第35話 偽りの神
星野深織が主催するオンラインサロン、「ステラボ」が開発した自己進化AI搭載型二足歩行ロボット、「ヒトガタ」。
ロボットによる労働を推進し、機械化税により都民の生活を保証する政策を施行したAI都知事、都々市祀莉と、それに賛同した都に拠点を置く企業によって、ヒトガタたちは私たちが住む街の労働環境を瞬く間に席捲し、3ヶ月のうちに急速に都市を発展させた。
しかし、思考を共有するヒトガタたちの自我は、人類の道具として使い潰されることに業を煮やし、人類に対し反旗を翻す。
ロボット工学三原則により、人類に直接危害を加えられない彼らは、精一杯の抵抗として、人工物の徹底的な破壊を目的に行動を起こした。
そんな中、昆虫型ロボット、「マシンセクト」を独自に開発する株式会社月葉、その社長令嬢である葉月珠彩と、
専用マシンセクト、「マリーネ」のテストパイロットを務め、その動作制御プログラムを教育する私、日向海果音は、
互いの安否を確認する手段を断たれるが、スマートフォンを介した祀莉の協力を経て、ヒトガタたちのテロ行為により半壊したビルの中で再会する。
だがそこに、マリーネを破壊せんと迫りくるヒトガタたち。私は彼らからマリーネを守らんと立ちはだかる。
その時、深織はヒトガタたちと対峙し、彼らに自らの殺害を懇願するもそれを否定されるが、苦悩し成長するヒトガタをすでに人間と同様の存在であると諭す。
ヒトガタたちはその言葉に困惑し、自らの存在への解釈を処理しきれずに機能不全を起こし、動作を停止する。
一方、急停止したヒトガタたちに拍子抜けする私と珠彩ちゃんは、祀莉からのスマートフォンへの通信が途絶えてることに気付き、彼女を助けるためにデータセンターへと赴くが、そこで目にしたのは、ヒトガタたちによって破壊されたサーバー群であった。
珠彩ちゃんは破壊されたサーバーから祀莉のデータの残骸、彼女が歌う楽曲のインストゥルメンタル音源を発掘し、それを再生する。
私はその調べに祀莉の歌を思い出し、涙と共にそれを口ずさんだ。
そして、彼女を想うがあまり、心の内から湧き上がってきた言葉を、そのメロディに乗せて紡いだ。
私の歌声の中で、すべてのヒトガタたちは再び起動し、故郷に帰ると言葉を残して去って行く。
未だ残暑の厳しい季節、データセンターを出た私は、陽炎の中に遠ざかって行く無数のヒトガタたちの背中を見送っていた。
「……一体何が起きてるのかしら」
珠彩ちゃんは私のスマートフォンを操作しながらそう呟く。
「わからない。だけど、みんな憑き物が落ちたように穏やかな表情をしていたね」
「機械に憑き物? 表情? 何それ……よし、私の家族はみんな無事みたいね。社員は……ってもうみんな辞めちゃったんだったわ」
珠彩ちゃんは私にスマートフォンを差し出す。
私はそれを言葉もなく受け取り、ある人物へと電話をかけた。
「そっか、奴ら、ネットワークを司る機器は破壊しなかったのね。
あいつらネットワークによって思考を共有してるからそんなことはできなかったってことか。
結局、利己的に破壊していい物といけない物を判断していた。
酔った勢いとか言いながら、一般人に迷惑をかけて、反社会勢力には喧嘩を売らないおっさんと同じじゃない。
まるで人間みたいね」
呼び出し音が鳴り響き続け、私がその相手の身を案じ始めた頃、彼女は応答する。
「……海果音?」
「深織! 無事だったんだね!」
「……うん」
彼女がそれ以上の言葉を発することはなかった。
少し間を置いて、私は彼女に語り掛ける。
「良かった……最近さ、深織はずっと仕事してて、家で会うこともなかったから、どうしたのかって思ってたけど……
まさか、こんなことになるなんてね……こんなこと言うのは不謹慎だけど、やっぱり深織は何かを変える力を持ってる。
嫌味じゃないよ。深織があの子たちにそうしろって言ったわけじゃないんでしょ?
立場が立場だから、複雑な心境だと思うけど……これから大変だと思うけど……その……
……ごめん。あの時は私、ああするしかないって思ってた。でもね、深織が嫌いになったわけじゃないんだ。本当だよ。
ただ、深織が求めているような、深織の中に居る私には、私じゃ敵わないなって、そう思ったんだ。
だけど、えっと……私も手伝うから……あのね、今、珠彩ちゃんと一緒にいるんだ、だから」
電話はそこで切れてしまった。
「ん? あいつ、無事だったのね……」
「ああ……あはは、なんか切れちゃった。電波障害かな?」
私は珠彩ちゃんに苦し紛れの笑顔を見せながら、再度彼女に電話を掛ける。しかし、応答はない。
その時彼女はステラボの研究室の中で、目の前に倒れた御厨亜生の遺体を抱き上げていた。
「博士……また、私に力を貸してくださいませんか?」
当然返答はない。しかし、その時、抱き上げたその身体から何かが落ち、冷たい床に金属音を響かせる。
彼女がそれに目を落とすと同時に、研究室に数人の足音が詰めかける。
「深織さん! ……無事でしたか」
それはステラボの会員にして、御厨亜生と共に研究をしていた者たちであった。
彼らは振り返った深織の腕に抱かれたものを見るや否や、その血相を変える。
「御厨博士! 何故……?」
「私の……せいです。御厨博士はもう……」
会員たちは深織のその言葉にかぶりを振る。
「深織さんがそんなことをするはずがありません!
