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第05話 悲観的思考回路

 "あなたが居なくても大丈夫"の標語のもと、労働環境が大きく揺るがされ、その影響により公共幸福振興会が大躍進を遂げた秋から約半年が経過した。

 新しい緑が芽吹く頃、星野に良くないニュースが舞い込む。


「おじいさまが入院!?」


「はい、以前から不調を訴えてらっしゃいましたが、近頃の激しい気温の変化もありまして」


 そう語るのは会長の側近であった。

 また、その情報を知るのは会長にごく近い立場の者だけに限られていた。


「そうですか、それで、父と母は?」


このえ様はもしもの時に備えて、対策をお考えになるとのことでした。

 メティア様は気を落とされておりますが、平静を保たれております」


「もしもの時……それほど悪いのですか」


「それはなんとも……しかし、会長は現在意識を無くされており、そのまま……という可能性も……」


 その時、側近の電話が鳴る。


「失礼、電話が」


「どうぞ」


「もしもし、私だ……そうか、では御輿みよ様を……ああ、くれぐれもな、では失礼する」


「どうなさいました?」


「会長の意識が回復したようです」


「そうですか、それで、容体は?」


「面会は可能なほどに回復したようです。ですが、予断を許さない状況とのことで……」


「わかりました。すぐにでも面会に向かいます」


「承知しました。会長は大地総合病院に入院なさっておりますので、よろしければ私がお送り致します」


「はい、お言葉に甘えさせていただきます。参りましょう」


 星野は会長側近の運転する車に乗り、会長が入院している病院へ向かった。

 病院に到着すると、星野は面会の手続きを済ませ、会長の病室に急ぐ。


「おじいさま」


「御輿……いやミオリよ、そこに座りなさい」


「……はい」


 星野が椅子に腰を掛け口を開く。


「おじいさま、父は……」


「ああ、知ってる。的確に動いてくれているようだ。

 ……さて、わかってはいるだろうが、私ももう長くはないだろう。

 私にも来るべき時が来たということかな」


「そんな……」


「そんな顔をしないでくれ。いいか、これは皆公平に訪れることだ」


「はい……」


「そう、公平……言うまでもなくだ。

 無論、私の他にも、私よりも苦しんでいる者は大勢いる。

 現実には人が抗うことのできない理不尽が存在するものだ。

 そういった現実に少しでも希望を見出すために、私は公共幸福振興会を興したのだ」


「はい、わかっています」


「しかし、やはり人の力ではどうにもできない、慰めることすらできない苦しみが存在する。

 そして、そういった理不尽に加担するように、己の欲望を満たすことだけを考える者も居る。

 富の独占を企てる者、怠惰に生きる者、皆が公平に幸せになるには、そのような欲望に打ち勝つ精神と、互いの協力が不可欠だ。

 しかし、皆が協力したところで本当に皆が幸せになれるのか、それが問題だ」


「何を仰って……」


「遺言だよ」


「……!」


「取り乱すことはない。

 いやな、自分のことだからな、わかるんだよ。

 朝起きるごとに少しずつ体が衰えて行くのがわかる。

 私が一番わかっているのだから、ミオリがそのことを気に病む必要はない。

 私は生涯を賭けて人類の幸福のために尽くしてきたつもりだ。

 しかし、全ての人が公平に永続的な幸福を得ること、それを私が叶えることはできそうもない。

 となれば、本当にそんなことが可能なのか、それを考える時が来ているのかもしれない。

 そう思うのだ」


「なんてことを……」


「ミオリもよく考えてみてほしい。

 お前の父と母にはもう話をしてある。

 ミオリはお前が一番好きなことのために、自分のためにその命を使って欲しい。

 私もそうしてきたつもりだ。

 私が他人の幸福を願うのは、他人の不幸を見ることに耐えられない、精神的弱さからくるものなんだよ。

