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第08話 天災マーケティング

御輿みよ会長、お目覚めになられましたか? 誰か、看護師とお医者様を!」


「……私は、一体」


 星野は日向のマンションの玄関で倒れているところを発見され、病院に連れ戻されていた。

 振興会の幹部のひとりである彼女の側近が付き添い、その容体を案じていたところであった。


「会長、無理をなさってはいけません。しかし、なぜあのようなところに?」


「……ごめんなさい」


「? どうなさったのですか? そういえばあの日、会長は抗議団体の方々を説得なさってたようですが、それと何か関係が?」


 星野はあまりに現実離れした出来事に、ありのままを説明することにためらいがあった。


「……そういう訳ではありません。あれは我慢できなくなって出て行ったら、偶然説得する形になっただけです」


「そうですか。……お医者様がいらっしゃったようです」


 星野の病室に大地院長が訪れた。

 院長は星野の顔を見るなり駆け寄り容体を確認する。


「問題ないようですね。星野さん、もう無理をなさってはいけません。

 それと、改めて、あの時は本当にありがとうございました。

 信じがたいことですが、私を含め、あの場に居た者は皆、同じような幻覚? のような体験をしたようで、心を洗われるような思いだったと……

 ともかく、あれが星野さんの起こした奇跡だと、私はそう考えています」


「いえ、私はただ夢中だっただけで、部外者が出しゃばった真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」


「そのようなことはありません。

 皆、あなたに救われたとのことを仰っていました。

 もちろん、私もそれは変わりません。

 しかし、あの時はお恥ずかしいことをしてしまいました。

 どうぞお許しください」


「きっと、皆さんは大切な人と会うことができたのでしょう。

 溢れてくる感情に身を任せてしまうのは仕方がないことです」


「ありがとうございます。私はあの日のことを一生忘れないことでしょう。

 さて、申し訳ありませんが、他の患者さんも待っておりますので。

 星野さんの容体は問題ありません、あとはゆっくりお休みになって、体力を回復してください。

 それでは」


「ありがとうございます」


 院長はいそいそと星野の病室を後にした。しばらくの間を置いて、側近が再び星野に質問する。


「会長、あのマンションの部屋には何が?」


「……すべてをお話しましょう」


 星野は日向との馴れ初めから、現在までのことを話した。

 彼女はその不安定な心情を見透かされまいと、終始窓の外を見つめていた。

 しかし、側近には彼女の悲しみが、窓ガラスを通し乱反射して、部屋の中を満たしてゆくような錯覚を覚えた。

 それほどに、彼女の感情は抑えきれないものとなっていた。


「そのようなことが……全く存じ上げませんでした」


「ごめんなさい、私が日向さんのことを隠していたのです、知らなくて当然です。

 そして日向さんはあの部屋に居なかった……私が帰ってこないから別の場所に移ったのか……ともかく、今は日向さんの安否が気になります」


「わかりました。私たちが日向さんのことを探しましょう。

 会長は療養に集中なさっててください」


 側近は悲しみに暮れる星野を少しでも支えようと、提案を持ちかけた。


「いいのですか? 私は皆さんに隠し事をしていた、それだけで皆さんを裏切ったことに……」


「そんなことはありません。たとえ家族であろうと隠し事をすることくらいあります。

 今の問題は、会長がそれだけ大事になさってた方が行方不明となっていることです」


「でも、私の個人的なことに皆さんを巻き込むわけには」


 星野のいつになくよそよそしく弱気な様子に、側近はしびれを切らしたように感情を声に込める。


「何を言ってるのですか! 振興会は困っている人の力になるために創設されたんですよね? 今は会長の力になることが、我々の使命です!

