表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/41

第02.50話 仮想美少女進化論

これは、時系列では第1章の第01話~第05話の間にあたる話です。

ですが、あくまでもパラレルワールドで、この1話で完結する形となっています。

可能ならば、感想、レビュー、評価などを頂きたく。

これをお読みになって、興味を持たれた場合は、他のお話もお読み頂ければと思います。

それでは、どうぞよろしくお願いします。

「はい、株式会社システイマーです。

 ……いえ、弊社ではそのようなサービスは取り扱っておりませんが。

 ……はい、それでは失礼致します」


 日向(ひなた)海果音(みかね)は受話器を置いた。

 彼女は20代前半、株式会社システイマーというシステム開発企業で働く、黒髪黒目、メガネの地味な女子社員。

 上司からはヒカゲと呼ばれている。

 この会社で働き始めて数年が経過していたが、彼女は未だにコミュニケーション能力に問題を抱えていると評価されていた。

 そのため、コミュニケーション能力向上を理由に、積極的に電話を取ることを命じられていた彼女だが、その口調はこなれており、態度は落ち着き払っていた。

 なぜならば――


「なんだ、またあの『システーマパーク』ってやつの問い合わせか?」


「あ、はい、今週でもう10回目ですね。

 もう私も慣れちゃったっていうか……」


「ったく、こっちはしがない業務アプリ開発だって言うのに、ゲームかなんか知らねーけど似たような名前つけやがって」


「ははは……」


 息を吐くように悪態を突く上司、坂上に、困ったように愛想笑いを浮かべる日向。

 上司は彼女が苦手とするタイプの人間であった。

 彼女はそんな居心地の悪い環境で、その日も一日の業務を終え、帰宅する。

 そして、玄関の扉を開くや否やPCの前に腰を掛け、電源を入れた。


「システーマパークか……一体なんなんだろ……」


 日向は独り言を呟きながら、その単語を検索する。

 そして、検索結果の一番上に表示された公式サイトを開いた。


「『基本無料! 仮想空間で遊ぼう! バーチャレジャーの決定版!』って、そういうゲームなんだ。

 なんだよバーチャレジャーって……あ、『Virtual』と『Leisure』を掛けてるのか……よし、じゃあ」


 日向は物は試しにと、PCにシステーマパークをインストールした。

 起動すると、アカウント作成画面が表示される。

 真っ先に現実の性別の選択肢が表示され、彼女は女性を選択する。

 そして、次にキャラクター作成画面が表示された。


「ふーん……ランダム生成と……分身生成?

