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第09話 機械と人と

 星野は行方不明になった日向を探すうちに、通販サイトMatchargeの危険性に気付く。

 台風の夜、Matchargeのデータセンターに赴いた星野は、思いがけず日向と再会する。


「ミオリ……ごめん……」


 しかし、日向は力なくそう呟き続ける。

 星野の辺りを取り囲む警備員たちの足元には、振興会の会員たちが横たわっていた。

 そして、絶体絶命のピンチに陥った星野に、葉月社長がスピーカー越しに語り掛ける。


「何、台風の中、こうして警備員の皆さんに出勤してもらうのだから、私も安全な場所にいる訳にはいかないと思ってね、私もこのデータセンターに居るのだ。

 そうしたら偶然、星野さんがやってきた、私はこれをまたとないチャンスだと思っている」


「葉月社長、早くこの人たちを解放なさい!」


「まあそう慌てることはない、私の話を聴いてくれたまえ。

 私はあなたとあなたの振興会に協力して欲しいんだ」


「何を言って……」


「私のサイトは目覚ましい成長を遂げてくれた。

 それはほとんど人工知能による成果だ。

 これはとても誇らしいこと、しかし、それだけでは足りない。

 私たちは今、優秀で団結力のある人材を求めている。

 そう、あなたの振興会の会員のようにね。

 私は人工知能を使ってはいるが、人間の力がどれだけ有効なものかということも知っている」


「だから、振興会の人材を利用しようと……?」


「利用ではない、協力してほしいとお願いしているだ。

 あなたの部下は皆、Qスコアが非常に高い、それはその頭脳をフルに活用し、人の役に立つことをしているからだ。

 この社会にとって有益なものを創り出す力を持っている。

 私はそういった人間のことを尊敬し、力になりたいと思っている」


「ですがあなたは、ここにいる人たちの尊厳を奪っている、それを許す訳にはいきません」


「それは、そういう役割の人間もいるというだけのこと、その人たちは十分に役立っている。

 むしろ、その人たちの才能を100%社会の役に立てるために、それが必要なのだ」


「何を言って……」


「あなたはその人たちが何をしているか知らないだろう。

 ありきたりなSF映画のように、コンピューターの養分にしているとかそういったことではない。

 ……少し前の話をしよう。

 私たち本当に社会のためになる通販サイトを作るため、試行錯誤をしていた。

 そこで目を付けたのが人工知能、それは人間の大部分の苦労を肩代わりして、複雑な社会構造を単純化するためであった。

 複雑な構造は利権を生み、公平さに欠ける世界を作る。

 そうであってはいけない……あなたの振興会もそういう目的を持っていたはずだ」


「それとこれとは……だからといってこんなことを」


「私はまず、流通を単純化するためにドローンを作り、そのルート計算に人工知能を使った。

 しかし、コンピューターによる演算には限界があり、危険を予測した頃には時すでに遅し、といったことが多発した。

 これは、膨大なデータを扱うため、演算を行う速度が大きく制限されるからだった。

 そこで我が社の研究者たちが目を付けたのが人間の頭脳だ。

 星野さんはフレーム問題というのをご存知かね? コンピューターの演算速度制限もこれに起因する。

 しかし、人間の脳はこのフレーム問題をいとも容易く解決しているというのだ。

 演算に必要な要素を切り分け、対象を絞り込む、そしてその結果をコンピューターに演算させることによって、速度改善が見込めるのではないか、そう考えた。

 ……そして、研究者の協力により、それは現実のものとなった。

 人間の脳にはその容量からは想像できないほどの演算能力があるようだ。まるで、他の世界に繋がっているかのような。

 そうして研究していくうちに、人間の脳を使えば気象予測の精度が著しく上昇することに気付いたのだ。

 そう、それを利用すれば、天候を自由自在に操ることができるほどに……

 幸い我が社では昔から空調関係の機械を扱っていた。

 それを使い、空気の流れを変えたり、気温を変えたり、海洋の温度を変えたりすることにより、それは実現することとなった。

 今この国を襲っている台風のようにね」


「やはりあなたは自分のためにその力を!」


「話は最後まで聞きたまえ。

 しかし台風ほどの規模となると、絶妙で膨大な演算が必要となる。

 我々はこの問題を解決するために、Qスコアを使った。

 星野さんもご存知かも知れないが、我が社のサイトの会員はこれによってランク付けされている。

 このスコア計算にももちろん人工知能を利用している。

 そして、社会へのポジティブな影響が強い人には高ランクを与えている。

 しかし、社会への悪影響を与えている者もそれなりにランクを与えている。

 影響としては確かなものがあり、それに対抗する行動が起こされることによって、社会が良くなる可能性を秘めているからだ。

 私たちは社会への影響が少ない人に低いスコアを付けている。

 社会に何も影響を与えない人、居なくなっても誰も困らない人、私たちはこの人たちを無用者階級と呼んでいる。

 そう、居なくなっても問題ない人間に、人工知能の演算処理をお願いすることにしたのだ。

 そうすることにより、そういった無用者階級の方にも社会の役に立ってもらおうという訳だ。

 大変良心的だろう?」


「なんてことを……それは、許されないことです。

 まして、必要のない人間など居ません!」


「その通りだ、必要のない人間など居なかったのだ。

 彼らは私たちのためにドローンの軌道を計算し、天候まで操作して見せた。

 そう、それはブラジルの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こすように……

 何も生み出せないような人間でもその脳にはとてつもない能力を持っているのだ。

 そういった方々に協力していただくことにより、計画は思い通りに進んだ。

 そのため、私たちの行く手を阻む政府に対して、有効な手段を講じることができたのだ」


「彼らに尊厳を、自由を返す気はないのですか?」


「そんなものが必要なのだろうか? 彼らは今、夢の中で夢のような時間を過ごしている。彼らは幸せを感じているのだ。

 彼らはその影響力故に子孫を残す必要もないだろう。

 一生夢の中で不幸を感じずに過ごせるなら、それが一番だと思わないか?

