拠点<アルバア>
ハイバッハのキャラバンと別れて4日目。ゼフトは拠点<アルバア>に向かっていた。
彼らが領都を出るまで教会に顔を出し、姉を探すフリをして時間を潰したりした。ハイバッハらが領都にいる3日間ゼフトを心配して、度々教会のゼフトを訪ねて来たからだ。
心配されている事が照れ臭くもあったが、離れ難くもありゼフトは彼らと共に3日間領都に留まった。
現在地と<アルバア>の距離が頭に入っていない為、瞬間移動ができないゼフト。方向は分かっているので高速移動で向かっているが、どれ位で到着するか見当もつかない。
「半日高速移動しても着かない感じか?空間把握で魔獣も人も気付かれない距離を保っているから、真っ直ぐ進んでる訳じゃないけど流石に遠すぎないかなぁ?」
通常の移動手段の徒歩では1ヶ月位の辺りまで来ている。次の瞬間、何かの膜の中に入った様な感覚があった。ゼフトは高速移動を止め地面に足をつけると、何かに呼ばれている様な、細い細いパスが繋がった様な感覚と共に迷い無く歩き始める。
「あれ?魔獣が居るなぁ…巣穴から少しの間出てて貰わないと、未だ入口分かんないから魔獣が居る中探すの嫌なんだよねぇ…」
戦わずに中に入らないと、困ったな。追い出すのも悪いし…。人に悪さしてないし、お陰で<アルバア>が護られてるようなものだし、逆に居て欲しいし…。いつ狩りに出るかな?
隠蔽と認識阻害を掛けたままその場に立って、どうしようかと悩んでいると、魔獣が動き出した。
奥の奥からゆっくりと移動して巣穴から出てくる。<トラロク>だ。
体長20メートル位の熊に似た風貌で、体毛は針鼠の様に尖って長い。入口の所で一度止まり周囲を見回すと鼻をヒクヒクさせ辺りを窺っている。一瞬目があった様な気がしたが、<トラロク>はそのまま森の中にゆっくり歩いて行った。
「まさか、ねぇ…」
<トラロク>の動きが気になるけど、先ずは<アルバア>を開錠して使える様にしないと。時間もないし。
繋がっているパスを頼りに洞窟の中に入って行くと、何処かに空気穴でもあるのか不思議と魔獣臭くない事に気付く。
「骨も無いな、外で食事する派なのかな?にしても、入口にも欠片も無かったし…。一頭だけか?ここにいるの」
<トラロク>は群れる習性だった筈だけど…?
まぁ、いっか。行こ行こ。
奥の奥、何の目印もない所で俺は急に体を横に引っ張られ、不意に崩れた体勢のまま<アルバア>の中に居た。
「おわっとっと」
何とか体勢を立て直して周囲の確認をする。
そこは最初に転移した拠点とは明らかに違う雰囲気だった。床も壁も天井に至るまで大理石で出来ていた。壁と天井は白を基調としていたが、床は少し黒が強い配色で4本の柱はグラデーションの様に上に行くほど白くなっていた。この部屋自体が転移の間なのだろう、12畳位の四角い部屋で四隅に柱があり、天井は高く日本家屋の2階まで吹き抜けているくらい高さがある。
「さてと、後は<アルバア>に任せて俺はパスが切れない様にだけ注意しよう」
俺が拠点に入ったと同時にエネルギーが満たされて活動し始めた<アルバア>。設定通りに俺は導かれるだけだ。
一つしかない通路を歩くと左右に部屋が一つずつ、左は倉庫の様で何だか色々な素材が一つずつ見本の様に置いてあった。右はベッドのある寝室だったが、部屋の素材以外は最初の拠点の様にシンプルなレイアウトで飾り気も何も無かった。
「俺ってなんか、つまんない奴なのかも…。いやいや、シンプルが一番!ってやつだよ…」
インテリアの才能なんか無いし、住んでる訳じゃないから生活感なくて当たり前だし、逆にカッコイイ感じだよね?って誰に言い訳してるんだか。