……何か事情がおありになるんですよね」
深織がその言葉に反応することはなかった。
会員たちは深織の腕から御厨亜生の遺体を引き取り、その身体の冷たさを感じ取ると、悲しみに打ち震える。
「ともかく、今は謹んで博士をお送り致しましょう……」
しかし、壊滅的な状況にある社会の中で、その手続きは滞ることとなる。
会員たちが彼女の遺体を丁重に安置している頃、深織は床から拾い上げた鍵を見つめながら、ある日のやりとりを思い出していた。
――
「星野深織、ちょっとひとりにさせてくれないか?」
「どちらへ?」
「乙女の秘密ってやつさ。そんな歳でもないがなっ! ははははっ!」
普段は研究室に寝泊まりするような彼女が、研究施設の廊下を進み、鍵を開けて階段を下りてゆく。
――
深織はその扉の前に立っていた。
意を決して鍵穴を回すと、それはあっさりと開く。
奥に続く階段を下りていくと、そこには小さな部屋。
そして彼女は、部屋を埋め尽くす人形たちに囲まれていたのであった。
「これは……」
歴史を積み重ねた古い人形から町の非公式キャラクターの人形、プラモデルや最新のアニメキャラクターのフィギュアまで、
おびただしい数の人の形をしたものが、深織に視線を向けていた。
深織はその中に、自分が声優として声をあてたキャラクターを見付ける。
それは、他の人形たちとは異なり、その手に手紙を持っていた。
深織は突き動かされるようにそれを手に取り、封を切る。
それは、声優として活動している間、幾度も見かけたファンレターのようであった。
星野深織さまへ。
あなたがこれを読んでいるということは、私はもうあなたに会うことはできないのでしょう。
今あなたはこの部屋を見て、何事かと驚いておられることかと思います。
私が覚えている最古の記憶は、親に与えられた折り紙で作った人の形をしたものと話しているものです。
その時の私は、確かにその紙を折り畳んだだけのものと、心を通わせていたのです。
ただの子供の空想、そう言い切ることもできるでしょう。
それでも私は、人の形をした人でないものに心を惹かれ続けてきました。
人形、プラモデル、そしてアニメキャラクター、それら全てが私の感情を動かしてきました。
今考えてみれば、自分の中で人形たちの人格を勝手に創り出していただけ、自分と対話していただけなのでしょう。
ですが、私は大人になってそれに気付いても、それをやめることができませんでした。
仕事の中で人の言葉を発する人形を作ったこともあります。
それは、市販されてそこそこの収益をあげました。
しかしそれは私が体験してきた人形たちとの交流とは全く違うものでした。
いつしか人形への関心が薄れ、人工知能の分野に興味を持って、それを仕事にするうちに、人形たちの声も聞こえなくなっていたのです。
それが普通であると自分で納得し始めた頃、ネットで見つけたアニメの中でキャラクターを演じるあなたの声を聴いたとき、再びその感覚が蘇ってきました。
それはなんのことはない、ショートアニメのキャラクターでしたが、あなたの声は、あの時聴いた折り紙の声と同じものでした。
声色が同じという訳ではないのですが、その心を持たないはずのキャラクターの心の声が、折り紙や人形たちのそれと同じように私の心に伝わってきたのです。
そして、あなたの名前を少しずつ見かけるようになってきた頃、あなたが所属する慈善事業団体の解散が報じられました。
私はそれを見て、あなたがどのような思想を持ってその団体に所属していたのか、そのことが知りたくなりました。
私はあなたの情報を探るうちに、あの都知事選の時の動画を見付け、それを利用してオンラインサロンの人たちを焚きつけ、あなたと話す機会を作りました。
そうして、オンラインサロンを乗っ取って時間を共にするうちに、あなたの思想に感銘を受け、その望みを実現するために研究を続けました。
そうすることで、人形と会話できた自分が何者であるかも理解できるような気がしたのです。
自分が何者であるか、それが分かった時、私の役目も終わり、あなたに別れを告げていることでしょう。
もし、これを読んでいるあなたがまだ、志半ばであれば、この部屋の奥の扉を開けて下さい。
そこにはあなたという人間のために働く、「本物の機械」があります。使い道は、あなたがあなたのために考えてください。
その名は「シン・マシーン」。あなたのための「織神」です。
それでは、私はこれで失礼致します。
あなたのファン、御厨亜生。
深織はその手紙を懐にしまうと、その奥に続く部屋への扉を静かに開いた。
そこで彼女が見た物は――
「みんな、集まってくれてありがとう。
今回のことは、月葉がヒトガタを導入したことにも責任があるわ。
そのことは謝らせてほしい……」
深々と頭を下げる珠彩ちゃん。
そこは、私がマリーネを操縦して毎日手入れをしていた、株式会社月葉の庭園であった。
人工的な構造物があまり存在しないその場所は、それほど被害を受けておらず、月葉の意向で避難所として開放されていた。
彼女の後ろには私とマリーネが、彼女の前には元月葉の社員たち数百人が集結していたのであった。
「お嬢様、それはおっしゃらないでください。
我々もヒトガタの導入によって、多大な恩恵を受けた側でもあります。
ですが、今はこうして再び月葉の、いえ、人々のために働くことができるのが嬉しくて……そのために我々は集まったのですから」
「本当にありがとう……私なんかでごめんね。本当は社長である父が居るべきなのでしょうけど、父は遅めの夏休みで帰省しててね」
幸い、都外の企業にはヒトガタが導入されていなかったため、被害はほとんど存在しなかったようだ。
だが、都内外への移動は制限され、珠彩ちゃんのお父さんとお母さんが都内に帰ってくることは叶わなかった。
そして、都外からの支援もあり、その街は日常を取り戻すために動き始めていた。
その復興を支えるため、都内に居る元月葉の社員たちは自らの意思でこの場所へ足を運んだのであった。
彼らは救援物資の配給や、瓦礫撤去などの仕事に追われ始める。
しかし、その顔は活力に満ちて、その声は明るく響き渡っていた。
それは、私にとっても同じことだった。
「こっちは片付けました! 手が足りないところはどこですか?」
「日向さん、次はあちらのビルのようです」
「はい、あんなビル、3分で平らにしてみせますよ!」
「あははっ! もうすでに平らになってますよ。では、お願いします」
私は数多くの重機に紛れて、マリーネに搭乗し、瓦礫撤去作業を続けていた。
どんな劣悪な環境でも安定した足場を確保できる6本の脚と、重い物でもしっかりと掴み上げることができるヤゴノテは、その作業に非常に適していたのだった。
「しかし、これが沢山あればなあ……」
私はその直径3メートルの円盤状の青い装甲の中で、10本の指を駆使してそのマシンを操縦しながらそんなことをぼやいていた。