 そして影響力の高いあなた方のような人たちには、私と一緒に理想的な社会を創り出すことに協力して欲しい、そうお願いしているのだ」


「あなたのことは理解できません。あなたは間違っています!」


 星野はそう言うと、ひとりの警備員に飛びかかる。

 応戦する警備員からいともたやすくナイフを奪い取ると、それをそのまま警備員の首筋にあてがった。


「ここにいる皆さんを解放しなさい! そうすればこの人質は解放します」


 そんな星野に対し、葉月社長は余裕ありげに応える。


「わかった、何よりも人命が最優先だ。皆さん、星野さんの言うとおりにしてあげてください。

 解除の手順は皆さんの通信端末に送っておきました」


 警備員たちはおっかなびっくりながらも、コンピューターに接続されている人々を解放する。

 全ての人が解放された時、星野は警備員を解放した。

 コンピューターから解放された人々は、皆それぞれ今朝を迎えたかのように状況が掴めない顔をしていたが、その瞳は完全に正気を取り戻していた。

 星野はそんな人たちを部屋の外へと促し、彼らもそれに従う。


「ミオリ……ごめん」


 しかし、そんな中、日向はまだ座り込んだまま虚ろな目で同じ言葉を呟き続けていた。

 それに気を掛ける星野に葉月社長が語り掛ける。


「その人はもうダメかもしれないな。

 残念なことだが、それもあなたがやったこと……ご自分で十分その意味を考えてくれるといい。

 さて、これで最後にする。我々に協力してくれる気になったかな?」


 星野はスピーカーを睨みつけ、絞り出すような声でそれを拒絶する。


「断ります。どんな理由があろうが、こんなことを許しておくわけにはいきません」


「わかった。ではこのままあなたを帰す訳には行かない」


 葉月社長がそう告げると、警備員たちが再び星野に襲い掛かる。

 しかし人の意思の力が可視化された星野は、これをいとも容易く退けることができた。


「しかたがない、私共の新製品をお披露目しなければならないようだな」


 その葉月社長の声に呼応するように、部屋の壁が開き、中から無数の何かが出現する。

 6本の足で動き回るそれは、運送用ドローン、チャイロボを直径3メートルほどに大きくし、ボディを黒くて、プロペラを無くしたような姿をしていた。


「それは『マクロボ』と言って、こういった事態のために、用意していた自律型のロボットなのだ」


 星野は襲い来るマクロボたちになす術がなかった。

 人間が相手であれば動きが読めるものの、意思を持たない機械に対してそれは通用しなかった。

 機体の前面には機銃が取り付けられたマクロボも出現し、容赦なく星野を付け狙う。

 その時――


「ミオリ……ごめん!」


 突然日向がそう叫び、走り出す。その目には確かな輝きを取り戻していた。

 そして、彼女は自分を縛り付けていた椅子に戻り、コネクタを自分の後頭部に接続する。


「ミカネ! 何を!」


 すると突然周囲のマクロボたちが動きを止める。

 予想外の出来事に、葉月社長はうろたえ始めた。


「これは……どういうことだ……接続を強制解除したからか? いや、そんなことは……」


 そう言い残し、スピーカーはプツンと消えた。

 しかし星野はそれを気にも留めず、日向に駆け寄る。


「ミカネ! 大丈夫なの?」


「うん、大丈夫だよ。

 私もなんでこうなったのかわからないけど、ミオリを助けようと思ったら、勝手に体が動いて、それで、なぜかここの機械もミオリを助けることに同意してくれたんだ」


「どういうこと? 本当に大丈夫?」


「大丈夫だって、心配かけてごめん。

 ここの機械は私が止めたよ。

 それで、今私の脳にはここの機械、モルフォさんが入ってる。

 だからこのマクロボたちを止めることができたんだ」


「そんな、そんなの危険だよ」


「なんか私夢を見ててね、心地いい夢だったんだけど、何故か他の人たちと歩いてて、その人たちと私の同調圧力みたいなものがあって、列から離れることができなかったんだ。

