2ノ巻:王道装備に嫌われて
続きです
今後ともよろしく
顔が熱い、気が付いた時そこが地獄だったことは良く覚えている気がする。
轟音と共に体が傾きそこからは覚えていない。ただ、耳には鼓膜が破れるほどの摩擦音、衝撃音、悲鳴が焼き付き、顔には激痛と熱さが残っている。思い出さなければいけない気がする。それなのに思い出せない。
自分のことは覚えている、家族、家、出身地、歳、誕生日。
それなのにあの日のことだけどうも思い出せない。
とりあえず全身が痛い。いたる関節からきしむ音がする。
重い体を起こしてみると目の前には大勢の神官と思われる人間がいた。
「・・・おはようございます」
気の利いた挨拶が思いつかずふつうに朝の挨拶をしてしまった男。
彼は「赤坂 陵」
この物語の主人公となる男だ。
唐突な彼の挨拶に対し全員が次々と挨拶を返してくる。どうやら日本語は通じるようだ。見たところ全員海外、特にイギリス系の外人に見えるようなのだが・・・
「あの、ここは?」
「おっと、そうでした・・・」
神官の中の長いお鬚を蓄えたリーダーと思わしき人物が軽く咳ばらいをし始める。おそらくこの状況に見覚えがあるあなた方ならばわかるだろう。長い長いお話が始まるということだ。正直お話が長くなりそうなので先にお便所に行きたいのだが・・・変な空気になるであろう確率が高いのでとりあえず黙っておくことにした。
「それでは勇者様、あなた様にこの世界のお話をしなければなりませんね・・・」
ここは、大聖国『アルファディア』
この世界は今未曽有の危機に瀕しているという事であった。今から約2000年前、この世界を支配しようと異世界から強大な魔族の大帝国が侵略を企て全世界を巻き込む大戦争が起こったらしい。その戦いは異世界より召喚された勇者たちによって終結された。勇者たちはこの世界の特異点と呼ばれる4つのポイントに封印を施し魔界が二度とこちらの世界に侵攻できないようにした。
「それで終わりじゃないんですか?」
「終わりじゃないんですよ」
封印は強力なものであり魔族の大軍勢は2000年もの間こちらに大進行をすることはできなかった。しかし、その封印は2000年に1度、紅の月が最も多く出る1年の間だけ封印の効力が弱まるとされている。
そしてその話は本当であり今年から紅の月の夜のたびに魔界の門が開き魔族の帝国が侵略してくるというのだ。
奴らの狙いはこの4つの特異点の封印を破壊し完全に魔界の扉を開くことである。
「なるほどな・・・。この世界の人間がおとぎ話として生半可に言い伝えてのほほんと過ごしている間にあちらの世界の魔族君達はこの1年のために2000年かけて大軍団を育て上げもはやこの世界の軍隊じゃ立ち向かえなくなってしまった。
だから2000年前のように勇者を異界から召喚し世界を守ってもらおうということなのですね」
「ご理解早くて助かります」
「いえいえ、こちらこそわかりやすく説明していただき感謝します。
とどのつまり私はこの1年魔界軍団から特異点とやらを守り抜けばいいのですね」
「その通りでございます」
大体理解はできた。ただ、ここまでくると少し腑に落ちないポイントが出てくる。
奴らは2000年かけてこの1年のための戦力を育て上げた。そんな努力家の魔界の奴らに戦闘経験もなくこの世界の知識もほとんどないぽっと出の勇者が勝てるのか?
いや、絶対勝てない。何よりもえげつないのがこちらが防衛線という事。守りとは戦略において進軍の何百倍も難しいという事。正直な話、これは負け試合を強要されているという事。
一応彼らに自分の思ったことを聞いてみよう・・・
「すいません、一応聞きますがこちらの世界の戦力が足りないから私含める勇者たちが招集されたということですよね。
ですが私に戦闘経験はありません。
おそらくほかの勇者も・・・。そんな中でも我々が戦力の頼りということですよね?
