ラシュナイの眷属 ロジェイル
チェルスヴェルト樹海をエイクたち眷属が掌握するのに大した日数は必要なかった。樹海に生息する魔獣たちは大型と言っても以前からの間引きが効いていて、バランスよく分布している。多少移動が必要だと考えていたが、実際に人族たちが樹海に入ってきても魔獣の危険な領域に入ってきていない為、必要がなかった。人が狩る魔獣は小型のものばかりで後は獣だ。小型の魔獣にも随分梃子摺る様子から、エイクはこのままでも問題なしと判断した。
人族はいつも同じ場所から樹海に入ってくるので、その区域を受け持っているティンは楽しくて仕方ない。樹海の魔獣たちだけでなく人族の侵入は数が少なく、樹海内を深く入らずその日のうちに出ていくので揶揄いがいがないのだが、観察するのは面白いと思えるのだ。ティンが直に観察しても気付くこともできず、能力が低い人族しかいないので、ティンの眷属が百羽いても監視だけで行動する必要がない現状、樹海内で採取できる素材の乱獲がないかどうかくらいしか気にする必要性がない。
『(いつになったら奥まで来れるようになるのか。この様子では<サラーサ>に気付くまで年単位は確実にかかるのではないか?人族が採取している素材も問題ない量しか取られていない、放っておける。つまらんな。何の問題もないとは。それに“遠見“も私より能力が低いじゃないか。本当につまらんな。)』
ティンは近隣の村々に点在する“遠見“を視てみるが、彼らは“視る“能力もバラバラで視れる距離、時間、対象についても共通点は少なかった。人族が樹海に入るにあたり役立つ才能スキルだが、素材採集をするために樹海に侵入する群れには“遠見“はいない。事前に村で“遠見“した結果を報告し、その内容を基に素材採集場所を決めているようだ。
『(創造主様の精霊も見えてはいない様だ。“遠見“と言うのは随分偏った能力の様だな。精霊たちに協力を願っても良いものか…。いや、ここは村を根城にしている小動物を眷属にしてしまう方が良いだろう。)』
ティンは夜の暗闇に紛れ、村々に潜む小動物を眷属化していった。数日の監視から“遠見“の近くにいても違和感のない雀の様な小鳥と、夜行性のコウモリの様な小型の動物だ。樹海にいても眷属としての繋がりを構築し、何時でも報告を受けられる様にした。そして思った、なんて自分は完璧なんだろう、と。ここまで完璧に樹海の管理区域だけでなく人族の“遠見“まで監視下に置いた自分の優秀さに仲間の眷属たちが誉めるであろう姿を想像してニヤついていた。
その頃セイリヤはエイクに進捗状況の報告を受けていた。樹海の各区域は滞りなく眷属たちによって掌握された事やチェルスヴェルト樹海の死海付近と遠く離れた外周付近では、獣だけでなく植物の生態系に変化が見られるようだ。死海はジェフィティールが拠点<サラーサ>を設置した時に隠れ蓑として設置した事から、獣たちの知識として薬草などが変化したと報告があったと言う。変化というのは群生場所だけでなく薬草の種類が変わったというのだ。この事から死海が周囲に影響を与えているのは間違いないようだ。ただ、死海によって絶滅した種は無いので、ジェフィティールにとってもこの事実は胸を撫で下ろしたに違いない。
『ー其々から報告を受けていますが、当分はティンの所だけ注視していれば問題はなさそうです。人族も同じ場所からしか侵入しない上、活動範囲は極小範囲で全く奥まで入ろうとしていないので死海近くに姿を見る事は何年先になる事かわかりません。ー』
『ーふむ…。我らの仕事はここ<サラーサ>の存在の秘匿と守護。瘴気や怨念なども順調に回収、浄化できているし、特に修正を必要とする様な問題はないようだな。ー』
『ーはい。このまま樹海での管理監視体制を盤石のものにしてまいります。ー』
『ーうむ、よろしくな。ー』
エイクは報告を終えると、樹海内の彼らの拠点に帰っていった。セイリヤは眷属であるエイクたちの行動力や判断力、報告等に満足していた。何よりその眷属を生み出した自分に満足していたのかも知れない。そして人族を眷属として生み出し未だに文句を言い続けているラシュナイは、<サラーサ>の管理管制室で大きなため息をつきながら頭を抱えていた。
『はぁ…。なんていう事かしら…。』
ラシュナイは樹海内のエイクたちの有能さに打ちのめされている様だった。村や商業都市ランテスに潜入しているラシュナイの眷属たちからは未だ何の報告も来ていないのだ。村は小さい規模だし対応できる範囲内なのは間違いない、商業都市は大きいとは言えまだ対処可能な範囲のはずだ。その筈なのに報告がない。人族で其々が関わりのない範囲を監視対象にして行動している分、エイクのようなまとめ役もいない。これは問題なのではないかと、今更ながらに何も考えていなかったと反省しきりだ。
