閑話 チャスカとジェフィティールの初邂逅
ジェフィティールが転生を決め、あたし達と別れる事にした瞬間、あたしはあの時の精霊の森<ワズィヤク>の森の拠点から強制排除されて森の外にいる。
「あぁ、成功したんだなぁ…」
流石ジェフィティール、アイツの気配も何もかもが消え去っている。目を閉じて森の奥深くを集中して探すが、拠点の所在ですら魔力が感知できず位置を特定できない。拠点はそこにあったのか、あったことすら幻だったのではないかと思わせる程だ。
「本当に完璧に痕跡を残さないんだな、あたし達ですら追う事を許さないのかよ…。」
悔しくて悲しくて寂しくて怒りにも近い気持ちがグチャグチャに、ドロドロに溜まったままその場に立ち尽くして森の奥を睨んでいた。出来ればついて行きたかった、出来ればあたしだけでもついて来いと言って欲しかった。ジェフィティールの弟子と名乗るのも烏滸がましい実力だが、それでも弟子だと認めてくれたのだから。
「半人前のあたしを、捨てていくなよ…ジェフィ…」
確かに転生の後押しをしたのはあたしだ。無理矢理弟子にしてくれと押しかけたのも。
ベオグルリンドス帝国と周辺国家の情勢がある程度安定して、それらの事柄に多々尽力したのもジェフィティールが率いたあたし達、四頭賢獣。
落ち着いたら落ち着いたでジェフェティールと四頭賢獣を取り込もうと、あらゆる手段で接触してきてはこちらの気持ちも何もかもを否定して逆撫でして、自分達の主張の正当性だけを押し付けてくるベオグルリンドス帝国のバカな権力者達。
争いたくないのに気持ちはささくれ立って、どうしてこちらばかりが要求を言われて、我慢を強いられるのかと文句も言いたくなる。
「あたし達はこの国に恩を受けた事は一度だって無いのに…」
あたしは元々ベオグルリンドス帝国の東南端の国境にある、領土の7割をアバアンジュ連峰の北の麓の森が占める、辺境の片田舎の村の生まれだ。森での狩猟と魔獣の討伐、森の恵みと僅かな作物で日々の糧を得て生活する村だった。
あたしは子供の頃から家族の為に狩猟と魔獣の討伐をして養うことができる腕があった。だから自分の能力を過信していた、何があっても家族を守れると。
10年前のある時、流行病が蔓延し薬に必要な薬草も魔獣の核も不足し始め、遂には討伐に行ける者まで病にかかって立ち行かなくなってきた。しかし領主は村を封鎖、流行病が他に流れて行かない様に村を見捨てた。見捨てられた村人は体力免疫力が無い者から亡くなり、元気がある者たちは薬材確保の為に森の奥へと狩りをしに行っていた。だが奥に行けば行くほど魔獣の強さは増し、薬草の採集場所も定かでは無い。無理をしてでも何とか薬材を手に入れようとした結果、森に行ったまま帰ってこない者が増えていった。
日に日に墓が増え、人口は嘗ての三分の一にも満たなくなり、流行病よりも封鎖するだけで薬も食糧も人材も、何も村に寄越さない領主に向かって憎悪が増していく中、森の奥深くで異変は起きた。
その日もチャスカは村の狩人2人と共に薬材集めの為森の奥深くまで入っていた。
一度入ると村に帰るまで約1週間の行程だ。村で一番狩猟の腕が立つチャスカと組んでいるのはまだまだ新人の狩人2人。魔法を使えるチャスカに頼ってばかりだが、新人2人も使える薬草やら魔獣の素材採取には役に立つ。しかし村が封鎖されて人口も減り続け、残っている狩人達の負担も限界だった。
森の中での警戒に体力も精神力も削られ、頼りのチャスカですら気を散らす瞬間が多くなってきた。
