商業都市ランテス 初日
商業都市ランテスではラシュナイの眷属であるロジェイルが商会を立ち上げ、人脈を広げている段階であった。チェルスヴェルト樹海の探索隊に狩人などが多く採用され、傭兵業についていた者も樹海探索に入る為に対人戦から樹海内での魔獣や獣に対しての知識や技術を取り入れ、素材採集組や探索組に入る様になっていた。ロジェイルはそういった人材の仲介や持ち帰られた素材の買取の仲介などから、普通に生活する上での大工や他の町との交易の仲介などまで幅広い仲介業をする商会を立ち上げたのだ。商業都市として一気に大きくなっていった為、商業都市としての形にはなんとかなっていたものの、実情は組織も名ばかりの連携も何もないバラバラな者たちの集まりで、争いの絶えないある意味無法地帯だった。ロジェイルはそこに仲介業で連携と均衡をもたらした。初めこそ無法地帯に新たな規律を浸透させるのは人口も増えている段階で難しく思われたが、ロジェイル自身の強さや人格の良さと先に潜入していた眷属たちとの連携もあり、また、規律自体を簡単明快にする事で規律の理解と浸透が進み、事態の収集も早くなったのだ。
ロジェイルは商会の建物を有しており、その上階では表向きの仲介業としての接待用応接室がいくつかあった。またその上に居住用の部屋がある階がある為、この建物に人気が無い時はないのだが、その夜は全く人気が無かったのである。
『今日、みんなに集まってもらったのは他でもない、創造主様に関することだ。近々、このランテスにアバターのお姿ではあるが、ご来場なさるとラシュナイ様よりお言葉があった。』
地下室の執務机に両手を乗せ、椅子に座ったままロジェイルが告げた。
この地下室は上層の居住エリアからしか入れない様になっていて、かつ眷属にしか反応しない転移陣による移動しかできないほどのセキュリティであった。アバターの特徴も何も情報はないが、スィフィルと共に二人で狩人として訪れるという通達が来たのだ。
正直、ランテスの掌握までは程遠く、商業都市の首長は元からいる人間が役目を負っているが短期間で大きくなった都市をまとめられるほどの力も能力も大してない。ぼちぼち能力のある人間たちが協力し合い、なんとか無法地帯ではない、ある程度あちこちで喧嘩のない、まぁ落ち着いた商業都市、位になったところである。ロジェイルとしては恐れ多くてこんなところに来て欲しくない、と言うのが本音であった。ラシュナイからは軽く見てみたいだけの様だと言われたが、それこそ軽くなら来なくても良いのではないか?と思ったくらいだ。
『…とりあえず、狩人としてスィフィル様と共にお二人ともアバターで来られるそうだ。我々は創造主様とスィフィル様に対して特別な対応をしてはならないと厳に申し付けられている。』
『え?でも、そんなの無理でしょ?普通にって、普通って、どういうの?』
『普通って他の狩人に対してと同じ様にって事だと思うけど、無理。絶対変になっちゃう。』
『…俺は、遠くで見るだけで良い…。会話できなくても尊い。』
『僕も。』
地下室の集まった眷属たちは口々に自分の気持ちや希望ばかりを述べるだけだ。ロジェイルだけが現状のランテスの状況に責任を感じている様で、胃が痛い思いをしている。
『(くそっ!なんで俺だけこんな胃が痛い思いを!お前ら全員もっと仕事してくれればもう少しマシなランテスでお迎えできたって言うのに〜!)』
眷属たちのウキウキした雰囲気に俺だってなりたかった!とロジェイルは口にしないだけ責任感があった。ラシュナイにまとめ役として生み出されたのだから、その仕事が出来なくてはただの出来損ないに過ぎないと自覚していたのだ。
『…とりあえず、心しておいてくれ。あくまで自然に。我々の失態はそのままラシュナイ様に迷惑をかけることとなるのだから。』
『『『は!』』』
だいぶ落ち着いてきているとは言え、領都からも遠く身分など関係なく樹海内を採集できる者たちや傭兵を雇える財力がある者が幅を利かせるこの都市では、アバターとはいえジェフィティールとスィフィルに無礼を働く者が確実にいる。だからと言っていつもはしない仲裁をしてしまうと、それは逆に目をつけられる原因になるものだ。事前に近づかないようにするにも限度がある。ロジェイルは大きな問題さえ起きなければ良い、と、叶うはずがないだろう微かな希望に、諦めのため息を吐いたのだった。