 だから、私は自分のために、それを誤魔化すために、厳しい現実から目をそらすために他人の幸福に寄与できるよう生きてきた。

 今までは私のワガママ、独善的な思想に付き合わせてきたということだ。

 すまないことをしたと思っている。

 その理想を押し付けられて辛い思いをしてきた者も居るだろう。

 だから、私の死を契機に、それぞれが自分のために考えてほしい」


「違います。おじいさまは恥じることの無い立派なことをしてきました。

 私も自分のために他人の幸福を祈るという思想を全ての納得した上でおじいさまから受け継いでいます」


「そうか……そう言ってくれるか。

 しかし、お前は少なくとも、高校時代までは迷っていたはずだ。

 そして、何かのきっかけによって、その思想を受け継いでくれた。

 お前はどうやって迷いを断ち切ったのだ? 何か大切なもののために迷いを捨てたのか? それとも、迷うことに疲れ、迷うことを諦めたのか?

 迷うことを捨てたり諦めたりしていたのだったら、もう一度迷うことも選択肢のひとつだと、そう言いたいのだ」


「そうですか。でも、私は……もう、迷うことが怖いのです」


「そうか、迷いを忘れることは悪いことではない。

 だが、迷うことを恐れなくてもいい。

 迷い続けることこそが本当にお前の、お前が好きなもののためになると、そう信じられないか?」


「迷い続けた後に、私はどうなってしまうのでしょうか……」


「……要らぬ不安を与えてしまったようだな、すまない。

 この期に及んで弱気になってしまってな……

 私も自分の考えていることに未だ自信を持てずにいる。

 つまり、迷ったまま、このままあの世へ行くのだろう。

 ……話し過ぎたようだ、少し疲れた。……すまない、眠らせてくれないか?」


「……」


 それから会長が目を覚ますことはなかった。

 しかし、それを知るのは星野とその父母、そして一部の幹部のみとなった。

 そして、振興会は選択を迫られている。

 その判断は星野の父、衛に託されていた。

 星野の父はまず、上級幹部のみを集めて会議を開いた。


「皆に集まってもらったのは他でもない、これからの振興会の行く末を決めるためである。

 父は亡くなったが、父の意志はこれからも振興会の中で生き続けることだろう。

 そして、私の父、会長が亡くなったことは、まだ一部の上級幹部のみにしか公開していない」


 幹部のひとりが口を開く。


「衛様、ここはいち早く会員の皆様に会長のご不幸をお知らせするべきでは? また、次期会長を……」


「そうだ、それが一番正しい選択と言えるだろう。

 しかし、組織にとってそれは必ずしも望ましい結果をもたらすのだろうか?

 この組織は大きくなり過ぎた。

 そして、会長の存在と影響力はあまりに大きすぎる。

 それを知ることにより、衝撃を受け、失意に沈む者もいることだろう。

 ……それに、会長の座を継ぐ者には、それ相応の器が必要だ」


 再び幹部のひとりが発言する。


「そ、それは、衛様が会長となればよろしいのではないでしょうか」


「……私にその器があればそうすることもできるだろう。

 しかし、私には、いや私だけでなく、父の代わりをできるような人間はいない」


「何を弱気なことを、他の人間ならばいざ知らず、衛様ならば立派に会長をこなすことができるでしょう」


「そうかもしれない。

 だが、私はこれを契機に振興会が変わるべきだと考えている」


「と、言いますと?」


「半年ほど前の労働環境騒動により、多くの研究機関を振興会に引き入れることができた。

 その中に人工知能、疑似人格の研究をしている機関がある。

 私はもしもの事態に備え、父の人格を再現させるための研究をしていた。

 振興会に必要なのは、ひとつの組織にまとまるための指標だ。

 それが人間の判断であれ、機械の判断であれ、判断自体の意味に違いはないはずだ。

 そしてAIは人間より的確な判断を下すことができる。

 その力により、振興会の結束を更に盤石なものにするのだ」


「待ってください。それはなりません」


 急に星野が口を開く。


「ずっと黙っていたと思えば、なんだ?