 それに、放っておいたら会長がその日向さんを探しに行ってしまうのでしょう? また会長を探す方の身にもなって下さい!」


「私がそんな! ……いえ、お見通しのようですね。

 わかりました、そこまで仰って下さるのでしたら、お願い致します」


「会長……お任せください! 必ずや日向さんを探し当ててみせます。

 なあに、案外すぐに見つかるかもしれませんよ」


「そうだといいのですが……あの子、目を離すとすぐ思いがけないことになるから……」


 そんな星野の不安は的中し、探し始めてから1週間、幹部を始め、振興会の会員たちは日向の手がかりを掴めずにいた。


「申し訳ありません、会長、あれだけ意気込んでいたのに、不甲斐ない次第です……」


「そうですか……しかし、全く手がかりがないというのも妙ですね。

 似たような行方不明の事例がないか、当たってみるといいかもしれません」


「そうですね……我々には人探しで培った実績もありますので、データを洗ってみて、日向さんとの共通点を探してみます」


「ありがとうございます。私のワガママに付き合わせてしまって……」


「またそれですか? もう聞き飽きました。

 私は日向さんを探すことで忙しいので、もう行きますよ」


「ごめんなさい……」


 日向の安否を気遣う日々を病室で過ごす星野であったが、その体調は順調に回復していた。

 しかし、慎重に経過を見守る院長により絶対安静を命じられていた彼女は、動くことができないもどかしさを感じていた。

 そんな彼女が気晴らしにテレビを眺めていると――


「それでは特集です。

 今日は現在絶好調の通販サイトMatchargeを運営する株式会社 月葉げつようから、葉月社長がいらっしゃっています」


「いつもMatchargeをご贔屓にしてくださり、ありがとうございます。

 株式会社 月葉の葉月真玄です。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします。

 早速ですが、以前この番組で特集された時のことは覚えてらっしゃいますか?」


「はい、いやあ、あの時は弊社の社員も揃ってテレビにかじりついていたようで、後で目いっぱい茶化されました……なんともお恥ずかしく……」


「ははは……いえ、そうではなく、重要なのはあの時仰っていたことです。

 確か、貨物運搬用のドローンを開発していたとか……」


「ああ、その話ですか……ははは」


「そうです! そのドローンですが……見事に実現しましたね!」


「いやあ、ありがたいことで、皆さんに受け入れて頂けたようです」


「それではまずはそのドローンについて、VTRでご説明いたします、どうぞ!」


「どうぞっ」


 アナウンサーと葉月社長がそう言いながら手を差し出すと、画面はVTRに切り替わる。


「最近空を見ると、大事そうに荷物を抱えた空飛ぶ円盤を見かけませんか?

 そう、それは、Matchargeの荷物運搬用ドローン、『チャイロボ』なのです。

 このチャイロボ、ハンバーガーやマカロンのような直径50センチほどの茶色いボディに、上部には4セットのプロペラ、下部には6本の腕を持っています。

 このように専用のケースに入れた荷物を腕で引っ張り上げ、空を飛んで、商品を注文したお客様のもとへ!

 重い荷物は……複数のチャイロボが協力して配送します。

 さて、それではお客様の反応は?」


「最初はびっくりしました、でも可愛いですよね。

 いつも予定通りの時間に到着しますし、配達員の方より安心できます」


「そうなんです、常に予定通りに到着する、これが強みなのです。

 それを支えるのが人工知能モルフォによる予測演算! カメラとネットワークにより得た空の状況、障害物などの情報を計算し、綿密なスケジュールを立てて運行する。

 これによって、到着時間のブレを3分以内に収めているということです。

 これぞまさに物流革命! 今後の更なる発展に期待が膨らみますね!」


 画面はスタジオに切り替わる。


「いやすごいですね、葉月社長!」


「なんか宣伝してもらってるみたいで、かっこ悪いですね、ははは」


「そういうところはちょっとありますけど、我々としましても有益な情報を発信して便利な世の中になるようにと考えておりますので。

 しかし、問題も指摘されていまして、先程のVTRでも配達員の人間より安心できるという意見がありましたが」


「そうですね、配達員の方の職を奪うという点ですね。

 勿論、その影響は他の職業にも及びます。

 そちらについては、完全な解決策とは言えませんが……例えば、そういった方は自分の可能性を見付ける努力をしなければならないと考えて、様々なことに挑戦していると思います。

