閑話 春女神 二月目十一日
ジェフィティールの転生で拠点から弾き出されたチャスカは、精霊の森からようやく出た所で驚いた。精霊の森ではいつもの様に歩いていた筈なのに、出た場所がいつもの街道ではなく何処かの平原だったのだ。唖然としたのはそれだけでは無かった。今まで歩いていたはずの精霊の森も振り返れば無くなっていた。
「どこ、ここ?何でこんな事が?いつもは…。」
チャスカはハッとして突然理解した。いつもは精霊が味方してくれていたからこそ同じ場所、同じ街道に目立たず出れる恩恵を受けていたのだ。ジェフィティールがいなくなった今、その恩恵は一切無くなった。精霊達が慕っていた彼の仲間である者だから、仲間だったから優遇されていただけで、精霊は決してジェフィティール以外を認めてはいなかった訳だ。
「…そうだな。あたしなんかはオマケでしかないもんね…。」
チャスカの両手の握り拳が震えていた。だが直ぐに剣を握りめちゃくちゃに剣を振り回す。見えない複数の敵を斬り伏せるかのような動きだ。暫く剣を振り続けていたが、気が済んだのか剣を鞘に戻し天を仰ぐ。
「じゃあね、ジェフィ!300年後は自由で、幸せにね!」
チャスカは少し、スッキリした顔で歩き出そうとするが、現在地がわからず途方に暮れた。
「やばい、あたしの魔法は攻撃系しか得意じゃないんだよ。どーしよ?索敵に獣も引っかからないし魔獣もいないと生息域で現在地の判断できないじゃない。」
困った。とりあえず移動して、水源なり森なり見つからないとやばい。あー、こんな事ならもう少し真面目にジェフィに攻撃以外の魔法を習っとくんだった。要らないって言ってた過去の自分を殴りたいよ。もうっ!
チャスカは周囲を一通り見回してじっと考えると、一直線に走り始める。ブレる事なく進む姿を見たら、誰も当てずっぽうだとは思わないだろうが、それがチャスカである。狩人として生きていた感が方向を決めている。野生の感といっても差し支えないほど、本能として生き残る方法を知っているのかもしれない。チャスカが走っていく方角は確かに街がある方角だった。
暫く走ると広い川が見えた。川幅は約20メートル位だろう。残念ながら知っている川ではないようだ。これだけ大きな川沿いのどこかしらに村なり街なりあるだろうと、とりあえずほっとしていた。
「まぁ、これで簡単には死なないから、このまま出来るだけ上流に向かおう。今日中に何処かに着くといいけど。」
チャスカは索敵を展開しながら上流に向かって走り出した。どこに飛ばされたかわからなくても、ベオグルリンドス帝国内であれば、河口よりも上流に多く町がある。だが他国の場合は知らないのでそうとは限らないかもしれない。他国に飛ばすほど嫌われてないと願いたい、と走りながら考えていた。
2時間ほど走り続けて一旦休憩しようと、場所を探す。しかし、索敵に獣がひっかかった。
「まぁ、お腹も減ったし、丁度いいか。」
チャスカは素早く獣がいる森の方に移動する。チャスカの索敵範囲は移動中は約300メートル、止まって集中すれば500メートル程だ。お陰で偶に目星の獲物に近付いた時には先を越されている時もある。今回もそのパターンになってしまった。獲物まであと100メートルに近付いた時には既に矢が放たれていた。
「(ちっ、仕方ない、他をあたろう。あたしのこと知ってる奴だと面倒だしね。)」
チャスカは直ぐ様止まり集中して索敵すると、10人ほどでこの獲物を捕らえようとしている事がわかった。その為か近くに手頃な獲物が見当たらない。仕方ないので今日は川の魚でお腹を満たす事とした。チャスカは川の方まで気配を消しながら足早に移動して、野営の準備をする。
「(はぁ、野営なんていつもの事なのに、なんか色々どうでもいい気になるのは何でだろ?魚も美味しくないし、酒もこんな不味かったかな?)」
チャスカは条件反射的に野営の準備ができるので、ぼーっとしながらもそつなく全てを用意して結界迄完璧だった。無意識に警戒しながら火の用意などができるのは狩人の時のくせの様なものだ。
魚を焼き、パチパチと時々音を立てる焚き火を見つめながら、チャスカはふと、自分のこれからについて考える。
「(ジェフィもいない世界で、これから先何が楽しいのかわかんないし、あたしがやりたい事なんて、恩知らずで恥知らずな奴らを一人残らず消す事くらいだし、けど、そんな事したらジェフィに大目玉食らうしなぁ…。って待てよ?ジェフィが戻ってくるのは300年後だ、となるとやっちゃっても問題ないじゃん。)」
チャスカはつい先程までの投げやりな気持ちから、ぐんぐん気分が上がっていくのを感じていた。四頭賢獣なんて勝手に呼ばれて、戦争で良い様に使われた。
「四頭賢獣とかさ、なんだよ“獣”って。あたしらは獣じゃなくて人だっつーの!馬鹿にしてんだろ!」
自国を守れたのは悪くないが、ジェフィティールの功績はそいつらに潰され、四頭賢獣の功績に塗り替えられた。それはつまりジェフィティールを排除した後の自分達4人は操り易いとでも思われていたのだろう。だが、カリメッラとキッシャータは早々に帝国上層部には見切りをつけて、中央から離れた。メヒモンテスは中央に残っているがもうそろそろ我慢の限界だろう。ジェフィティールも居なくなってしまった帝国なんて潰れてしまえ。いや、愚かな者どもだけ滅びてくれれば文句はない。チャスカの思考が一つの方向にまとまっていった。
「(これは復讐と違って中央の奴等の大好きな“粛清”ってやつだから、あたしがやっても良いんじゃないか?みんなの為になるだろうし…。まぁ、自分がやられる立場になるとは思っても居ないだろうけどね。)」
チャスカは久しぶりに気分が上がっていくことで、身体が少し軽くなった様な気がした。単純な彼女はスッキリ粛清が終わって、人々が笑顔で生活して飢えることのない世界に、ジェフィティールが帰ってくる。そして彼が満足そうな顔をしている姿を想像する、それだけで幸せな気持ちになれたのだ。たったそれだけで。
「ま、そんなのあたしに出来るわけないんだけどさ。頭悪いし、森の狩りなら楽勝だけど、じゃなければ攻撃魔法だし、細かく仕留められないし。あー全く、嫌になるよね。やめやめ。夢の中だけでも奴等を痛めつけてスッキリするか!」
周りに誰も居ないことがわかっているからか、誰に言うわけでもなく大声で独り言を言いスッキリした顔で横になる。ジェフィティールに貰った結界を張る魔石の腕輪を信頼し切っているからできる事だ。範囲は半径2メートルだから狭く結界持続時間も長い。貰ってから随分経つが性能は落ちないし、魔石の魔力が切れる感じがしない。ジェフィティールの弟子になってすぐに不得意な結界の補助に渡された物だが、チャスカにはそのままで十分だった。
「(みんな自分の結界にこの補助を合わせて、半径5メートルの結界にしてたからね。そんなでかいの必要ないし、2メートルで不自由でもない。どうせ1人だし…。)」
夜空には星が幾つも散らばり、虫の音、川の音がうるさく聞こえていた。いつもは気にならない些細なことが、今日のチャスカの目に、耳についた。この世界に取り残された様な、そんな侘しさが心に広がっていくのを否定する様に眉間に皺を寄せ、目をギュッと閉じ、眠りにつく。




