フラウレス 祖母の記憶
フラウレス。彼女の誕生は特別だ。ジェフィティールの眷属の中で明確な人格を持って生み出されたからだ。生まれた時から人格もあり、魔力、能力を授かり、やるべき事も何もかもが彼女にはあった。彼女はその為に、その為だけに生み出されたのだから。
勿論、彼女自身も自分の存在理由を知っている。10人の眷属である子供たちを育て上げるのだ。ジェフィティールがアムルタートに眷属の生み出し方を教えるために生まれた彼らは、目的も無く、魔力は抑えめ、能力もバラバラで、名を授かった後は性格も個性もはっきりとして本当の意味で子供になった。
魔力、能力が控えめと言えどジェフィティールの直属の眷属なので正直なところ、アムルタートと同等位であるが、リミッターをかけているので特に脅威になる事はない。そして、“脅威“だなどと、そんな事を考えている自分自身に少しばかりの嫌悪感を抱いているジェフィティールの表情をフラウレスは目敏く目の端に入れていた。
『…創造神様、何か気に触ることでもございますか?』
「!い、いや、特に何もないが、どうかしたか?」
『創造神様のそんな表情に、私以外気づかないとでもお思いですか?そして、気づいた時その者はどう思うでしょうか?創造神様なれば、そのような事は言わずともお分かりでしょうが、他者がいる場での表情や態度にはお気を付け下さいませ。』
俺は子供たちが園庭で遊び回っている姿を遠くから見ながら、フラウレスの言葉にドキリとした。
『ここの者は皆、創造神様のご様子を何時でも気にかけています。それは悪い意味ではなく、好意の上に生まれる感情ですからご安心ください。そして全員が決して依存しているわけではございません。』
言葉数は少なくて、何を言ってるのだろうと思ったが、フラウレスと話しているうちに分かった。皆んなが俺の事が好きで、俺が楽しそうかどうか気になっているという事。自分達が俺の役に立ちたいと、気に入られたいと、必要だと、そして好かれたいと思っているという事を遠回しに教えてくれた。そんな俺が不機嫌な表情をしたら、自分が悪かったのではないかと、自身を責めてしまうと言う事も。…そうだ。そして俺にはそんな甘えは許されない。俺には皆んなを生み出した責任がある、皆んなを幸せにする責任がある、皆んなは俺が庇護すべき扶養家族だ。
『…全員の幸せは、創造神様が幸せである事です。責任に雁字搦めになってその様な表情をされる状態ではございません。そして本来、この子たちも含め、庇護されなければならぬ程弱きものはおりません。つまり、創造神様は過保護に事を進めておいでです。』
「いや、でも必要な事だよ?善悪とか、倫理とか道徳とか?チカラの振るい方とか…ね?」
『必要ではありますが、彼らは赤子ではありません。真っ新な状態ではなく、創造神様の知識、常識、モラル、それこそ善悪、倫理道徳などは既に生み出された時から彼ら自身の中にしっかり存在しています。』
え?まさか、そんな事あるのかな。魔力、能力とかは考えてたけどそんな事は特に考えてなかったのに?でも、フラウレスが言うのならそうなのかな?