 すると、どうしても収入が低くなってしまう。

 これに対して我々は、Qスコアというものを利用しています。

 収入が低ければQスコアも低くなりますが、Qスコアが低い方には弊社の製品であるお茶関係の食品を格安で提供しています。

 サイト内通貨と言えるようになったポイント、Tchashを使えば更にお安くご利用いただけます。

 Qスコアが低い方はTchashが貯まりやすいような枠組みもありますので、たとえ収入が無くても、最低限食べるのに困ることはないようにと配慮しています」


「なるほど、そうなりますと、スコアが低い人の方が優遇されていると不満に思う人もいるかと思いますが」


「そのようなことはほとんどありません、なぜなら、スコアが高い方は他社製品や、サービス面でお得にご利用いただけるようになっています。

 まあこれには、企業努力で安くできるのは弊社の製品のみという面もあるのですが……ともあれそういった不満はいただいておりません」


「なるほど、そこまで考えておられるとは、やはり社長には敵いませんね。

 では最後に、今後の展望などを」


「そうですね、先程の話と関係していますが、社会的に弱い立場にある方に対して、その生活を支えるようなことができればと、そう考えております」


「それは大変立派なことですね! それでは今日の特集はここまでです」


 星野はそんなテレビを見ながら、弱者の救済について考えていた。


(こうしてる間にも悩みを抱え、生活に窮している人がいるんだ、そんな人たちのために、振興会ができることを考えないと……

 そういえば、ミカネもQスコアが低いとか言ってたなあ、まああれは私が社会参加させないようにしてたからなんだけど……)


 そんな時、病室の扉がノックされる。


「会長、よろしいでしょうか」


「どうぞ」


 疲れた様子の側近が入室する。


「お加減はいかがですか」


「あまり変わりありません。それより、日向さんの捜索の方は?」


「はい、そちらについてですが、色々と調べているうちに、近頃行方不明者が不自然に急増しているとのことで、日向さんの件も関係あるのではないかと」


「そうですか、その行方不明者の急増が何者かに仕組まれたものだとしたら、日向さんの捜索どころではない話かもしれませんね」


「そうですね、不自然な環境の変化には人為的な操作がつきものです。

 その線で調べてみます。勿論、日向さんの捜索のためです」


 しかし、不自然な現象の発生はそれだけではないことをテレビのニュースが伝えていた。


「近頃、世界展開をしている通販サイト、Matchargeが問題視されています。

 学会の研究によりますと、Matchargeにおけるスコアが低い利用者の社会復帰が危ぶまれているということです。

 このスコア、社会的に立場の弱い、収入が低く、人脈が少ない利用者は低く設定されることとなっています。

 そして、スコアが低い利用者には抹茶製品が格安で提供されます。

 すると、スコアが低い利用者は抹茶製品ばかりを摂取することとなり、カフェイン中毒により倦怠感を覚え、仕事やその他の活動へのモチベーションが下がり、更に社会的立場が弱くなり、Matchargeに頼らざるを得なくなり、社会復帰できなくなるとのことです。