ということは勝算となりうる何かがあるのですか?」
「ありますとも」
「それを見せてもらえても?」
「わかりました。それではこちらへ」
神官たちに連れられるまま彼は『アルファディア』の中心にあるアルファディア城に向かうのであった。
そこへの道中男はさらにこの世界のことについて話を聞くこととなった。
この世界は、東西南北の巨大な4つの大陸に分かれており。ここは東の大陸。
それぞれの大陸に1つずつ特異点が存在しておりその特異点を守るかのように巨大な国家が築かれている。
東の大陸は、神への信仰を中心とする大聖国家である『アルファディア聖国』
西の大陸は、戦いに特化し常に他の大陸に一触即発の威嚇行動をとる侵略国家『ガイオス帝国』
北の大陸は、民主主義と基準に2000年続く一つの王家が統治をする王朝国家『セイリオス王国』
南の大陸は、自然との調和を果たしあらゆる町や領地がそれぞれの文化を守り協力し合っている『ダリ連合代表国』
が存在しているそうだ。
現在はそれぞれの国家が勇者を召喚し続け戦力を補強しているらしい。
「勇者の戦力はどんな感じなんですか?」
「ガイオス帝国以外は均等に召喚されていると聞いております」
「ガイオス帝国以外ってどういうこと?」
「先ほども話した通りガイオスは侵略国家。こんな状況でも他大陸への侵略を企てております。それゆえに頑なに情報開示をしないのです」
雲行きがさっそく不安になってきた。要するに情報が少なくて裏切る可能性の高い仲間がいるという事。それ自体いつ足を引っ張るかわからない状況なのだ。そして、勇者を他国への侵略戦争の兵士として召喚し誤った情報を与えている可能性があるため西の大陸の勇者と対峙したとき敵対する可能性もあるということなのだ。正直な話これほど面倒なことはない。
そしてもう一つの不安は封印について。
それぞれの代表国に封印があることは確かであるがそもそも封印の破壊について詳細が不明確すぎるのだ。4つの封印を破壊し魔界の門を開くのが目的なのであれば封印をすべて破壊する必要があるのかどれか一つでも破壊すればよいのか。それによって話が変化してくるのだ。もし後者であった場合この防衛戦線が7割以上不利になることに違いな。4つのうちどれか一つでも破壊すればよい場合どこかの地点に戦力を集中させれば情報も戦力も足りない我々は一夜も持たない。
「封印についての詳細は?」
「2000年前の封印の際に魔族残党によってすべて抹消されました」
「でもそれって絶対想定されてるはずなんだよ・・・そうなった場合。
絶対どこかに封印の詳細を記した情報の予備があるはず・・・」
「であれば」
「当面の目標は修業と情報集めか・・・」
上が無能という確率が少しずつだが浮上してきてしまった。俺のいた世界では少し前にウィルス性の伝染病が流行りだしてしまい多くの命が失われてしまった。あの時も国の対応や国民全員の危機感の少なさが悲劇を起こしてしまった。平和が国を潤すのは良いことだが、それによって一人一人が生命の危機に対して疎くなってしまうのは本末転倒だ。そうなれば勇者である自分がやるしかない。そこまでの義務がないのにここまで手を焼こうとしてしまうのは・・・やはり無意識ながらこういうシチュエーションに興奮している自分がいる・・・のかもしれないし、ここまで来たのに役立たずでいるのは嫌だ。今困ってる人のために最大限努力はしたい。
大聖国とはよく言ったものでその名の通り街中はいたるところに教会や巡礼所があり、すべての建物が美しい大理石に似た石で作られている。その中心に位置するドームのような不思議な建物がこの国の中心となる城のアルファディア城であるようだ。巨大な正門を通り案内されると美しいステンドグラスがいくつもつけられた礼拝堂のような場所に案内される。その部屋の奥には巨大な女神像のようなものがありその前で祈りをささげる老人がいた。
「法皇様」
一人の神官の声掛けに老人は反応する。
ゆっくりと振り返る老人。白く長いひげと優しそうな表情をしたそれはまさに想像するような聖職者たちのリーダーという感じだ。