 多分そうやって私たちの心を縛り付けてたんだと思う。

 だから、今は私ひとりだから、同調圧力がなくてにこのモルフォさんを制御できるってわけ……だと思う」


「ミカネが無事なら、私はそれでいいけど……」


「さ、ミオリはここに捕らわれてた人たちを助けてあげて」


「わかった……」


 星野は日向に促されるまま、振興会に連絡を取り、辺りに倒れている振興会の会員、月葉げつように雇われていた警備員と捕らわれていた人たちの保護を依頼する。


「さて、この台風もじきに止む。でもまだやらなきゃいけないことが残ってるよね?」


 日向はまっすぐ星野の目を見つめながらそう言った。


「葉月社長……だね……だけど、もう逃げられてしまったかも……」


「言ったでしょ、今私の頭の中にはここの機械が入ってる。

 葉月社長の行方を追うことくらい容易いよ。

 ……なるほど、このマクロボたちや、空調機器を作っている工場があって、マクロボに乗ってそこに向かってるみたいだね。

 恐らくそこで、次の計画を立てようとしているんだと思う。

 私はモルフォさんを自分の脳にコピーした後、ここのシステムを全て停止させたけど、バックアップはその工場にあるんだ。

 早く止めにいかないと、きっと大変なことになるよ」


「でも……どうすれば?」


「それも私におまかせあれ! その辺に転がってるマクロボが使えると思うよ」


 日向はそう言うや否や前方に二門の機銃を備えたマクロボの天井を開け、中にあるシートに腰を掛ける。

 星野はそれを追い、上から心配そうな顔で覗き込んだ。


「データ通りだ、これは使えるね。

 このロボット、自律モードとマニュアル操作モードに切り替えることができるんだって。

 確かこの辺にスイッチが……あれ、良く見えないな……」


 ごそごそと手探りでスイッチを探す日向。

 すると、急に彼女の視界がクリアになる。


「あ、これ……メガネ……」


 日向が上を向くと一点の曇りもないレンズ越しに星野の申し訳なさそうな顔が映る。


「ごめん、返すのが遅れた……」


「ふふっ、ありがと……あれ、変だな、また視界が……」


 日向はメガネを上にずらして、着ていたコートの袖で涙を拭うと、改めてメガネを装着し、マクロボの制御切り替えスイッチを探す。


「あった、ここだ! ミオリ、危ないから中に入って」


 言われるがままにマクロボの操縦席に入る星野。


「狭いね……ごめん、ミオリは私の後ろに」


「わかった」


 日向はマクロボの制御を切り替えると、どこからか引っ張り出したコネクタを自分の後頭部に接続する。


「これで操作できるんだ、見てて」


 日向がそう言うと、マクロボは6本の足を前に運んで動き出し、上部に4枚の昆虫のような羽が展開される。


「すごい、これ、ミカネがやってるの?」


「まあ、私の力じゃなくて、モルフォさんの力だけどね。

 じゃあ、行こうか、何をすべきかはずっとミオリのことを見てたからわかってるよ」


「巻き込んじゃってごめん、ミカネが誘拐されたのも、私がミカネにあんなことをしたから……」


「ふふ、あの頃は結構楽しかったよ、いろいろありがと」


 ふたりがマクロボに乗ったまま建物の外に出ると、空は雨と風に満たされていた。

 しかし、意を決した日向は星野に言い放つ。


「じゃあ、飛ぶよ」


「うん」


 ふたりを乗せたマクロボは、暴風雨の中をしばらく飛び、台風の圏外へと抜け、やがて広大な茶畑に辿り着く。


「データによると、ここの地下に工場があるみたい。

 でもなんでお茶畑って扇風機が設置されてるんだろうね?」


「わからない、なんでだろう?」


「でも葉月社長はこの扇風機を自前で開発していたから、多彩な空調装置を作ることができたんだろうね。

 それが今や世界中に……それで私たちは天候を操作させられてたんだ」


 マクロボの前方ライトで茶畑を照らしていると、不自然に反射するものがあった。

 それは急に動き出し空を飛び、ふたりが乗るマクロボに接近する。