 これについて、世界各国で貧富の差が顕著になってきているとの情報もあり、対策を講じる必要があるとの見方も強くなってきています。

 そのため、A国の政府はカフェイン規制を、B国ではドローン規制を検討しているとのことです。

 このことについて、Matchargeを運営する株式会社 月葉の葉月社長は、コメントを差し控えるとのコメントを出しています」


 そして、時を同じくして、地球環境にも大きな変化が訪れていた。

 世界各国で異常気象の発生が観測されていたのだ。

 A国では干ばつが起こり、食糧難に苦しむ人々が救援を求めていた。

 それに対しMatchargeは、チャイロボによる空輸で、救援物資を無償で提供することにより、A国の国民を食糧難から救った。

 すると、A国の政府が掲げるカフェイン規制に対し、一般市民の批判が殺到する。


「Matchargeは我々を救ってくれた! それに対して規制をかけるなど許せない。

 そもそもA国政府が解決すべき問題を解決してもらったのだから、政府はMatcharge及び葉月社長に感謝すべきである」


 といった意見を持つ国民が大部分を占め、A国政府はやむなくカフェイン規制法案を棄却することとなった。


 一方B国でも異常気象が訪れ、連日降り止まぬ雨により各地が水没し、取り残された者たちはやはり救援を待っていた。

 Matchargeはそれに対しても、無償で救援物資を空輸し、A国と同じようにB国の国民に支持されるようになる。

 するとB国政府はドローン規制法案を棄却するという、A国と同じ道筋を辿るのであった。


 また、Matchargeは経済的な面でも問題視されていた。

 品揃えが多岐に渡り、生活に必要な物はなんでも手に入るため、消費者は他の店で買い物をする必要がなくなったのだ。

 するとサイト内通貨のみで決済する者たちが増え、元々の国の通貨が利用されなくなるという事態が起こった。

 通貨を使わない者たちは、Matcharge以外で決済するという選択肢が徐々に無くなり、元々の通貨経済に戻ることが困難となった。

 これにより、対抗する術を持たない中小の商店のほとんどは閉店を余儀なくされる。

 その上、Matchargeを運営する株式会社 月葉は租税回避地を利用し、納税することなく、私腹を肥やしていた。

 これに対し、政府は次のような見解を公表した。


「Matchargeによる市場の独占はやがて社会の停滞を招くだろう。

 なぜならば、税収が減ることにより、国家の社会福祉が成り立たなくなるためである。

 何かしらの対応を検討する必要がある」


 これに対し、一般市民の見解はほぼひとつにまとまっていた。


「国家の社会福祉がなくても、Matchargeに代わりを務めてもらえばいい。

 現に異常気象の被災地の状況に手をこまねいていた政府とは違い、Matchargeは迅速に救援物資を届けてくれた。

 それに、収入の低い人たちには食料を格安で提供している。

 利権が絡み、意思決定までのタイムロスが大きい政府に任せるよりも、Matchargeの持つドローンによる流通システムと、その潤沢な品揃えに頼った方が国民は安心できる」


 このように政府を批判する声が各国で大きくなる。

 各国で起きている異常気象も、それを後押しするように猛威を振るっていた。

 そして、その救援により、民衆の支持を得て急速に勢力を伸ばすMatchargeに、各国政府は打つ手がない状況となり、事態は膠着状態へと進む。

 そんな時、星野は退院を目前としていた。


「いいでしょう、星野さん、もう日常生活には支障をきたさない程度に回復したようですね」


「ありがとうございます、院長のお陰です」


「いえ、あなたの身体の生きようとする意思がそうさせたんでしょうな。

 あのような状態から短期間でここまで回復するとは、あり得ないことです」


「私には、やらなければならないことがありますので、寝てなんかいられませんから」


「ははは、その心意気があればこそなのかも知れませんな」


 星野が退院を明日に控えたその日、幹部は興味深い調査結果を報告する。


「昨今急増している行方不明者ですが、意外な共通点がありまして、行方不明者たちは皆、Matchargeの利用者でした」


「そのようなこと、今となっては珍しくないのではないでしょうか? Matchargeのシェアを考えれば偶然かと」


 星野は何を今更といったような態度を見せる。


「いえ、それだけではないのです。

 行方不明者たちに共通することは、会員ランクであるQスコアが1桁であったということです。

 日向さんもそれに漏れず、2ポイントとなっていました」


「なるほど、他に何か関連する情報は?」


「これについてはここまでです。

 ですが、行方不明者の増加と同時期に増えている現象がありまして。

 各国で起こる異常気象、これも増加しています」


「確かに急に異常気象が増えている、それは不自然ですね。

 するとやはり人為的な何かが絡んでいるのでしょうか。

 この状況で得をしているのは……Matchargeしか存在しませんね」


「私もそれは思い当たりました。

 ですが、昨今の災害発生件数から見ると、民衆の期待に応えるため支援物資を提供せざるを得ない状況になったMatchargeもまた、損害を被っているのでは?