ジェフィティールとスィフィルが商業都市ランテスに到着したのは翌日の昼頃、馬に騎乗したままやってきた。その時点で既に目立っていたのだが本人たちは注目される理由がわかっていなかった。商業都市とはいえ、まだまだ名ばかりの整備ができていない田舎の街だ。領都などでもない限り馬など、個人で所有している者などがこんな辺鄙なところに来るはずもない。荷車を引く輓獣である馬しかいないのだ。ジェフィティールもスィフィルも情報としてしっかり調べていれば問題なく手に入る情報のはずなのだが、数日間滞在して軽くみて周り、その後<サラーサ>に移動する予定だった為深く考えずにアバター設定だけ頑張った結果なのだ。そしてその事に気づいた時には、既に遅かった。たとえ風貌が狩人に見えても、馬に乗っているだけでただの狩人ではなく、位のある人物か財力がある人物であり、狩人を装っているだけの人間しか考えられない。ただ問題は、なぜそんな人間がこんな辺鄙なところまできたのか、領主の息のかかった者か、力のある豪族か、なんにせよ目的は何なのか。鼻のきく住人たちは訝しんで様子を窺っている。
「(失敗したな。馬に乗ってくるんじゃなかった。)」
「(そうですね。もう少し慎重に情勢を調べてくるべきでした。これでは目についてしまって、住人たちに要らぬ注目を浴びてしまいましたね。)」
これではさりげなく街中を見て回るなどもうできない、と二人は二人にしか聞こえないように会話をしていた。ただでさえ遠巻きに見られている状況だから、周囲のものには聞こえてはいないのだがその点は注意していた。
商業都市の門をくぐってからは、馬を降り手綱を引いて歩いているものの周囲の目は二人から離れない。
「参ったな…。取り敢えず馬を預けて休憩できる場所を見つけよう。」
「そうだね、兄さん。誰かに声をかけて聞いてみよう。」
そう話していると人を押し退けて出てきた子供が声をかけてきた。
「ねぇねぇおじさんたち!その馬売る気ある?買い取ってくれるところ知ってるよ!狩った獲物の買い取りももちろんしてくれるし、案内してやるよ!」
子供は逞しい。こんな遠巻きに見られてる男たちに声をかけてくるんだから、怖いもの無しとはよく言うものだ。だが、スィフィルは直様その子供を危険がないか情報照会していた。住人だけでなく眷属も全て<ヤクシェム>の膨大な知識の一部に随時蓄積、更新されているのだ。スィフィルはその膨大な情報源に照会して、彼がラシュナイの眷属である事を確信した。
「あぁ、駄賃も払ってやるからまともな所に案内しろよ?」
「まかせろよ!その代わりケチんなよな。」
「勿論、まともなら払うさ。」
「よっしゃ!こっちだ、早く来いよ!」
そんな会話をしながらジェフィティールたちは商業都市の奥に歩いて行った。街の子供が付いたせいなのか、人々の興味も少しずつ薄れていった様だった。三人と二頭は、先頭に子供が楽しげに歩いているお陰でなのか、少々の興味のある視線を受けるだけでそれまでよりはマシになった住人たちの視線に、気分も落ち着いてきていた。先頭で歩いている子供は眷属とはいえ、この都市でしっかり根付いた存在であり、二人の狩人を引き連れて歩いていても何ら問題ない者であると認識されていることが理解できた。それはつまり、眷属たちがこの商業都市内でしっかりと生活できていると言う事に他ならない。ジェフィティールはその事実に心の奥がじわっと温まるのを感じていた。
「(…悪くないな…。)」
商業都市としてはまだまだ発展途上の段階だが、それほど悪くない状態のようだ。行き交う人々も治安も良くはないが悪くもない。まだ平和な空気感も何もないが、発展していく上での必要な熱気だけは確かにあるのが感じられる。歪んだ欲望も、期待に満ちた希望も、諦めに似た羨望も、多くの欲望が入り混ざった空気感がある商業都市だ。だが、不思議と嫌悪感は湧かない。それはきっと、この街に明日の良い日を期待させる何かが存在するからなのだろう。




