表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マイティ・ドール  作者: 哀井田圭一
13/15

無数のドール

 銃弾は……姉の足下に当たって跳ね返った。


「なにっ!?」


 銃筋を代えたのは、首相の腕に飛びついた一人の人間だった。いや、それは人では無くて。あたまでっかちの小さな、人形。


「なんで『ドール』が動いている!」

 ドールが、腕に飛びついたのだ。


 辺りで悲鳴が上がった。部屋中の人形が動き出して、軍人に襲いかかっていた。

「おい、どういう事だ、なんで!」

 部屋にあった人形が動きだした。

 すべてが、一つ一つが思い思いに、攻撃を始めた。

ある物は飛びかかって、ある物は足を掴んで。

軍人達は床に引き倒されて、『ドール』が群がっていった。

銃声があちこちで響いた。何体もの人形が潰れた。だが、勢いは止まらない。


「首相! 大丈夫で――」

 聞き覚えのある軍人声は、それ以上続かなかった、

口に沢山の人形の腕が突っこまれていた。


「これは、どういう事だ!」

首相の声がする。無数の人形がうごめく真ん中で、とびかかる人形を必死にたたき落としている。


 ははっ。

 誰かの勝ち誇った笑い声がした。怒濤の合間から、姉の笑う声。


 人形技師が隠した、『ドール』に付けた機能。

すべての『ドール』は動く事が出来るように作られていた。

中の人の意志で、動く事が出来る。通常は規制をかけている。それを解除するのが――


 それが、歌だった。制作者の数人だけが歌える。

生身の人間が出す、自然で心地よい歌の旋律。


「私に触るなぁ!」

 首相が『ドール』を振り払う。

それでも『ドール』は飛びかかっていく。

彼らはずっと見ていたのだ。

山の中で、僕らが立ち回るのをすべて聞いて、見て。

首相が雄叫びを上げた。

何体ものドールが振り払われて、踏みつぶされる。

銃声があちこちで響いて、その度に脳髄が舞う。


「頭をねらえ!」

 誰かが叫ぶ。

「所詮は人形だ! 全部たたき壊せ」

 そう、人形に人並みの力は無かった。

どんなに数が多くても、どんどん叩きつぶされて、それでも何体もの人形が襲いかかっていく。

 このままでは『ドール』に勝ち目は無い。


 僕は軍人の腕を振り払って、飛び出す。首相に向かって走り、後ろから掴みかかった。

「お前!」


「僕の……僕らの世界を返して下さい」


 平和だった頃を、

 不安の無かった頃を、

 未来を返して下さい。

 これから先に世界を、

 明るい未来を、

 返して下さい。


 返して下さい!


 銃声が一発した。

 それは驚くほどすぐ近くから聞こえた。


 体から力が抜けた。

銃弾は、僕の腹に真っ赤な穴を開けた。


 あ、

 半開きの口から声が漏れる。首相の脇の下から煙りの立つ銃口を見る。

 首相の撃った銃弾は、確実に僕の運動機能を壊して、僕の体は床へと崩れた。


 反転した視界で、首相が勝ち誇ったように笑ったのが見えた。


 ふら、と揺れた首相の腕が僕の方に向く、まっすぐ頭に向けられる。

 そんな光景を、僕は動かない体で見ていた。

 首相は笑っていた。乾いて、歪みきった笑い方だった。


「なめんじゃないわっ、コラァ!」

 首相の後ろから誰かが抱きついた。


「お前……この女」

「人形技師を、甘く見ない事ね」


 姉が僕の義手を持っていた。

首相の首に回して、両手でガッチリと掴んで。

「離せ、コイツ!」

「知ってる? 技術は人を幸せにする為にあるの。この腕を作ったも私。手首をひねって印を合わせるとね」

「お前、死ぬ気かっ?」

 姉はニィと笑いながら、キリキリと手首を回してた。


「死ぬ事がね……幸せである事もあんのよ」


 辺りで銃声が木霊する。

遠くから、首相! と叫び声がする。

首相は全力で暴れた。姉は決して、離さなかった。


 姉がこっちを見て、

「後は頼んだわよ。荷物は送っといたわ」

そう言って、最後の笑顔を見せた。


 カチリと義手が音を立て、真っ白の煙が噴き出す。

一瞬で室内が白くそまり、その煙はダストを通って、施設内に充満した。


 首相は即死だった。

姉もほとんど同じ。

部屋の中の軍人は、十秒以内に倒れ、声を上げる暇無く死んでいった。

たぶん、施設内で、助かる生身の人間はいない。

軍人も、政治家も同じ様に死んでいった。

生き残るのは、外気に絶対に触れないように設計された『ドール』だけだ。


 僕の視界には、彼女が映っていた。

何がなんだか分かっていない彼女。

僕にすがりついて、泣こうとしている彼女。

『ドール』に泣く機能はついていない。


 大丈夫……。

と言おうとして、無理だった。

大丈夫だから、と伝えたいのに。もう口が動かない。僕はしずかに目を閉じる。

 彼女がすがりつくのがわかる。僕の体はゆっくりと壊れて、意識が離れていった。




「うわっ、機能性悪いなぁ」

 室内で、僕の声だけが響いた。

普通の『ドール』に喋れる機能はついていないから、必然と僕だけになる。


 みんなが何事かとこっちを向いた。

僕は慣れない体を動かして、絡みつくバッグから這い出てくる。

「あーあ。やっぱり壊れたか、僕の体」

 僕は血を流している体まで歩いていく。

同じ視線になった彼女が、僕を見て目を見開く。


「やぁ。僕も『ドール』にしてみたんだ」

 僕は今まで動かしていた、血まみれの生身の体を眺めながら、感慨深げに息を吐く。


左腕を付け替える時、医師に頼んだのだ。


この人形に、脳みそを移して欲しい、と。

姉が改造した人形は電子頭脳を取り外すとちゃんと脳を保管できるようになっていた。

脳を外した体は、骨格をいくつか埋め込んで、即席の『アンドリィ・ドール』にして動かす。

腐敗はするから、長くは持たないが、一日二日なら動かせる。

『ホーム』で『アンドリィ・ドール』が動かせないのは、電波塔が無いから。

だから『ドール』から直接、電波を飛ばす必要があって、バックにいれて近くに置いておいた。

トランシーバーみたいな物だったが、うまく動かせて良かった。

そして、『アンドリィ・ドール』が壊れたら、速やかに『ドール』が覚醒する。


これらもまた、姉がつけていた機能だった。

 

僕は人形の姿で笑ってみせる。

ちゃんと表情が出来ているのか、自信は無い。

彼女が買ってくれた人形の姿で、ねぇ君はどう思うかな。


 彼女は僕に抱きついた。

人形の短い腕で、必死に僕にしがみついた。

大きな頭同士がぶつかって、ひどく邪魔だった。


「あのさぁ……僕、綺麗な顔も、生身の腕も、もう無いんだけど……」

 だから手術前に、君に会いに行ったんだけど。


 彼女は顔を上げて、僕の頬を殴った。

ポコンと音がして、慌ててバランスを取った。

 彼女の『ドール』に喋る機能はついていない。

だけど、口を動かしたその言葉は僕にでも分かった。


…… バカ ……


 そして彼女は、また僕に抱きついた。

 僕はちゃんと守れただろうか。彼女の温もりを感じながら、ぼんやりとその事を考えていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