 それに一番得をしているのはMatchargeのサービスを利用している人間かと。

 異常気象が多発し、それによってスコアが低い者、難民が行方不明になっているという見方もあります」


「そう言えるのはわかります。しかし、その順番が逆だとしたら」


「異常気象は偶然によるものです。

 それに、行方不明者が増えたら異常気象になるなんてこと、あり得ないと思いますが」


「私の考えすぎでしょうか。

 しかし見逃せないのは、Matchargeの救援が大変迅速であるということです。

 気象を予測してそれに対して準備をしているかのようです」


「最近の気象予測は精度が非常に高くなっているため、そのように動けるのかもしれませんね。

 逆にこの状況で異常気象が起きていない国のことも気になりますが」


「なるほど、異常気象が起きていない国、ではその一覧を作ってもらえますか?」


「わかりました。少々お待ちください」


 1時間後、2人はその結果に明確な違和感を覚える。


「異常気象が起きていない国、これらに共通するのは……Matchargeへの規制を検討せずに、歓迎している国ですね」


「そうですね、ここまでのこととなると手掛かりはMatchargeにあるのかもしれません。

 一度葉月社長とお話をしてみるのも良いでしょう。

 私たちとは形は違えど、同じく社会貢献を第一に考えている者同士、他に参考になることがあるかもしれません。

 早速で悪いのですが、面会のアポを取っていただけますか?」


「承知しました、お待ちください」


 数分後――


「申し訳ありません、現在、株式会社 月葉は面会を全て断っているという言ことで……」


「そうですか、するとやはり何か隠していることが……」


 解析データをじっくりと眺める2人。手を止めた星野は疑問を口にする。


「しかしこのQスコアというもの、その評価基準がどこにも明示されていませんが、どうなっているのでしょうね」


「それは、人工知能を使ってデータを解析した結果とのことで、人工知能の判断は人知を超えたものであるため、明示できないとなっていますね」


「人工知能ですか、貨物を配送するドローンの操作も人工知能……挙句の果てには、自社製品に使う茶畑の管理も人工知能ですね」


「人工知能については我が振興会でもその実績がありましたよね。

 会長の人格をそっくりそのまま再現するほどとは……やはり人知を超えています。

 ですが、急に天気予報を始めるみたいな不具合はありましたね」


「天気予報……人工知能……Matchargeも気象予測に人工知能を用いているのでしょう。

 その人工知能にアクセスできれば、何か手掛かりが掴めるかもしれませんね」


「行方不明者のですか?」


「それもありますが……現在の社会状況がもし人為的に作られたものであるとしたら、それは放ってはおけないことです」


 次の日、大地総合病院を退院した星野は、株式会社 月葉のデータセンターへの潜入を決意した。


「会長、本当にそんなことを?」


「正面からのアプローチは全て断られました。

 となると、こうするしかありません」


「わかりました、我々もご一緒します」


「これはれっきとした犯罪行為です。

 気持ちは嬉しいですが、私ひとりで行かせてください」


「ですが、会長、困っている者を助けるのが我々の!」


「あくまで皆さんの意思ということですか。

 ……では、もう何も言いません」


 しかし、星野と幹部たちには潜入する手段がなかった。

 調べれば調べるほど厳重なデータセンターの警戒に、星野たちは潜入を諦めざるを得なかった。

 そんな時、政府は膠着状態を破りMatchargeを糾弾し始める。

 その理由は、現実化した税金の大幅な減収と、単純化された流通による価格破壊にあった。

 そうなることで、今まで利権を貪っていた一部の資産家たちが政府にMatchargeの規制を促し、政治家たちもそれに同調したためであった。


「今この国は未曽有の危機に瀕しています。

 このままでは国民の皆さまの生活が守れなくなる。

 それはMatchargeが市場を独占し、その上社会への還元を怠っているからです」


 政治家たちは政党に関係なく皆そのように声を上げる。

 今まで足の引っ張り合いをしていた各政党が同じ目標を持つことに、好意的な印象を持つ国民も少なくなかった。

 政府の具体的な規制方針は、人工知能の判断の説明責任を果たすことにあった。

 今まで人工知能の計算結果に明確な理由を見いだせるものはいなかったため、そのような機械を使うMatchargeの活動を大幅に規制できると踏んだ政府による圧力であった。

 説明可能な判断しか認められないということは、説明するための解析に膨大なコストを費やすか、人間が指定した範囲の判断しかできない、まるで使い物にならない人工知能しか使えないという状況になる。

 例えば、ドローンの飛行ルートについての説明を求められた時、ルートを決定した全ての要素と、それに対する判断を全て書面に起こさなければならない。

 また、人間の想定した選択肢による判断の場合、とっさに危機を回避するようなことができなくなるため、事故が多発することとなる。

 規制が現実のものになれば、Matchargeはたちまち弱小通販サイトのひとつに成り下がってしまうのだ。

 そして極めつけにこの国の国民は、大規模な暴動やデモを起こすことをためらうことから、その政府の方針に異を唱えたり、感情的に批判を繰り広げる者は居ても、実質的な抑止力にはならないという問題があった。