 人工知能の精度は日に日に上がっている。

 元々は気象を計算して予測するシステムであったが、その的中率たるや神懸っているほどだ。

 それを人工知能に転用したものだが、同じ原理で知能を模倣することができた。

 それにこの半年、疑似人格の形成も難なくこなすほどの成長を遂げた」


「そのようなこと、いくら振興会のためと言う大義名分があろうと、看過することはできません」


「何を言っている、会長は振興会の方針を決定しているだけだ。

 具体的な目標を与えずとも、会員は自分の意志で活動している。

 それが何故だかわかるか? それは会長の理想が人々の心を惹きつけたからだ。

 理想とそれに向かう道しるべがあればいい。

 私はこれを人が治めているという不安定な状況から好転させるチャンスであるとさえ考えている」


「人の心を惹きつけるのは、人ではなくてもいいと言うのですか?」


「いや、人にはやがてできなくなることだ。

 感情に左右される不安定で脆く儚い生命よりも、機械の方が確固たる意志を突き通すことができる」


「ですが、いつかおじいさまの死を隠し通せなくなる時が来ます。

 その時はどうするおつもりですか?」


「別に永遠に隠しておこうという訳ではない。

 人工知能が会長をこなすことが可能と判断した時点で、人工知能には振興会の皆への遺言を述べてもらう。

 そう、自分の死後は機械の判断により振興会の方針を決定するという内容でだ。

 それから、落ち着いたころに亡くなったことにすれば、会長の死による悪影響を最低限に留めることができる。

 人々は今までも偶像を信仰することで、この世の中の理不尽から精神を守ってきた。

 それが機械に代わるだけであって、人々の心の持ちようを変える必要はないのだ」


「……そうですか、今の私に決定権はありません。

 おとうさまがそうおっしゃるなら、それを証明して見せてください。

 ただし、それにより起こる事態によっては、私も動きます」


「ああ、それで良い。早速、準備に取り掛かるぞ!」


 こうして、星野の父の決断により会長は人工知能にすり替えられることになった。


「そろそろ花見の季節です。誰もが分け隔てなく春の息吹を感じられるよう、心穏やかで余裕を持てることを切に願います。

 さて、今週の天気ですが……」


 週一ペースでにネット配信される動画「会長の快調な日々」も以前との違いを見抜ける者はなく、何故か時折、天気予報を挟むこと以外に変化は見られない。

 それは一般市民のみならず、熱心な振興会の会員をも完全に欺くほどのものであった。


「御輿、ご覧なさい、会員の皆さんも以前と変わりなく、活動に勤しんでいる」


「確かに……私の心配は杞憂だったのでしょうか……こんなにスムーズにすり替えが成功するとは」


「これは人工知能研究が完全に実用レベルになったことの証明と言えるな。

 他の事業や活動にも利用できるだろう」


「しかし、まだ検証は十分とは言えません。もう少し様子を見ましょう」


「もちろんだ。慎重に慎重を重ねて行こう」


 そうして人工知能の運用をするうちに、熱暴走の懸念があることが判明した。

 人工知能の記憶は日々更新しなければならない。

 人間の脳は忘れることで記憶を最適化しているが、機械においては容量が許す限り情報を蓄積することができる。

 しかし、データを処理する演算能力は日々上昇させることができない。

 そのため、熱暴走への対策で手を打つことにした。


「こんにちは、月葉げつようの者です」


「お待ちしておりました」


 株式会社 月葉では、扇風機のノウハウを元に、高性能なコンピューターの冷却装置を開発していた。

 人工知能の熱暴走は月葉の冷却装置を実装することにより解決した。

 その効力を裏付けるがごとく巨大な冷却装置は、大きな音を立てながらも人工知能の演算を補佐する。

 その後もしばらくは様子見が続く。

 しかし、その後会長AIが不穏な動作をすることなどはなく、星野の父は会長AIへの移行の最終段階に踏み切った。

 そう、会長AIに遺言を言わせるのだ。

 それは、「会長の快調な日々」の中で唐突に始まった。


「この動画をご覧になっている皆さん、皆さんに言わなければならないことがあります。

 ……私は近頃ずっと体調に不安を感じていました。自分の体のことだからわかるのです。日に日に衰弱して行く、力を失ってゆくのを感じます。もう長くはないのでしょう。

 この公共幸福振興会では、今まで私がその方針を示してきました。ですが、それも近いうちに叶わなくなります。そこで、私の役目をより公平に、より精密にこなすことのできる者に引き継ぐことにしました。それは……機械、人工知能です。