「ミカネ、あれは?」


「あれもマクロボだね」


「止められないの?」


「あれは人工知能で動く完全自律型の『マクロ・ベータ』だから、今は外からの信号を受け付けていないんだ。

 ちなみにこれは『マクロ・アルファ』で、操縦席がある分ベータより性能が低いんだよ」


「どうするの? あ、あっちにも……」


 見渡すと辺りに複数のマクロ・ベータたちが飛び交っていた。

 それは、ふたりが乗るマクロ・アルファに容赦なく襲い掛かる。

 日向はそれに機銃で応戦するが、全く歯が立たず、全ての弾を無駄に消費してしまった。


「ごめん、この子の性能だと避けるのが精いっぱいみたい……ど、どうしよー!」


「よいしょっと……任せて!」


 星野は操縦席の天井を開けて外に出る。


「ミオリ! 何するの? 危ないよ!」


「こうするんだよ!」


 星野はマクロ・アルファの前部の機銃を両脇に挟んで掴み、強引に引き抜く。


「ミカネ、ワイヤーとかある? 伸ばして!」


 マクロボは運送用のチャイロボと同じような構造になっており、前方下部から様々な用途に用いるワイヤーを伸ばすことができた。


「ええっ、何するの!? でも、わかった!」


 星野は機銃を引き抜いた勢いでそのままマクロ・ベータに機銃を投げつける。

 すると、見事に命中し、マクロ・ベータは煙を上げながら落下して地面に激突、爆発した。

 そして、バランスを崩して落下する星野であったが、日向が伸ばしていたワイヤーを掴むと操縦席の上まで戻る。


「そ、そんな無茶な!」


「ミカネ、この電話に接続できる?」


「や、やってみる、でもどうするの?」


「ミカネは私に敵の動きを教えて、私があんなの全部壊してあげる!」


「えー!」


 星野のイヤホン越しにもその声が響き渡る。


「接続できたみたいだね、じゃあ、行ってくる!」


 人間離れした跳躍力で次のマクロ・ベータに飛びかかる星野、そして、全体重を乗せた拳によってその機体を粉砕する。

 そしてその反動でまたワイヤーにしがみつく。


「いや、それはおかしいよ……ミオリ、どうなってるの?」


「やっとコツがわかってきたみたい、私にとって物理法則は覆すためにあるものだからね!」


「ミオリ、何言ってるの? いや、実際に物理法則を覆してるみたいだけど……」


 星野は日向の言葉を遮るように次のマクロ・ベータに飛びかかるが、動きを読まれてしまっているのか、ことごとく回避される。


「ミカネ、敵の動きを教えて!」


「わ、わかった、右、いや正面!」


 ミカネは敵の動きをモルフォの能力により予測するが、言葉がついて行かない。

 星野の攻撃もすっかり勢いが衰えていた。


「ミカネ、冷静になって、あなたならできるはずだよ!」


「わ、わかってるけど……でも」


「葉月社長は人間の脳が機械の演算速度を超えられるって言ってた、だから!」


「そんなこと言われても……」


 その時、日向は何故か上司の言葉を思い出していた。


「通信速度が遅い? そんなのデータをサーバで圧縮して送った後に、クライアントで解凍すりゃいいだろ? 頭使えよ!」


 そして、日向はひらめく。


「ミオリ、私のミオリに対する気持ちと、ミオリの私に対する気持ち、同じだと思う?」


「何言ってるの? わからないけど、そうなのかもね!」


 星野はそう言いながらマクロ・ベータの攻撃を回避するので精いっぱいの状況であった。


「じゃあ、やってみる! F3A8BF4F2FB3FCCC8A6A6A570C146FC0877A1BBA...」


 日向は何かを呟くが、それは意味を成していなかった。


「ミカネ、何? え? ……そっか、そういうことか!」


 そう言うと星野は全体重を乗せたキックでマクロ・ベータを粉砕した。


「ミカネが言ってること、わかったよ。

 すごい量の情報だったけど、なんで瞬時に?」


「お互いに対する気持ちが一緒なら、そのアルゴリズムで情報を圧縮解凍できると思って! あははは!