 オススメは分身生成ね……ああ、自分の写真を使うと自動的に生成してもらえるのか」


 日向は分身生成を選択し、PCに保存してある就職活動に使った証明写真を指定する。

 その写真は数年前の物であったが、彼女は現在もその時と遜色ない若々しさを保っていた。


「身長152cm、体重42kg……っと」


 そうして出来上がったのは、日向そっくりのキャラクターであったが、彼女は自分にあまりにもよく似た外見に薄ら寒さを覚え、髪の色を金色に、瞳の色を赤に変更した。


「メガネは……外すことないよね……これでよし! 最後に名前か……『ネイキッド』かな。

 ネット上なのに丸裸ってちょっと面白い……ひひひっ」


 独りで気持ち悪い笑いを浮かべる日向は、仮想空間に降り立った自分の分身をキーボードで操作する。

 点々と他のプレイヤーも存在するその空間には、遊園地のようにアトラクション、ゲームが立ち並び、

 プレイヤーはそれぞれのカウンターまで移動し、1日10枚ずつ配られるチケットを使って遊ぶ形式となっていた。


「射的、パズル、アスレチック、テニス……スタンダードなゲームが揃ってるなぁ

 しかし、チケットには限りがある……あ、フリーパスは課金制なんだ……なるほど~」


 彼女はパズルゲームをプレイすることにした。

 チケットを使うと画面はパズルゲームのものに切り替わる。

 それは、ありきたりなルールであったが、安定した面白さを持っていた。

 ゲームオーバーになると、結果画面に広告が表示される。


「ん、VRゴーグル? ああ、このゲームと提携してるのか……これで一人称視点を選べば没入感が上がるって訳ね」


 彼女はそのパズルゲームを何度かプレイする。

 ゲームオーバーになる度に、画面にはグローブ、シューズ、スーツの広告が表示される。

 それらは全て、このシステーマパークで使用可能な入力装置であった。

 一旦ゲームを終えた彼女は、その商品の詳細ページを開く。


「キーボードやゲームパッドでもプレイできるけど、VRゴーグルとグローブ、シューズを組み合わせると感覚的にプレイできる。

 スーツを使えば、仮想空間で思いのまま動ける……って値段高いなぁ、でもスポーツ系のゲームなら、スーツが一番有利なのかな。

 ……私は運動神経無いから、パッドの方が良さそうだな」


 再びシステーマパークに戻った日向は、その日の分のチケットを使い切った後、PCの電源を落として就寝した。

 翌朝――


「まさか、夢でもシステーマパークで遊んじゃうなんて……こりゃ、久々にハマっちゃいそうだな」


 彼女はその独り言の通りシステーマパークにのめり込み、翌月にはVRゴーグルとゲームパッドを購入、フリーパスの購入も自動継続するようになってしまう。

 そんな彼女の生活が、システーマパークを中心に回り始めて数日後――


「最近人が増えてきたなあ。連れだって遊んでる人も多いし……私は独りだけど……

 みんな可愛いキャラ使ってるなぁ、私なんてリアルの生き写しだからなぁ」


 あらかたアトラクションをプレイした彼女は、パーク内を散策していた。

 辺りを見回していると、いかにも初心者といったぎこちない動きのキャラクターが目に映る。


「ピンクのふわふわ髪に、緑の瞳、低身長……巨乳、ミニスカート、ニーソックス」


 日向はそのあざとさに満ちた可愛さを備えたキャラクターに接触を試みる。


「あの、はじめての方ですか?」


 VRゴーグルのマイクで話しかける日向、それに対し、そのあざといキャラクターは文字によって返答する。


「フレアです よろしく」


「フレアさんですか、チャットにも慣れてないみたいですね」


「はい」


「なるほど、その様子だとお困りのようですね」


「はい」


 日向は自分がプレイし始めた頃を思い出し、そのフレアというキャラクターに親近感を抱いていた。


「私はネイキッドと言います。よかったらパークをご案内しますよ」


「ネイキッドさん、お願いします」


 ふたりでぎこちない会話を交わしながらパーク内を歩いていると、フレアが立ち止まる。


「あれ 乗馬?」


「はい、流鏑馬(やぶさめ)のゲームですね。やってみますか?」


「はい」


 フレアが興味を示した流鏑馬は、乗馬して弓矢で的を射て得点を競うゲームだ。

 最初は馬の操作すらままならなかったフレアであったが、日向扮するネイキッドのアドバイスを聴き、

 何度か繰り返すうちに、馬を操作しながら弓矢を撃てるほどに上達した。


「その調子ですよ! あとは的を狙うだけですね」


 その成長を自分のことのように喜び、励ますネイキッド、しかし、フレアは立ち止まったまま動かない。


「チケットないです」


「ああ、そうですよね。じゃあ今日はこの辺にしときますか」


「はい」


「どうでしたか? 楽しかったですか?」


「楽しかった」


「気が向いたらまた遊びに来てください。私は大体19時から24時の間にインしてますので」


 そう言って、自分のプレイヤーカードを渡すネイキッド、フレアもそれに倣い、プレイヤーカードを差し出す。


「ありがとう また」


 それからというもの、ふたりは毎日のようにパークで顔を合わせ、一緒に遊ぶようになった。

 翌月ともなると、フレアもVRゴーグルとグローブを購入し、フリーパスを契約したようだ。


「なんか自由になった気がします。今までは足枷が付いていたようなものですね」


 フレアの声は深夜アニメのキャラクターのように可愛らしく、その口調も非常に柔らかいものであった。


「良かったですね、フレアさん、これで前より快適に遊べますね」


「はい、ネイキッドさん……ってネイキッドって言いづらいですね……おネイさんって呼んでいいですか?」


「はい、どうぞ自由に呼んでください。

 じゃあ、私もフレアちゃんって呼んでいいですか?」


「よろこんでっ」


 ふたりが親交を深めて行くうちに、気付けばシステーマパークは連日大盛況の賑わいを見せるようになり、日向の生活も仮想空間ありきのものにすっかり変化していた。

 しかし、現実の世界では深刻な変化が起こり始めていた。