 驚いた方もいらっしゃることでしょう。ですが、機械には感情がありません。何か特定のものを贔屓したりすることはないでしょう。また、扱える情報量の桁が違います。

 今や巨大組織となったこの公共幸福振興会、その生命線は自分の意志で活動をしている皆さまです。

 この組織は活動するための営業、会計、スケジュール調整などを代行しているにすぎません。

 皆さまが実際に活動した報酬や、皆さまの活動を支援するための募金でこの振興会の運営費は賄われています。

 そういった皆さまの情報を、公平に、精密に扱うためにも機械の能力は必要となります。人工知能による予測や判断は間違えることもあるでしょう。

 しかし、人間の不安定な精神よりは適切な答えを導き出せる、そう考えてのことです」


「順調だな。視聴者のコメントに戸惑いは見えるが、好意的な反応が多い」


 星野の父は予想以上に滞りなく事が運んだことに安堵していた。

 しかし――


「そして、私の身体と同様、この世界もまた、日に日に滅びへと近付いている、そう思うのです。

 この世界のエネルギーには限りがあります。エネルギーは富とも言い換えられるでしょう。今はそれを一部の者が不当に独占している状態にあるとも言えます。

 独占している者たちはひとときの幸福を感じ、またすぐに『まだ足りない』と更なる独占を目論んでいることでしょう」


 話の方向性が少しずつズレてゆくことに気付く振興会の幹部たちと星野の父。


「これは……様子がおかしいぞ、どうしたことだ?」


 振興会の幹部は、研究室に問い合わせる。


「原因不明とのことです。

 リハーサルではこのような話に発展することはなかったのですが……」


「止めることは……いや、今止めてしまったら、不自然だと感付かれる可能性が高い。

 話が終わるのを待つしかないようだな……」


「はい……とにかく、あまりに逸脱した不自然な流れにならない限りは止めない方が良いかと思われます」


「そうだな……」


 会長AIの遺言は続く。


「しかし、限りあるエネルギー、富に偏りが発生しているため、その煽りを受けて不幸を感じている者も居ます。

 いえ、不幸を感じている者の方が圧倒的に多いことでしょう。

 今、一部の者の独占状態にあるエネルギーを公平に分け合った場合、どうなるでしょうか。

 ……おそらく、皆公平に『自分は少し不幸である』という風に感じるようになることでしょう。

 そして、エネルギーは消費されるごとに目減りしてゆきます。

 すると、人類全体が不幸を感じる割合が日に日に増してゆくことになるでしょう。

 今のように、人々が思うがままに富を奪い合っている場合ではありません。

 皆が徐々に不幸になり続けることを受け入れなければ、公平な世界を維持することはできません。

 しかし、不幸の感じ方は人それぞれです。

 心の弱い者はじきにそれに耐えられなくなり、この世界から脱落……死を選ぶことも……

 ですが、それを責めたり止めたりする権利は他の者にはありません。

 それは他の者に道を譲るという、慈悲と遠慮に溢れた尊き精神が、最終的に到達する判断であることだとも言えるからです。

 そうでなくとも、死を選ばなくとも、これより先、自己犠牲の精神を必要とする場面が多くなることでしょう。

 その役目を担うのが我々公共幸福振興会であると、そう考えています。

 振興会の会員であるからには、他の方よりも多少の不幸を背負い込むことを覚悟していただければと……

 ともかく、この世界の終わりが10年後なのか、1億年後なのか、それはわかりませんが、それまでの間、共に生きる者たちのために私たちができることを本気で考えましょう。

 それができると信じているから、私はこの世界から安心して旅立てるのです」


