閑話 メヒモンテスの過去
今回は長い上に、閑話だし、残虐な描写があるのであまり読まない方がいいです。
西の領地<ジャンゴー> 領都<ドゥルガン> ジェフィティールは弟子のメヒモンテスとそこで出会う。これは2人が出会う少し前の話だ。
メヒモンテスは<ドゥルガン>の裏道で食堂のゴミに出る野菜クズやほぼ出ない残飯を漁って生き延びている状態だった。彼は一年前の内戦の余波で焼け出された所謂戦災孤児だ。この領地では内戦は2、3年に1回位の間隔で大小に関わらず頻繁に起きているので、そういった子供は大して珍しくもない。
その度に野盗、戦災孤児が急増しては郊外では治安が悪くなる。だが、野盗は多くなり過ぎると潰し合い、又は討伐に合うなどして数を減らし、戦災孤児は生き延びられず殆どが餓死してしまう。この世界、この時代、この領地に教会や孤児院などは無い。其々の家に祈るものを置いているし、他人を養う余裕もない。領都と言うには余りにも小さい集合地域であり、人口だ。それでも他よりは農地もあり農作物も流通している為、この領都に人が集まっている。
孤児などは農地では人目に付きやすく農作物の盗みもままならず獣にも襲われやすい、そんな郊外では食糧を手に入れ難い為生きていけない。逆に色々な人の多い場所の方がゴミも出て、意外に盗みもしやすい為メヒモンテスも生き残れたのだ。
メヒモンテスは郊外で根菜を作る農家の息子だった。両親と歳の離れた弟と4人家族で慎ましやかに暮らしていたが、5歳の頃から土属性と水属性の魔力が発現し、その魔力を使って収穫が減らない様に出来るほど、知能も魔力も優れていた。3歳の頃から爪に竜眼の虹が少しずつ現れ始めた子供だった。両親とも白縹の虹の魔力持ちで少しばかりの魔法は使えたが、彼らには正直言って息子の爪に現れた魔力の虹についての知識が全く無かった。けれど自分たちの知らぬ事に不安を覚え、他者には知られない様に手を隠すように育てるだけの慎重さがあったのだ。彼が8歳になった頃弟が生まれ、暫くは苦しくても幸せな時間を過ごせていたのだが、弟が3歳になる少し前から内戦の余波がメヒモンテスの住む村に影を落とし始めた。
領都に運んでいる積荷が襲われたり、出荷前の野菜さえ大量に荒らされたりした。近くに獣だけでなく野盗が増え始めたのだ。そうなると村が襲われるまであっという間だ。ここには野盗を追い払うだけの武力はない。強い攻撃魔法を使える者もいない。相手の数は分からないし野盗を見縊るものは生き残れない。武力が無い時点で村に残るものは居ないだろう。自分の家族を守るだけで誰もが手一杯なのだ。勿論メヒモンテスの家族も種芋を出来るだけ持ち、家を捨てて逃げるしかない。家族4人で荷物を背負い領都に向かう。領都で安全の確保と野盗の討伐を依頼する為だ。
だが、彼らは見捨てられた。
村長が持つ馬車に乗せてもらえなかったのだ。それは安定して芋類が収穫できるメヒモンテスの家族に嫉妬をしていた村人たちの不満を、村長以外のほぼ全員が持っていたことが原因である。同じ様に小さい子を持つ母親がとりなそうとした所で、男尊女卑の村で意見を言うことは出来なかった。
メヒモンテスの父は恨言を言って事を荒立てるより早く村を出る事を優先させた。村から領都まで20キロほどの道のりだ。小さい子を抱えてどれほど時間が掛かるか予測は立たない。大人で5時間あれば確実だろうが、その倍の時間を見積もっても確定ではない。そうなると明るいうちに領都に入ることが難しいと考えるしかない。暗くなれば安全は確保できない。
「…さぁ、俺たちも行こう。領都まで長いからな。」
「母さん達だけでも乗せてもらえたら良かったのにね。僕がもっと早く荷物用意してたら遅れないで乗せてもらえたかな?」
「それはない。どっちにしろ無理だっただろうから気にするな。小さい男達の馬鹿な嫉妬心なんてどうにもできん。」
「そうよ、そんなこと気にする心も体力も勿体無いわ。さっさと行きましょう。」
