拠点<ワーヒドゥ>
拠点<ワーヒドゥ>
ベオグルリンドス帝国北方に聳え立つセクマイトス山脈。隣国との国境に位置し、その峰は槍の刃先の様に切り立ち、その険しさと光景から、背ビレを持つ伝説の大地の神獣セクマイトスに因みその名が付いた山脈だ。そこに拠点<ワーヒドゥ>はある。
この山脈も[神の嶺]という位置付けなので、どの国も領地としない事が暗黙の了解となっている。ジェフィティールとしてはこれ程打って付けの場所はない。
所定の位置に立ち、ジェフィティールは天候を操り稲妻を落とす。全て拠点<ワーヒドゥ>に入る為の必要事項であり、毎回ではなく、戻ってきた時の最初だけの手順なのである。
「(自分で決めた事とはいえ、面倒臭い設定したな。元々簡単に入れないのに…。まぁ、こんなに早く戻ってくる予定じゃ無かったけどね〜。)」
『父上…。適当に天候を操ってますけど、周りに不審がられませんか?こんなに急激に天候が変わって、稲妻まで落ちて…。』
「ん〜。大丈夫、大丈夫。この辺天候変わりやすいから、稲妻も結構落ちるし。」
『(そうなのだろうか? もう少し偽装した方が良いのではないだろうか?)』
そう、あっという間に曇って稲妻が落ち、サァーッと雲が消えてしまうのは自然界にあり得ないのではないかと、スィフィルは心配していたのだ。
『(あれ程目立ちたくないと慎重に行動する父上が、偶に抜けている気がするのは、気のせいなんでしょうか…?)』
「さ、行こうか。」
『はい。(拠点<イスナーニ>の後から何かしら変わった気もする…。)』
拠点<ワーヒドゥ>は、切り立った岩盤層の中とは思えないほど、神気が穏やかに満ちている。大きな庭の中央遥か上空から、これぞエンゼルフォールと思える滝が落ちてきていて、その真下の池には中央に大樹を模した彫像があり、霧になった滝の水がその大樹に集まり、大樹の彫像から幾つもの蔓が落ちているかの様に水が滴り落ちて、池に水を溜めていた。
切り立った崖の壁の手前から、大きなアーチ状の柱が幾つも続いた奥に広間があり、一体何に祈るのかわからない祭壇があった。その祭壇の向こう側に、宙に浮いた琥珀色の球がクルクル回っている。
「(…そうだ、ここでは人型ではないんだ…。)」
ジェフィティールがその球に手を翳すと、ジェフィティールの身体と球の間で魔力が行ったり来たりと混ざり合い、分離して、大きな光の波が一つジェフィティールに、もう一つも姿を見せた。すっかり色の無くなった透明の球は、変わらず宙に浮いて回っている。
「(…これで“記憶と能力”全て回収終了だな。)」
無意識にジェフィティールは自分の周りに結界を張り、ゆっくりと目を閉じて自分自身に意識を集中する。分離した片割れは大蛇の様にジェフィティールの頭から足の先まで巻き付き、中の様子が全く見えなくなった。スィフィルは一瞬慌てたが<イスナーニ>でのテティオーネが生まれた経緯を思い出し、グッと我慢して待機する。
ジェフィティールに巻きついているそれは、徐々に柄が表れ鱗の様なものになり、端は頭になった。頭の形がハッキリして目や口も形がしっかりすると鱗が一枚一枚逆立ちスィフィルを威嚇する。何の痛痒も感じないスィフィルだが、拠点<ワーヒドゥ>の守護者であろうものがジェフィティールから中々離れない事に苛立ち、剥がしに掛かろうと手を伸ばす。バチッと電気の様なものがスィフィルの手を拒否するが気にもせず、胴体に食い込む程の力で掴むと魔力の差を見せつけるかの様に、軽々と巻きついている大きな身体を引き剥がす。中にいたジェフィティールは先程と変わらず、瞑想しているかの様だった。
『(…父上にとっては気にする程の事でもないのでしょうが、私には許容範囲を超えておりましたので、仕方ありませんね。)」
スィフィルは自分とジェフィティールを中心に結界を張った。大蛇の身体を得た守護者が投げ飛ばされた所から急速に近づいてきたからだ。
『父上がお言葉を発するまで近づく事を許さぬ。その場にて控えよ。』
『……了解した。ワシは父上様を御守りしたかっただけじゃ。“分離”される前、父上様の“記憶と能力”の世界では暗く混沌としていた。しかし、父上様の御力により“分離”された時、暗く忌むべきものまでワシより剥がされたのじゃ。本来ならば、ワシが引き受けワシと共に滅すべきであったものじゃ、ワシは不安で御守りせねばと父上様にしがみついてしまったのよ。すまんな、今は落ち着いておる。』
スィフィルはその説明に一抹の不安を覚える。だが自分にできる事は今はない。今までと違いジェフィティールの意識が覚醒していないからだ。
『(父上…。お戻りください、父上!)』