 この会長AI、いや、人工知能の予想外の主張は会員たちの心に大きく響いた。

 星野の父にとってもそれは同じことであった。


「……これは……残酷だ……しかし、反論の余地もない……」


「ど、どうしましょう……?」


 星野の父はそれ以上言葉にすることができず、人工知能の遺言が終わるのを待つことしかできなかった。


「今後、会員の皆様には人工知能の予測と判断が公平で最善のものであると信じていただき、人々が不幸を感じる度合いを少しでも軽減してもらいたいと思います。

 そして、可能であれば、富の奪い合いからこの世界を解放できるよう、活動して行きましょう。

 さて、これで私の旅立ちへの準備は完了です。

 あとはあなたたちの心にかかっています。長くなりましたが、これで今回の『会長の快調な日々』は終わりです。

 ご視聴ありがとうございました」


「終わったようです……」


「間違ったことは言っていない……言っていないが、歪んだ受け取り方をする者が現れなければいいが……」


 こうして会長の遺言改め人工知能の主張は公共幸福振興会の全ての会員の心に刻まれた。

 そして、その影響は様々な形で現れはじめた。


 疑問を持つ者たち。


「人工知能に判断を委ねるなど、本当に人類のためになるのだろうか?」


 事態を重く受け止め、更に結束を固める者たち。


「会長の意志を継ぐのだ! 少しでも多くの人を助けよう!」


 過激な思想に走る者たち。


「富を独占する者たちを許すな! まずは奴らの適法性を明らかにし、少しでも付け入る隙があれば容赦するな! 訴えるんだ!」


 消沈する者たち。


「もうこの世界は終わりだ……我々は少しでも、自己犠牲の精神を示そう……」


 しかし、時が経つにつれ、一つの考え方が徐々に会員たちに浸透して行く。


「会長は自身の身体への不安から非常に悲観的になられている、跡を継ぐものが人工知能という消極的な判断からもそれが伺える。

 跡を継ぐ者は我々が決めれば良いのではないか?」


 そして、その白羽の矢は会長の息子である星野の父に立つこととなる。

 その立場からそれは当然のことと言えるが、当の本人にとっては大変予想外の出来事であった。


「そんなバカな……私に会長が務まる訳がないだろう……

 それに皆、今まで会長AIを疑うこともなかったのに、このような事態になった途端、自分勝手に信じることをやめるなんて……」


 しかし本人の意志とは裏腹に星野の父、衛への次期会長の期待は高まる一方であった。


「衛会長に清き一票を! 人類の未来を創れるのは衛会長だけだ!」


 しまいには星野の父と人工知能での選挙を勝手に始めるものまで現れる。

 そのような事態に星野の父は――プレッシャーに押し潰されて倒れ、入院してしまった。

 星野はそんな父を見舞いに行く。


「おとうさま、具合はいかがでしょうか?」


「御輿か……すまない。

 こんな醜態を晒してしまうとは……しかし、これはナンセンスだ。

 私のような者が親の七光りで会長になったところで、皆の期待に応えられる訳がない……

 皆、勘違いをしているのだ……」


「そんな、おとうさま……」


「だから……私以外の者に任せたかった……人工知能が相応しいと考えたのだ」


 そう、星野の父は異常なほど自尊心が低く、期待されることに強い抵抗を感じていたのだった。

 そのため、会長の死後、自分が会長に選出されぬよう、人工知能への移行を提案したというのが真相であった。

 しかし、当の本人が入院していようが会員たちには関係の無いことだった。


「人工知能が後継ぎになってしまっては、振興会は機械に侵略され、いずれ全人類を征服することとなるだろう!

