最終話 そして、私は
「あ、こっちこっちー!」
「あっ、海果音、ここだったんだね。むかーし来たことがあるよ」
「そうなんだー、さ、早く入ろうよ」
「え、まだ珠彩と悠季が来てないけど……」
「いいからいいから♪」
「また海果音特有の、待ち合わせに早く着いちゃうやつじゃないの?」
「ちがーうよっ、実はね、珠彩ちゃんと悠季くんには30分遅い時間を伝えてあるんだ」
「えー、なんでそんなことを……」
「深織にだけ先に伝えたいことがあるからさ」
「いらっしゃいませー!」
「予約してた日向です」
「日向様ですね。お待ちしておりました。お席ご案内致します。靴はこちらでお脱ぎください」
「はーい」
「おしぼりどうぞ」
「ありがとうございまーす」
「お決まりでしたらお飲み物を伺います」
「えーっと、私、梅酒ソーダで!」
「……じゃあ、私は生で」
「かしこまりましたー!」
「……さーて、どっから話せばいいか」
「えー、なになに……?」
「うーんとね……」
「梅酒ソーダと生、お待たせしましたー!」
「……うぉっ、はや!」
「ご注文承りますが」
「これから決めまーす」
「承知しました。ごゆっくりどうぞー!」
「それでね、深織、うーん、もったいつけずに言っちゃうか……私ね、結婚するんだっ」
「結婚!? 海果音がっ!?」
「えへへ、びっくりした? 深織に最初に聴いてほしくてさ……」
「そ、そうなんだ……」
「ほ、ほら、深織ってさ……その、私のこと……」
「……う、うん」
「あ、あんまり落ち込んでない? 良かった」
「いや、ものすごく……ショック」
「あー……やっぱりそうか……うーん、私も迷ったんだけどね。でも、納得の上だから」
「そっか……」
「その人ね、後輩の男の子なんだけどね……天野湊人くんって言って、ほら、私って珠彩ちゃんの会社で働いてるでしょ?
それでね、彼が私のこと、かいがいしくお世話してくれるんだよ。
最初は私が面倒な仕事を全部彼に任せてたんだけど、ある日、私の仕事を残業してまで片付けてくれてたから、付き添っててね、深夜になっちゃって……
ほいで、もう帰れないからって、彼を私の部屋に泊めたんだ……そしたら、ズルズルと……結局……しちゃったんだ」
「……」
「ああっ、そんな顔しないでっ! いやー、まいったなー……
それで、次の日から、『日向さんの面倒は僕が一生見ます』なんて言い出して……それで今に至ります」
「……あははっ! なんか海果音らしいね……」
「うーん、どうなのかなあ……だから、まず謝りたくて……ごめんっ!」
「いいよ……謝る必要なんてない。私たちももういい歳だからね……いつまでもあの頃のままじゃいられないよ」
「う、うん……」
「ヨミさんがさ、もう30でしょ? だからもう結婚するんだってさ。
私も考えないといけないなぁ……」
「あはは……」
「世界旅行から久々に帰ってきてみれば、海果音はしっかりお婿さんを見付けてると……そっかそっか」
「うう……やっぱりなんかトゲトゲしい……」
「……」
「……」
「なーに黙ってんの?」
「あっ、珠彩ちゃん! 良かったー、深織が怖いんだよぉ」
「あー、男のこと話したんだ」
「えっ、珠彩ちゃん知ってたの?」
「んなの、見てればわかるわよ。天野でしょ?」
「えー、珠彩ちゃん、社長なのにいちいち個別の社員を見てるの?」
「バッカねー、あんた意外と目立ってるのよ? ロリメガネ先輩って言われてるでしょ?」
「赤ワイン、お待たせしましたー」
「あ、それ私の」
「ええ、ロリメガネ先輩って……なにそれ」
「あははっ、海果音は知らなかったか」
「ロリ、私がロリか……」
「海果音はいつまでも若いままなんだよね? だからじゃない?」
「ああ、それか……私、見た目が高校生で止まってるからなぁ」
「中身もでしょ?」
「あー、コラ、深織ー! 傷付くぞー!」
「あはは、ごめんごめん」
「お待たせ、どうしたんだい、みんなそんなに笑って」
「ああっ、悠季、久しぶりー」
「深織ちゃん、逞しくなったねー。って、昔からか」
「ウーロン茶、お待たせしましたー」
「あ、ありがとう」
「あれ、あんたお酒飲まないの? タバコは吸ってたのに」