メヒモンテスはそんな風に堂々として胸を張れる自分の両親がとても誇らしかった。この村の中で頭もいい方だと思うし、変なヤキモチなんか妬かない、種芋が切れた家に分けてあげた事だってある。両親に恩がある家は結構あると思う、でもこんな追い詰められた時はそんな事、全く役にも立たないんだと身にしみた。多少の恩より小さい嫉妬心が勝るのだ。
休み休み進んでやっと半分まで来た。ここまで来るのに4時間ほどかかった。でも父親は渋い顔をしている。ここから先、もっと時間がかかる事は分かっている、だが時間がかかりすぎていて陽が落ちる前に領都に辿り着かない事は確実。途中で種芋も最低限まで減らした、これ以上は無理だ、だが死んでは元も子もない。ここからは今までの道のりよりも命懸けで急がねばならない。
「メヒモンテス。ここからはお前も覚悟を決めてもらう。母さんが弟を抱えるから、母さんの荷物はお前も少し持て、父さんも出来るだけ持つ。今のままだと野盗か獣に襲われるだろう。なんとかして領都に入らねばならん。今の時期は陽が落ちるのが早い、急ぐぞ!」
「はい!父さん!」
母親は弟を布紐でぐるぐる巻きに体に縛り付け落ちない様にした後、足早に父について歩きだした。今までの倍くらいの速度で領都に向かう、しかしいつまでもその速度が続くはずもない。これ程の距離を歩く事はない母親とメヒモンテスの足の裏は既に血が滲んでいる。徐々にペースが落ちて陽が落ち、夕闇が背中を掴みそうなほど近づいてくる頃、領都の手前にある村で火の手が上がった。街道から程近いその村から急に上がった火の手に、唖然として足も止まる。
野党に襲われたのか、魔獣が出たのか、獣ぐらいではああはならないだろう、色々な考えが思い浮かぶが、兎に角急いで離れなければ巻き添えを食う。
「急げ!早くここから離れるんだ!」
「母さん、早く!」
3人は急いで走りその場を後にするが、母親の胸で寝ていた弟が急激な振動に驚いて目が覚め泣き出してしまった。3人はその声に焦ってバッと村の方を見やるが、まだ気付かれていないように願うと構わず走り続ける。
「ゴメンね、驚いたよね、でも大丈夫だから泣かないで。遅くならない様に走ってるのよ。」
母親は泣き止む様に宥める。なるべく優しく、安心する様に。父親は母親の後ろにまわりメヒモンテスに先頭を走らせる。どれ程走れば安全になるのか分からない、全力で走り続けるしかないのだ。だが暫くすると地響きと鈍い音が聞こえて瞬間的に振り返ると、父親が倒れ込んでいた。足に矢が刺さっていて、背負っている種芋の袋が頭の上に乗っかっている。
「あなた⁉︎」
「!構わず行け!止まるな!」
「でも!…わかったわ!」
一瞬ためらった母親も父親の鋭い目に我にかえって、頷くと先を急ぐ様に走り出す。息子を抱いて走る自分が一番足手纏いである事を自覚しているからだ。
「父さん!今、矢を抜くから!」
「頼む!抜いたらお前も先に行け!後は振り向くなよ!」
メヒモンテスは大きく頷き、息を整えると一気に矢を引き抜いた。狩人の使う鏃ではなく野盗が使う物でもない。騎士の様な上等な兵士の使う鏃だった。何処かの一揆の鎮圧か何処かの内戦の飛び火で村がのまれたか。兵士がいても護ってはくれない、関係がなくても大概は皆殺しだ。領都外で起きた事に関して、一々裁判の様な事はしない。そんな力のある者は領都内に住むし、領都の安定だけで精一杯な現状、郊外の農民が多少増減しても飢饉などが起きない限り、まだ狩が主体の生活なので領都民は困らない程度の感覚だ。
メヒモンテスは父親に抜いた鏃を見せると、父親も察したのか小さく頷き、傷口を服を切り裂いた布でキツく結び背をかがめて歩き出す。メヒモンテスは母親の後を追い走り出した。
周りはもう真っ暗闇だ。上手くすれば兵士たちに見つからずにやり過ごせるかも知れない。途中で母親に追いついたが先に行けとキツく言われた。固まって移動するよりは見つからない様にとバラバラに移動する方が良いと。暫くすると領都の門の灯りが目に入る。