 そんな状況の中、タイミングを見計らったかのように巨大な台風がその国に接近する。

 星野と振興会の幹部たちもこの状況に対応を迫られていた。


「会長、明後日から数日間、巨大な台風がこの国に上陸するそうです。

 振興会でも防災と被災された方の救援を計画しなければならないかと。

 ……しかしなんと言いますか、もう誰かが仕組んだこととしか思えませんね」


「ええ、やはりそうなってしまうのですね……政府はその対応に追われ、そしてMatchargeは他の国から救援物資を運んでくる。

 しかしその中で台風の被害に遭う方が多数存在するということを忘れてはいけません。

 このようなことが人為的なものであるなら、絶対に許せないことです」


「我々にはそれを止める手段がありません」


「そうですね……ですが、この機に乗じてできることがあります」


「ま、まさか」


「そうです、Matchargeのデータセンターへの潜入です」


「それは危険すぎます……と言っても、会長の意志は止められないんでしょうね。

 わかりました、その代わり我々もご一緒します」


「……やはりそうなりますか、わかりました。

 決行は明後日です! 早速準備に取り掛かりましょう」


「はい」


 そして2日後、予想通り巨大台風がその国を襲った。

 星野と振興会の幹部はそれに乗じてデータセンターに潜入するため、その門の前に居た。


「しかし、ものすごい風と雨ですね」


「今にも飛ばされてしまいそうです。

 ですが、こうなってしまえば外出できる者など居ません。

 私にとっては大変好都合です」


「会長も強くなられましたね。

 以前からその片鱗はありましたが、入院してから更に強くなられた」


「やらなければならないことが大きくなれば、そうもなりましょう。

 さて、参りますか」


「はい!」


 しかし、潜入は意外にあっさりと進む。

 警備員がおらず、防犯カメラの無力化、ネットワークの寸断も容易であったため、雨と風の中、データセンターの敷地内を行き来することは簡単であった。

 そして星野は、防犯カメラの設置台数が多く、窓がない施設を見付けた。


「これほどまでにあからさまだと逆に罠かと疑ってしまいますが……潜入しましょう」


 建物のカギをこじ開け、星野と幹部は潜入する。

 すると、中には人影があった。


「侵入者を確認、直ちに確保する!」


 そう言いながら警棒を持ち星野に接近してくる影。

 しかし、星野はそれをいともたやすくいなし、手刀によって気絶させた。


「会長、いつの間にそんな技を……

 いえ、入院する前、トレーニングを欠かしていなかったのは知っていますが」


「なぜでしょうか、私には彼の動きが完全に読めました。

 意外と簡単なものですね」


 しかし、星野にとっては思い当たる節があった。


(やはり前と感覚が違う、人の意思が働く時、その動きが手に取るようにわかる。

 病院のあの子が言う通り私は……)


 並み居る警備員を次々と倒し、星野と幹部は進んで行く。

 中には刃物を持つ警備員もいたが、それすらももろともせずに無傷で進む星野。

 部屋のカギを片っ端から破壊し、中を調べる。

