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1話「自、殺、を、考、え、る」

 ふと窓の外を考える。

 窓の外は田園風景が続き、澄んだ空気は痛いほどに侵入してくる。


 ここは日当たりだけか取り柄のアパートの2階で、ちょっと高さに頼りない。


「今日は秋晴れって言うのよね、そうでしょ?」

 リラに話しかけられ、やっと私はカーテンの向こうの窓から目を離した。

「秋だからね。夏は夏晴れだし冬は冬晴れだし、春は春晴れなんだよ」

「ふーん、あたしには全部同じに見えるわ」


 リラはカラッとした性格で、思ったことをすぐに口にするような子だった。


 私は窓の前に立ったまま部屋を見渡していた。6畳のワンルームにひしめく家具と服が私を一心に見つめているようだった。

 ベッドの上に鎮座しているぬいぐるみたちは卑怯にも目線を合わせない。


 一方でリラはどこにも姿を表さない。故に一度も目を合わせたことはなかった。

「リラには風情がわからないんだよ」

 私はわざとあっけからんに言う。

「わかるわよ!あたしはカボチャとナスの違いだってわかるわよ!」

 リラはいつもみたいに逆上してキーキーと甲高い声を出していた。

「あたしはねぇ、人より少し合理的なだけよ!?変に感傷に浸っている暇が勿体ないって思うの!」

 私は喚くリラが好きでいつもわざと彼女の癪に触ることを言うのだ。

 気がつくと私はお腹が痛くなるほどケラケラ笑っていた。

 そんな私の様子を見たリラは気が散ったのか幾分か冷静に戻っていた。


「今日は最高にいい天気じゃないの?」

 彼女は私にこう投げかけた。

「いい天気だからすごく迷った」

 私は再び窓の外に視線を移す。

 カーテンの隙間から見える青空は上に行くほど黒く深く色が変わっていく。 


「ぶっちゃけさあ、自宅ってどう思う?なんかありきたりで面白くないよね」

 私は今自宅が不満だった。郊外の平野にポツンと建つ小さな2階建てのアパートはドラマ性に欠けていた。

 そもそも高さが足りない、そこが許せなかった。

 リラはきっと痛みがわからないのだ。だから痛みを伴い続ける恐怖が見えてこないのだ。

 見えている失敗が、だ。

「いわばスタンダード?良くて王道?」

 とぼけたようにリラは言った。

「あと高さが足りないから無理」

「それって致命的じゃない!?」

 リラは本当に気づいていなかったらしい。

「でも首括るのは嫌って言ったじゃない」

 続け様にリラが聞いてくる。

「みっともないじゃん。首が伸びて糞尿撒き散らすとか」

「そうなの?有終の美を飾るには程遠いわね!」

「まず首吊りって苦しそうだし」

 と口では言っているが、首吊りについては乗り気な時もあった。

 首吊りは簡単な上に何より周りにバレにくい利点がある。最初から最後まで密室の部屋で完結できるのは魅力的であった。

 だが、知らなきゃいい事もあるわけで。苦しいのも姿がみっともないのもどちらも嫌だった。


 窓から吹く風に耐えられなくなり窓を閉めた。携帯の時計へ目を移すと午後1時半を回っている。

「あ、カウンセリングがあるんだった」

 私は思い返したように呟く。本当は今日一日そのことで頭がいっぱいだったのに、忘れたふりをしていた。

「何やってんのよ!早く出発するわよ!」

 リラはそうやって私を急かす。

 今日はカウンセリングに初めて行く。好奇心とともに不安もあった。これで何も変われなかったらどうすればいい。どうしようもないか。もう終わってるんだから。

 私は使い古した黒いリュックを背負って部屋を出た。やはり風は痛く私の全身を突き刺した。


 徒歩15分ほどでカウンセリングを受ける施設に着いた。受付で予約していた者だと伝えると担当のカウンセラーが出てきて部屋まで案内された。カウンセラー比較的若い女性で歳は30手前か30過ぎくらい。少し肉付きがよい人だった。

