ラシュナイの罰
とても間が空いてしまいました。長すぎない様にしたのですが、良ければお読み下さい。
ジェフィティールとスィフィルが商業都市ランテスの宿屋「フクロウの森」に宿泊して数日が経ったある日、アカスズメフクロウに似た小さなフクロウが窓から入ってきた。ジェフィティール達はその子がセイリヤの眷属であることがわかったので特に驚くこともなくテーブルの上に招いた。
『ホゥ、キュキュキュッ。キュキュキュッキュ。』
そのフクロウが可愛らしく声を出しているが、それを聞いていたスィフィルは大きなため息と共にこめかみを押さえていた。ジェフィティールも頬杖をつきながらため息と共に疲れた様な声色で本音が漏れる。
「ふむ…。たかだか数日ランテスに滞在しているだけなのに、ラシュナイは我慢が効かないですね。」
「はぁ、そうだなぁ。別に観光でいるわけじゃないけど、も少しゆっくり狩人していたかったかな。」
『キュキュッ?』
フクロウが可愛く首を傾げたところでキラキラした目を向けてジェフィティールを見た。その仕草に、まだまだ商業都市ランテスでアバターの活動を楽しもうとしていたジェフィティールとスィフィルは、自分の楽しい時間を終える覚悟を決めたのだった。
「あぁ、わかったわかった。セイリヤも宥めるのが限界というなら、もう<サラーサ>に行かないとな。ラシュナイがこっちに来たら色々と面倒過ぎる。」
「そうですね。まぁ、良い感じにランテスの発展に食い込んでいるので、このままの方針で問題なさそうですね。」
「そうだな。ラシュナイの眷属だけでなく、セイリヤの眷属も良い働きをしているから、特に俺が何か助言する必要もないな。」
小さなフクロウの眷属をそっと撫でながら、満足げな笑みを浮かべていた。ただ、時々ランテスに顔を出すなら拠点を構えてアバターの活動をしないと、ふらっと現れる狩人というのはまだこの近隣の環境からしても不自然で目立つ存在となり、面倒なことに気を回し手を出してくる奴らも出てくるだろう。
いつでも気兼ねなくモブの様に存在したいジェフィティールは、ラシュナイの眷属ロジェイルに、いつでもこのアバターでランテス辺りを彷徨いても目立たないように、根回ししておくように言伝し、<サラーサ>に向かうこととした。
ロジェイルがその為にどれ程苦労しようとも、拠点守護者以上の者は褒美と感じるだけで、ロジェイルも御多分に洩れず嬉しい悲鳴をあげるのだった。
それでもジェフィティールがロジェイルに、小間使いに使え、と、人工生命体人型と人工生命体不定型をそれぞれ数体置いていってくれたので、今までより随分楽に仕事が回るようになった事は事実であり、アバターの対応も思った程苦ではなかったのである。
「(…創造主様が一番に俺たちを気遣ってくれている様に感じるのは、流石と言うべきか、恐れ多いと言うべきか…。人工生命体人型も人工生命体不定型も使い勝手がこんなに良いとは、ありがたい事だ。)」
人型、不定型どちらのタイプも姿形から能力まで自由な設定が可能で、人型は一旦設定してしまうとリセットするには設定者が解除させるか生命活動の停止状態になる必要があるが、不定型は遠隔で形を変えさせたり、必要に応じて瞬時にいろいろな形に変形したり透明化もできる優れものだった。
ジェフィティールがロジェイルに渡したものは、<リーヴェル>で作った初期モデルよりも進化していて、人格形成も多様になり、変形できるタイプから能力までとんでもない能力が詰め込まれている事を、ロジェイルは知らないまま預かり、実際に設定し活用し始める時点でとんでもない事に気づくのだった。その有用性に反して、ロジェイルは半数以下の使用しか出来なかったのは有能過ぎる能力と、畏怖に近い感情を人工生命体たち相手に持ってしまったからだった。
「さて、ラシュナイ、セイリヤ。<サラーサ>の守護、ご苦労様。何か、問題でもあるのですか?こんなに慌てて<サラーサ>に呼ぶなんて。」
スィフィルは少しばかりキレ気味にラシュナイを見ながら開口一番に言った。ジェフィティールも思ってはいたがスィフィルほどムッとしている訳ではないなと、感じた。スィフィルの口調から機嫌を損ねた事を、呼びつけた、事だと思い的外れな返答をするラシュナイだったが、スィフィルはジェフィティールが口にするまでもないと、ラシュナイにはっきり言い渡す。
『はぁ…。良いですか?<サラーサ>であろうと<ヤクシェム>であろうと、父上が行きたい所、やりたい事を出来る場所として自由を阻害されない為に設けた拠点であり、私たちは守護者という補佐をする者として父上に許された存在です。ですので父上の時間を自分の欲望の為に奪う事を、私は決して許しません。その上で聞きますが、父上にご足労願う様な無様な事を、何故、したのですか?』
