拠点<スィフィル>
瞬きしたら、拠点<スィフィル>に居た。目が点…て今時言わないけど、ちょっとフリーズしたね。
「うわ〜、こんな簡単に良いのかな?確かに思ったし口にしたけど、転移陣は無いし魔法を発動させた自覚も何も無い…。」
自分が術を発動したんじゃなくて、別の誰かがヒョイって俺を移動させたみたいな感覚だ。
そう思ったらゾワっと鳥肌が立った。
「ほんとに俺のチカラなのか?」
俺の力の及ばない神がいるとして、勝手に俺をどうにか出来るとしたら?
恐ろしいと思う反面検証したくて堪らない。過去、邪神だなんだと恐れられた(人だけどね)俺にだって、神の如き力で何か出来るかもしれない。
都合の良い事にここ<スィフィル>は天空にあり、誰にも迷惑は掛からない。空の魔獣の生息域もかなり下だ。
「空飛ぶ島、日本人だった訳だし…サイズ的に北海道くらいが良いかな〜。沖縄も良いけど夢は大きく“でっかいどー”、だよね。」
形はちょっと菱形っぽく変形させて、富士山ぽいのも欲しい、樹海も良いね、大きい湖以外にもえっと…
目を瞑り想像する。ただの球体の中に設置していた拠点を中心に地面を広げていく。北海道サイズの島を天空に作り、全てを覆う球体の結界を展開する。自然がいっぱいの森も山も川も平原も滝や海ですら全てを詰め込んで創り上げる。
誰にも破壊されない地産地消、自給自足の自然のサイクルが機能している世界。なんて素敵なんだ。
「そうだな、ここは常春の島にしよう。」
<スィフィル>の外に出て周りを見回すと直ぐ近くに青々とした森を見つけ、優しい風が吹いて葉の擦れる音が微かに聞こえる。俺は大きく息を吸った。日本人だった頃、老後にこんな所で暮らしたいと空想した景色がそこにあった。
空には擬似太陽、雲も流れてゆく。
「いや、四季がある方がやっぱり良いな。家には暖炉も欲しい。」
雪景色を思い出し、ふふ、と笑って振り向くとそこには暖炉の煙突がある見た目普通のログハウスがあった。
やっぱりね、うん、そう言う事だよね。
気を取り直して中に戻ると、そこは以前の拠点とは全く違う別荘そのものだった。
大きく存在を主張する暖炉が開けたリビングの角にあり、大きなL字型のソファとローテーブル、右手にキッチンダイニングと冷凍冷蔵庫、その横にはパントリー。左手にはトイレ、浴室とサウナまでついている。ロフト部分は寝室になっていた。
「思いっきり日本仕様だな…。玄関で靴脱ぐ場所あるし。冷凍冷蔵庫とかなんであるの?電気は?トイレの下水は?水道の上水は?ツッコミどころ満載だけど、そんなもんなんだよね、きっと。」
なんだろうなぁ、生活しやすいし良いんだけど、ちょっとDIYしたかった自分もいるんだよ。何でも揃ってるの嬉しいし便利だけど欲張りなのかなぁ。
ソファにドサッと乱暴に座りながら天井を見上げる。
「あれ?また埃が反射して…」
アレは俺の記憶と能力魔力の集合体として保存していた物と同じ?<スィフィル>のはもう取込み済みだった筈だけど?
それはゆっくり形をなしながら俺の前に降りてきた。段々とハッキリ形を成したソレはこの世界にはいない、小さな人型で背には黒い羽、服は体にフィットした革のロングコート裾から革のブーツが覗いている。
この掌サイズの黒天使?は随分アレだな…アレだよアレ。
『お帰りなさいませ、父上様。お早いお帰り嬉しく存じます。また、大いなる御術にて新たな世界を任されました事、この<スィフィル>これから一層の働きをもちましてお仕え致したく存じます。』
空中で膝を下り首を垂れてお辞儀をする。
「スィフィル?」
と口にした瞬間に理解する。
確かに目の前のコイツはスィフィル。かつての俺が最大限にチカラを振るい創り上げた拠点の名だが、今は日本から転移した俺の新たな魔力も吸収して結構とんでもなくなっている事は分かっていた。
お陰で人型として顕現化した訳か。独立した個体か?でも拠点とのパスも切れてないみたいだな。
良いじゃないか。
『は、父上様。スィフィルに相違ございません。』
「父と呼ばれるのはちょっと…まぁ良いけど。スィフィルが今、出来る事と出来ない事を簡単に教えて」
『畏まりました。父上様が新たにお造りになったこの大陸は未だ網羅出来ておりませんが、後数時間で全て管理干渉出来ると思われます。また、現在父上様がご使用できる魔法についても、威力性能は少々低くなりますが同様に扱えます。しかしながら、この大陸を離れるのは未だ出来かねます。』
成る程成る程、この島の管理者的能力がある訳ね。
「了解。簡潔で分かり易い。ところで、この建物を改装したのはスィフィルか?それとも俺か?」
『それについては父上様です。私は現在結界と大陸を網羅する事に大半の能力を注いでおります。父上様と繋がっておりますが、父上様の考えを直ぐに具現化する程の能力も許可も頂いておりません。』
と言う事は、改装したのは俺か…。ちゃんと制御を覚えないとヤバイな。
って言うか、俺の考えてる事筒抜けなのね…。
まぁ、スィフィルに知られて不味いこともないんだけど。
『此方に滞在されている間、この大陸に生物を設置されるにしても慣れるには丁度良いかも知れません。』
「そうだな、スィフィル。お前が形を得てこうして会話出来ると、俺の考えも纏まりやすくなって嬉しいよ。」
『勿体ないお言葉です。こうして父上様と対面して言葉を交わす姿を得られた事は、私にとりましても大変慶福です。』
何だかAIと会話しているかのような感じではあるけど、会話自体が久しぶりでちょっと嬉しい。もう少し砕けた感じに話せると良いのに。サイズは小さいままでも良いけど。
でも、この姿は天使かな?悪魔かな?何かな?
『もし今のこの姿がお気に召さないのであれば、父上様のご希望に沿う様にしたいと存じます。また、私のこの姿は拠点の場所や目的、機能を反映して生まれた様です。』
「あれ?お前の希望じゃないの?」
『希望したのは父上様の前に顕現できる事、こうして会話できる事でございます。』
…可愛い事を言ってくれるじゃないか!コイツは!もうどうしてくれよう!わしゃわしゃしたいぞ!く〜〜〜!
何時でも俺の気持ちを覗ける…知れるスィフィルは、バッッと顔を上げると真っ赤になって顔をフルフルと振っていた。
『何と勿体ない!お気持ちだけで充分でございます!』
その表情が人間臭くてスィフィルが急に身近になった。このままどんどん人格形成されていくのだろうか?
AI相手じゃつまらない。もっと進化した姿を見せて欲しいものだ。きっと面白いに違いない。
『父上様を落胆させぬ様、精進いたします。』
「どんなスィフィルでもがっかりなんかしないよ。自分の望む様になれば良い。」
『ありがとうございます。父上様。取り急ぎこの大陸の掌握までもう少々お時間を下さい。』
「問題ないよ。俺はちょっと休憩がてらここで寝てるから。」
『ありがとうございます。失礼致します。』
スィフィルは姿を消し、俺はロフトに上がり部屋に入るとそのまま横になって久しぶりにゆっくり寝た。