今までで一番奥にまで来ただけあり、素材採集は良い物が多く手に入っていた。これ以上欲をかいても気力体力が限界の今、無事に村に戻る事を優先すべきだと誰もが思っていたその時、身の毛がよだつ程の低い唸り声が聞こえた。
「くそ! 何故こんな近くになるまで気付かなかった? 戦えるのはあたしと…いや、あたしだけだな…」
チャスカは新人2人の現状把握と状況の把握から判断を下す。15歳のチャスカだが、20歳の新人より能力も経験も段違いに上だった。新人2人もチャスカに全幅の信頼を置いている。
「2人は全速力で村に帰還、殿を務めるのはあたし。出来るだけ時間を稼ぐからあとは頼んだ。」
一瞬躊躇した2人だがチャスカの覚悟を理解して頷くと、なけなしの気力体力を奮い立たせ合図を待った。
その魔獣<イグティリョク>は頭から長い尾の先まで大きな棘をもち、体高が約5メートル体長は約15メートル程の黒と灰と暗い緑のマダラ模様で、鋭い牙と爪、長い舌を大きく裂けた口の横から出して涎を垂らしながら、上等な獲物を見つけた様に目がギラつかせてチャスカ達を見ていた。
チャスカと魔獣の間合いが詰まろうとした瞬間
「行け‼︎」
チャスカの声に魔獣<イグティリョク>と2人が同時に反応する。2人が背中を見せて走り出すと、魔獣<イグティリョク>が2人に視線を移し追い掛けようとする瞬間をチャスカは狙い澄まして鼻つらに雷の矢を放つ。
『ギュギャギャッ⁉︎』
矢は見事に命中し、魔獣<イグティリョク>の意識はチャスカの方に向いた。チャスカは背を向け新人2人の向かう村とは少しずつ離れる様に、振り向きざま雷の矢を放ちながら注意を引きつつ移動する。巧みな誘導は功を奏し2人は魔獣<イグティリョク>の攻撃範囲から逃れ、振り返る事なく村へ直走る。
2人の気配がチャスカにも捕らえられなくなると、水魔法を駆使し泥濘で足止めをしては雷の矢を放つ。狩る為の決定打にはならないが、動きを鈍らせるには有効だった。しかし所詮はそこまで、相手の命を削れなければ自分が先にやられてしまう事はチャスカには分かっていた。
魔獣<イグティリョク>の爪は鋭く、チャスカを切り刻もうと幾度となく振り回される。そんな攻防が繰り返されてどれ程経ったのか、チャスカはふと空気が停まったような、時間が止まって固定されたような感覚に襲われた。その刹那、チャスカは魔獣<イグティリョク>の首が落ちるのをスローモーションで目に焼き付けていた。
「!!!」
誰かが近付いて来た気配も他の魔獣がいる気配もない。魔獣<イグティリョク>の首を落とした武器も何かわからないチャスカは息を切らしながらもその場で警戒態勢を取る。そして頭を失った魔獣<イグティリョク>の胴体がゆっくり倒れてゆくと、その胴体の上にローブを被った人物が現れた。
武器も持っていないその男は確かに魔獣を倒した筈なのに、その辺の岩から降りるかのような軽い足取りでチャスカの前まで来ると
「なかなかに面倒な事をしていたな」
と言って大して興味もなさげに一瞥だけして姿を消した。男の気配が消えると固定されていた空間が動き出したかと思うと同時にチャスカの体から一気に力が抜け、冷や汗が吹き出した。身体中が小刻みに震え恐怖で体の芯が冷え切ったのだった。
(何だアイツは?人か?違うだろ…死神か?)
見た目は25歳位の華奢な色白の青年で、髪は白?白銀?白金?で光を反射し、瞳は濃紺?闇?真黒?で全ての光を吸収しているかの様な容貌だった。感情の揺らぎが感じられず、チャスカは唯恐怖しか感じなかった。
それがジェフィティールとチャスカの初邂逅だった。




