初めまして こんにちは
ここからは<ヤクシェム>の話です。
<ヤクシェム>では、ジェフィティール、スィフィル、管理者であるヴェリュ、ユミス、マーラと聖獣アムルタートを交えて東屋で話し合いをしていた。未だに管理者の3人娘がログハウスに近寄れないからだ。
「それで今後の方針なんだけど、この<ヤクシェム>に生まれた町と住人の発展と、特殊進化をしている獣人達の発展、観察。場合によっては手助けするし、上手くすれば交易とか、色々発展させられると思う。そうだな、俺は旅人でお忍びの領主的な感じで潜入するかな。」
『では、私は父上の従者としてついてまいります。』
ワクワクしていた気分がスィフィルの一言で冷静になってしまった。ただの旅人でいいや…。
『ぼ、僕は?もう聖獣として立派に役目を果たせますか?』
『私たちは眷属達が精霊の様な能力と言いますか、役割をしておりますので、精霊主として管理を続けていきます。動植物達や特殊進化獣人達ともその立場で関わって行く予定でございます。』
「あれ?そこは“精霊王“じゃないの?」
『と、とんでもございません!創造主様、スィフィル様も居られるのに“王“などとは過分にございます!』
なんかずれてる気がするけど、3人とも慌てて椅子から降りて平伏する。いつも思うけど、そこまでされると逆に疲れるんだよね。俺は横に座っているアムルタートの頭を撫でながら話す。
「じゃあ、スィフィルが“精霊王“で君達は“精霊主“って事で。」
『では、父上は創造神、“起源の神“としましょう。』
「ない!それはないよスィフィル。すっごくヤダ。神じゃないし罰が当たりそうじゃん!絶対やめて!」
『(父上以外の誰が罰を与えると言うのでしょうか…?まして、父上に罰を与えられる存在を私は想像すらできませんよ。)』
思わずアムルタートの髪をくしゃくしゃにしてしまったが、やられた本人はキャッキャと楽しんでいた。お陰で俺の気持ちも楽になったよ。跪いたままの3人には何度も言ってる事をまた、言い聞かせる。
「あんまり畏まられると疲れるから、できればもう少し普通にできないかな?敬意を持って接してくれてるのはわかるから、もう少し普通でお願いね。」
『あまり父上に負担をかけぬ様態度を改めよ。』
スィフィルの言うことに大きく頷き、3人は席につく。なんでスィフィルの言う事はすぐ実行するんだろ?面倒だから口にはしないけど…。
「アムルタートも成長したね、もう聖獣として舐められる様な事はないんじゃないかな?」
『本当ですか?ふふふ、嬉しいです、父様。一度シュナイツにも会って感想を聞きたいです。』
「お、いいね。シュナイツにお墨付きを貰おうね。」
『はい、父様!』
話が要らぬ方に脱線しつつも、<ヤクシェム>で当分過ごす事は決定したのだった。
俺の見た夢から生まれてしまった町と住人達と、獣が進化した特殊獣人達は今のところお互いの生活圏が重ならないから互いの存在を邪魔に思うこともなく、適度に関わり合いながら生活している。精霊達(眷属達)はどちらにも認識されて繋がりは少しばかりあるようだ。
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この町に来てしばらく経つが、面白い。なんと言っても誰も俺たちの事を気にしないからだ。ここの住人は農業、酪農、漁業など、多岐に渡り産業が発達しているお陰で働き口もあり、人口もいつの間にか増えていて、最早ただの町ではない気がする。ベオグルリンドス帝国のどの領地よりも栄えているが、別にベオグルリンドス帝国を基準に作られた町ではないのだ。
そう、どちらかと言えば俺の記憶にある日本で学んだ事や、環境、倫理観全てが元になってできた町と住人達。この町は近世の技術があるのに、敢えて不自由な手間のかかる生活を好んでしている様な。都会生活を知っていてアウトドアや田舎暮らしをしている様な、そんなゆとりを感じるのだ。そして一番大きな違いは貨幣が流通している事だ。賃金もあるし、日本で70年慣れ親しんだお金のやり取りがとても画期的なように思う。
「(ほんと、住人は獣人だったり天人だったり様々だけど、生活としては日本の田舎暮らし程度で暮らしやすいな。)」