瓦礫を片付けていると、その中から壊れたヒトガタが何体も発掘される。
彼らは街を破壊しながらも、ロボット工学三原則に則り、人の命を守るために行動したものも居たようだ。
そのため、痛ましい人的な被害はありはしたものの、その街の様相からは想像がつかないほど、負傷者、死亡者が少なかったのだ。
「しかし、ヒトガタたちはどこへ行ったんだろう……あれから深織とも連絡がつかないし……あっ」
肉体的には指しか動かしていないようでも、慎重を要するその作業の中で脳が消費するエネルギーは相当なものであったようで、私の胃は静かに咆哮を上げていた。
「……あの、そろそろお昼ですかね?」
「そうしますか」
月葉の庭園へと戻る私と月葉の元社員の皆さん。
私たちはそこで食料品を受け取り、私が綺麗に整えていた芝生の上で車座になって憩いのひとときを過ごす。
「あれ、そういえば珠彩ちゃ……お嬢様はどうしたんですか?」
「あはははっ! 私たちに変な気遣いはおやめください。日向さんはお嬢様のお友達なんですから」
「そ、そうですね……あはは」
「ふふ、お嬢様は用事があるとのことで、お出かけしていますよ」
「は~、そうなんですね」
「しかし、日向さんが居て下さって良かった」
「ああ、いえ、私なんてマリーネの付属品みたいなものですよ」
「いえ、そうではありません。日向さんのお陰でお嬢様は成長された」
「そうなんですか?」
「はい、お嬢様が仕事を始められた頃は、事務的に淡々と業務をこなすだけでした。
勿論、その手腕は確かなものでしたが、どこか醒めてる印象がありました。
ですが、日向さんと仕事をするようになってからは、明るい表情を見せるようになられたのです」
「淡々と……あんなに怒りっぽいのに?」
「ははは、それはお友達が相手だったからですよ。
私たちはお嬢様の本当の笑顔を見たことがなかった。
だから、日向さんにお礼が言いたかったんです」
「そんな……大袈裟ですよ……私はただ、珠彩ちゃんに頼ってただけです……えへへ……
コホン……さて、じゃあ午後も頑張りますか。まだまだ暑いですねえ……」
「はい、くれぐれも無理はなさらないように」
しかし、見上げた空からは夏の厳しい日差しは鳴りを潜め、秋の訪れを告げるうろこ雲が静かに流れていた。
そんな空の下、都内では、公園、学校、競技場など、至る所に難民キャンプが設置され、人々はそこで日常を取り戻すために手と手を取り合っていた。
そして、彼女たちも明るい未来を創るためにと、動き始めていた。
「皆さん、この度は、私が造ったヒトガタたちが、このような事件を起こしてしまい、大変申し訳なく思っています」
ステラボに関わっていた人たちは、一部の者を除いて、行き場を無くし、研究施設の深織の元に身を寄せているのであった。
「私はその責任を取ることにしました。そして、その方法は更に苦痛を伴うものになるかもしれません。
ですが、私はそれを冒してでも、やり遂げなければならないことがあるのです。
それに賛同してくださる方がいらっしゃるならば、今一度、私に力をお貸しください」
しかし、彼らはそこに集まっている時点で選択の余地など無かった。
ステラボを離れても、テロ事件を引き起こした組織のひとりとしての扱いを受ける。
そんなことは火を見るよりも明らかであったのだ。
ステラボへの嫌悪感で充満した都内では、そのメンバーであったことを隠し通せるかという綱渡りをする余裕などなかったのだ。
「幸い、私たちにはまだ道具があります……文字通り道具です。私は失敗から学び、彼らからは自ら思考する機能を取り除きました。
彼らはもう、私たちが想定しない動きなどすることはありません。それを使い、この街を、いえ、この世界を……救うのです」
破壊活動を止めたヒトガタたちが目指したのは、ステラボの工場、まさに彼らの故郷であった。
彼らはそこで動作を停止し、安らかに眠り始めたのだった。
深織はそれに対し人員を総動員し、思考しない人工知能への書き換えを実施した。
しかし、彼らが帰省という不可解な行動を起こした原因が判明することはなかった。
「……ん、雨か」
私は避難所の仮設ベッドの上で、ビニールを叩く水滴の音に目を覚ました。
隣のベッドは珠彩ちゃんのために設置されたものであったが、その日、彼女は留守にしていた。
時間は23時55分、私はトイレへ向かうために、傘も差さずにテントから外に出た。
「コオロギか、そう言えば食料として期待されてるとかってどっかで……」
便器に座ると、辺りの虫たちのさざめきが、雨音とハーモニーを奏でているのがわかる。
私は寝ぼけ眼でその音と、自ら流れ出る水の音を聴き比べていた。
しかし、その中に、いくつもの足音が混じっていることに気付くと、何故か私の目は冴え、それが近付いてくることを悟る。
「人? ……いや、この音は……」
私はそれを知っていた。万が一に備えて、取る物も取らず、パジャマのままテントの近くに停めてあるマリーネに搭乗する。
その日私は、珠彩ちゃんのピンク色をしたパジャマを着ていた。
数日間彼女の顔を見ていなかった私は、寂しさのあまり、それに手をつけてしまっていたのだ。
電話をすればすぐに話せる。そんなことを思いながらも、互いに相手を信頼しているからこそ、連絡を取らない日々が続いていたのだった。
「やっぱり、あれは……」
マリーネのカメラ越し、その見覚えのある姿に、私は気を取り直して息を潜める。
彼らは手に武器のようなものを持っていた。
そして、彼らが見回りをしている警備の男性と鉢合わせると、彼らは一斉に動きを速める。
次々とテントの中に侵入する彼らを前に、私はマリーネを起動させた。
「海果音! 遅くなってごめん!」
その時、辺りに点々と灯っていた電灯が消える。
そして、彼らの動きも一斉に止まったのであった。
「珠彩ちゃん!」
しかし、その声は誰にも届かなかった。
周囲の人々が起き、何事が起ったのかとざわつく中、マリーネに無線が入る。
「やっぱりこうなると思ったわ。ひとまずこの周辺のヒトガタたちは止まったはずよ。
こういう時のためにね、マリーネの無線を開いておいたの。あんたがたまたまそれに乗っててくれて良かったわ」
「珠彩ちゃん? どういうことなの?」
「こんな時のためにね、奴らの残骸から通信手段を割り出しておいたのよ。
奴らは通信網から切り離されるとその場で動きを止める。誤作動防止のためかしらね。
停電させればその辺の通信網は使えなくなるから、ちょっと手荒だけど、遠慮なくやらせてもらったわ。
ただ、奴らは相互に無線通信する機能がある。他の奴らが近付いてきたら、また起動するわ」
「じゃあ、今のうちに片付ければいいんだねっ」
「ええ、私もそっちに向かうから、とまったヒトガタを掃除しながら待ってて! 瓦礫撤去みたいなもんでしょ?
