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マイティ・ドール  作者: 哀井田圭一
12/15

拘束された姉

 拘束された姉は、服は無残に引き裂かれて、むき出しの肌と、止まっていない血、目は開いていなかった。たぶん、意識はほとんど無い。

 軍人が手を離すと、ベチャリと床に倒れ込んだ。


「あぁ……」

 僕の口から意味のない呟きが漏れる。


「噂はあったんだよ。人形技師は、何かを隠したらしい。我々も知らない、人形の機能があるらしいと。しかし、君のお姉さんは素敵に口が堅い。何も教えてくれなかった。他の技術者もまた同じだ。だから変わりに君に聞こうと思ったんだよ」


 首相が合図をすると、周りの軍人が僕の服を探った。

やがて僕のポケットから、ICカードが引っ張り出されて、首相の手に渡る。

「さぁ、これはなんだろう? いったい何が入っているんだい?」


 軍人の一人が、僕のカバンを持ってきて、ガスマスクを引っ張り出す。

 やっぱり毒ガスか。と首相は転がった義手を、嫌な目で見る。


「さ、教えて貰おうか、ミスミ・ジュン君。君は何をしようとした? このカードには、何のデータが入っている?」


 僕は何も言わない。誰かが僕の髪を掴んで、無理矢理引き上げる。

その顔を覗き込んで、首相は笑った。


「まぁ、言わないなら良いよ。黙ってても君の計画は潰れたんだ。そうだなぁ、ホーム職員の反逆の見せしめに、君の処刑を生中継してやろう。先にお姉さんの番かな、どっちが先が良いだろう。それとも何かい? ここで君のお姉さんを殺したら、君は喋ってくれるのかな」


 頭が嫌な軋みを立てた。

絶望が思考を押し流していく。

心の奥の辺りから、どす黒い恐怖がはい上がってくる。

足が震え始めていた、首筋が痛いほど冷たい。


 失敗した。僕は失敗したのだ。

 義手を取られて、ICカードを取られて、あげく取り押さえられて。


 体はほとんど動かない、両腕を押さえれて、身をよじる事も出来ない。


――姉さん。

 僕は少し先で倒れこむ、ボロボロの姉に目をやった。


 そんな僕を見て、首相は満足そうに笑う。

 周りの軍人に命じて、姉の体が起こされる。数人に掴まれて、上半身だけ起きあがるが、ぐったりと首が落ちたままで、目を覚まさない。


「姉さん……」


首相が、僕の顔をのぞき込む。

「さて、そろそろ教えてくれるかな。お前は何をしようとした? 人形技師は、いったい何を隠している?」


 僕の口は言葉を紡がない。半開きの口は震えるだけで、何も答えない。

 ふむ、と首相が頷いて、銃を取り出す。カチリ、と音を立てて、真っ直ぐ真横に伸びる。


「君の大事な人は二人いるようだが、どっちの方が大事なのか、私でも分かる」

 銃口は、ドールの山に向いていた。すぐそこに積み上がったドールの山。先にあるのは、あのピンク色の服着た、彼女のドール。


「やめろ!」

 僕は声を張り上げて、暴れようとしたが、ほとんど体は動かなくて。

逆に床に倒されて、押さえつけられた。頬が地面で潰れる。視線を動かすと、斜めの視界に、辛うじて首相の顔が見える。


「君の交友関係を調べるのは簡単だった。だが引っ張ってくるは骨が折れた。この女一つ持ってくるのに、とんだ大捕物だ」

 クルリと首相は部屋一面にひしめくドールを眺める。


「これだから『ホーム』に預けない輩は困る」


 まさか、と僕は呟く。

 まさか……僕にボロを出させる為に、彼女のドールをここに引っ張ってきて、彼女のドールを引っ張る為に、一緒に居たドールをすべて……この部屋いっぱいの人たちを。


「僕のセイで……」


「言え。人形技師が隠した技術は? お前は何を知っている?」

 僕のせいで彼女が、僕のせいで……


「あ、」

 僕の口が擦れた声を出す。

 銃口は真っ直ぐ、彼女の方を向いている。一番助けたかった人、彼女の為に、彼女を守りたくて、だから……

「言え。その機能は、どうしたら起動する?」

 彼女の目が開いているのが分かる。銃を向けられて、震えているのが分かる。

「あのデータは何だ」

 あのデータは……あれは……


 僕は彼女を守りたかった。


「……歌よ」

 誰かが呟いた。


 首相が振り返る。視線の先に、ぐったりと首を落とした、姉の姿がある。

「なんだって?」


「……歌。あのカードには私の歌が入ってる」

 クッと姉が顔を上げる。真っ赤にはれた顔で、首相を見る。


「歌だって? 一体どんな歌だ」

 フフッと姉が笑った。

そして、その歪んだ口からメロディが流れてきた。

 ゆっくりとした、賛美歌のような、子守歌のようなメロディだった。

消え入りそうな姉の声は、どんどん大きくなって部屋の奥に流れ込んでくる。

暖かな歌が、体に、頭にしみこんでくる。


 首相がもういい、と姉を制する。それでも姉は歌い続ける。


「やめさせろ」

 首相が命じて、誰かが姉を殴りつける。それでも姉は歌い続ける。


 首相がため息をついて、姉の元に歩いていく。そして、その頭に銃を突きつける。

 姉の声が止まった。視線は、首相から外れて僕に向けられていた。

「姉さん……」

僕の声に姉が小さく頷いた。

「心配しなくて良い。あんたは立派に仕事した」

そして笑った。


 首相が引き金を引いた。


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