 衛様こそが次期会長に相応しい! 衛様万歳!」


 日に日に増してゆく星野衛次期会長の声。

 しかし、その声が大きくなればなるほど星野の父の容体は悪化の一途を辿る。

 そして、星野は決心を固める。


「皆さま、星野御輿です。

 今回の『会長の快調な日々』は予定を変更して、重要なお知らせをいたします」


 星野は全てを打ち明けるため、会長の動画配信を乗っ取った。

 会長の孫の暴挙に、幹部たちは止める術を持っていなかった。


「さて、皆さま、皆さまは現在、私の祖父、星野彗の発言に大きく動揺していると思われます。

 しかしそれは、私の父によって仕組まれたことでした。

 実は……祖父は既に亡くなっており、現在会長を演じているのは……人工知能が作り出した疑似人格です。

 父は会長の死による悪影響を最小限に留めようと思案した結果、人工知能を利用すると言う結論に達してしましました。

 皆様を騙してしまっていたこと、会長の訃報が遅れた事、皆さまに動揺を与えた事、全てお詫び申し上げます。

 父の計画を知りながらを止めることができなかった私も、父と同じ罪を背負わなければならないと、今回の事態を深く受け止める次第です」


 振興会の会員たちは皆、この緊急会見に衝撃を受けた。

 しかし、悲観的な思想が、人工知能のものとわかると、納得と安堵の反応を示す者も少なくなかった。


「そして、人工知能が辿り着いた思想に皆さまは大変な動揺を覚えたことでしょう。

 振興会の皆さまに多大な混乱を与えてしまい、重ねてお詫び申し上げます。

 私共も人工知能があのような思想を構築するとは思いもよらず、対応が間に合わなかったため、どうすることもできませんでした。

 ……ですが、私はあの人工知能の思想には一理あると考えています。

 あまりに突拍子もなく、悲観的で、残酷な現実を垣間見せる思想でありますが、止めることができなかったのも、構築された理論を完全に否定することができないからでありました。