『…彼らはちゃんと知っています。ただ、遊びの中で手加減や思いやり、共同生活の中で他人との関わり合いの仕方、言葉の使い方などを身につけていく事でしょう。』
「…そうだといいな…。」
『ここには歪んだ思想や戦いを強要する者はいませんから。』
「(あ、これは祖母の記憶か…。)」
祖母は戦時中の女学校で教師をしていた。教室には必ずと言っていいほど自国至上主義的な教えをするよう見張りの憲兵が立っていたという。反対意見も勿論許されなければ、疑問も提起できない。そんな事をすれば即刻収容所送りだ。分かりきっている事だから憲兵に反論する事は無く、授業以外の会話を一切しなかったと言っていた。
ただ、いない日には少しばかりそんな事を口にしたりしていたと言う。愚痴のように言うしかできなかったが自国至上主義に疑問を持つもの、持たないもの其々がいた事を少し悲しげに話していた祖母を思い出す。
「(それ故、祖母は為政者が大嫌いだったな、権力を持っている者への毛嫌いは半端なかった。)」
祖母の影響は大きかった。俺の“個人主義“も、祖母の体験談や戦時中の記憶などの話から衝撃を受けて個人の尊厳を守りたくなったのだろう。勿論転生前のジェフィティールの人生も大きく影響している。どの世界の人間も支配欲、征服欲、独占欲や宗教が絡むと、個人を尊重すると言いながら自分以外の個人を、尊重する対象から外し他者を虐げる快感に溺れていくのだから、人間という種族は堕ちやすい。そんな認識の俺だから<ヤクシェム>の住人は人族が居ないのかも知れない。
『私は、彼らが知るべき知識や常識、礼儀作法、私の知る全てを伝えるつもりです。後は彼ら自身が取捨選択し進むべき道を行く事でしょうから。』
「…はい、お願いします…。」
祖母に似ているせいか、つい丁寧な言葉遣いで答えてしまった。フラウレスは少しだけ驚いていたようだが、俺の方を見る事なくやっと聞こえるくらいの小さな声で一言だけ発した。
……良く出来ました。……
ログハウスに戻る頃には、初心に帰ると言うことはこう言う事なんだと思えるくらい、気分が晴れやかだった。
特殊進化獣人は<ヤクシェム>の動物が進化した者をいう。地上での獣人たちは獣が進化したように体毛も顔も獣のままで二本足で行動もできるし会話も成り立つが、四足獣は四足獣の方が行動としては楽なようだ。それなのに何故獣人族と言うのかまだ知らないが、<ヤクシェム>の特殊進化獣人は獣の時の名残のある頭を持ち毛並みも尾もしっかり残っているが二足歩行で手足は人と同じだ。そして何より違うことはオーパールの印を持っていること。
獣の名残のある頭というのは、例えるならミュージカルで人の顔にメイクと特殊メイクの組み合わせで猫に似せている、あの顔を思い浮かべれば近い事がよくわかる。そして魔力も持っていて狩りなどに必要な時は獣の姿に変化できるようだ。黄檗の虹は特殊進化獣人も宿していて、どうやら<ヤクシェム>でジェフィティールの無意識下で生まれた魔力を持つ者は、等しく黄檗の虹のオーパールを持っているようだ。
「…これは進化なのか?…違うと思う、これは進化じゃない。多分、生存の為、種を存続させるため必要な変化じゃない。これは、俺の世界に順応する為、俺の希望に沿うように変化した結果が“特殊進化“なんだ。日本で学んだ“進化“とは意味合いが違う。」
言葉にして気分が落ち込んだ事に自分でもびっくりしていた。俺はここに日本と同じものを求めていたのだろうか?魔法がある時点で全く違うし、人類が生きてきた歴史も全く違うというのに。
『父上。ニホンが懐かしいですか?同じ世界になるように<ヤクシェム>を造られたのですか?』
「いや、違うよ。日本より良い世界が欲しかったんだ。ただ、特殊進化獣人たちが…進化するのが早いなって話。普通はそんな簡単に進化しないだろう?」
『どうでしょうか?私には分かりかねますが、突然変異の繰り返しが進化という事なのだと思えば、いつでもどこでも進化は起こっているのだろうと思います。』
「…いつでも、どこでも、か…。」
『知らないところで、静かに進化している事も、あるのではないでしょうか?』
スィフィルの言葉で、俺はいつも救われる。俺のする事なす事全てが、世界を歪ませていっているのではないかと不安になる時はいつも、そんな事はないと寄り添ってくれている。お陰で俺はゆっくり深呼吸することができるようになるんだ。
『ここは父上の世界です。そんな進化も楽しみでしょう?』
「そうだな。」




