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近づけたもの

日本での70年広く浅い知識を溜め込んだものの、前世の記憶が無いにも関わらず他人との深い関り合いは避けていた。転生した先は山も川も近く、遊び場といえばアスファルトではなく土の上、遊具のある公園よりも森の木々や川の中、そんな子供時代を過ごした。家族は3世帯同居が当たり前で多いところでは4世帯の家もあった。

年長者の知識は侮り難く覚えて損は無いものばかりで、祖父母と過ごす時間はとても楽しいものだった。日本にいた時分は、優しさも厳しさもたっぷりの愛情がそこにはあったのだと、年を経てからやっと理解できる様な愚か者だった。


「(前世の記憶が無かったとしても、俺という魂の魂源は愚か者で出来ているのかもしれない。家族というものは漠然と知ってはいたけど、あの環境はとても心地よい時間を過ごせていたんだな…)」


日本での記憶に懐かしさと寂しさを感じ、もっと大切にすべきだった人達を思い出しながら、次の拠点を目指して小さな村に立ち寄っていた。


10歳の子供が一人で旅をするのはあり得ないこの世界で、俺は目立つ事のない様にキャラバンの下働き見習いとして潜り込んでいた訳だが。16人のこのキャラバンは商人一家の3人を除き、御者と御者見習いの4人、下働き5人、会計助手1人、仕入助手1人、メイド見習い1人、そして下働き見習いの俺。


それにしても小汚いその辺の孤児をよく雇い入れたものだと不思議に思う。まぁ、10歳そこらの子供相手にキャラバンの男が遅れを取るわけがない、のが常識ではあるが、魔法でも使えるなら一概にそうとも言えない世の中だ。その為一般的に魔力持ちを見分ける方法がある。


魔法を使える者は大概身体的特徴がある。瞳の色、髪の色、爪の色。昼間の明るい所でも持っている属性の色味が必ず靄が揺らいでいるかの様に表れるので、夜間に薄ら発光しているそれらは、見慣れない人々には気味が悪い事この上ないだろう。


その方法以外で他人の魔力を感知するのは其れなりの能力が必要となるから、大店では当然いる筈の人材も、彼ら位では難しい。今の俺の能力でも秘匿隠蔽出来ているし、簡単には見破れない。


お陰で俺は助かっている訳だしな。兎に角早く全ての拠点に行かなければ…

のんびり旅を楽しめるご時世だったらなぁ…日本みたく。拠点に秘匿した記憶と魔力を急いで掻き集める必要なんて無くなるのにさぁ…自分を守る術は多い方が良いに決まってる。


俺は一つ息を吐いて気を取り直す。


「旦那様、御用がなければこのまま休みを戴きます。」

「あぁ、ゼフト。今日はもう良い、ゆっくり休みなさい。」

「ありがとうございます。お休みなさいませ、旦那様。」


今の俺はジェフィティールの名前は使えないのでゼフトと名乗っているが、なかなかに気に入っている。下働き見習いの俺は、下げ渡された黒パンとコップ一杯のミルクで腹を満たすと、寝床になる馬車に向かった。硬い床板に一枚の毛布だけだが雨露をしのげるうえ、ある程度の安全と随分大きくなった器と魔力の扱いを馴染ませる時間が出来るのは俺にとって大きいメリットになる。


「(こちらに戻ってきて3日、回収拠点は残り4カ所、アイテム保管庫はその他に1カ所か。ちょっと分けすぎたな、面倒くさい。)」


用心し過ぎたな、拠点同士の転移も封印しアイテム保管庫の開錠も所定のルートを回らないとできない様にしたのは、正直言ってやり過ぎた。ただでさえ俺しか拠点を起動させられないのに、転移を阻害する必要は無かったんじゃないか?