上下水道も勿論ある、そこは魔力や魔石、技術がものを言う部分で浄水場など必要ないし、燃焼する炎も必要ない。料理に必要な熱量は魔石がIHの様に発熱し、シャワーもお風呂も魔石が発熱することで対応している。魔石は放置していても魔力を自然に吸収しまた使用できる様になっている。そんな事が起こるのはこの<ヤクシェム>だけだけど、他の世界を知らないのだから当然の事として生活している。
そして、<ヤクシェム>の特殊進化獣人達と度々交流しているようで、狩については彼らが請け負っているようで、食肉用は彼らから仕入れているらしい。
この町も結構な大きさで、農地や牧場などの場所まで入れると帝都に匹敵する広さだ。端から端まで移動となると結構な距離となり、中心地の栄えている場所に特殊進化獣人が獲物を運ぶにも労力も時間もかかる為、宿がいくつかある。その一つに宿泊しているのだが、食事が美味しい。「俺の記憶よ、よくやった。」と褒め称えてしまうのは、仕方ないだろう。
ここの住人は全員が等しく黄檗の虹が全指に宿っているので、生活に必要な魔法は誰もが使えるし、地上の人族には誰も負けないだろう。だが勿論そんなことは誰も知らない。ただ息をするのと同じように魔法が使えるだけなのだ。
「そう言えばこの町の名前はなんて言うのかな?名前ってないと不便だよね?誰か知ってる?」
「いんや、何も名前なんてなかったよな?別に不便とも思ったことないけど?」
宿屋の食事処で近くにいた男達のグループに聞いてみた。彼らは農業の中でも果樹園の働き手だという。
「俺の場合は“オッタム果樹園のゴンドー“っていやぁ俺の事だってすぐわかるし、この宿屋だけじゃなくて他もみんな名前があるから、わざわざ町に名前なんて必要ないけどな。」
「へぇ〜、そうなんだ。じゃあ、町長は誰?」
「カラバックだな。でもアイツに町長って言うと怒るから気をつけろ。」
「何で?」
「そりゃオメー、“なりたくてなったんじゃねー!“って直ぐキレるからよ!」
あれ?なんか親近感が…。
「だな?あいつはキレやすいくせに、みんなの意見のまとめ役なんかやってっから町長になるんだっての。自業自得ってやつだろ?」
「(いや、それ使い方違うだろ。)ははは、面倒見が良いんですね、カラバックさん。」
「そうそう、イヤイヤながらいっつも貧乏くじ引いちゃうんだよね、あいつぁ。」
「カラバックさんはいつもどこにいるんですか?」
「ん?カラバックに会いたいのか?」
「はい、そうなんです。」
「んじゃ、この前の道を右に行ったら突き当たりの建物にいるぞ。“オッタム果樹園のアジャ“に聞いたっていやぁ、誰かしら案内してくれんだろう。」
「ありがとう、アジャさん。」
「おう!いいってことよ。」
いやぁ〜、誰も個人情報とか気にしないよね。まぁ、悪用されなければなんて事はないんだけどね。悪用するやつがいないんだろうな。まだ、そこまで行き詰まってないんだろう。誰もが知り合いで繋がってると悪いことも出来ないけどね。
『父上、町長に会ってどうするんですか?』
「町の名前に使っていいか聞くのと、町長が一番詳しいだろ?町も町以外も。」
『畏まりました。では情報収集に力を入れましょう。』
「…スィフィルも町名は必要ないと思うか?」
『私はどちらでも特に不都合はありません。』
「そうか?」
『とりあえずはカラバックの町とでも言っておけば良いので。町人以外と接点が沢山ある時に使う以外、使用しないでしょうから。』
「……そうね。」
確かに、俺たちの間で話をするときに必要なだけだな。じゃあいいか。
俺たちは店を出て、カラバックに会うために歩いていた。だが、ここで大きな感覚の差異を身にしみて実感する事になった。真っ直ぐ突き当たりの建物とは…非常に遠かったのだ…。疲れてる訳ではないけど、さっきの言い方からするに、ほんの少し行った所的なニュアンスだったと思う。かれこれ1時間真っ直ぐ歩いているが“突き当たりの建物“はまだ見当たらない。
「これはあれかな?徒歩じゃなくて、馬車なら直ぐ的な感じか?」
『どうでしょうね…。彼らは獣人族でしたから、彼らなら直ぐ、と言う意味かも知れません。』
「なるほど。あり得そうだな。」
そんな話をしながら歩き続け、商店街に入って暫くすると、やっと“突き当たりの建物“を見つけた。あの宿屋は随分繁華街の外れにあったのだなと、改めて思った。




