ラシュナイとスィフィルの不安
拠点<サラーサ>のソファに、不貞腐れた顔でぶつぶつ独り言を言っているラシュナイがいた。
そこに丁度外から戻ってきたセイリヤが声をかける。
『ーどうしたんだ、そんな不機嫌な態度は?ー』
『別に。少しだけどうにかならないか考えているところよ。』
『ーなにが、だ?ー』
『チェルスヴェルト樹海も商業都市ランテスも死海も<サラーサ>だって上手く行ってるでしょ?私たちがいつもここにいなくちゃいけない理由はないわよね?』
『ーまぁ、そうだな。ー』
『それなら、父上様のところに行ってもいいんじゃないかしら?お会いしに行ってもいいわよね?』
『ー……成る程…。(状況的に問題ないから、自分の欲望に正直になったと言うことか)それで、そう決めたのなら何を悩むのだ?ー』
そんなセイリヤの言葉にギロッと恨めしそうな目つきでラシュナイは答えた。
『だって!…父上様にお会いしたいんだもの。お側にいたいの。でも、お側にいる許可は出てないんだもの…。』
『ーでは、主上にお聞きすれば良い。ー』
『それもわかってる!』
ラシュナイは我儘を言っていると自覚しているからなのか、態度だけでなく口調まで子供染みてきていた。セイリヤにしてみればもう少し取り繕っても変わりないのだから、せめてここまでだらけて欲しくはないのだが、と釘を刺した上でラシュナイの愚痴に付き合っている。
『ー(主上が居られる時には真面なのだから、まぁ、良しとするか…。)主上にただ来ていただくだけと言うには申し訳なかろう、ならば何か目的があれば良いのだ。建前でも、来て頂く理由があれば直ぐではなくても主上ならば間違いなく来てくださるだろう?ー』
ラシュナイの目に光が蘇ったかのように、急に表情が明るくなった。自分が行けないなら<サラーサ>に来て貰えばいいだけじゃないか、今まで大それた事だと思っていたが、視察にしろ何にしろ名目があれば来てくれるのではないか、などとは、考えてもいけないと思っていた事をセイリヤが肯定してくれた。自分達は<サラーサ>の守護者だからここから離れてはいけない、スィフィルのようにジェフィティールについていく事はできない。かと言って守護者ごときが会いたいから来てくださいとは言えるはずもない。来ていただける名目、何かがあれば、問題なくお願いすることができる。
商業都市ランテスの情報掌握、人脈の構築。チェルスヴェルト樹海内の掌握。<サラーサ>周辺の安定。全て順調に数住んでいる。このままジェフィティールに来てほしいと言って良いものだろうか?何の問題もなければ来る必要性はないのではないか?それとも、上手く運営している状況を見て頂きたいと言うのか?ラシュナイは思考が上手くまとまらず結論に至ることが出来ないでいた。セイリヤはラシュナイの性格を理解していた為、助け舟を出すことに躊躇いはない。
『ー何を悩む必要がある?今の現状を確認いただき、今後の方針に何某かの指針を授けて頂きたいと申せば良い。他にも少々相談があると言えば主上ならば必ず来てくださるだろう。ー』
『!そ、そうね!そう言えば良いんだわ。ありがとうセイリヤ。早速連絡を入れます!』
ラシュナイはスィフィルに連絡しようと席を立ち足早にその場を後にする。セイリヤはゆっくり伸びをするとその場に横たわりフーッと大きく息を吐く。
『…父上様に、嫌われない、わよね…?』
部屋を出る瞬間、ピタッと止まってセイリヤの方を振り返り不安げに確認する。
『ーそんな事ぐらいで嫌われるなんてあり得んだろう。主上は懐の深いお方だからな。(ラシュナイはどうにも手がかかる。大した事でもないのに考えすぎだな。主上は裏切りだの何だのと後ろ暗い事でなければ細かい事は気にしないだろうに。まぁ、単なる我儘には少しばかりお灸が必要だとは思うがな。)ー』
セイリヤの言葉に安心したのか、ラシュナイは一気に顔を綻ばせ部屋を出ていった。
<ヤクシェム>ではラシュナイからの連絡から、スィフィルはジェフィティールに伝えるかどうか逡巡した。最重要でもなければ急用でもない、現状の確認も相談事もラシュナイの口調からして大した事ではないと判断できる。きっとラシュナイがジェフィティールに会いたいだけだろう、と、スィフィルは見なしている。