 2階の小さく質素な部屋に案内され、私は背に座ることを促された。部屋に一つだけ空いた窓が部屋を明るくしていた。雲が流れる様子がいつもより速く見えた。カウンセラーは窓を背にして席についた。

「死にたいと思うと。一体どういう時にそう思います?」

 カウンセラーは口を開いて言った。


 微妙に高い位置にあるこの部屋はちょうど宙ぶらりんになって今にも回転しそうなほどに不安定だった。

 気持ち悪くなるほどの沈黙。目前には冷ややかな目がこちらを覗いていた。

 バインダーを抱えるカウンセラーはまるで実験動物に対して試験を行う実験員のようだった。

 私はつまり実験動物だ。この世界でいつ死ぬのかどのような状況で死ぬのか、いかにも知りたいというご様子だ。

 私はすっかり恐縮して口が開かなくなっていた。遥か高い次元から見下ろされているようで長い痛みを伴った。

「自分が嫌になる時ですかね」

「なるほど。そう」

 どうにか紡ぎ出した言葉はカウンセラーの手によってバインダーの紙にあっけもなく写しとられ消えていった。

「具体的にはどんな時?」

 間を置かずに質問が返ってくる。

 またも私は正解の回答を探すために居心地の悪い虚空へと投げ出された。

 この人はどんな答えを望んでいる?なぜ?わからないわからない。まさに消えたくなるのは今この瞬間だというのに。

 そうだ、今の私だ。

「じ、自分のことを伝えられない時ですかね」

 と答えると、

「あーなるほどね、自分のことをうまく伝えられない」

 カウンセラーはわざと大きく驚きと納得の反応を見せた。今日一番の反応だった。

「そっかー伝えられないんだー」

 まさに今その伝えられてない様子を実践されて目の当たりにしてますよという具合にまじまじと私の目を見て頷くカウンセラー。終始煽り散らしてこの人は喧嘩を売りたいのだろうか。

 そうか、私に怒りをもたらして生命力を促進させるという治療方法なのかもしれない。なら納得だ、実にわかりやすく実践的だ。


 窓の外は曇天だった。今にも雨粒が瞼を刺すようなぐずった空模様だ。

 次にカウンセラーはリストカットや薬を大量に飲むことはあるかと聞いた。私はないと答えた。

 それから3分とも経たないうちにカウンセリングが終了となった。どれも私がいいえと答え続ければ終わる質問だった。


 なんだ、馬鹿らしい。これではカウンセリングではなく尋問だ。私は犯罪でも犯したのだろうか。

 ではなんだ、リストカットや薬を大量に飲んでいた方がいいというのか。やっていると答えていれば深刻なものだと切になって聞いてくれたというのか。

 ふざけやがって、薬を大量に飲むことなんてすぐにできるさ。リストカットはできないにしてもだ。今は金がないから買えないだけで、すぐにでもやりたいぐらいだ。今に見てろ、来月には薬局に行って買い込んでやる。


「時間になったので今日は終わりになりますが、また相談に来ますか?」

 そう聞かれて私はどうしようもない怒りを抑えながら、相手の言葉を理解しようと頭を働かせた。

 終わり?これで?再びここに来て何か進展があるのだろうか?今日は何か解決したか?何も。

 だがこのまま終わりにして私のこれからもきっと変わらないまま過ぎていくのなら、少しくらい変化があった方がいいかもしれない。

「また、来週お願いします」

 意味があることだと信じて。


 家路につき、地平線に続く道路を進んだはるか先、くすんだ緑色の山々が私を威圧してくる。

 山々をよくみるとわずかに白く染まっている所が点在していた。山桜だろうか。あんな高いところに。

 足元を見るとアスファルトの間から雑草が芽吹き始めていた。


 クソみたいなこの世界に、もうすぐ春がやってくる。

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