拘束された姉
拘束された姉は、服は無残に引き裂かれて、むき出しの肌と、止まっていない血、目は開いていなかった。たぶん、意識はほとんど無い。
軍人が手を離すと、ベチャリと床に倒れ込んだ。
「あぁ……」
僕の口から意味のない呟きが漏れる。
「噂はあったんだよ。人形技師は、何かを隠したらしい。我々も知らない、人形の機能があるらしいと。しかし、君のお姉さんは素敵に口が堅い。何も教えてくれなかった。他の技術者もまた同じだ。だから変わりに君に聞こうと思ったんだよ」
首相が合図をすると、周りの軍人が僕の服を探った。
やがて僕のポケットから、ICカードが引っ張り出されて、首相の手に渡る。
「さぁ、これはなんだろう? いったい何が入っているんだい?」
軍人の一人が、僕のカバンを持ってきて、ガスマスクを引っ張り出す。
やっぱり毒ガスか。と首相は転がった義手を、嫌な目で見る。
「さ、教えて貰おうか、ミスミ・ジュン君。君は何をしようとした? このカードには、何のデータが入っている?」
僕は何も言わない。誰かが僕の髪を掴んで、無理矢理引き上げる。
その顔を覗き込んで、首相は笑った。
「まぁ、言わないなら良いよ。黙ってても君の計画は潰れたんだ。そうだなぁ、ホーム職員の反逆の見せしめに、君の処刑を生中継してやろう。先にお姉さんの番かな、どっちが先が良いだろう。それとも何かい? ここで君のお姉さんを殺したら、君は喋ってくれるのかな」
頭が嫌な軋みを立てた。
絶望が思考を押し流していく。
心の奥の辺りから、どす黒い恐怖がはい上がってくる。
足が震え始めていた、首筋が痛いほど冷たい。
失敗した。僕は失敗したのだ。
義手を取られて、ICカードを取られて、あげく取り押さえられて。
体はほとんど動かない、両腕を押さえれて、身をよじる事も出来ない。
――姉さん。
僕は少し先で倒れこむ、ボロボロの姉に目をやった。
そんな僕を見て、首相は満足そうに笑う。
周りの軍人に命じて、姉の体が起こされる。数人に掴まれて、上半身だけ起きあがるが、ぐったりと首が落ちたままで、目を覚まさない。
「姉さん……」
首相が、僕の顔をのぞき込む。
「さて、そろそろ教えてくれるかな。お前は何をしようとした? 人形技師は、いったい何を隠している?」
僕の口は言葉を紡がない。半開きの口は震えるだけで、何も答えない。
ふむ、と首相が頷いて、銃を取り出す。カチリ、と音を立てて、真っ直ぐ真横に伸びる。
「君の大事な人は二人いるようだが、どっちの方が大事なのか、私でも分かる」
銃口は、ドールの山に向いていた。すぐそこに積み上がったドールの山。先にあるのは、あのピンク色の服着た、彼女のドール。
「やめろ!」
僕は声を張り上げて、暴れようとしたが、ほとんど体は動かなくて。
逆に床に倒されて、押さえつけられた。頬が地面で潰れる。視線を動かすと、斜めの視界に、辛うじて首相の顔が見える。
「君の交友関係を調べるのは簡単だった。だが引っ張ってくるは骨が折れた。この女一つ持ってくるのに、とんだ大捕物だ」
クルリと首相は部屋一面にひしめくドールを眺める。
「これだから『ホーム』に預けない輩は困る」
まさか、と僕は呟く。
まさか……僕にボロを出させる為に、彼女のドールをここに引っ張ってきて、彼女のドールを引っ張る為に、一緒に居たドールをすべて……この部屋いっぱいの人たちを。
「僕のセイで……」
「言え。人形技師が隠した技術は? お前は何を知っている?」
僕のせいで彼女が、僕のせいで……
「あ、」
僕の口が擦れた声を出す。
銃口は真っ直ぐ、彼女の方を向いている。一番助けたかった人、彼女の為に、彼女を守りたくて、だから……
「言え。その機能は、どうしたら起動する?」
彼女の目が開いているのが分かる。銃を向けられて、震えているのが分かる。
「あのデータは何だ」
あのデータは……あれは……
僕は彼女を守りたかった。
「……歌よ」
誰かが呟いた。
首相が振り返る。視線の先に、ぐったりと首を落とした、姉の姿がある。
「なんだって?」
「……歌。あのカードには私の歌が入ってる」
クッと姉が顔を上げる。真っ赤にはれた顔で、首相を見る。
「歌だって? 一体どんな歌だ」
フフッと姉が笑った。
そして、その歪んだ口からメロディが流れてきた。
ゆっくりとした、賛美歌のような、子守歌のようなメロディだった。
消え入りそうな姉の声は、どんどん大きくなって部屋の奥に流れ込んでくる。
暖かな歌が、体に、頭にしみこんでくる。
首相がもういい、と姉を制する。それでも姉は歌い続ける。
「やめさせろ」
首相が命じて、誰かが姉を殴りつける。それでも姉は歌い続ける。
首相がため息をついて、姉の元に歩いていく。そして、その頭に銃を突きつける。
姉の声が止まった。視線は、首相から外れて僕に向けられていた。
「姉さん……」
僕の声に姉が小さく頷いた。
「心配しなくて良い。あんたは立派に仕事した」
そして笑った。
首相が引き金を引いた。