山と積まれたドール
ガラガラと台車が運ばれてきた。
手伝ってくれ、と軍人が呼ぶ。僕は仕事から離れて、台車を取りに行く。
「あれ? お前、機械率上がってねぇ?」
なじみの軍人は、僕の左手を指して言った。
ちょっと空爆で、と言うと、軍人は笑顔で、
気をつけろよ一つしか無い体なんだから。
と肩を叩いた。
台車を押して開発室まで入る。
広い部屋には、沢山の『ドール』が山積みにされていて、いっせいに視線を向けた。
まるでゴミ処理場のようだった。
「そこに積み上げてくれるかな」
台車の中も『ドール』で詰まっていた。
僕は何も考えないようにして、山に積み上げていく。
一つ一つが、恐怖と憎悪に染まった目で、僕を睨んでくる。
きっと、この人たちは、僕の顔を一生忘れない。
鈍い破壊音がした。スイカをたたき割ったときの様な、嫌な音。
部屋の隅で、何人かの軍人がハンマーを振り上げていた。
「な、」
その光景を見て、思考が止まった。
軍人が次々と『ドール』をたたき割っていた。
「あぁ、あれ? 普通は電気ショックなんだけどさ。なんか間に合わないらしくて。いやぁ、『ドール』を『ホーム』に預けない奴が多くてさ、なんか協会作って自分達で隠していたらしいよ。昨日、いっせい検挙されたんだ。だからこの大にぎわいなわけ」
なじみの軍人は、にこやかに説明してくれた。
『ドール』は端から壊されていく。
壊しても壊しても、あとから台車で運び込まれてくる。
部屋の中は、殺されるのを待つ人形と、屍骸と化した人形が、積み上がっていく。
左手がギシリと痛んだ。
気のせいだ、と思いこんで、痛みを忘れる。
助けてあげられなくて、ごめん。と無言で言う。
室内には、沢山の軍人がひしめき合っていた。作業する人もそうだが、見張りか何かか、ただ立っているだけの人もいた。
左手がまた痛んだ。まだ早い、と僕は呟く。
夜まで待てば人が減る。また警備も手薄になって、そしてこれで――
空になった台車に手をかける。
山の横を通って、出口へと向かう。
なじみの軍人が、ありがとなー、と手を挙げていた。
――…… 寂しいのよ ……――
それは視界の端に入って、そしてこびり付いた。
認識するより早く、首が動く。
口から勝手に声が漏れた。僕の目は確実にそれを見ていた。
積み上がった山の端に、ピンクの服来た、あの『ドール』があった。
僕の思考が止まった。
見開いた目がこっちを見ていた。
沢山の人形に紛れて汚れていた。
だがそれは確かに、前に僕が抱いた、ピンクの部屋で座っていた、あの人形。
そこに居るのは、彼女だった。
辺りから音が消えた。
僕の目は彼女だけを映していた、それは、僕が何を犠牲にしても、助けたいその人だった。
彼女に軍人の手が伸びていた。
思考は消えた。
僕の頭は、何も考えていなかった。
ただ目の前の、彼女だけを見て飛び出していた。
何も考えてなかった。他の事はどうでも良かった。
走り出した僕に、軍人が気付いて、止めようとする。それをかいくぐって、彼女目がけて走った。
辺りが雑然と動く。僕は必死に、手を伸ばした。
三人がのしかかって、僕を押しつぶした。
僕の腕は数十センチ、彼女に届かなかった。むちゃくちゃに暴れて、必死に手を伸ばす。その腕をだれかが踏みつけた。
ガチャリと金属音がした。
やっと耳が音を認識した。
拳銃が、彼女に突き付けられていた。
「暴れないでもらおうか」
銃を持って、涼しげな顔をしているのは、なじみのあるあの軍人だった。
体から力が抜けた。腕が押さえられて、そのまま体を引き上げられる。
「左手をはずせ。高性能で、毒ガスが仕込まれているらしい」
僕は軍人の顔を凝視した。
鈍い痛みが走って、肩から腕が抜ける。
いつもと同じ笑顔の彼は、何か言おうとした僕を制して、視線を外した。
その視線の先、部屋の入り口。軍人を引き連れて立っていたのは、悪夢ですら見た――
「首相……」
「やぁ、ミスミ・ジュン君。会うのは初めてか? 私の名前は知っているだろう」
首相は笑みを浮かべながら、僕に近づいてくる。
僕の顔から血の気が引いていく。
「結構簡単にボロを出したな、こんな事なら早めに拘束しておいてもよかった」
僕の喉が震える。言いたい事はいくらでもあるのに、言葉にならない。絡まったようなうめき声が、かろうじて出る。
「ど、ど、ど……」
「どうして知っているのかと聞きたいのか? そうだな……昨日深夜に、違法診療の病院が摘発されてね。どうやら、禁止されている種類の義手が移植されたと。それで踏み込んだら、おかしな通信履歴を見つけたのだよ。誰だったと思うかい?」
首相は後ろを振り返った。
二人の軍人が入ってきる。
誰かの後ろ手に拘束して、引きずっていた。
女性に見えるその人は、遠目から見ても血だらけで、ボロボロに傷ついていた。
軍人が髪を掴んで、その顔を引き上げる。殴られて腫れた顔が目に入る。それは――
「君のお姉さんだ」
それは、久々に会った、姉の姿だった。