聖獣の誕生
ログハウスの庭の雪の上に鳥獣が佇んでいた。鷹のような姿だが、羽の色はジェフィティールの髪と同じ霜白で目は金色だ、そして尾が非常に長い。体長は中型犬くらいの大きさしかなく、まだ未熟なようだ。ジェフィティールとスィフィルが出かけた後もこの鳥獣はじっと動かず彫像のように一点を見つめている。不思議なことに、深い雪の上にいるのに身体が沈まずにいるのは特性なのか、明るい昼間でも薄ら身体が光っているかの様に見える。
『…』
その獣は考える。『ここはなんだ?自分とはなんだ?知らないもの、知らないこと、何もかもがわからない。』情報を収集していると、何か世界に触れたと思った瞬間に、自我が芽生え始めるのがわかった。その後は驚くほどの速さで全てに対して理解していったのだ。ここが何で、自分が何で、周囲の存在が何で、どうして自分がここにいるのか。
『(私は創造主様によって創られた世界に望まれて生まれた。私は確かにこの世界の正当な聖獣なのだ。)』
確信を得た聖獣はこの世界宇宙樹の島の魔力を吸収し始める。ゆっくり、大地、森、海、空、全ての情報と魔力を吸収し理解を深める。聖獣としての存在意義を高める為の本能なのだろう。知る事は聖獣としての格も高めることになるし、力もつけることに繋がる。聖獣はこの雪の上でずっと、動かず世界と繋がり理解することに全力を傾けた。
暫くすると創造主様が目覚め、出かけて行った。それでも聖獣はついて行かずすべき事に集中する。創造主様が創られた世界の聖獣として生まれたのだから、それに相応しい聖獣でなくてはならないと。
「あれ?聖獣くんはちょっと大きくなったね?」
一点を見つめていたせいか、ジェフィティールが近づくまで気づかなかった聖獣は目を見開いて驚きを隠せなかった。
「どうしたのかな?固まってるけど、まだ話せない?」
『父上、一応お知らせしますが、通常の聖獣であれば生まれてから数百年は幼体ですからね。会話もできなければ、理解力も乏しいものです。それも環境が悪いと、成体になる前に消滅してしまいますからね。ここでその様な事はあり得ませんが、父上もご存知の事でしょうに。』
「知ってるけど、もう喋れたらなって思ったんだよ。なー?」
と、まるでペットに話しかける飼い主の様に聖獣に同意を求める。聖獣は目をパチパチさせながら『ふぁい』と答えた。
「『!!』」
2人は目を見合わせて、再び聖獣を見る。気のせいではなく確かに返事をした、まだ生まれて数時間の聖獣が、まだ名付けてもいないのに。
「凄いね、もう話せるんだ。飛べたりしないの?」
『(父上、話せるだけであり得ないのですよ!飛ぶとか、生まれてから数時間で出来るわけないんですがね!)』
スィフィルは無言のまま表情で訴えるが、ジェフィティールの背中に向かってしているので伝わるわけがない、そう、誰も同意するものがいない自己満足のためにやっているのだ。
『みゃぁだ、しゅこおしぢゃけ、ふぁなしゅ。』
『(聖獣も、そんなに話さないでくれるかなぁ、父上の好奇心が…)』
「はいはい、まだ少ししか話せないのね?」
『相変わらず、父上の解析能力は高いですね。』
「ははは、そんなの普通だろう。それで聖獣くん、君は名が欲しい?俺が名付けても良い?」
『(ほらね、目がキラキラどころかギラギラし始めてる…)』
ジェフィティールは聖獣の目線近くまで跪き問いかける。この数時間でこれだけ自力で成長したのなら、今後も誰の手も借りずに自力で成長したい考えかも知れない。そういう個の主張を大切にしたいからジェフィティールは問いかけるのだ。その手助けを最大限するために…。
『ふぉし、にゃ、んにゃ…な。』
「そっか、名が欲しいのか。」
聖獣は自分の拙い言葉で気持ちを汲んでくれた創造主たるジェフィティールに、感謝して頭を縦にブンブン振った。ジェフィティールはじっと聖獣を見つめて、何時になく真剣な表情で名付ける。
「アムルタート。…それが君の名だ。」
ジェフィティールが名付けと同時に聖獣の周りが歪む。小さな竜巻のような渦に包まれた聖獣は竜巻の稲妻が激しさを増し、全く中が見えない状態でどんな変化を遂げるのか、スィフィルはその魔力の渦、奔流に鳥肌を立てていた。ジェフィティールは少し手助けするつもりでこっそり魔力を追加している。
魔力を追加してるのがスィフィルにバレたら怒られるだろうな…。この聖獣生まれたてなのに地上のシュナイツより存在力というか、聖獣としての格が違う気がするもんね。でもさ、俺が夢で見た中に聖獣はいなかったはずだから、俺が創ったわけじゃないよね?自然に生まれたんだよね?だから幼体だったわけだしね。という事は、幼い子に手助けしても問題ないよね?