 次! 8953C9DD38BC81A7366019053B7A9EDD949A8372...」


 嬉しそうに笑いながらそう告げる日向に、星野も弾んだ声で応える。


「ミカネの言ってることはわからないけど……わかった!」


 そうして次々とマクロ・ベータを破壊する星野。

 その時、ふたりの気持ちはまさしくひとつになっていた。

 そして、ひとつになったふたりは全てのマクロ・ベータを破壊し尽くしていた。


「ミオリ、危ない! C43566946D441B98A72259AD8AE325B6A700C042...」


 間一髪で何かの攻撃を回避する星野。

 攻撃された方向に目を向けると、そこには更に巨大なマクロボが出現していた。


「マクロ……オメガ、完成していたの?」


 驚き戸惑う日向に対し、聞き覚えのある声が響く。


「いやはや、あなたたちには恐れ入った。

 まさかここまでやってくれるとは……私も人間の力を侮っていたようだな」


「葉月社長! ミカネ、あれはどうやって倒すの?」


「ミオリ、そいつは手強いよ! データによると、中に居るものを全ての災厄から守るために作られた究極のマクロボだ!

 今までのやつとは訳が違う!」


「そんな、私の力なら!」


 突進する星野だが、マクロ・オメガに近付こうとすると弾かれてしまう。

 そして、日向の乗っていたマクロ・アルファは飛行するエネルギーを使い果たし墜落する。


「起動に時間がかかってしまったが、こうなってしまえば君たちに勝ち目はない。

 何故なら、このマシンの思考エンジンはモルフォそのものだからだ」


「しかしそれは、私のような演算装置が無ければ全力を発揮できないはず!」


「そのようなことはない。

 このマシンは私がその役目を担っているのだからな……だからこそ、起動に手間取ったのだが……それに!」


 葉月社長の乗るマクロ・オメガは前進し、日向が乗ったマクロ・アルファを踏みつぶそうとする。

 その時、マクロ・アルファの緊急脱出装置が発動する。

 それによって大きく吹っ飛ばされた日向は、星野に抱きかかえられた。


「アルファ! 私は何もしてないのに……守ってくれたの?」


 日向は自分の後頭部に接続されたままのコネクタから伸びるケーブルを、愛おしそうに抱きしめた。


「命拾いしたようだな、だが、生身の人間2人で何ができる?」


「ぐっ……」


 星野は悔しさを噛み締めながらも、打つ手がないことに感づいていた。


「機械をも粉砕する力と、モルフォの力、君たち2人は危険だ。

 きっと人類の未来に仇なす存在となるだろう、だから今、始末させてもらう!」


 マクロ・オメガの圧倒的な力になす術もないふたり、と言うより、星野は日向を抱えたまま逃げ回っているため、攻撃に転じることすらできなかった。


「ミオリ、危ない! 私を離して!」


「何言ってるの? ミカネを離したらあいつはミカネを狙ってくる、それはできない!」


「そんな、じゃあどうすれば……そうだ、ミオリ、携帯貸して!」


「何に使うの?」


「いいから!」


 星野は一度日向を上空に放り投げ、ポケットから携帯電話を取り出すと、それも上に投げる。

 日向はそれを受け取り、星野の腕の中に再び舞い降りる。

 日向は携帯電話を自分の後頭部から伸びるケーブルに接続した。


「ネットワークに接続できれば……ミオリ、時間をちょうだい!」


 日向は目をつむり眉間にしわを寄せる。

 そして星野は葉月社長に語り掛けていた。


「あなたはそんなものを作ってどうしたいのですか? あなたも人類の公平な幸福を願っていたはず、それがどうして!」


「ふむ、確かにこの世界に武力や兵器は必要ない、すでにその役目を終えていると私も考えている。

 だがそれは、世界中がネットワークで繋がっているからなんだよ」


「それは、どういう……」


「ネットワークにより世界は情報で治めることができるようになった、しかし、人間の悪意に対しては脆弱な面も持っている。

 己を顧みない暴力を振るう者によって、情報網が寸断されれば、また武力が支配する世の中になることだろう。