「(もうすぐだ!)」
メヒモンテスは振り返ってはいけないと言われていたが、安堵の気持ちに気が緩んで振り返った。父親の姿は暗闇で勿論見えないが、少し後ろを早足で来ている筈の母親の足音が聞こえない。不安に思ったメヒモンテスだが、倒れる様な音も、襲われる様な音も聞こえなかったことから両親に言われた通り領都に一心に走っていった。
「(もしかしたら助けてくれるかも知れない…。)」
そんな気持ちがより一層メヒモンテスの走る速度を上げた。
「た、たす…助けて…ください!」
「なんだ!なんだ、こんな時分に!」
門番は槍を構えてメヒモンテスの前に立ちはだかった。
「村から来る途中に…内戦に…巻き込まれて!!はぁはぁはぁ…。両親と弟が!」
「!…あぁ、3日前からここの南方の村で勃発してたやつだな…。こっちは西側だから平気かと思ったが、戦線が広がったのか…。悪いが、兵は出せない。ここまで辿り着けば助けられるがな、間違って殺されてもこんな時間に移動してるんじゃ仕方ないぞ。なんで歩きなんだ?」
「…村の馬車に、乗せてもらえなかったんです…。」
「あぁ、昼間西の村の馬車が3台通ったな…。でも満員じゃ無かったぞ?他の村か?」
「いえ…。乗せてもらえませんでした……。」
門番の男は、メヒモンテスの様子から大体を察知した。よくある事だと。
「で、お前の両親は?」
「両親と弟です。…もう着いてもいい頃なんですが……。」
息も落ち着いてきて、暗闇の街道を目を凝らしてじっと見つめるがなんの気配も無い。
「おかしいな…?」
そう、言葉にはしたもののメヒモンテスは恐ろしい考えが頭を占めていくのを感じていた。
まさか、まさか、まさか!そんな筈はない、母さんは無事のはずだ、だってすぐ後ろにいたのだから、弟を抱いて疲れて歩いているのかも。父さんだってあのあと歩いていたから遅くなってるだけだ、もしかしたら隠れてるかも。ぐるぐると考えが頭を回っている。
「…とりあえずお前の名は?」
「あ、すみません、メヒモンテスって言います。」
「そうか。俺はガンテスだ。そこら辺に座って家族を待ってろ。」
「ありがとう」
メヒモンテスは門の壁に寄り掛かり座った。そしてウトウトと眠ってしまった。
メヒモンテスが目を覚ましたのはまだ陽の出ていない時刻、空が少しずつ白み始めた頃だった。ハッとして門番の男の方を見る。男は欠伸をしていたが、両親が着いていない事は聞かなくても分かった。メヒモンテスは意を決して街道を戻ることを決めた。門番の男ガンテスも止めてはみたが無駄だろうとは思っていたようだ。
「まだ、残党狩りをやってるかも知れん、よくよく気をつけるんだぞ。」
「ありがとうございます。」
メヒモンテスは早足で朝靄に煙る街道を戻っていった。
昨日きた道を足早に結構な距離を歩くと、うっすら焦げたような匂いが漂ってきた。メヒモンテスは近づいてきたんだと、街道から少し横の雑草が生える場所を慎重に歩く。人の動く気配も動物の息遣いも感じない、それでも慎重に周囲に気を配りながらゆっくり進む。朝靄も少しずつ晴れてきた。
遠くに村から上がっているだろう煙が見える。風に乗ってあの煙の匂いがしたのだろう、近くに燃えているところも、野営もない。そのまま草むらの中を歩いていくと、生臭い臭いが一瞬鼻をついた。慌てて辺りを見回すと街道の反対側の草むらに周りとは違う雑草がグチャグチャになっているところを見つける。
メヒモンテスは一気に血の気が引きくらくらしたかと思うと、今度は心臓がバクバクとすごい音を立てて身体が震えている事に気がついた。
「(確認したくない、でも確認しなきゃ…。きっと違う!)」
周囲に誰もいないことを確認してその場所に向かう。そこはグチャグチャな草むらの端だった。血の痕らしきものも幾つかある、なだらかに下った傾斜には争って転げ落ちたような薙ぎ倒された雑草があり、その先には見知った袋を見つけた。種芋の袋だ。
