『ドール』な彼女
僕の耳には、受信機がついていない。
そう告げると、彼女はごく一般的な反応を返した。
「と言う事は、あなたは『ドール』を持ってないのね」
そう言って、露骨にため息をついて、コーヒーをすすってから、顔を反らした。
まぁ、すぐに席を立たないだけ良心的だ。
爆発音がした。
窓の外を爆撃機が横切り、対空砲が上がった。
続いて爆発音、ガラスがビリビリ鳴って、すぐ先の建物に火が上がった。
それを眺めて、僕はタバコの灰を落とす。
遅れてきた戦闘機が第二波を投下して、建物の残骸を壊していく。
「生身のくせに、よくタバコ吸えるわね」
ん? 僕は吸い込みながら首を傾げる。
「それとも自殺志願者? だから『ドール』を放棄してんの?」
まさか、違うよ。灰皿に押しつけながら、苦笑いを返す。
「職人なんだ。生命器容具取扱資格者」
「あんた、人形技師?」
「いいや。『ホーム』の方」
ナンパして損した。
と、彼女は不快感を隠さずに言った。
僕は申し訳なくて、ガシガシと頭をかく。
一際大きな爆発があった。彼女はカバンを手にとって、立ち上がる。
「何やってんの、行くわよ」
僕は首をかしげる。
てっきり僕なんか放って、席を立つもんだと思っていたから。
「なんて顔してんの」
と、彼女は顔をしかめた。
「ショッピングに付き合ってくれるんでしょう?」
サイレンと爆撃音が同時に聞こえた。
窓のすぐ向こうに戦闘機が落ちて、大きな炎が上がった。
「いいの? 生身の人間なんて、気分が悪いだろう?」
「そりゃ、気持ち悪い。『ドール』を持ってないなんて人間じゃない。すぐ死んじゃうじゃない」
「じゃあ」
「それと見た目は別。あんたは、私が見てきたどんなヤツより、」
――クールな目をしてる。
カバンを翻して、彼女は歩いていく。
僕は彼女を追いかけて、地下街への階段を降りる。
『ドール』。正式名称、生命器容解析通信媒体。それは三十センチの、半分以上を頭部がしめる、頭でっかちな人形。服や髪型はさまざまだが、大抵、座った体勢で、目を瞑って置かれている。今や、この国のほとんどの人間が持っている。生命維持の最先端の技術。
「どれがいい?」
店に入るなり、彼女は言った。
目の前には、多種多様、沢山の人形が並んでいた。
「これどう? 髪の毛がそっくりだわ」
「いや、あの、僕『ドール』じゃないんだけど……」
「持ってる事はできるんでしょう? とりあえず所有してればいいわよ。それで十分」
これなんてどう? 彼女は、楽しそうに一つの人形をさしてくる。
別になんでもいい。
と、顔を反らすんだが、ちゃんと見て。と押しつけてくる。
目を瞑った人形、悲しげにも見える、大きな顔。僕はこの顔があまり好きではない。
「目は何色が良い?」
水晶体を選びながら、彼女は僕の顔を見る。
ほら、そっくり。眠った人形と見比べて彼女は笑う。
どこにお送りすれば? と定員が聞く。いいよ。持って帰る、と包みを受け取る。
「途中で壊れない?」
外は爆撃の嵐。銃弾も手榴弾も飛んでくる。
「壊れるような事が在ったら、僕も一緒に壊れる」
一瞬遅れて彼女が笑った。どうやら、冗談は通じたようだ。
その帰り道、目の前にクラスター爆弾が落ちた。
彼女の体は四散して、僕の体はふっとんだ。
消える意識の最後に、首だけになった彼女の、心配そうな目を見た
お読みくださりありがとうございます。
Twitterやってます。
感想おまちしております。
哀井田圭一@mmmm4476902325