閑話 チャスカの旅立ち
本当に、遅くなりました。まだ続くのです、お付き合いくだされば 嬉しいです。
「チャスカ!どこ〜?チャスカ〜。」
「ん?チャスカが見当たらんか、ダズ。」
「そうなんだよ爺ちゃん、今日は一緒に罠の確認に行くって約束したのに。いっつもどこかに行ってて探すの大変なんだよな。」
「はっはっはぁ、何言ってる、ダズ。チャスカはいつだってじっとしてないんだから、この辺にいる訳ないだろが、ちゃんとチャスカの匂いを辿れる様にしておけよ?辿っても気配が切れたりした時に声かけろ、そしたらまた教えてやるから。」
山間の村に子供の声が響いている。祖父に言われたことも半分は聞き流しているだろうその子は、チャスカの名を呼びながら走り回っていた。
本来、魔獣や獣が生息するこの近隣で、こんな大きな声を出して生活することはあり得ないことだった。数ヶ月前にチャスカを村に迎え入れてから、チャスカが近辺の魔獣を討伐し獣を間引き、脅威が減少した。ただ、この村の住人たちは、魔獣や獣に怯えながら、その脅威も自分達を同じ人族から身を守る為に利用していたので、少しばかり落ち着かない状態ではあるのだ。
その為、チャスカと揉めた事ももちろんあったが、この村が、嘗てあった国の王族と側近たちの隠れ里だとチャスカに話すことで、隠れ里のまま存続させる事を納得してもらったのである。
元々国だとか、王族が大嫌いなチャスカだが、見ず知らずの自分を多少のいざこざがあったとはいえ、受け入れて来れた事には感謝している。それに今はもうない国だし、住人も復讐だとか国を奪い返すだとかは今のお所考えていないようだ。それに、辺鄙すぎてジェフィティールの事も知らないし、彼らが注意しているのは追ってが自分達に気づかないこと、貧しくとも安寧とした生活が送れる事だった。だが、それももう直ぐ終わってしまうかもしれない。王族の血を引くものはもう、たった一人、ダズだけとなってしまったのだ。本人には教えてはいるが、こんな生活では普通のことで王子だろうと変わらない。三十年ほど前に滅びた国など、関わりの少ない人の記憶からは、徐々に消え去っている事だろう。
ダズの父親、ゲイドは血のつながった親ではない。数ヶ月前の魔獣の襲撃の際、ダズを庇って深傷を負いそれが元で亡くなってしまった。最後の王族の王子であり、近衛騎士だったゲイドの末娘の婿、ダズの父親クルシード。彼は赤ん坊の頃ゲイドに抱えられて落ち延びたのだった。王と王妃、年老いた王族たちは国に残り滅びゆく国と運命を共にした。近衛騎士数十名とと若い王族数名が落ち延びたが、この果ての山間の村に落ち着くまで、何人も命を落とし、ここに居を構えた後も魔獣や病に数を減らしていった。
そんな過去も、ダズが亡くなれば全て忘れ去られる存在だ。滅びた国も、文化も、人も、歴史は書物に記されるべきものだが、小さな国であった祖国は名前さえ、もう残ってはいないだろう。生きていれば、語り継ぐ事はできると言うのに。
ゲイドは薪割りを一休みしている間に、これから先の未来に希望を見出せないでいた。
「ゲイド。ダズに狩猟の才能はない。別のことをさせられないか?」
「な、何だよチャスカ。たまたま石に躓いただけだろ?俺のせいじゃない、石が悪いんだ。」
「…だそうだ。こんなんじゃ、何もできないぞ?全部他人や他所に責任転嫁する様じゃな。もういい加減12歳にもなれば成人も近いとこだろ?こいつに期待しないほうがいいぞ。」
「…はぁ……。わかった。その話はまた後でダズにしよう。で、今日の獲物は何だったんだ?」
「あぁ、今日はなかなかの獲物が取れたよ…。」
ダズはチャスカと一緒にいられて嬉しそうだが、チャスカにしてみれば正直面倒ではあった。子供になつかれてもこの近辺の狩は大の大人でもなかなかに苦労する相手ばかりだからだ。ここ暫くは大物に当たってないので楽をしているが、それよりも大型獣や魔獣が少なくなったのには何か理由があるはずだ。その事がチャスカの頭の大半を占めていた。
この集落、村に世話になってから数ヶ月。ジェフィティールを排除したベオグルリンドス帝国に帰る気は元々ないが、どこかの国に行こうとも考えていない。そんな自分は旅でもしながら定住せずにいるのも良いと思っていたのだが、ここに留まって数ヶ月も経っている事にチャスカ自身が信じられないような状況なのであった。このままここの村人たちとともに生きていくつもりならやるべき事は山の様にあるが、そのつもりがなければ中途半端になる前にこの村を去るべきだ。既に遅くなったが、もう良い加減決断すべきだと思っている。