「勇者様ですかな」
「はい」
「そうですか。このような戦乱の地に何の許可もなく召喚してしまい本当に申し訳ない。
私がこの東の大陸を統率するアルファディア聖国の代表
第154代聖アルファディア教法皇、ユーリアス・デル・ジアルヴォス。
ユーリアスとお呼びください勇者様」
「どうも・・・」
優しそうに挨拶をするユーリアス法王はゆっくりとこちらに近づき握手を求めてくる。握手を返したあと彼はこちらの顔を見つめる。するとシスターの一人を呼び出す。呼ばれたシスターは美しい小瓶を持ってくると老人は懐から出した手ぬぐいに小鬢の中の液体を数滴たらす。そして、その手拭いで勇者である男の顔をそっと拭く。
「勇者様、お名前は?」
「赤坂 陵です」
「勇者リョー様、お顔は痛みますかな?」
「顔?いいえ、特には・・・」
「そうですか、呪いではないと・・・」
「あの、俺の顔に何か?」
「・・・なるほど。鏡をお願いできますかな?」
その声に一人の男が手鏡を持って現れる。それを受け取り自身の顔を確認する陵青年。その真実に思わず息をのむ。顔にはひどいやけどの跡。特に鼻から上が焼けただれて目をそむけたくなるようなものになっていた。目の錯覚を疑い6度ほど見直すも夢ではない。ふと気が付くと神官の一人が目元を隠すための仮面を持ってきてくれたのに気が付いた。小さくお辞儀をすると仮面を受け取りつける。
「これは一体?」
「ふむ・・・」
老人は眉間のあたりをつまむと難しそうな顔を浮かべる。どうやら何か言いにくいようなことらしい。
「あの・・・」
「あなたの召喚は転生だと聞いております・・・。転生とはいわゆるいわゆる蘇り。つまりあなたは元の世界で一度死んだということになります。」
あの時感じた強烈な痛みの感覚。それはどうやら自身が死んだときの痛みの記憶が体に残り生き返る際にそれがよみがえったということになるようだ。
「転生後ごく稀ですが、死んだ際の傷を受け継いでこちら側に来てしまうことがあるようです。その理由は不明ですがあなたはどうやらお顔の傷を引き継いでしまったようですね」
傷を受け継ぐ理由は判明していないが多くの場合その者の死に強い影響や印象を与えたり致命傷になった傷が受け継がれてしまうのだそうだ。心臓を貫かれたものが心臓を持たずに復活したり、顔の傷を受け継いだりそれは個人によって変化する。そこからわかるのはこの顔のやけどが自分の死に大きな何かを与えたという事。しかしそれを今考えたところでどうとなるわけでもない。必要なのはこれから始まる戦いのための準備。
「さて、大体のお話を聞いたと思いますがあなた様にはこれから勇者として魔王率いる魔界の軍勢と戦っていただかなければなりませぬ。そのために勇者様には己の戦うすべを知ってもらう必要があるのです」
そう、おそらくこの世界がよくあるRPGゲームのようなものならば俺たちはいわゆる職業やジョブという戦闘のためのジャンルに属さなければいけないわけだ。良くある設定ならば自分の目にはゲームのステータス画面のようなものが映るはずなのだがそれは現在見えていない。となるならば、何かしら客観的にそれをわかる手段がある。
小難しいことを考えていると目の前に美しい鎧が現れた。
「法皇様・・・これは?」
「その昔、勇者がこの地に降臨したとき数人の勇者たちがともに作り上げた、始りの鎧というものです」
「始りの鎧?」
「えぇ、この世界では神に強く進行するものはその者の真実、行く末をある程度見通すことができます。そして、ジョブについても見ることができます」
(この世界でもジョブなのか)
「ジョブを判定するにはジョブに必要な装備を1つでも装備する必要があるのです。ジョブとは天職であるため長い歩みや経験の中で研ぎ澄まされるもの、通常は己の中で信じたジョブにたどり着くものですが勇者様たちは例外。
で、あるためこの鎧を使うのです」
「そういう事か・・・。よくあるどのジョブでも装備できるっていう装備なんですね。それによってジョブが判明すると。」