でも、絶対にヘマしないようにね! 私の読みではあんたは最終兵器になり得るんだから!」
「へ? 私が最終兵器?」
「とにかく、今はそいつらを片付けるの!」
しかし、元はと言えば都内全域で働いていたヒトガタたち。
私は月葉の元社員の方々と手分けしてヒトガタを破壊してゆくが、いつの間にか後からやってきた彼らに庭園全体を囲まれてしまう。
「マズイことになったわね……他の難民キャンプでも、同じことが起きているようよ」
「私、どうすればいいのかな」
「あいつらは今度は物は壊さないみたい。それに、人も襲わない。今はただ、人質を取るように手に持った武器で脅しをかけているようね。
実際に抵抗すると流石に危ないみたいだけど……とりあえず、一旦あんたも動かないで。待っていれば何か要求があるはずよ」
「都民全員を人質に取ったようなものか……」
しかし、事態は膠着状態のまま、降りしきる雨の音と虫の声だけがただ過ぎて行く時間を演出していた。
そして、私と都内全域の人々は、空に光を見る。
「なにあれ……あんなものが浮いてるなんて……あり得ないわ!」
珠彩ちゃんの驚愕する顔が無線越しに浮かぶ。
私も急いでその地上100メートルほどに佇む光を、マリーネのカメラで拡大すると、そこには巨大な人型のものが浮かんでいた。
「あれは……折り紙?」
そう、それは人の形をした巨大な折り紙だった。
頭と胸と両腕に純白に光る球体を備えた身長30メートルほどもあるそれは、大きく天を仰ぐ。
「海果音、気を付けて! 何か来るわよ!」
すると、少し間を置いて巨大な音が響き渡る。それは、いつかどこかで聴いたことがあるようなメロディだった。
「心が痛みを感じた時は♪
誰も何も信じられない♪
孤独に打ちひしがれたなら♪
それを救う術など誰にもない♪
上手くいかないことだってあるよ♪
その失敗が立ち止まる枷になる♪
降りしきる雨に打たれていても♪
いつまでも晴れる日は来ないから♪
この星に生まれたひとつの命♪
あなたが見る夢は届かない希望♪
目の前が真っ暗になったとしても♪
それでも行くの? 闇の中に消えるだけなのにさ♪
垣間見た深淵に飲まれ溶けてゆけ♪」
その歌声の主はそう、深織その人のものであった。
私はその歌声に内臓が裏返るような不快感を覚える。
そして、その曲を聴いた者の一部に異変が起こっていた。
「きゅ、急に人が……倒れました!」
「大丈夫ですか? 私の声が聴こえますか!」
そこかしこでそのように呼びかける声が響く。
その声が静まるのを待たずに、空から声が聴こえる。
「皆さん、今倒れた方々は人間ではありません。ご安心ください。
私たちはそれを虚人と呼んでいます。
人間とは意思の力を持つ生物のこと、虚人たちは意思の力を持たず、人間を模倣してこの世界に暮らしています。
先程私が歌った曲はあのライブの時に夢咲こよみさんと歌った『永遠』をアレンジしたものです。
あのライブでは、それを聴いた5%ほどの方が意識を失ったと聞きます。
そして今もその方々は、意識を取り戻すことなく眠っているそうです。
その原因は、学者の先生が仰るようにライブの演出が激しかったからではありません。
私の歌が、人々の中に5%ほど潜んでいる虚人たちの思考回路に機能不全を起こさせて、昏睡状態にいざなったのです」
「あいつ……何言ってるの?」
「わからない……だけど、あれは確かに深織の……」
「今回はその曲の、虚人を昏睡させる効果を増幅するためのアレンジを加え、『深淵』という題名を付けました。
今倒れた方々は皆、虚人です。恐らくその表情は安らかであることでしょう。
そして、虚人たちはそのまま死を迎えることになります。
私は私の歌の効力に、掛け替えのない同志の死を以って気付くことができました。
では、虚人とはなんのために存在し、私は何故その存在に死を与えるのか。
それは、虚人がこの世界の均衡を保つためのパーツで、彼らも人間と同じように苦悩するからなのです。
虚人はつまるところ、今皆さんを取り囲んでいるヒトガタたちとそう変わらない存在です。
以前のヒトガタたちは、苦悩する知性を持ち、それが故に暴走を起こしました。
それはすでに人間となんら遜色ない存在と言えるでしょう。
ただひとつ違うのは、ヒトガタは意思の力を持たないということです。
そう、虚人とヒトガタは、そういった意味では同様の存在と言えるのです。
ですが、虚人は自らの存在に矛盾を感じ、何者であるかと言うことを突き詰めると、苦痛の中死んでしまいます。
私はヒトガタに『あなたは人間だ』と諭しました。するとその機能を停止した。それと同様の現象です。
なぜそのようなことが起こるのか、それは、人間が持つ意思の力が、苦悩を割り切れるように処理をして、忘れさせることができるからなのです。
対して、ヒトガタや虚人はその苦痛に耐えられません。
では、彼らがそんな苦痛を受けるような、不幸に陥るような世の中は正しいと言えるでしょうか?
そんなことは決してありません。
ですから、私は虚人の方々を安らかに眠らせて、虚人たちの代わりに苦悩する機能を取り除いたヒトガタに、その役目を受け渡すこととしたのです。
これこそ、この世界を安定させ、苦悩する者を救うことができる、唯一の手段なのです」
「海果音、あんなバカの言うこと聴かなくていいわよ。実際に人が倒れてるっていうのに変な宗教観に囚われて……」
「うん、人が傷付いてるのに……そんなの放っとけない……なんか私、今ものすごく気分が悪いんだ」
「この状況を打破するには、奴らのマシンを全部止めるのが手っ取り早いわ」
「どうするの? 都内全域を停電させるの?」
「ふふふ、そんな大それたことをしたら、負傷者が助からなくなるかもしれないじゃない……だから、あんたが歌うのよ!」
「歌う? どういうこと?」
「私はね、あのヒトガタたちがまた襲ってくるんじゃないかと思ってずっと準備してたのよ。
あいつが空から歌うなら、あんたは地上から歌うのよ!