 今後、それらを踏まえた上で振興会の幹部一同、対策を立てて行きたいと考えています。

 こんなことを言うのは大変おこがましいことですが、会員の皆さまには今一度この世界の今後のことについて考えていただきたいと思います。

 皆さまが振興会を離れることを止めるようなことはしません。

 それに、もとより自由参加とさせていただいているため、皆さまの意志を最大限に尊重したいと考えております。

 申し訳ありませんでした」


 この時星野は、振興会の解散をもやむなしと考えていた。

 それほどに、"人を騙した"という自責の念が強く、これからどう詫びてゆこうか、それだけが彼女の心を支配していた。

 しかし、事態は思いもよらぬ方向に転がりだす。


「御輿様のあの悲しげな表情を見たか?」

「ああ、あんなに責任を感じることはないと思う」

「いや、責任は取ってもらうべきだ。だが、御輿様のためにもなるよう考えないといけない」


 星野の真摯な姿勢と美貌が会員の心を大きく揺るがした。


「我々を騙した張本人の会長の息子に跡を継がせるわけにはいかない……そうだ、御輿様に跡を継いでいただくというのはどうだ?」

「俺も今それを考えていたんだ。そうするのが一番だと思う」


 次第に星野を会長にするという方針で振興会の意見は一致していった。

 当の星野は戸惑いながらも、それを受け入れるのを止む無しと考えていた。それほどまでに彼女は自分で自分を追い詰めていたのだ。

 そして会長を継ぐという意思を幹部に伝えるため、会議を開く。


「幹部の皆さま、今日集まっていただいたのは他でもありません。

 この振興会の会長の座を……私が継ごうと考えてのことです」


 幹部のひとりが口を開く。


「そうですか、今は振興会全体がそのような意見一色に染まっています。そうするのが自然なのでしょう。

 ですが、これは一時の動乱のようなものではないのでしょうか? その熱が冷めた時、御輿様が本当に会長に相応しいのかどうか、その資質が問われる日が来るかと」


「何が言いたいのですか?」


「いえ、もちろん私も賛成しています。ですが、人心をまとめるために、どういった手段を取るのか、そのことを十分にお考えになられているのでしょうか?」


「わかっています。そのために必要なことはなんでもします」


「なんでもですか……その覚悟、本気と受け取ってよろしいと?」


「はい」


「わかりました。私はこれ以上何も申しません」


「ありがとうございます」


 星野はその後、自分が会長の座を継いだ場合の計画を述べ、幹部たちの賛同を得ることができた。

 そして、その意思を振興会の会員全体に示す。


「皆さま、私は決心しました。私が公共幸福振興会の会長の座を継ぎます。

 そして、欺いてしまった方々にお詫びすると同時に、今まで以上に人々のために、世界のために活動に力を入れることをお約束致します。

 人工知能については、今後しばらく運用を中止し、再度利用法を模索して行こうと考えています」


 最初こそ星野を疑問視する声もあったが、それも1ヶ月を過ぎる頃には鳴りを潜めるようになる。

 かくして、星野御輿は会長の座に就くこととなった。

 その後、星野の父、衛は表舞台から姿を消し、その償いとして全力で星野の補佐をするようになる。

 しかし、星野を始め、幹部、人工知能の研究者には疑問が残った。

 ある日の研究所、星野は研究者たちに尋ねる。


「しかしなぜ、人工知能があのような思想を持つことになったのでしょうか? リハーサルでは問題なかったのでしょう?」


 人工知能の研究者は答える。


「はい、そうなのですが、人工知能の思考は蓄積されたデータによって日々変化しておりまして、その影響かと思いますが、急にあそこまでの理論を構築するとは、私たちも予想だにしておりませんでした」


「蓄積されたデータですか。それはどのようにして蓄積していたのでしょうか?」


「はい、データは主にインターネット上から言葉とその意味のセットで取得され、蓄積されるのですが、それを補助する形でインターネットに出回っていないような言葉と意味を匿名の協力者により入力して頂いております。

 インターネット上の情報にあまり急激な変化は見られなかったので、もしかすると匿名の協力者、不特定多数のIT企業に依頼したものが影響しているのかと……

 なにせ、人力で入力する情報は、疑似人格の形成への影響が大きくなるように設定しています。

 機械に人間味を持たせるために、少しでも人間らしくするために、そのようにしていました」


「不特定多数のIT企業ですか。誰が何を入力したかという情報は残っていないのですね」


「基本的にはそうですが、情報の著しい偏りが見られた時の調査用に、入力者に一意の番号を振ってはいます」


「なるほど、ではあの発言の直前の入力からある程度予測できるということでしょうか?」


「難しいですが、やってみる価値はあるかもしれません。

 一応、情報同士の関連性の強さも見られるようになっています。

 我々もあれは予想外の事態で、調査する機会があればとは考えていましたが、なかなか時間が取れず……」


「少しは収穫が期待できそうですね。それでは、早速見てみましょうか」


「はい、承知しました」


 人工知能のデータベースを確認する星野と研究者。


「この辺ですね。このデータがあの発言に大きく影響しているようです」


「その入力者の他の情報は見られますか?」


「結構大量に入力されてますね。熱心な方だったのでしょう。

 まあこれを見たところで、統計データとしての意味しか持っていません。

 今後の不測の事態を避けるための有力な情報にはなるでしょうが」


「……いえ、わかりました。もう大丈夫です」


「え? どういうことですか? わかったとは……大丈夫……とは?」


「時間を取らせてしまい申し訳ありません。私はこれから出かけてきます」


「あ、はい、急なご用事ですか?」


「それでは行ってまいります」


 星野が研究施設を出ようとした時――


「こんにちは、株式会社 月葉の者です。本日は冷却装置のメンテナンスに参りました」


 居合わせた星野は研究員に取り次ぐ。


「あの、月葉の方がいらっしゃいました」


「はいー、今いきます。

 ……これはこれは、いつもありがとうございます。

 休日だというのに恐縮です。我々も平日にお迎えする準備ができれば良いのですが……」


「いえいえ、あの冷却装置は自信作ですが、それだけに運用上発生する問題を最小限にしたいと我々考えておりますので。

 それにあの冷却装置を導入してくださってるのは、振興会さんだけですからね」


 そんなやり取りの横を星野はすり抜ける。


「では、よろしくお願いします。……まったく!」


 星野は去り際に吐き捨てるようなセリフを残した。


「どうしたんでしょうか?」


 月葉の社員は動揺を隠せない。


「なんでしょうね……急に血相を変えて出て行かれましたが……」


 数10分後、星野は息を切らしながらマンションのチャイムを鳴らしていた。


「はーい、お待ちください」


 間の抜けた声と共に扉が開く。


「あ、星野さん……どういった御用ですか?」


 星野は無言のまま、メガネの奥の黒い瞳を見つめていた。


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