記憶が戻る
「よし、 先ずは安全確保だ!」
椅子を降りる時に靴を履いていないことに気付いたが、履物は今のところ見当たらないのでそのまま行動する事にした。なるべく音を立てない為にも都合が良い。
右手のドアをそっと開き中を窺う。俺が目を覚ました部屋とほぼ同じ6畳位の部屋だが、生活感はない。隣の部屋も確認したが全く同じだった。例えるならゲストルーム、誰がいつ来ても宿泊できる様に整えてある。
廊下に行くと正面には格子窓、はめ殺しの為開けられないが今の俺の身長では外を覗く事ができない。
「くそっ! 俺が寝た時のTシャツ短パンのままなのに、このブカブカさ加減は動きにくい!」
老人だった俺は細身の体で身長があった為TシャツはLサイズだが、短パンはMサイズだった。ウエストのゴムも伸びてないから紐を結べば特に問題ないが、Tシャツはデカすぎだ。裾をたくし上げ結んで邪魔にならない様にすると、通路を左に進んだ。扉は突き当たりに1つ、慎重に開けるとそこは研究室だった。
大きな本棚にはハードカバーの本や紐で結ばれた書類の束、辞書の様な分厚いものから卒業アルバムサイズの本も棚にびっしり並んでいた。本棚の横の棚には広口のガラス瓶や小瓶、乳鉢やら上皿天秤などの実験用具他、実験材料らしきグロテスクな内臓に見える物のホルマリン漬け?が大量に並んでいた。
本棚の前に実験用の長方形のテーブルと丸椅子が2脚あり、そのテーブルの先 部屋の一番奥には書類書き用の机と椅子があった。机の上に明かり取りの窓を見つけると、俺は机の上によじ登り丸い窓から外を覗いた。
「何か見難いな、ガラスが分厚いのかな?それとも技術不足なのかな?」
そのガラスは無色なのに歪んで外が見えない。スモークガラスでもないのに何かが灯り以外を通さない様にしているみたいだ。仕方がないので流し台の横の勝手口から外に出てみるしかない。移動しようと机に座ってふと、前を見た瞬間、丸窓から入ってきた光にキラキラと反射するものが…
「光に反射してる埃ってなんか綺麗だよな…」
そんな呑気な呟きに、光は強くなりキラキラも増えて纏まり人型になってゆく。
「は?」
それは辛うじて人型をとっているが表情も判らないもので、しいて言えば陰陽師が使用する様な式神の紙の3Dバージョンだ。それには目も口も無いが視線が合っていると感じて、俺をここに転移させた何かと関係があると、何故か確信した。そう、俺の何かと繋がっている感じだ。
それが誰の思惑でここに現れたのかわからないが、意思疎通が出来るのか問いかけてみる。
「君は、何者なの?」
敵意も好意も何の感情の揺らぎも感じないそれは、ゆっくりと俺の方に移動してきた。
もう少しで手が届きそうな位置まで近付いた時、その人型は爆発したかの様に眩しく光り、気が付くと人型は消えていた。
「!」
そして俺は理解した。
今の人型は俺の一部、俺という存在から分けて保存していたもの。それが俺の中に戻ってきた。
此処は俺の拠点の1つで、人型を俺が取り込んだ事で拠点は息を吹き返し、活動し始め操作出来る様になった。エネルギーは最低限しか残っていないが俺自身がこの部屋に来て、人型が反応し、俺の魔力でエネルギーが徐々に拠点に蓄積されていく。
そして保存されていた記憶の一部が甦ってくる。
「そうだ、俺は此処まで逃げてきたんだ。」