『ここはまとめ役を今からでも作って、どうにかすべき、でしょうね…。』
ラシュナイは、商業都市ランテスがまだまだ発展途中であることや、人々が日々移住してきている状況からも問題なく入り込めるだろうと判断した。既に潜入している眷属たちと繋がりを持っても問題ない、そんなまとめ役を送り込もうとラシュナイにしては知恵熱が爆発するくらいに頭をフル回転して、バッチリ気合を込めて眷属を生み出した。
『ふぅ…。貴方には潜入している眷属たちのまとめ役、リーダーをお願いするわ。<サラーサ>の害にならない様上手く立ち回って、定期的に情勢などの報告もお願い。』
『畏まりました。つきましては、私の名付けをお願いいたします。』
『そうだったわ。もう決めていたから悩む必要もないんだけど、貴方の名は“ロジェイル“。しっかり頼んだわよ。』
『は、私ロジェイル、役目をしっかりと果たして参ります。』
見た目は無精髭をある程度整えた少し髪の長い、二十代後半のハリウッド俳優のように体つきも見た目も素晴らしい眷属だった。ラシュナイとしては商業都市ランテスにいる人族を参考に、好みを上乗せした結果なのだが、どう見ても周りから浮くほどのイケメンぶりだった。正直言って、今までのラシュナイの眷属たちも人族の中で容姿が格段優れているようだ。年齢、性別、特徴などできるだけ似通ってしまわないように苦労して生み出した様だが、それでも商業都市の人族に紛れるには彼女の美的感覚からして生み出すことができなかったのだ。その為、何をするにも人目につきやすく、周囲に馴染むまで時間がかかっているようだった。この点において彼らの報告が遅いのは、決して眷属たちの能力が低い訳ではなく見た目が目立つ為なかなか上手く溶け込めない為だと言える。そして今回のロジェイル。それまでの眷属たち以上に美丈夫な男であった。本来なら今までと同じように馴染むまでに時間もかかろうものだが、ロジェイルはラシュナイの力作の眷属だ。今までとは違いきっちりと商業都市ランテスに、周囲から怪しまれることなく根を張っていくのであった。
『うん、これで心配ないはずね。ロジェイルがいれば私は報告を待つだけでいいものね。セイリヤの様に楽できるわ。』
『ー何を言っているのだ。我は楽をしている訳ではない、適材適所、ただそれだけではないか。それよりもラシュナイの眷属はなぜあの様に周囲から浮いているのだ?紛れ込ませるには向かない者たちばかりではないか?ー』
『だって、どうしても無理なのよ。そんな、あんな感じの、なんか…無理…。ほんと、無理…。』
ラシュナイは両腕を摩りながらブルブルっと身を震わせた。魔獣も死霊や瘴気も問題ないが、彼女にとっては人族の基準がそれなりにあるらしい。好みについてはどうにも出来ないので仕方ないのだろうと思っていたが、見た目ではないと本人は言い切る。
『見た目じゃないの!本人の性質が表れてる、あの悍ましさが滲み出てる姿形が無理なのよ!』
『ーオゾマシサ?ー』
『その者の心根、それまでの人生が滲み出ているじゃない。それがあの姿形に現れてるのよ?太ってようと汚れてようとそんな事は関係ないの、性根の醜さが滲み出てる姿が、ほんと〜に無理なの!心根の綺麗な人族がほんとに少ないんだもの、仕方ないじゃない。』
『ー…なるほど。言い分は理解した。心根の美しい人族に会えたら貴重という事だな?ー』
『まぁ、そうね…。この辺以外の人族にはいるかも知れないわね。』
ラシュナイの言い分を本人が落ち着くまで吐き出させ、落ち着いたところでロジェイルに何をさせるつもりなのか、今後の方針を聞き出した。
『そうよ、結局は本人に任せるのだけれど、“何でもやります“という便利屋をしてもらおうと思ってるの。それが一番情報も何もかも手に入りやすいと思って。』
『ー組織的にするのだろう?ー』
『もちろん。眷属たちを所属させて人族たちも雇い入れていく予定よ。ロジェイルには統率力に秀でるように能力を目一杯上げておいたし、問題なくできるはずだわ。商業都市ランテスと村々における裁量権も委ねたから私は報告を待つだけでいいの。素晴らしいでしょ?』
自慢げに胸を張るラシュナイを見て、セイリヤは苦笑いを浮かべラシュナイに同意し頷いた。
『ー(ここで何か反論しようものなら後々が面倒になるに違いない。まだ何の成果も出していないが、まぁ、ラシュナイがあれだけ自信あると言うのならば、結果も遠からず出すだろう。)ー』
そして商業都市ランテスをロジェイルが立ち上げた組織が掌握する日は恐ろしいほど短い期間でやってくるのであった。