『…父上。バレてますよ、色々と。こっそりやるくらいなのですから、よろしくない事はお分かりですよね?もう、今更ですが。』
「!…そだね。あんまり良くないかも…ね。でも、手助けしてあげたいじゃん?ちょっとだけね?」
『“ちょっとだけ“とは到底思えませんが…。知りませんよ?』
そんな風にスィフィルに呆れられながら、ジェフィティールが小さくなっていると、稲妻が収まり、竜巻もパッと消えると、そこに現れたのは ー子供だー
俺の子供の頃に似ている気がする。霜白の髪に瞳は濃紺で3歳くらいの男の子だ。外見なんて正直どんなんでも関係ないと思っていたが、似過ぎていて逆になぜ?と言いたくなる。ただ、生まれたからには聖獣とは言え、彼が幸せである様にと願う。この世界に聖獣として生まれ、世界の安寧のために存在し続ける彼が、世界の犠牲ではなく、世界を楽しむことを願う。
『本来の性質が変質している様に見受けられますが…。父上。聖獣の誕生に影響を与え過ぎではありませんか?』
「…ごめんなさい。」
『怒っているわけではありません。ただ、アムルタートが聖獣として確立した今、子供の姿であっても聖獣の中では最上位に存在していますよね?シュナイツなどに連絡して調和を取るべきではないでしょうか?』
「でも、アムルタートは<ヤクシェム>の聖獣だから関係『無い」わけないですよね?』
スィフィルはジェフィティールの言葉に被せて話を続ける。
『この<ヤクシェム>が世界と繋がり、ある意味掌握しているのは既におわかりですよね?その<ヤクシェム>の聖獣なのですからどういう存在になるのでしょうね?』
怒ってる、怒ってるよねスィフィルさん。顔は笑顔に見えるけど青筋が見えます…。でもさ、<ヤクシェム>が世界情勢を掌握していても、気付かれてないからそこは問題ないのではないでしょうか?バレてしまったらその時に考えませんか。
「え…と。存在としては、最上位って事で。あとは…自由!って言いますか…主に<ヤクシェム>の聖獣として幸せになってもらうって事で…如何でしょう?」
ジェフィティールは思わず、心の中でもみ手をしてスィフィルのご機嫌を窺ってしまう。ちょっと手助けの筈が結果としてヤバめの聖獣が生まれた事に責任を感じていた事は事実で、<ヤクシェム>内ならば大事にならないだろうとは思っていた。だが、確かに<リーヴェル>に来る事もあるだろう、地上と全く隔絶しておく訳にもいかない。いや、<ヤクシェム>を大きく拡げてアムルタートが窮屈に感じない様にするのも良いかも。
『…父上、また何か思い付かれましたか?何にせよ、よくよく考えてから実行して下さい。流石にフォローするにも限界はありますので。』
「んぐっ…。反省してます。とりあえず、家の中に入ろう。」
ジェフィティールは腕の中で寝ているアムルタートを優しく見つめて言った。スィフィルは複雑な表情でついていく。外はすっかり夜になり、ログハウスの明かりが暖かく灯っていた。