 ネットワークがあるからこそ、世界中の人同士は隣人になり得る。

 人は隣人でない人を人とは思わないから、テロや何かの拍子にネットワークが無くなれば、また争いが起きる。

 これはそんな時のための転ばぬ先の杖なのだ。

 それに、ネットワークが無くなれば、社会的弱者、無用者階級の人たちの面倒を見ることがままならなくなる。

 そういった場合、各地で暴動が起こることだろう。

 これはそのような場合に暴徒を鎮圧するためにも利用できるのだ。

 だが私とて、こんなものは使いたくない」


「本当に、それだけなのですか?」


「何が言いたい? このようなことをしている私は確かに悪党かもしれない。

 しかしこうするしかないのだ」


「そうではありません。

 私にはあなたの意思の動きが見えます。

 あなたはそれを使っていることに戸惑いを覚えている」


「ははは、何を言い出すかと思えば、私に戸惑いがあるだと? 冗談ではない!」


 星野は日向を抱えながらマクロ・オメガの猛攻から逃げ続ける。

 しかし、星野の集中力も限界に近付いていた。


「……っ! ミカネ、もうダメみたい……ごめん」


 すると、目をつむっていた日向が薄目を開け、携帯を見せる。


「諦めないで、隙を作れば……なんとかなるから……あれは、社長自らが乗るためのものじゃなくて、この子を守るために作られたんだ、だから……」


 携帯には少女の写真と文字が表示されていた。


「ミオリ、このセリフを……言って、もうすぐだから……あいつの動きを止めて!」


「そんなこと……でも、そうするしかないの……?」


「うん、ごめん。でもそうしなきゃ、ミオリが……」


 再び深く目を閉じる日向。

 そして星野は立ち止まった。


「どうした? 降参か? 今更協力を申し出ても遅い。君たちは危険だ、処分しないとな!」


 星野は口を開く。


「パパ! もうやめて!」


「な、何?」


 激しく動揺し動きを止める葉月社長、その目には確かに、葉月自身の娘の姿が映っていた。

 そう、星野の演技力は確かにそこに葉月の娘を存在させていたのだ。


「ミオリ、そんなことさせちゃって……ごめんね」


 すると日向の長い髪の毛が金色に染まる。

 そして、メガネの奥で大きく開かれた瞳は赤く輝いていた。

 その刹那、巨大な雷がマクロ・オメガを襲う。


「な、なんだと!」


 うろたえる葉月社長、雷の非常に強い電圧により、マクロ・オメガの回路は大きなダメージを受けていた。

 星野はその隙を見逃さずに日向から手を離し、マクロ・オメガに突撃してその装甲を突き破る。

 そして葉月社長を目前に捕らえた星野は――


「ごめんなさい……あなたの娘まで利用してしまって……

 だけど、こうするしかなかった」


「ふっ……まさかこのようなことになるとはな……君の言う通り、私は間違っていたのかもしれない。

 だが、やっぱり君たちのその力は、人間には過ぎたる力だ。人類の未来のためを考えたら、放っておくわけには……いかぬ」


「……葉月社長、一緒に来てください。その罪を償うのです」


 星野は葉月社長に手を差し伸べる。

 しかし、葉月社長はその手を見つめながら、語り始める。


「なあ星野さん、このマシン、どう思う?」


「……?」


 星野は一瞬困惑の表情を浮かべるが、すぐに真剣な顔に戻り、葉月社長に言い放つ。


「こんなものなくたって……人は生きていけます」


「ふふ……そうか。このマシンの設計図を娘に見せたんだ。そしたら『かわいくない』って言われたよ。

 あの子には悪いことをした。こうなってはもう合わせる顔も無い……口もきいてくれないかもしれないな」


 葉月社長がそう言って目をつむると、あたりの地面が大きく揺れ始めた。

 星野は咄嗟に日向を守るため走る。

 星野が日向を再び抱きかかえた時、地面は崩壊しふたりを飲み込んでいた。

 それと同時にマクロ・オメガは爆炎を上げ、葉月社長と共に光の中に消えていくのであった。

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