スィフィルの冷ややかな声色と冷気漂う笑顔で俺に言っているわけでもないのに、心の中で何故かスィフィルにごめんなさいと謝る自分がいた。そしてそれは俺だけでなく、セイリヤも同じだった様でスィフィルの言葉に萎縮しているのが見てわかるほどだった。だが、ラシュナイは空気を読めないというか、言葉の意味を理解できないというのか、自分の意思を曲げないというのか、少しばかり申し訳なさそうにしているものの発する言葉は全く反省していない様だった。
『態々、ご足労いただき恐縮です父上様。<サラーサ>だけでなく商業都市ランテスや周辺に眷属を配置し、掌握が出来ましたので私が直にご案内致したくお呼び立てしてしまいましたが、私が父上様の元にいつでも自由に参ることができれば、ご迷惑をお掛けせずに私の方から父上様のところへ直ぐにご報告に参じます。ですので、是非、私に自由に父上様に面会できるー…』
『ーラシュナイ!不敬が過ぎる!ー』
慌ててセイリヤがラシュナイを制したが、遅すぎた。スィフィルの怒りだけでなく、ジェフィティールの機嫌も損ねる事態となってしまったのだ。
ラシュナイは<サラーサ>に封じたジェフィティールの“記憶と能力“から生まれたが、ジェフィティールが、そうあれ、と望んで生まれた訳ではない。他の守護者達と同じようにナニカの引き金があったとは思われるが、ジェフィティールが此方に戻ってきてから生まれたと考えられるのだ。守護者達がジェフィティールの負担にならないように、ジェフィティールを助ける存在として在りたい、と言う存在意義は守護者達の誰であっても変わらないはずなのだが、ラシュナイのそれはジェフィティールの為ではなく、ラシュナイの欲望を満たすために行動しているだけの様であり、同じように生まれたセイリヤが出来ることがラシュナイにできない理由を、スィフィルには許容できなかった。
何故なら、ジェフィティールが転生を選んだ理由が、他者の思惑、欲望を叶える為に力を振るい、国の安定の為に尽くしたジェフィティールの我慢の限界を越えたが故に呑み込まれた思考の果てに選んだ道だったからだ。どれ程の重責と負担を強いられ、かつ、虐げられていたか…。転生してまで、魂源を修復しなければならない程だったこと。こちらに戻って来れたとは言え、傷は修復しきれていないように感じられていた。スィフィルは二度と、他者の欲望の為に自身の判断を曲げる様なことをジェフィティールにさせないと、誓っていたのだ。
スィフィルはジェフィティールの感情を読み取ったかのようにラシュナイを拘束し、別部屋に移動させた。その間、セイリヤは何も言わずただただじっとして首を垂れたままでいた。
『…父上。アレの対応については後ほどすることと致しまして、<サラーサ>に来たのですから、死海辺りやセイリヤの眷属達に会ってみるのも良いのではないでしょうか?』
スィフィルはジェフィティールを気遣って、気分転換させようとこれからの予定の提案をしていた。商業都市ランテスでは、ラシュナイの眷属達に会い、活動内容や現状の話などを話した。なんだかんだと苦労しているようで活動の役に立つ様にと、人工生命体人型と人工生命体不定型を数体ずつ貸し与えてきた。それならばセイリヤの眷属達にも会ってみてはどうかという提案だ。
「…そうだな…。ロジェイル達だけを贔屓するのは良くないな。セイリヤの眷属達にも会ってみようか。」
『贔屓というわけでもないでしょう。彼らの苦労に対して父上が、少しだけ手を貸したにすぎません。気にするほどのことではないですよ。』
「そうか?」
『はい。セイリヤの眷属達に必要もないのに、同じようにする事もありません。』
スィフィルはいつでもジェフィティールに対し、好きな様に行動し、好きに振舞ってほしいと言う。ジェフィティールはその言葉にいつも救われ、だからこそ自分を律する。何故なら、いつでも自分を許してくれる存在がいる事で安心し、けれど本当にその様に傍若無人に振る舞うことは、自分が一番嫌いな、軽蔑する人物像そのものだからだ。そして、そんなジェフィティールの気持ちを理解しているスィフィルは、知っているからこその言葉をいつも掛けているのだろうと、ジェフィティール自身も感じている。この二人の関係はいつでも心地よい距離感と信頼があることで成り立つものなのだと、二人だけでなく、セイリヤも見てとれるのだった。
『ー…それでは主上。死海の近くにある彼らの拠点に行きますか?ー』
「いや、その辺をうろうろしてみるさ。自由にね。それで途中で会って話してみるのも良いし、久しぶりに樹海の探索もしてみたいしね。だから、俺たちの事は気にしないでいつも通りにしていてくれ。」
『ーは。その様に。ー』
ジェフィティールが死海に移動した直後、スィフィルはセイリヤに冷たい眼差しで言い放った。
『…ラシュナイの目通りは叶わない。…父上が望むまでは。』
『ー……は。ー』
セイリヤは頭を下げたまま、力無く返事をした。同じジェフィティールの“記憶と能力“から生まれた者として、ラシュナイと自分が切られたと、自覚し項垂れるしかなかった。
『(ーラシュナイだけの責任ではない。我も同罪。我らは二人で<サラーサ>の守護者なのだから…ー)』