メヒモンテスは息を飲んだ。
「(待って、待って、嘘だ嘘だ嘘だ!)」
周りを見回し探す。知らない男が数人倒れている、死んでいるのだろうピクリとも動かない。父親の姿を探すが見当たらない。生きているかも知れないと希望が持てた。
「(大丈夫だ、父さんは強い、父さんは強い、父さんは…)」
ずっと自分に言い聞かせながらグチャグチャな草原の中を探し回った。何処をどう歩き回ったかも分からない状況で見つけたのは、切断された腕や足だった。きっと違うと思いながらも身体は強張っていく。切断された他の部分を無意識に目で探していたのだ。そして見つけてしまった、無惨に殺された父親の遺体を。
両手両足を切断され切り裂かれた腹と口に種芋がねじ込まれていた。あまりの状態に現実とは思えない目まいと吐き気を感じて、ふらふらとあたりを見ますメヒモンテスの目に木に磔られた小さな弟の姿が映る。息を呑んだ。
弟を的にして矢を当てる様な事が行われたと沢山の矢が物語っていたからだ。メヒモンテスの目には涙が溢れ出ていた。言葉にならない嗚咽だけが辺りに響く。手を伸ばしてふらふらと弟の元へ歩いていくと足下の何かに躓いて転んだ。慌ててそれを確かめると、
ーー母親だった。
ある意味で父親よりも悲惨な遺体だった。顔は殴られ元が分からないほどになっており、頭は髪の毛の一部毛根ごと抜かれたのか血みどろで、縛られた両手も切断され放置されている。身体は暴行を受け、縦に切り裂かれた足は逃げる事を封じる為だったのだろう、メヒモンテスは鼻と口から胃液を吐き戻した。目からも吐いたのかと思えるほど涙が出た、鼻から胃液だけでなく鼻水も叫び声と共に滝の様に流れていた。そうでもしないと狂ってしまいそうだからだ。本能的な自己防衛だったのだろう。
メヒモンテスは近くに落ちていた折れた剣を拾うと狂った様に野盗らしき死体を何度も何度も斬りつけ、叩きつけ、殴打し続けた。
何があったのか想像もしたくないが、きっと家族みんな領都に向かっていた、生きようとしていた、父親も母親も弟を守ろうとしたに違いない。それは叶わなかったが、父親に至っては絶対ここら辺に転がってる野盗らしき4人をやっつけたに違い無い、父親のお手柄だ。どれだけの時間怒りと憎しみと悲しみをぶつけていたのか、剣を握っていた手の痛みとともにそんな事を考えられる様になり、少し落ち着きを取り戻し折れた剣を放り投げると呟いていた。
「やっぱ、凄いよ、父さん。」
メヒモンテスは泣き笑いしながら家族の遺体を集めていた。ほんの先刻まで恐ろしかった気持ちが薄らいで来て、只々家族の冥福を祈りながら地面に3人を並べると遺体をできるだけ綺麗にした。少しばかり魔法が使えるメヒモンテスは水魔法と土魔法を使い3人を木のそばに埋めた。後日引き取るためにも木のそばがわかりやすいからだ。そして領都に戻り門番のガンテスに事の次第を説明すると、彼はメヒモンテスの両肩を叩き、まるで怒ってる様な顔付きで涙を流した。
ガンテスも20年前に西の村から家族で領都に引っ越して来たのだ。メヒモンテスとは違う村だが似た様なものだ。ただガンテス達は馬車に乗り安全に領都に引っ越しできたが、生活は領都に来ても苦しいものだった。それでも村にいるよりはマシだったと思える。メヒモンテスの名前からして自分の出身の村の近くに違いない。家族を亡くし独りになってしまった彼を出来るだけ気にかける様にしようとガンテスは密かに心に決めて、メヒモンテスの頭をぐしゃぐしゃにしながら「よく頑張った」と褒めた。
メヒモンテスは泣き腫らした顔で照れながらガンテスに別れを告げ領都の奥に進んでいった。彼の指先の竜眼の虹が片手4本ずつに宿っている事は、汚れでドロドロの手に隠れて本人もガンテスも気付いていなかった。そして翌年、メヒモンテスとジェフィティールはこの<ドゥルガン>で出会うのである。