「タバコはやめたよ。お酒はね……この子のためにやめてるんだ」
「え? 悠季くん、2人目?」
「うん、男の子でも女の子でも麟ってつけようと思ってるんだ。あと半年かな」
「そうなんだー……」
「海果音も悠季も……私を置いて行く……珠彩はいつまでも私の味方だよね?」
「うーん、私は今のところ興味ないからね。そういえば、燈彩に子供ができたのよね」
「えーっ、そうなの? そんな雰囲気なかったのにっ!」
「あいつもやることやってるのね……私もびっくりしたわ。
まあ、そういうあんたも同じようなもんでしょ?」
「ああ、まあ……えへへ、いや、私は子供はできてないよ?」
「ふーん……それでね、燈彩の育児が終わったら、私は社長を辞めようと思ってるのよ」
「なんだい? もう飽きちゃったのかい?」
「ううん、なんか私には向いてないと思うのよね。だから、社長の座は燈彩に任せて、私は研究室に入ろうかと思ってるのよ」
「そっか、じゃあ私は珠彩ちゃんの助手になるかなー」
「あはは、あんたもうやることないんでしょ? 天野に全部仕事任せてるの知ってるのよ?」
「あー、バレてたか……あはは」
「あんたはもう十分すぎるほど、この社会に貢献したわよ。
これからは自分のために生きなさいよ」
「いや、私はみんなのために存在してるから……」
「海果音は元カミサマなんだもんねー?」
「深織ー、元ってなんだよー」
「もう、海果音ちゃんが力を使わなくても、この世界は壊れたりしないさ、きっとね」
「……うん、そうだと思う」
「あんたら、海果音がカミサマって、その話本当なの? 私を謀ろうとしてるんじゃないでしょうね?」
「珠彩は信じられないんだー、海果音のこと」
「そうじゃないわよ。ただ、こんなただのアホの子がねえ……」
「アホの子って! 今、珠彩ちゃんが私のこと、アホの子って言ったー!」
そうして4人の夜は更けてゆく。
そして、それ以来その4人が同じ席を囲む日は、二度と来なかった。
「海果音さん、やっぱりここだったんですね」
「真素ちゃんか……やっと受け入れられるようになってね」
「1年ですからね……燈彩おばあちゃんが亡くなってから……」
私は喪服に身を包み、彼女のお墓の前で手を合わせていた。
「なんかさ、私だけ取り残されちゃったみたいで、ちょっと悔しいんだ」
「そうですか……みなさん、他の世界に旅立ったってことですか?」
「そう、まさに他界……でも、悠季くんだけは、この世界の人の意思が作り出したものだから……」
悠季くんは、自らの身を以って、意思の力の存在を証明し、そして、安らかに永眠した。享年84歳だった。
「深織も、珠彩ちゃんも、そして、ここにいる燈彩ちゃんも……みんな私を残して行っちゃった……」
深織は時折声優の仕事をしながら、世界中を旅して、恵まれない人々と共に苦悩し、共に明日を築く活動をしていた。享年80歳だった。
珠彩ちゃんは自分の脳内の情報を全てデータに保存して、思い残すことはないと言ってこの世を去った。享年78歳だった。
燈彩ちゃんは人類の抱える全ての面倒事を解決するために、あらゆる仕事を機械化する計画を推進していた。享年82歳だった。
「私、おばあちゃんの夢、叶えられますかね?」
「わからないけど、もう十分だと思うよ。私なんてさ……」
「ああっ、海果音さん! こんなところに居たんですか!?」
「おー、麟じゃないか。遅かったな」
「探すのに苦労したんですよ!? 真素も海果音さん見つけたなら、すぐに連絡してくれよ……
海果音さん、あなたの存在は秘匿されているんですから、勝手に出歩かないでくださいよ!」
「えー、だって仕事は全部奪われて、ガーデニングしかすることないんだよ? 暇じゃん」
「何言ってるんですか!? あなたが誘拐でもされたら、私が責任を取らなきゃいけなくなるんですよ!?
若いのは身体だけにしてくださいよぉ!」
「なんだ麟、私がロリババアだって言いたいのか? 童貞捨てさせてやった時のこと、まだ覚えてんのか?」
「ちょっ! 娘の前で変な冗談やめてくださいよ! そんなことしてないじゃないですか!」
「くっ、ふふふ……」
「あはは、真素ちゃんももう30なんだから、別に気にしないよねー?
