託された荷物
それは世間では毒ガステロとして処理された。
首相陣がそろって死んだ為に、反対派が息を吹き返し、この国の内政が反転した。
新兵軍法徴兵制度は即日廃棄され、『ホーム』も解体。
軍人は次々と裁判にかけられて、裁かれていった。
戦争は、休戦協定が協議中だそうで、そのうち結ばれると言われている。
僕は……というと、結果九十八人の死者を出したが罪には問われなかった。
テロ自体が、姉の単独犯とされたからだ。
その場には二百人を超える『ドール』の目撃者が居たがその全員が、僕は無関係だと証言した。
おかげで僕は、平和で平穏な日常に、戻る事が出来た。
「遅かったわね」
センターポールから出てきた僕を、彼女が迎える。
もちろんのこと、いつものアンドリィ・ドールで、少し微笑んでいた。
「荷物がね、あったから」
階段を、危なっかしい足取りで下りる。
まだアンドリィ・ドールの扱いに、慣れていない。
「それ『ドール』?」
彼女が聞く。
布でくるまれたそれを、彼女に見せる。
それは、幸せそうに眠る一人の赤ん坊だった。
「姉さんの子供だってさ」
彼女はその子の顔をのぞき込むと、僕から受け取って、抱き上げた。
あんたじゃ落としそう。
と彼女は言った。
「女の子だよ。いつのまに産んだんだろう。僕、知らなかった。自分が死んだら、僕に行くようになってた」
僕は空を見上げて、姉さんの言葉を思い出す。
──生身の人間が出来て、『アンドリィ・ドール』が出来ない事って、知ってる?
歌を歌うこと。
自ら死ぬ事。
そして、子供を産む事だ。
彼女が僕の顔をのぞき込んで、
行こ?
と笑いかけてくる。
僕らは青空の下を、並んで歩く。
もう、爆撃機が飛んでくる事もない。
もう、ミサイルが横切る事もない。
赤ん坊はすやすやと眠っていた。
それは、どんな『ドール』の寝顔よりも、幸せそうだった。
「姉さんは……これを守りたかったんだな」
最後、姉さんは笑っていた。
心残りが無いわけじゃ無かったろう。
それでも姉さんは、死ぬ方を選んだ。
死んで、代わりに僕に託す方を選んだ。平和な未来と一緒に。
僕がやった事が、正しかったのかどうかは解らない。
ただ僕は、自分の守りたい物を全力で守っただけなのだ。
ふにぃ。と赤ん坊がぐずり始める。
彼女があらあら、と揺すってあやしてしている。
それは昔、あのピンクの部屋で『ドール』を抱いている姿に似ていて、そして違った。
彼女の顔に、あの孤独感は無い。
「ねぇ」
僕は彼女に言う。
「僕と一緒に、その子を育ててくれないかな」
彼女は一瞬、僕を見てから、不機嫌な顔してそっぽを向いた。
「そういうのってさ、プロポーズが先なんじゃないの?」
僕はカリカリと頭を掻いて、真っ赤になった彼女に言った。
「僕と結婚してくれないかな」
赤ん坊がいつの間にか笑っていた。彼女は涙の流れる顔を伏せたまま、小さく頷いてくれた。