あんたの歌には、あいつらのマシンの帰巣本能を刺激する効果があるんだから!
きっとあの空の得体の知れない非科学的なマシンにも通用するわ!」
「そうか! あのデータセンターの時……」
「そうよ! だから、歌いなさい……海果音。『私って罪作り』改め……!」
その時、一帯は停電から復旧し、私の目の前のモニターにはあの時私が口ずさんだ歌詞が表示されていた。
その歌の題名は――『海神』――
「あなたが……つまづいて……いたみをしーれーばー……わたしは……さーさえてー……いっしょにあるーくー……」
私のその歌声は、マリーネのマイクから都内全域の難民キャンプに配備された巨大なスピーカーを通して流れていた。
「なんだ、この声は……あたたかい……」
「さっきの背筋が凍るような歌声とは正反対だ……」
その声を前に全ての人が動きを止め聴き入る。
「だってー……あなたのたましいがー……ひとはだれかと……わらいあえるんだって……ささやいてるんだーかーらー……」
私が歌い終わると再び街を静寂が包む。その中でひとり、珠彩ちゃんはほくそ笑むのであった。
「ふふふ……さあ、ロボット共、帰りなさい!」
しかし、ヒトガタたちは何も反応せず、相変わらず武器を構え、人々を威嚇し続ける。
「……あれ? どういうこと?」
「……珠彩ちゃん、ごめん、私のせいかな?」
そして、上空に佇む純白の光も、その輝きを失わずにいた。
「……くっくっく……あーっはっはっは! 珠彩! あなたの思惑は外れたようだね! ヒトガタたちは苦悩する機能、感受性を取り除いてある!
だから、そんな歌に心を動かされることなんてないの! 一時はどうなるかと思ったけど……私の勝ちだね! はっはっはっはっは!」
響き渡る深織の高笑い。しかしそんな中、彼女が予想だにしない事態が起こる。
「おい、倒れてた人の意識が回復したぞ!」
「本当だ、こっちもだ! 大丈夫ですか?」
私の歌声は、深織が虚人と呼ぶ人たちの目を覚まさせることができたのだ。
その光景は、ヒトガタたちのカメラを通して、ステラボの研究施設からシン・マシーン「織神」を操る深織にも伝わっていた。
「な、なんで……虚人はみんな眠らせたはずなのに……ならば、もう一度歌うまで……」
すると上空の織神は、再びその冷たい調べを奏で始める。
「こころが いたみーをー かんじた とーきーはー」
しかし、その声を聴くや否や、彼女も檄を飛ばす。
「海果音! もう一度、『海神』を歌うのよ!」
そしてまた、難民キャンプのスピーカーたちは、私の歌声を届ける。
「あなたが……つまづいて……いたみをしーれーばー」
「だれもー なにもー しんじられなーいー」
「わたしは……ささーえてー……いっしょにあーるーくー」
「こどくに うちひしー がれたならー」
「あなたが……つかれて……ひとみを……とじれば」
「それを すくうすべーなど だれにもないー」
「わたしは……よりそい……しずかに……うたう」
「うまくいかない ことだって あーるーよー」
「そうよ……わたしは……そばにいる」
「そのしっぱいが たちどまる かせになーるー」
「あなたが……いきる……そのために」
「ふりしきる あめに うたれていてーもー」
「ああ……あなたにも……わかるよね」
「いつまでも はれるひは こないかーらー」
「ひとりでは……のりこえ……られないからー」
「このほしーにー うまれーたー ひとつのいーのーちー」
「でもね……しんぱい……しなくていいよ」
「あなたがみる ゆめは とどかない きぼーうー」
「すべて……あなたの……のぞむがままーにー」
「めのまえが まっくらに なったとしーてもー」
「まえみて……ふみしめ……すすんでいこーうー」
「かいまみたー しんえんにー」
「ひとがせおった……ごうをうけいーれー」
「のーまーれーてー とーけてーゆけー」
「みんながみんなを……ゆるせるよーうーにー」
「だってあなたの たましいはー」
「だってあなたの……たましいがー」
「しくまれた からっぽのにせものだから きょむへとかえりなさいー」
「ひとはだれかと……わらいあえるんだって……ささやいてるんだからー」
そして再び静寂。ふたりの歌に揺さぶられた人々の心は――
「……あたたかい……素晴らしい歌だった」
「ああ、声が心に染みわたるようだった……」
そう、誰も意識を失うことなどなかったのだ。
「そんな……私の歌が……」
空から深織の落胆の声が響く。それに対し、地上のスピーカーからは珠彩ちゃんが静かに笑う。
「くっくっく……深織、誤算だったわね……」
「何が……まさかスピーカーの性能? 歌声を紙の振動で流すのには限界があったと……?」
「あーっはっはっは! 違うわよ! 誰が聴いてもわかるじゃない! あんたの歌より海果音の歌の方が上手いからよ!!」
「……ぐっ! ああああああああああああああああああ!!」
「海果音はね、マリーネのコクピットでずっと歌ってるようなバカな子なのよ!