……麟、安心しろよ。新彩には秘密にしておくからさっ……いや、今度言ってみようかな?」
「妻に!? 洒落にならないですよ! 勘弁してください、殺されてしまいます……さあ、帰りますよっ!」
「はいはい……わかりましたよ。真素ちゃん、またねー!」
「あ、はい、また~」
ぎこちない笑顔のまま手を振る真素ちゃんに見送られて、私は麟に手を引かれ、研究施設へと連れ戻される。
私の身体は高校生の時のまま、老化することがなかった。
この世界が続く限り、私の命も続いて行くのだろう。
夫にも先立たれ、結局子供はできなかった。永遠の命を持つ者の宿命なのかもしれない。
私の存在が秘匿されていた理由は、永遠の存在故に、それが知れ渡ってしまった時の影響を鑑みてのことだった。
そして、時は流れて行く――
「あと180秒で転送を開始します」
「あのさ、やっぱりあんたひとりで行けばいいんじゃないの?」
「今更何言ってるの? ここまで来たらもう後戻りできないでしょ? それに、自分の研究成果なんだからさ」
「……そうね。あー、あいつに会ったらどうしてやろうかしら……一発ぶん殴ってやればいいのかしらね」
「ああ、お父さんのこと……ごめん、あれは私が……」
「……もう、冗談に決まってるでしょ? 何千年同じことで謝ってるのよ……」
「うう、でも拭えない罪悪感……」
「でも、やっぱり……この身体じゃ……交換してからにすれば良かったわね」
「えー、そんなお風呂入るみたいな感覚で? 10年使ったら交換するような人、珠彩ちゃん以外居ないよ? 贅沢だねー」
「だって、私だけ老いさらばえるのは悔しいじゃない。海果音はいいわよね、その身体、永遠に老化しないんだから」
「いやでも、それ100年は使える体なのに……もしかして珠彩ちゃん、使い終わった体を売って稼いでるの?」
「バーカ! そんなことするわけないでしょ。
それにしても、通信プロトコルの開発なんて簡単にできると思ってたけど、こんなにかかるとはね。
あんたのお父さんに頼めば簡単にできたんじゃないの?」
「そうはいかないよ。人類は自分の手で未来を掴まなきゃいけない。人類はこの瞬間のために時を重ねてきたのさ」
「何カッコつけてるのよ。こんなことのために私はこの世界に呼び戻されたのよ? いい迷惑よ」
「そんなの、珠彩ちゃんが脳拓残してたんだから、呼び戻すに決まってるでしょう? そのためだと思ったのに」
「私は私がこの世界で生きた証を残したかっただけよ!」
「ホントーに? 私が恋しかったんじゃないの? ほら、思い出すでしょ? あの夜のこと……」
「バ、バッカじゃないの? そんなこと覚えてないわよ! バーカバーカ!!」
「うわー、ムキになってる。思い出して赤くなってる! だって、珠彩ちゃん、結局男作らなかったじゃん」
「そんな恋愛とか生殖とか、下らないことに興味が湧かなかっただけよ!」
「お姉ちゃん、珠彩さん、あと60秒で転送を開始しますよ。落ち着いてください」
「ああっ、ごめん祀莉……ほら、珠彩ちゃん、ここに立って」
「わかってるわよ! あんたが変なこと言うからでしょ……もう」
私は手を差し伸べる。彼女はその手を取り私の隣に立つ。
金属製の球体の真ん中で、待ち望んでいたその瞬間を迎えるために。
「でもいいなー、私も行きたかったなぁ……」
「うーん、祀莉がこの世界に来れればねえ……
上位世界への転送方法はまだ基礎理論すら確立されてないからなぁ……」
「祀莉、もうちょっと待ってなさいよ。並行世界に行くのだって不可能と言われてたんだから、きっとそのうちできるわよ」
「はーい、じゃあ、海果音お姉ちゃん、珠彩さん、いってらっしゃい」
「お土産買ってきてあげるわ。楽しみに待ってなさいっ! にひひっ!」
「はい、行って来まーす」
「では……コホン……これより、天野海果音と葉月珠彩の異世界への転送を開始します。転送先は……仮称、『星野深織さんの世界』」
そして、私は彼女に会うために時空を駆ける。
(待たせちゃって、ごめんね……深織……今行くからね)
シャカイ人生活に疲れた私のストレス解消によって歪んだセカイを彼女がハカイしてしまったのですが
――完――
私の処女作、「シャカイ人生活に疲れた私のストレス解消によって歪んだセカイを彼女がハカイしてしまったのですが」をお読みくださり、誠にありがとうございます。
こんなことを言うのもなんですが、この作品、あまり他人に見せられる代物だと思っていません。
表現は拙く、ストーリーも行き当たりばったりと、私の未熟なところが詰まった作品です。
それでも、根気よくここまで読んでくださった皆様には、感謝の念に堪えません。
この作品を書いた切っ掛けは、2019年の6月、ふと思いついたネタにあります。
それは、人類に絶望した会社員が魔王になって、周りに気を遣いながらも人類を滅亡させるために活動するという話です。
魔王のライバルキャラとして宗教家を、そのふたりが共闘するための第三の敵に、世界征服を目論む企業を、といった形で設定を膨らませてゆきました。
最終的に魔王と宗教家を決闘させて、世界そのものが終了するというあらすじは、第1章、12話までのストーリーに反映されています。
というよりは、12話まで書いて、それを一気に投稿して完結させ、それで終わらせようと考えていました。
しかし、主人公のふたりが紡ぐ高校生活を描きたくなって、続きを書き始めたのが2020年1月。
そして、改めて完結を目指して虚人編を書き、今に至ります。
声優、歌、百合、ロボットなど、私が好きなネタをふんだんに盛り込み、
思想的な部分は、仕事中や、ネットを見ていて考えたことを組み合わせて書いています。
そのため、色々ととっちらかってしまい、読むに堪えないものになってしまったのではないかという不安が常に付きまとっていました。
それでも書き続けられたのは、読んでくださっていた皆様のお陰です。重ねて感謝申し上げます。
それと、副主人公の星野深織さんには悪いことをしてしまったなあと思っています。
彼女の行動原理はストーリーを進めるために造られたもので、あまり一貫性を持たせることができませんでした。それが大変心残りであります。
ここまで書いていてなんですが、これをプロットにして全部書き直したいとすら考えているところです。
ですが、この物語はここで一旦幕を閉じさせていただきます。
読了お疲れ様でした。そして、ありがとうございました!
それではまた、どこかで。