『(…まぁ、正直言って<ヤクシェム>のシステムである程度は緊急性の事態があれば対応できるんですけどね。<サラーサ>の守護と言っても正直、過剰戦力で過剰人員であり、ラシュナイもセイリヤも<ヤクシェム>にいてもらっても良いけれど…それは邪魔…。となると、<アルバア>に行ってもらう方が良さそうですね…。その為にも父上には報告するしかありませんか。)』
スィフィルは気乗りしないまま、ジェフィティールにラシュナイからの報告内容を伝える。案の定、ジェフィティールは<サラーサ>に行く事を二つ返事で承諾した。ニコニコしながら返事をしたジェフィティールにスィフィルは、いつも忙しくしているのだからゆっくりする時間をもっと持つべきではと進言したこともあったのだが、のんびりしたい時にしてるから問題ないと返事が返ってきたことを思い出す。やりたい事をしていて休んでないのは、ただやりたいからで、やりたくない事をやらされているのとは全く違うと力説された。スィフィルも勿論その事には同意するが、自分が休まないくせに部下と言えるスィフィル以下全員に休暇を言い渡すのはやるせないと思うのだ。確かにジェフィティールには遠く及ばない能力しかない自分達だが、自分達だけ休めと言われるのはまるで、能力が足りない、不要だと言われている気がしてしまう。そんな事はないと思ってはいるが、また置いて行かれることが、いつか来てしまうのではないかと不安が顔を覗かせるのだ。
「スィフィル。<サラーサ>に行く時新しいアバターを幾つか持っていこう。あと透明人工生命体不定型のタイプ別複数用意して、万能型から特化型にして樹海だけじゃなく、何が<サラーサ>に合うのか知るのもいいね。って言うか、それはラシュナイ達が決めることか。あんまり口出ししない様にしなきゃね。」
『そうではありますが、ラシュナイなどは口出しされた方がうれしく感じると思いますよ?父上のことが好きすぎて変な子ですからね。』
「?(変な子?)多少は…強引な感じの子だった…かな?」
『(視野の狭い)少々無礼な、子でしたね。父上からお叱りを受け、今は大分マシになった様ですが。(アマルとは別の意味で見た目とのギャップがありますから、とは、言わないでおきましょう。)』
<アルバア>の守護者であるアマルは見た目が美しい少女の様だが口調も思考力も幼子のようであり、深く考える事を拒否する傾向が見られた。<サラーサ>のラシュナイは見た目が美しい女神の像の様なのに、ジェフィティールに任されたこと以外には興味を示さず応用も効かない狭量な性格だ。スィフィルはジェフィティールの嘗ての“記憶と能力“から守護者が生まれたと言うのに、何故こうも、残念なのかと、ため息が出る。
『(いや、もしかしたら父上の“記憶と能力“の重要部分はそれぞれ拠点の性能に組み込まれたのでは?いや違う……。ロイとセイリヤに分かれただけに違いない。)』
スィフィルはジェフィティールと共に各拠点を周り、ジェフィティールが施した拠点改造を見て以前とは比べるべくも無い程の魔力や能力により、とんでもなく規格外の要塞と言える拠点に変化した事を理解していた。ここから転生される前にも他に類を見ない能力者であった彼が、その能力故に疎まれ、利用され、搾取され続けた頃に比べても、今のジェフィティールの足元にも及ばないだろう。だが今は、底の知れない、果ての見えない能力の所為だけでなく、精神的にも随分と落ち着いた様に思えた。以前の病んだ状態の面影は一切ない。そう言う意味ではとても遠い存在に感じる瞬間が偶にある事が、スィフィルを不安にさせるのであった。そんな事はない、と思っていても余りの力量差、能力差に自分達に呆れて興味を無くし捨てられてしまうのではないか、という不安。ジェフィティールからの愛情も感じられ、信じているのにふっと不安な気持ちが表れる。スィフィルには慣れない気持ちの浮き沈みが、心の奥底で小さく揺らいでいた。