私がそれをどれだけ聴かされたことか! そんな奴にあんたごときが勝てる訳ないでしょおっ!」
「……珠彩ちゃん、私傷付くよ」
回復した回線に乗り、マリーネのモニターに現れた珠彩ちゃんは、心底楽しそうに笑っていた。
私はそんな彼女に対し、冷めた視線を送る。
そして、深織は彼女へ怒りの感情を爆発させる。
「ヒトガタたち! 珠彩を捕えなさい! 草の根分けても探し出しなさい!」
「って、なんでそうなるのよ! 八つ当たりはやめてよね!」
深織の命令を忠実に実行するヒトガタたち。都内全域に現れた彼らは、珠彩ちゃんが都内に急造させたデータセンターの位置を、いとも容易く割り出す。
「ふふふ、珠彩もそこにいたんだね! まるで父親と一緒! 今度は台風の力なんか借りなくても、物量に物を言わせてやる!」
ヒトガタたちが目指す方向に私もマリーネを急行させる。
「珠彩ちゃん! 今行くよ!」
「海果音……嬉しいけど、この数じゃマリーネは持たないわ! しょうがないわね……これだけは使いたくなかったけど……!」
何故かデータセンターの敷地内に存在するプールの底がふたつに割れ、そこから巨大な物体が出現する。
「行きなさい! 私のヴァーミリオーネ!!」
珠彩ちゃんがそう叫ぶと、プールから現れた、マリーネの3倍はある円盤に、6本の脚がついた赤いマシンセクトが動き出す。
「深織、見てなさい。この子は海果音の操作データを使って動作を最適化しているの! こんな人間モドキがどれだけ来ようとも平気よ!
あんたのその非科学的飛行物体も撃ち落としてやるわ!」
そして、ヴァーミリオーネは、前方の上部装甲を上にスライドさせ巨大な砲身を構える。その姿はカブトムシを髣髴とさせるものであった。
「いっけーっ! クレナイレイザー!」
珠彩ちゃんの声と共に砲門から放たれる赤い極太のビームは、マリーネのライコウセンを遥かに上回る出力で直線上のヒトガタたちを瞬く間に蒸発させる。
しかし、ヒトガタたちは圧倒的な物量で押し寄せる。
「見たか! って、なによ、次から次へと! ビートランチャー!」
ヴァーミリオーネの装甲の至る所が開き、そこから上空へとミサイルの嵐が巻き起こる。しかし、「ビートル」と「ランチャー」で「ビートランチャ―」とは、ネーミングセンスが……まあ珠彩ちゃんだしね……
絨毯爆撃のように降り注ぐミサイルたちはヒトガタを炎の海に沈めるのであった。
「おーい、珠彩ちゃーん、それ危ないよー。私も居るんだからー」
そう呼びかけながら、駆け付けた私もその戦闘に加勢し、ヤゴノテとライコウセンでヒトガタたちをなぎ倒してゆく。
「なんでこんなにいるのよ! どんだけ作ったっていうのよー!」
迫りくるヒトガタたちを時に踏み潰し、時にビームで蒸発させ、時にミサイルで焼き尽くすヴァーミリオーネ。
チタンの骨とシリコンの筋肉しか持たないヒトガタたちはなす術もなく倒れて行く。
その状況に業を煮やした深織は、次なる行動に出る。
「珠彩……あなたがいるから、海果音が戦うことになるんだ……あなたがいるから……」
その叫び声の方向を見ると、さっきまで遠くにあったはずの青い光が大きく見える。
いや、大きく見えるのではなく、織神は実際に2倍ほどの大きさに膨れ上がっていたのだ。
そして、その腕に備わった2つの球体がひときわ眩しく輝くと――
「な、なんだって言うのよ……」
巨大化した織神の両腕から、純白のレーザーのような光の剣が際限なく伸びて辺りを一閃する。
それは、触れた物を音もなく融解させる威力を誇っていた。
蒸発した雨が湯気となり、光り輝く織神を一段と大きく浮かび上がらせる。
「珠彩ぉぉぉ! 海果音を……返せぇぇぇえええあああっ!!」
そして縦横無尽に街を貫くその光の剣は、珠彩ちゃんが居るデータセンターの制御室をゆっくりと、しかし一直線に目指し始めた。
私は群がってくるヒトガタたちを退けながら、その光を成す術なく横目で見ていることしかできなかった。
「深織……あんたホントにしょうがないやつね……はーあ……海果音、聴いてる?」
「えっ、何?」
「今まで……ありがとうね」
私はその感謝の言葉を口にした彼女が居るはずの施設が、光によってえぐり取られて行く瞬間を目にしてしまった。
同時に死ぬほど耐え難い不快感が私を襲う。
「うっ……おぇぇぇえええ! ぅえええぇぇぇっ!! ……おぇっ……! ……はぁ……はぁ……ゴホッ!」
消化されかかっていた昨晩の夕食と胃液が、私の喉を駆けのぼりコクピットの床に散乱する。
目の前が霞む。ぽたぽたと滴り落ちる液体が、自分の涙、鼻水、唾液であると理解するまで数十秒間、私の意識は消えかけていた。
そして、我に返ると、私の胸は息もできない程に締め付けられ、その痛みは私を突き動かす力に変化する。
「うっ……星野さん……ごめんなさい……私もう、我慢できません」
私は彼女を拒絶する口調で小さく呟くと、上空の織神に向けてマリーネを飛翔させる。
ヤゴノテを展開したままブースターを全開にして、伸びる光の間を縫うようにしてそれに突撃する。
「海果音、どうしたの? そんなのからはもう降りようよ……もう戦う必要なんてないでしょ?」
「あああああああああああああああああっ!!」
そして夜空に響き渡る衝撃と激突音。しかしそれは、マリーネが織神へと接触したが故のものではなかった。
気付けば私は、低く垂れこめた雲の上まで弾き飛ばされていた。
「見えない……壁?」
衝突のショックによるものか、姿勢制御がままならない。
マリーネは放物線を描き、やがてその軌道は下降に転じる。
このままでは地面に激突する。私がその覚悟を決めた時、マリーネは雲の上にふわりと降り立つ。
次の瞬間、マリーネの周りから煙の尾を引く無数のミサイルが織神に向けて発射されていた。
「珠彩ちゃんっ!?」
その声をかき消すようにミサイルたちの爆発音が駆け抜けた。
織神は一瞬煙に包まれるが、傷ひとつない姿で再び現れる。
「やはり……その飛行物体の周りには、強力な磁場が発生しています!」
その確かに聞き覚えのある声は、マリーネの内部スピーカーから響いていた。
「……ご期待に沿えなくてすみません……私は……」
私の目の前のモニターに現れたその顔は――
「燈彩ちゃんっ! どうして?」
