<ヤクシェム>の泉
<ヤクシェム>のログハウスに転移して違う空気感に鳥肌が立った。決して悪い意味ではないが、地上との差に身震いしたのかも知れない。ログハウスから出た俺は、明らかに以前と違う<ヤクシェム>の姿を見た。ログハウスの周りだけ結界があるが、そんな事よりも先ずログハウスが山の頂上にある。地形が変わっているのだ。その上結界の外に森や湖、川が見えるが、それぞれに精霊や動物が活動している。かつて日本で見た動物が多くいるようで、不思議な光景に思えた。精霊も多種いる様で姿形も様々だった。蝶、鳥、飴坊、ミミズ、本当に様々な見覚えのあるものばかりだ。時々混ざる色違い、形違いのものはこの星のものだ。魔獣はいないし、恐竜サイズのものもいない。弱肉強食は世のことわり、だが、この世界は発展途中だがバランスよく回っている事が感じられる。
「あぁ!良い!やっぱり良いねここは!バランスが良いじゃないか、空気でわかるなんて、最高だ!」
『お褒めに預かり…』
ジェフィティールはスィフィルの言葉も聞かずその場を離れて、飛んでみて回る。森の樹々も湿地帯や池、湖、渓流や小川、標高の高い山には万年雪があり、低めの山には動植物が生息、平原には小動物を狙う捕食動物が。海には魚の群れを狙う大型の魚類もいる。そんな景色を嬉しそうに飛び回りながら、ジェフィティールは泉に降りた。動植物、精霊も管理者達も近づけないあの泉だ。
「<アルバア>の泉と少し違うみたいだな…。あれ?何だろ急に眠くなってき…」
『父上!ちち…!!』
遅れて着いたスィフィルは泉の外から倒れていくジェフィティールに手を伸ばすが、泉の中に入れなかった。薄れていく意識の端で必死な顔のスィフィルが一瞬見えた気がした。
「(はは…スィフィルの変な顔初めてみたな…)」
ジェフィティールはそのまま泉の中に倒れ込んだ。スィフィルはパニックに陥ったが、手を伸ばしても入れず、かと言って傷付けられるわけでもない泉に、少し冷静さを取り戻し深呼吸をするとその場に跪き呟く。
『無事のお戻りをお待ちいたします。』
ジェフィティールが意識を取り戻すまでどれほど時間がかかるか分からない現状、スィフィルは<リーヴェル>の管理、守護、拠点全体の管理に<ヤクシェム>も大まかにチェックしなければと、気を引き締めた。今回の事はジェフィティールやスィフィルが計画した事ではないのでイレギュラー案件だ。いつ戻って来るか、戻って来たジェフィティールがどの様な状態か、全く予想がつかない。どんな状態の彼であろうと早く戻って来てほしい、スィフィルにはそれだけだ。
そして2時間ほどでジェフィティールは意識を取り戻した。今まで以上に人間離れした存在として。
それは、泉の水が一気に蒸発したかのように霧状になると、上空に物凄い速さで消えていき、元の場所にはジェフィティールが宙に浮いたまま横たわっていた。スィフィルが入れなかった結界の様なものは既に無く、ハッとして動こうとしたスィフィルを見越したかのように、ジェフィティールの身体が真っ直ぐ縦になった。うっすらと目を開けているが、意識は彼のものではない様に感じる。じっと見つめる冷たい様な暖かい様なその視線に、スィフィルはジェフィティールに隠しているある事を見透かされて、咎められている様な気がしてきた。そんな訳はないのに…。
「〈スィフィル、私は咎めてはいない、お前の行動も、気持ちも理解している。お前の不安も尤もだ、だが、そこは私を信用してはくれないか?私は大丈夫だ、私は確かにここに居る……。〉」
『…父上様……。』
宙に浮いたままのジェフィティールは目を閉じると、ゆっくり再び目を開けた、今度ははっきりと。そしてスィフィルに声をかける。
「スィフィル、心配かけたな。俺は大丈夫だ、っと?あれ?泉が無くなっちゃったな。まぁ、問題ないけどね。」
明らかに先程のジェフィティールと口調も雰囲気も違う彼に戸惑いつつも、スィフィルは以前と変わらない対応をする。
『父上…。心配いたしましたよ、一体何があったんですか?』
「いや〜、ほんと色々あったよ…。なんて言うか、色々ね……。まぁ、今度ね、今度。」
ぐったりした顔でジェフィティールは肩を落としながら言った。スィフィルはその様子から何かを掴み取ろうとしていたが何も知る事はできなかった。
「ごめんな、スィフィル。心配しただろ?俺もまさか急に拉致されるとは思わなかったから、油断したよ。兎に角眠い、怠い、疲れたの三拍子だから、俺ちょっと休むね。ふぁ〜ふ…。後はよろしく〜。」
『ご心配無くお休みください、父上。』
そう言うとジェフィティールの姿が消えた。ログハウスのベッドに移動したのだろう。残されたスィフィルは泉のあった場所を振り返るが、そこはもうただの草原で周りの景色と何の違和感もない場所となっていた。