「(見つかるかも、奪われるかもと怯え過ぎじゃないか?前の俺…)」


300年後が平和で安心できる世界だと思えない時点で、対処は当然なのかも知れないけどちょっと臆病なところがあったんだな。平和な日本で70年生きた記憶のお陰か、感覚的に思考が甘くなっているかも知れないけど、今の俺にはやり過ぎに思えた。そんな事も考えながら魔力の操作、循環、錬成、顕現化等をしていた。


「(たった3日の訓練で随分楽に出来る様になったな。拠点に着くまでの間に術を研究して増やすのもアリだな…。)」


自然と口の端が上がり、ワクワクしている。新しい事を始める時はいつだって楽しい。過去出来ていることかもしれないが現在出来ない事だし、日本での人生の記憶全て引き継いでいるので、同じ魔法構築でも新しい要素が含まれているかも知れない。以前使っていた魔法も威力、効力、範囲その他色々と変化しているかも知れない。早く検証したいなぁ、などと考えながらも周囲を警戒する擬似生命を空間属性で生み出し、隠蔽を掛けて眠りについた。


辺りが明るくなり始めると魔法も解除して、同時に下働きの仕事も始まっている。旦那様一家の朝の支度から食事の用意、他の使用人達と連携して滞りなく進めていく。

今日は村の商店に卸す商品を分けて点検もあるが、それは俺の仕事じゃない。元々身寄りのない俺を東の大領地(アウゼグッド)の領都≪ヴィジュレ≫の神殿孤児院に連れて行くまでの関係だ。行程にして残り4日、10歳の子供の労働力と夜間の馬車の荷物番、対して少しの食事と神殿孤児院迄の交通手段、このご時世で良心的な待遇と言える。


この村を朝早く出ると東の大領地(アウゼグッド)の領都≪ヴィジュレ≫に、4日後の閉門時間までには着く予定だ。少々強行軍になるが、川も遠い為小さな森で休憩を取る以外は2日間馬はほぼ休み無しで走る。重種で体力のある馬だから出来るのだが、途中の馬のケアは俺たち下働きの仕事だ。


「お前って馬の扱い上手いよなぁ、コイツらとは俺たちの方が付き合い長いのに馬がリラックスしてるのがわかるよ。仕事も覚えんの早いし旦那様にお願いして、このままうちで働かせてもらえよ。」

「ありがとう、ネイドさん。でも俺、≪ヴィジュレ≫で姉ちゃん捜さないといけないからさ…。(姉ちゃんなんて居ないけど…)」

「まぁ、元々そういう約束だし分かってるけどさ、勿体ないじゃん。うち辞めても孤児院行くんじゃ良い奉公先なんか見つからないぞ?」

「そうだね。でも俺も10歳になったし姉ちゃん見つかったら、2人で奉公できる所でも探してやっていきたいからさ。あとの事は後で考えるよ。」

「でもさぁ…」


16歳のネイドにとっては周りは皆んな年上で、気安く話せるのも、兄貴面できるのもゼフトだけなので逃さない様に駄々をこねる。ゼフトにとっても気の良いネイドは、短い付き合いながらも裏表のない性格は好ましいものだった。

そんな2人のやり取りをニヤけ顔で見る使用人達。メイドの2人も食事の後片付けをしながら、彼らの会話にゼフトが無事に姉と会える事を願う。


「(あぁほんとに良い人達だな…。こっちの世界も満更でもないじゃないか。)」


優しい気持ちに包まれる空間が心地よく、少しばかり離れ難くて、ゼフトは自然に笑顔になる。


「さぁさぁ出発の時間ですよ。以前より治安が改善されたからと言って、獣や野盗が来ないとは限りません、気を引き締めて行きましょう!」


このキャラバンの主人、ハイバッハはパンパンと手を叩くと皆んなを急かした。


「もしもお姉さんが見つからず、孤児院にも残りたくなければ連絡しておいで。うちは何時でも歓迎するよ、ゼフト。」


こっそりゼフトに耳打ちし頭をクシャクシャに撫でる。50代のハイバッハにとって彼は孫の様なものだ。今回がキャラバンでの商売を最後に息子に世代交代する予定である。釣りが好きなハイバッハはヴィジュレの外れの田舎にある湖の側に家を建てた。のんびり隠居生活をする為だ。小さい子を雇うくらいの蓄えもある。

たった7日間の付き合いだが、言われた事は真面目にこなし不平不満を口にしない。商品も雑に扱わないし、他の使用人とも和を乱さず仕事が出来るなんて事は、なかなか10歳の子供に出来ることではない。


「(このままうちで働いてくれたら、将来は独立して店を任せられる様になるかも知れないのになぁ…)」


そんな事を考えているなどと知る由もないゼフトはニッコリと笑顔を返すのだった。

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