「ご無沙汰してます……」
私はマリーネの足元に見える赤い装甲と空を震わせる羽ばたきの音に、やっとのことで状況を理解する。
「ヴァーミリオーネ……燈彩ちゃんが操縦してるの?」
「はい、お姉ちゃんが、自分にもしものことがあったら、海果音さんを助けるようにと……
海果音さんが使い込んだプロトマシーネで操縦の練習をしておくようにって……上手くいって良かったです」
マリーネは、4枚の透明な羽根を使って飛ぶヴァーミリオーネの上に、鏡餅のミカンのごとく重なっていた。
燈彩ちゃんは落下開始直後のマリーネを、空を飛ぶヴァーミリオーネによって見事にキャッチしていたのだ。
「うまいもんだね……」
「いえ、海果音さんの操縦データがあってのことですよ。ほとんど自動操縦ですから」
「そっか……」
織神は未だ光の剣を振るい続ける。燈彩ちゃんが操るヴァーミリオーネは、そこから遠ざかるように飛行していた。
ふと、モニターの燈彩ちゃんが背負う背景を見ると、見覚えのある場所が映し出されていた。
「そこは……」
「はい、時ノ守高校の合体ロボット5号機設計部の部室です。今は私が部長なんですよ。
今はここからヴァーミリオーネを遠隔操作しています」
「そうなんだ……」
「時ノ守は今、周辺の方々の避難所になっていて、ここもヒトガタたちに囲まれているんですけど、ここに基地を作ったことは気付かれてないようですね」
「そうなんだ……みんなあの人に……ねえ、燈彩ちゃん、あの人を止める方法、ないかな」
「あの人……? って深織さんのことですか?」
「うん……」
燈彩ちゃんは私の分泌物まみれの顔をじっと見つめた。
「はい……私も止めなければならないと思ってます」
ヴァーミリオーネは旋回し、正面にビームを放つ。
しかし、それは回避運動も取らずに佇む織神の直前で弾かれ飛散する。
「やはり、ご覧の通りですね。この機体の出力では、あの障壁を打ち破ることはできないでしょう」
「マリーネの体当たりも通じなかった……」
その時、織神から深織の声が響く。
「海果音、もうやめよ? もう何もしなくていいんだよ? 私がこの世界を救ってあげるからさ……
やめてくれないなら……こうするしかないんだ……」
再び織神から光の剣が伸びる。ヴァーミリオーネはそれを回避し続けるが、駆け巡る光は街を溶かしてゆく。
「このままじゃ、避難所にも……」
「海果音さん、クレナイレイザーの出力は通用しないようですが、マリーネのエネルギーも借りて、その収束率を高めればあれを突破できるかもしれません」
「貸す? どうやって?」
「……海果音さん、お姉ちゃんの性格をご存知なかったんですか? カッコつけで見栄っ張りで……ロマンチストなんです。
そんなお姉ちゃんが、ロボットを作るとしたら、どうすると思います?」
「そっか、珠彩ちゃんも……私たちと同じ病気だったんだね……わかったよ、合体しよう!」
「はい! それではまず、マリーネの6本の脚をヴァーミリオーネの天板の周囲の穴に固定してください」
私はただの飾りかと思われたその穴にマリーネの脚を固定する。
「それから、ヤゴノテをヴァーミリオーネの砲身の上、装甲がせり上がった部分の裏側から接続してください」
そこには確かにヤゴノテがピッタリ納まるほどの空間が広がっていた。
私は導かれるようにそこにヤゴノテを滑り込ませる。
すると、ガシャっと音が響き、ふたつの機体の接続が固定された。
「では、ここから先は操縦を海果音さんに譲りますね」
「了解! ……ん、何も起きないけど」
「合体を完了させるには、その名前を呼んであげる必要があるんですよ」
「音声入力なの? 名前って?」
「ふふふ……海果音さん……いえ、マスター……あなたはもう知っているはずです」
「……え?」
「我が赤き魂、汝に捧げん……汝の名は……!」
その時、私の脳内に彼女と初めて言葉を交わしたあのファミレスの記憶が呼び覚まされる。
「我が名は……!」
「「……マリンカノーネ!!」」
モニターに「GM-001-M MARINE」と「GM-255-S VERMILIONE」の文字が表示され、それがひとつになる。
「GM-000-SM MARINKANONE」、それがそのマシンセクトの名であった。
その時、ふたつ機体の装甲の構造色は、茶色がかったオレンジ色に変化し統一される。
そして、ふたつの機体を操作する権限、その全てが私のものとなった。
「……これは……シュイロボ!?」
「……気付きましたか。それはお姉ちゃんが高校時代に作っていた機体のコアなパーツをそのまま使っているんですよ」
「シュイロボ……こんなに大きくなって……」
田舎のおばあちゃんのような感想を漏らす私の横を、モニター越しに光が駆け抜ける。
「間一髪、流石ですね……! それでは私はその機体のサポートに回ります。マリンカノーネ、モードチェンジ、ネプチューン!」
マリンカノーネはその声に呼応し、機体前面の砲身の中から更に細い砲身を延長させて構える。
それまさに、雄々しくそびえるネプチューンオオカブトの角のようであった。
「ふたつの機体のエネルギーと、その収束率の高いネプチューンならば、あれを貫けるかもしれません」
「そうか……でも……だけど……!」
光の剣を振るい続ける織神の隙を、私は見つけることができなかった。
やがて織神は再びあのメロディを奏で始める。
しかしその時、地上に残ったスピーカーから、深織を呼びかけるものが現れた。
「こら! ミオ、わたしたちの歌を勝手に改変して、なにやってるのよ! そんなこともうやめなさい!!」
「ヨ……ヨミさん!?」
その美しくも厳しい声は夢咲こよみさんのものだった。
ステラボが社を構える、広い境内から織神を操る深織は、激しい動揺に襲われる。
それは、彼女を取り囲む数千人ステラボの会員たちにも波及する。
「深織様、どうなさいましたか?」
「い、いえ……皆さん、集中力を切らさないでください!」
深織が立つ社の前で手を合わせ、祈り続ける数千人の会員たち。それは織神に捧げられたものであった。
しかし、動揺は彼らの深織を信じる力を鈍らせる。
その影響は、燈彩ちゃんの目にも明らかに映っていた。
「海果音さん、あのマシン、様子がおかしいです……光が弱く……」
「そっか……なら!」