その日の夜、チャスカはゲイドに村を離れる決心をした事を告げた。ゲイドは一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに納得した様子で話を続けた。
「そうか…。意外に長く居たもんだと、言うべきなんだろう。ダズには、まぁ、騒がれるだろうが、気にせず行くがいい。」
「…ありがとう。あたしもこんなに長くお世話になるとは思ってもなかったよ。」
「何言ってる、こちらこそチャスカには世話になった。魔獣や大型の獣相手に村人の痛手なく過ごせたのは大きいからな。こんな辺鄙なところに来たのには、最初に疑って悪かったと思っているさ。」
「まぁ、そうなるのも仕方ないさ。あたしだって精霊の森からでたら、“どこだここ?“ってなるとは思わなかったからね。ゲイドたちと知り合えて運が良かったと思うよ。」
「ははは、そう言ってもらえると、こっちも良かったと言うものだ。」
囲炉裏の火を突きながらゲイドは穏やかな表情で話を続ける。
「…この村は…滅びゆく村だ。出来れば若いものは村を出て他所で生きて行く事ができると良いと思っている。だが、亡国の生き残りを受け入れる場所は、…何処にもない。」
「…。」
「我ら年寄りはまだ顔を忘れられておらんだろう。ここで生きて来られたのは、王族の血を決して絶やさぬと言う誓いを守り続けてこれたからだ。だが、数ヶ月前に王子を亡くし、今ではダズ一人が王家血を引く者となってしまった。このままではその血が絶えるのも遠い未来ではない。」
ゲイズの愚痴はいつもの事だが、正直言って王家の話はチャスカにとってどうでも良い話だ。知らない国が知らない間に滅びて新しい国ができている事なんて、きっと何処にでも転がっている話なんだろう。だが、いつもと違うのはチャスカがここを去る話をした事、そしてその後こんな話をすると言うこと。チャスカは嫌な予感しかなかった。
「…チャスカ。お前にダズをたー」
「断る!」
「ーのみたい。」
暫く二人は無言で睨み合っていたが、何か言葉を発しようとする度にチャスカが、断る、と重ねて言い続けるのでゲイドは手振りでチャスカを静止し、そっぽを向いている彼女にゆっくりと話し始めた。
「はぁ…。落ち着けチャスカ。無理強いをするつもりはない。…出来ればお願いしたい、くらいだな。」
「あたしと共に旅することがダズの為になるとは思えない。」
「ダズがチャスカを慕っていることが、重要なのだ。」
「…そんなものは、数年経てば忘れる程度ものもだろう。ダズの将来を考えるなら、どこかの国どこかの町に定住して根を張る生活をする事が大切じゃないか?」
「もちろん、それが一番なのは我らにわからない訳がないではないか。しかしな、我らと共にあれば何処にいようと亡国との繋がりに、いずれ気付く輩も出るかも知れん。ダズ一人、ましてチャスカとならば亡国の王子だとは誰も思うまい。」
「だから、安全だと?旅人の方が危険が隣り合わせに決まっている。野営がほぼ毎日、魔獣や獣だけでなく野盗や
盗賊にも気を付けなければ、命の危険なんて日常茶飯事なんだよ?狩に向かないダズには無理な生活だ。」
「ダメか?」
「無理だ。」
ゲイドはチャスカに断られたにも関わらず、じっと見つめて何とか気が変わりそうな、付け入る事ができないか顔を覗き込んでみているが、やっと諦めて椅子に深く座り直す。チャスカもその雰囲気を察して、やっと気を楽にする事ができたのだった。
チャスカにとってみれば、ジェフィティールのいない世界に未練も何もない。適当に、好きなように、生きて死にたいと思うだけだった。そんな自分の旅路に道連れはいらない。他人に責任を持つことの煩わしさを引き受けるつもりなんて、毛頭ないわけだ。今までは世話になっている借りがあるから、借りを返す為に面倒を見ていたにすぎないのだから。
「あたしは魔力はあるし、狩人だ。例えダズに魔力があっても何か教える様なことは一切できない。教わってもわからないことだらけだったからね。だから、ダズも何処かの街で魔術なり魔法なりの師匠を探せば、狩人にはなれなくても魔法師なり魔術師なりになれるだろうさ。」
「…どちらにせよ、そろそろこの地を離れて生きていく頃合いなのかも知れんな…。」
「…。」
どちらにしろ、チャスカは先にこの村を離れるだろう。ダズを連れて行かないなら、共にこの地を離れると言うわけにも行かない。ダズが大人しくチャスカを送り出すわけがないと二人はわかっているからだ。
「いつ発つつもりだ?」
「数日のうちに。」
「…そうか…。色々、世話になった。達者でな。」
「こちらこそ。」
最後に二人は乾杯し、お互いの今後に幸多かれと願うのだった。