突当たりは大広間で、何処ぞの権力者の謁見の間っていう雰囲気だ。通路から真っ直ぐ臙脂色に金糸の細やかな刺繍が端に施された絨毯が、広間の奥の数段上にある玉座の様に構えている椅子の手前まで続いている。長方形の広間は何人入れるのか想像もつかないけど、壁際のカーテンは閉まっていて外は窺い知れない。そのまま歩いて玉座に座ると最初の拠点の時と同じ様に、今度は上からの光で反射した埃の様なものが集まっていった。
<アルバア>での記憶や保存していた全てを吸収して満たされると、俺はまた以前の一部を取り戻した。
「転移した最初の拠点<スィフィル>には瞬間移動できる様になったのか。巣穴からの侵入は封鎖してできない様にして、今現在の地理が把握出来ている範囲においては瞬間移動できる様になったと。」
取り戻した自分の能力や記憶を確認をしながら、ふと今の容姿はどんな様子か気になった。前世の俺は、“霜白の髪と漆黒の瞳を持ち、起源の虹を指先に宿す神の如き叡智と能力<チカラ>を持つ者”と評された事もあった。
面倒だから変幻と認識阻害で俺とわからない様にして行動していたけれど、自分の本来の姿を恥じた事はない。今の俺は日本に転生した素体を元に再構築された身体だから以前と似ても似つかないのだろうな、などと寂しく思っていた。
ーが、
「なんじゃコリャ?」
元の俺の外にひと回り大きく日本人ぽい要素が少しある俺が囲ってる?身長も伸びた?なんか12、13歳位になった気がするけど?あれ?乱視にでもなった??
視点を変えて自分を360度眺めてみても、やはり二重になっている。大きさも外見が12、13歳位で、中見は9、10歳位に見える。
「見た感じ気持ち悪いけど、外見だけ見えてる分には普通だな。ま、問題ないだろう」
見た目や魔力の漏れなどないか確認して、外見の中に全て収まっていることを確かめると秘匿隠蔽を解除して魔法の研鑽をする。
「日本での知識ってこっちと違う所もあるから面白いよね。新しい魔法とかアイテムとか出来そうだし、魂源の回復が目的だったけど、いやホント行って良かったぁ」
魂源を護る魂のエネルギーが望んだ以上に強くて複雑で新しい。今のエネルギー量だけで言えば本当に人外認定されても文句言えないよね、何と言っても日本での5年で魂源が元々と同等に回復したなら、70歳には単純に14倍?
「……」
前世と同じでも目の敵にされて邪神扱いだったのに、こうなると、もうホント化物だよね…やっぱり、彼方に転生したの間違いだった? いやいや、後悔してないし良い事の方が多いけど…。
こっちに転移して器が大き過ぎて、エネルギー量は半端ない筈なのに、まだまだスカスカなんだよねぇ。日々回復してるけどガソリンタンク半分くらいだもん、満タンになったらどうなるのかなぁ。
拠点<アルバア>を掌握して気付いた、外の魔獣<トラロク>は俺が生み出したやつだった。
本来群れる魔獣なのに一頭だけじゃ寂しいなぁ、家族増やすか。アイツは雄だったから雌だな。後は次第に増えるでしょ。
俺は玉座に座ったまま右手の中指で顳顬をトントンとたたく。巣穴の奥を透視するとそこには<トラロク>の雌が誕生した。問題は無さそうだが、強さが雄より上だ。レベルは合わせたつもりだけど、俺の方が今の能力を上手く調整出来てないみたいだ。
「まぁいっか、亭主関白よりかかあ天下の方が家庭は上手く行くって聞くし。魔獣がそうとは限らないけど。」
俺が作った魔獣だからボッチの方が良かったりして…
………
「うっし!気にしない!一度<スィフィル>に戻ろう!」
言った瞬間に俺は<スィフィル>にいた。
本文の一部を書き直しました。内容には全く変わりありません。