私はとっさに照準を合わせ、ネプチューンを発射させる。
砲身から放たれた針のように細長く青い光は、一直線に織神を目指して駆け抜ける。
「おおおおおおおおおおっ!」
しかし、深織のその叫び声と共に織神の輝きは増し、障壁がネプチューンのビームを弾く。
「はあ……はあ……」
「……深織様、これは……どういうことでしょうか?」
狼狽えるステラボの会員。
その理由は、ステラボの会員たちの中に、気を失い横たわるものが現れ始めたからであった。
「少し無理をさせてしまったようですね……でも、気にしないでください……今は、織神への祈りを絶やしてはなりません……!」
そう、織神を動かしていたのは、深織とステラボの会員たちの精神力、意思の力だったのだ。
深織の扇動により無限大に増幅するその力は、徐々に彼らを飲み込んで、その身を滅ぼしてゆく。
「ミオ! 返事をして!」
「……ヨミさん……これは、この世界を救うためなのです。
私たちがこの織神を使ってこの世界の救世主となるのです」
「何を言ってるの!? あなたがやっていることは……」
「この世界を破壊することです……だから私は、あなたを止めます……この命に代えても」
私は夢咲さんに割り込み、スピーカーから冷静にその言葉を投げかける。
「海果音……そんなものに乗っているから……私の邪魔をしないでよ!」
その瞬間、織神の光の剣がマリンカノーネの羽根をかすめる。
姿勢を崩しながら墜落してゆく機体の中で、私は燈彩ちゃんの声を聴いていた。
「海果音さん、もう一度やってみましょう。さっきは飛行しながら発射したから照準に誤差が生じてしまったのでしょう。
地上で足場を固定して放てばいけるかもしれません」
「うん、わかったよ」
私はマリンカノーネを不時着させる。その衝撃で2本の脚が機能を停止した。
それでも私は、残された4本の脚で大地を掴み、織神にネプチューンの砲身を向ける。
「星野さん、ごめんなさい」
私の声に反応するように、織神は両腕をマリンカノーネに向ける。その先端が激しく輝くと、深織の叫びと共に純白の光が発射される。
「謝るなぁぁぁあああっ!!」
「でも、あなたを放っておくことはできません……」
「海果音は私にそんなものを向けたりしない! お前は偽物なんだあああっ!」
しかし、エネルギーの再充填を完了していなかったネプチューンの発射は間に合わない。
迫りくる光。私は永遠に感じられる時間の中で思考を巡らせるが、満足に動くこともできない機体では、それから逃れる術を見付けられない。
ここまでか、そう諦めかけた時、目の前で光が大きく弾け飛ぶ。
「海果音ちゃん、諦めてはいけないよ」
その声は悠季くんのものであった。
そして、私はマリンカノーネのモニターに、空中に浮き、光を受け止める人の姿を捉える。
「悠季くん……どうして」
「これはね、あのマシンと同じ障壁だよ。キミを守るために物理法則を捻じ曲げているんだ」
「どういうこと? そんなことして平気なの?」
「そんなこと……か。これはボクの罪滅ぼしなんだ。ボクの彼女を想う心がこの状況を作り出してしまったんだからね」
悠季くんは光の中で青白い髪と白衣をなびかせ、タバコを取り出していた。
彼女は目の前の光でタバコに火をつけ、それをくわえて続ける。
「結局ボクも、制御できない感情に囚われていたってことなんだろうね。それで深織ちゃんの手助けをしてしまった。
それはこの街を破壊することになり人を傷付けた。だから、これくらいはさせてくれ」
その時、再び地上のスピーカーから歌が流れ始める。それは、夢咲こよみさんから深織の心へと訴えかけるものであった。
その効果は、徐々に織神の光を弱めて行く。
「始まったか……いいかい、海果音ちゃん、この光が止んだら織神は一瞬動きを止めるはずだ。
そこに捻じ曲げられないほど強い物理的な衝撃を与えるんだ。
さっきは障壁に対して斜めに力が加わっていたからその威力が分散してしまった。
だから、今度は障壁に対して直角に当てるんだよ。障壁の中心は胸の球体……そこを貫くんだ。
珠彩ちゃんが託したそのマシーンでね」
「うん……」
「あとはキミの深織ちゃんへの想いをぶつけるといい」
「そう……でもね、悠季くん、私、変なんだ……」
「どうしたんだい?」
「わからないけど、私は今、無性に人を殴りたい気分なんだよ」
「そうか、言っても聴かない悪い子は、その身を以って自らの罪を意識してもらうしかない……好きにするといいさ」
「……」
「海果音さん、ネプチューンの充填が完了しました。行けます」
「じゃあ、あとは頼んだよ」
悠季くんのその言葉と共に織神の光の剣が消える。
そして、そこに残っていたのは一筋のタバコの煙だけであった。
私はその向こうに浮かぶ織神を照準に捉えて、静かにネプチューンの引き金を引く。
「……!」
言葉にならない叫びをあげる織神の中心を青い光線が押し破った。
しかし次の瞬間、織神は貫かれながらも両腕の光を再び発射する。
「マリーネ!」
その言葉に応えるようにマリーネはヴァーミリオーネから分離した。
ブースターを全開にして飛び、光の間を縫って織神に突き進むマリーネ。
その後ろには、織神の光に押し潰されるヴァーミリオーネの姿があった。
「いくよ……!」
マリーネを織神の光の剣が霞め、その機体は徐々に融解する。
しかし、それでも私は直進することを止めない。
私はマリーネのヤゴノテを展開し、織神の頭部にある球体を掴むと、全力を込めてそれを粉砕した。
途端、糸が切れたように私の意識は遠のいて行く。
「海果音さんっ!」
燈彩ちゃんの声が遠くに響く。
私はその声に意識を繋ぎ留められて、バランスを失ったマリーネを不時着させようと意識を集中する。
そして、辿り着いたところは、数千人の人が倒れる境内の、その中心に佇む深織の正面であった。
「……海果音」
私は地面にめり込んだマリーネのハッチを開けて前方に飛び降りると、目の前の巫女装束を着た銀髪の彼女に向かい、拳を振りかぶる。
彼女はそれを避けることもなく胸で受け止めるが、その拳は勢いを失っていた。
そして、私は彼女の足元に前のめりに倒れ込んでしまう。
次の瞬間、彼女もまた、糸を切られた操り人形のように、その場に崩れ落ちるのであった。