 そうしているうちに、巨大なコンピューターがたたずむ部屋を発見した。


「こ、これは……」


 それは振興会で扱っていた人工知能と外見が酷似していた。

 星野はこれこそが手がかりであると確信し、アクセスを試みる。

 そんな中、幹部のひとりがコンピュータールームの更に奥に扉を見付ける。


「会長、この扉は」


「まだ何かあるかもしれません。

 開けてみましょう」


 重い扉が音を立てて開く。

 そして、星野と幹部はその中に信じられない光景を見る。


「な、なんとういう……」


「これは、ひ、人でしょうか?」


 その部屋には大きな背もたれのある椅子が並び、そこには人が座らされていた。


「これは何人いるのでしょうか……なぜみんな眠って……」


「会長、これをご覧ください」


 椅子に横に座っている人の首の後ろに、何かコードのようなものが繋がっている。

 それをよく見てみると、首の後ろにコネクタを挿入するためのポートが埋め込まれていた。


「ひ、ひどい、人にこんなことをするなんて……助けなければ」


 星野の手がコネクタに迫る。


「会長、お気持ちはわかりますが、これを抜いたら何が起こるかわかりません。

 もしこの人たちが死ぬことにでもなれば……」


「そ、そうですね……とりあえず、周辺を調べましょう」


 ひとりひとりの顔を確認する星野と幹部たち。

 そして、幹部のひとりが重大なことに気付く。


「会長、この方も、この方も、皆行方不明になっていた方です……やはりと言いますか……」


 星野はそれを聴くと、血相を変えて全員の顔を確認し始める。

 そして――


「……み、ミカネ!」


 そこには確かに日向がいた。

 星野が買ったコートをまとい、髪の毛は伸び放題になっていたが、それは星野が探していたその人であった。


「ミカネ! またあなたは!」


 星野はそう言うと、日向の肩を掴み、自分に引き寄せる、その時、首の後ろのコネクタが外れてしまう。


「なんですぐにどっかに行っちゃうの! 心配したんだよ!

 こんなところで寝てないで、早く起きなさい!」


 すると、日向はゆっくりと目を開き、半開きの目で星野を見つめた。


「ミオリ……ごめん」


「その辺にしておきたまえ」


 そこに響いたのは星野がニュースで聞いた葉月社長の声、そのものであった。

 それはその部屋のスピーカーから響いていた。


「星野さん、それは危ない、急に接続を切り離したら、どんな精神的影響が出るかわかっていないのだ」


「ミオリ……ごめん……ミオリ」


 日向は目を半開きにしたままそれだけのことを呟き続ける。

 星野は自分がしたことの重大さにようやく気付き、動きを止めた。


「しかし、こんな暴風雨の中、ここまでいらっしゃるとは、ご苦労なことだ。

 まあ、この台風は私が呼んだものなのだがね……」


「やはり、あなたが……」


 星野がそう呟いて辺りを見回すと、振興会の幹部は全員姿を消していた。

 そして、彼女の周りを警備員たちが取り囲んでいた。

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