロウ」
「それでも、なんか気持ち悪いんだって」
「そりゃ右腕付けているんだから、当たり前だ」
僕はにじむ汗を左手でぬぐった。右腕はまっすぐ伸びて、治療台の上でコードや包帯を巻き付けられている。
あれだけの爆発で、右腕一本で済んだのは運が良い方だ。
ガチャガチャと機械音を立てて、機械の腕が付けられていく。
元々、肘から先は機械だったが、今回は上腕から持って行かれた。
まったく、予想外の出費だ。
「機械率、五パーセントアップだ。お前、そろそろ四割行くんじゃねぇ?」
「まだ三割台だよ」
「五割越えたら、サイボーグ認定出るなぁ。所得税が減るぞ。かわりに投票権が無くなるが」
ニヤニヤ笑って、グイとコードが引かれた。グツと苦痛に耐えた。
「『ドール』を持つ気になったのか?」
医師が足下の包みを指す。爆発で焦げたが、中身に傷は無いようだ。
「別に、ただ買ってもらっただけで」
「お前も『アンドリィ・ドール』になればいいじゃないか。痛みも、治療する手間も、何より死ぬ心配が無くなるだろう」
僕は神経の悲鳴に耐えながら、人形に視線を向ける。
そっくり。彼女がそう言った、あたまでっかちの人形を眺める。
『ドール』。あの大きな頭は、脳みそを収める為にある。
そこから電波を飛ばし、機械の体『アンドリィ・ドール』を操る。
アンドリィ・ドールが受けた刺激はすべて脳に送られ、脳の意志を受信してアンドリィ・ドールが動く。視界も味覚も、接触情報さえ送られるから、感覚は生身と変わらない。
これが普及したおかげで、今や空爆や銃撃で死ぬ国民は、ごくわずかだ。
「俺だって生身の患者は、お前くらいだよ。儲かるから良い。良いカモだ」
「せめてお得意さんって言ってくれ」
終わった、と腕が放される。再び実感の無い苦痛が走る。包帯で巻かれた腕はまだ上手く動かない。
「麻酔を打っとくか?」
「いや良いよ。我慢出来ないわけじゃないし」
剥き出しの腕を服に通して、タバコを取り出す。
右手はぎこちなく動いて、なんとか口へと運ぶ。
「お前、生身で良くタバコ吸えるな」
誰かと同じ事を言われた。たった一つの体を、良く自分で汚せるな。当然のように持たれる思考。真っ白い煙を吐き出す。右手に持ったタバコは小刻みに震える。
「そういや、おめぇ。一応、公務員なんだろう?」
「そうだよ。政府の下の宮仕え。正式には名前違うけどね」
「『ホーム』の管理体制が変わるって、本当か?」
ん? 僕は思わず、タバコ落とした。膝を火傷する所だった。
「噂じゃ、軍の介入が入るとか、なんとか」
なんだって? 聞き返すと医師は、噂だ。と笑う。
「まぁ、軍に守られたほうが、安心だけどねぇ。『ホーム』に爆弾とか落ちたら、一貫の終わりだし」
ボーン……とさ。医師は両手で爆発を表して、悪趣味に笑う。僕は嫌な感じがして、タバコをもみ消して立ち上がった。
「おーい、これ忘れんなよー」
人形を渡される。頭でっかちの、眠った姿の人形。クラスター爆弾の衝撃に、傷一つ付かなかった人形。
「なぁ、お前さぁ――」
医師が僕に向かって言う。
「いつか死ぬんだろう?」
ニヤニヤ笑って。生身の人間に向けられる、侮蔑を含んだ感情。
お前はいつか死ぬんだろう? ドールじゃないから。生身だから、老いるから。
何をバカな事を。人はみんな、
「いつか、死ぬんだよ」
僕がそう返すと、医師は、あぁ知ってると、いやらしく笑った。
僕は儀礼で手を振って、病室を後にした。遠くで爆撃音が響いてくる。
早く仕事に戻ろう、最近では労災考慮も長くはくれないのだ。
新しい右手に抱かれて、人形がカタリ、と音を立てた。
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哀井田圭一@mmmm4476902325