「本当にあなたは察しが良くて助かりますではさっそく」
「わかりました」
ゆっくりと鎧に近づきそれを着ようとする。しかし、何かがおかしい。
着ているはずなのにしっくりこない。
自分のことを見つめている法皇様も何か難しそうな顔をしている。
「あの?」
「見えない・・・」
「どういうことですかね?」
「鎧が装備できないのです・・・」
「そうびできない?」
まさかの事態過ぎて頭が真っ白になってしまった。
想定外の事態にひとまず後日もう一度ジョブの判定をするということで今回はひとまず町の宿屋に向かうことになった。しかしまぁ、困ったというか非常に残念というか。せっかく転生したのに下手するとニートになってしまう。さすがに異世界に来て無職は話にならない。
「伝記でも書こうかな。異世界に転生してニートしてみました的な・・・」
気の利いた一言が思いつかないためとりあえずとぼとぼと宿屋に向かう。城門を出て少し歩いたころだったか。ふと後ろから声をかけられた。振り向くとそこにはユーリアス法王が立っている。法王は優しそうな笑みでこちらを向き手で呼ぶそぶりを見せていた。何かと思い近づいてみるとどうやら一緒Nにある場所に行ってほしいそうだ。彼に案内されるがままについていく。城の中庭を抜けさらに奥へと進む。場所は次第に城から離れていきこの街の最北端にたどり着く。そこには大きな倉庫のような建物がありその中にへと案内された。中には様々な品があり防具や武器、さらには書物や資料などが並べられている。その倉庫のさらに奥へ行くとそこには地下へと続く階段があった。法王は松明を持ち地下へと歩みを進める。
「いったいどこへ?」
暗くじめじめとした階段を下りながら陵は質問を投げかけた。
「あなたの装備のもとへ行くのですよ」
「俺の装備?でも俺ってジョブないんじゃ・・・」
「なければ適正なしと出るのです。しかしながらあなたのジョブは未だに不明と出ています。それはあなたが使用できる装備がまだこの大陸にあるという事。そして、それに私は心当たりがあるのです」
「心当たり?」
「はい・・・一つ」
気が付けば目の前には扉があった。地下へ続いた階段の終わり、そこがこの扉の奥に何かがある。老人は鍵を取り出し厳重な扉の鍵穴に差し込む。誰も立ち寄らなさそうにしているが手入れは行き届いているようで鍵はすんなりと開く。重々しい扉が開かれる。錆一つついていないようで嫌な軋み音はならない。
意外とあっけなく開かれた部屋の中は真っ暗であり目を凝らしても何も見えない。
しかし部屋の中央から何か惹かれるような不思議な感覚がする。
「導きの灯り」
老人が詠唱し魔法を使うと部屋の中は明るくなる。
そこにあった光景に思わず息をのんだ。部屋の壁いっぱいに飾られた党適用の武器。ブーメランとは違いかなり小型で使い捨てと感じられる薄くて軽そうな十字型のナイフや通常のダガーや短剣よりも鋭利で軽そうな刃物。両刃の西洋剣とは明らかに違う片刃の刀。その長さは短剣よりは長いが明らかに剣よりは圧倒的に短い。
そして中央の防具。極限まで軽さを重視した黒装束、関節や胸、額当てには最低限のプロテクター。見た感じ金属ではなく革のような使われていても軽いものであろう鉱物しか使われていない。そして口元を隠し目元しか見えないマスク。見覚えがある。自分の出身国である日本。なじみ深いある意味での象徴的存在。
「これって・・・忍者・・・」
「この装備に覚えが?」
「まぁ、俺の国のシンボルの一つみたいなものです」
「そうですか、それでは身に着けてみてください」
法皇の願うままに男は目の前の防具、武器を身に着ける。全然違う。先ほどの始りの鎧などお話にならない。まるで体の一部であるかの如く馴染む。これが装備というものか・・・。
そんな心地の良い感覚を体中で感じることができた。
「ジョブが判明いたしました」
老人は先ほどのにこやかな表情から真剣な表情に変わる。
息をのみすべての感覚を老人の声に集中させた。
「あなたのジョブは
アサシンでございます」
今回から1章スタートになりますね