「この度政府は、新型ウイルス感染対策として、休日、夜間の外出自粛を全国民に要請することとなりました。

 政府としては、不要不急の外出を避け、密閉、密着、密集を避けるように、十分な距離を取るようにと呼び掛けています。」


 ニュースでは連日、猛威を振るう新型ウイルスの報道が繰り返され、

 その新型ウイルスは日向たち一般市民の生活にも大きく影を落とすようになっていった。


「みんな、聴いてくれ、メールでも伝えたが、政府から自粛要請が出ている。

 今のところ、業務への影響はないが、不要不急の、特に、休日の外出は避けるようにしてくれ。

 それと、常にマスクの着用を義務付ける。マスクは会社で購入したので持って行ってくれ。最低限必要な分だけな。

 このオフィスでウイルス感染が起これば、たちまち立入禁止になってしまうからな、みんな気を引き締めるように」


 日向の上司、坂上課長は、部下たちにそのように周知をした。

 ところどころで休日の外出自粛に難色を示す声が上がるが、日向の生活は以前にも増してシステーマパークへと傾いて行く。


「お先に失礼します。お疲れ様でした」


「おう、お疲れ、今日も早いな」


「……すみません、何かお手伝いしましょうか……?」


 恐る恐る尋ねる日向、しかし坂上はそれに笑って返す。


「あはは、いや、悪いって言ってる訳じゃないんだ。

 なんか最近のお前を見てると、帰る時の顔が晴れやかだから、何かあったのかと思ってな」


「ああ、いえ、特に何もないですけど……」


 日向はシステーマパークへの帰還を毎日楽しみにしていたが、そのことを坂上に話しても理解してもらえないと思い、お茶を濁した。


「そうか、じゃあ、気を付けてな。俺もそろそろ帰るか」


「では、お疲れ様でーす」


 急ぎ足で帰宅する日向、彼女が帰る場所は勿論、仮想空間であった。

 日々アップデートされるシステーマパークでは、グローブを使って仕草を、VRゴーグルのセンサーで表情、口パクをキャラクターに反映させることができるようになっていた。


「こんばんは、おネイさん」


 日向扮するネイキッドは、明るい表情で挨拶するフレアに微笑みを返す。


「……あ、フレアちゃん、こんばんは、今日は何して遊ぼうか?」


「新しいゲームの無料お試し版ができるみたいですよ。

 とは言っても、フリーパスの私たちには関係ないですけどね」


「ああ、前から告知してた『タンスタンスレボリューション』ってやつかな」


「それです!」


 「タンスタンスレボリューション」のルールはこうだ。

 プレイヤーは2つのチームに別れ、広いフィールド上に迷路の壁のように立ち並ぶ無数のタンスに、自チームの直径5cmほどの丸いシールを沢山貼って、その面積を競う陣取りゲームである。

 それは、タンスの至る所にベタベタとシールを貼る子供の発想を進化させたものであった。

 プレイヤーはシールを貼るための道具をひとり一種類ずつ装備する。

 装備は主に、タンスに当たるとシールになる弾を発射する銃、無数のシールを帯状に貼って行くローラーなどがある。

 この装備を使って敵を攻撃することで、体力を奪い、倒すことができる。

 倒されたプレイヤーは一定時間後、自チームの開始地点から復帰する。

 敵チームのシールの上から自チームのシールを貼れば、上書きが可能である。

 タンスの引き出しを開けると、中には弾丸、体力回復のアイテムなどが入っている。

 また、自チームのシールが8割を超える隣り合ったタンス同士、引き出しを通って敵に見つからずに移動することができる。

 移動中、タンスの角を曲がる際にインを攻めすぎると、タンスの角の小指をぶつけ、体力が減り、一定時間のたうち回ることになるので注意。


 ネイキッドとフレアはこのゲームをその日のうちにやり込み、タンスの角に小指をぶつけない移動法をマスターするまでに成長した。

 そして、正式にそのゲームがリリースされると、それは凄まじい賑わいを見せるようになる。

 その喧騒の中で、ネイキッドとフレアはタッグを組み、幾多の戦火を潜り抜けて行った。


「おネイさん、後ろから敵が!」


「ありがとう、フレアちゃん!」


 ライフルを使った正確無比な射撃を誇るネイキッドと、周囲への徹底した警戒とローラーでの効率的なシール貼りによって陣地を守るフレアのタッグ「プロミネンス」は、並みいる強敵たちをなぎ倒し、上位ランカーとしてその名を轟かせるようになっていった。


「あのロリ巨乳と地味メガネのタッグ、どうにかならないの?」


「いやぁ、3回ほど戦ったことがあるけど、あいつら後ろにも目が付いてるからなぁ」


「そんなバカなことあるか? タンレボは一人称視点固定だぞ」


「あいつらタンスの角に小指ぶつけてんの見たことないしな。チートか?」


 チートではなかった。それはふたりの洗練された無駄のない動きと、ネイキッドの中身、日向海果音の仮想空間への適応力の高さと、

 刻一刻と変化する状況を正確に把握する能力に長けたフレアの、息の合ったコンビネーションの為せる業であったのだ。

 しかし、そんな戦いに明け暮れる日々を過ごす日向のリアルには、更なる変化が迫っていた。


「という訳で、新型ウイルス感染対策として、来週からみんなテレワークをしてもらう。

 今日はそれぞれ端末を持ち帰ってくれ」


 オフィスでの業務はウイルス感染リスクが非常に高いとの判断で、日向たちは自宅でのテレワークに移行することとなった。

 そしてそれは、株式会社システイマーだけでなく、政府の緊急事態宣言の発令による社会全体の変化であった。

 連日報道される減少しない新規感染者数、一般市民の納得を得られない補償政策は、不満の止まない国民の生活に、更に耐え難き苦境をもたらしていた。

 そうして、テレワークによる新しい労働形態が、日向たちの日常を大きく変化させた。


「お疲れ様です」


「おつかれー、進捗の方はどうだ?」


「はい、現在製造の進捗は50%ほどです。試験仕様書の方はいかがでしょうか?」


「そっちは60%くらいだ。製造完了と共に試験開始できる」


「承知しました」


「進捗はちょっと遅れてるけど、問題はないレベルだな。じゃあ今日もあと1時間、よろしく」

 ……しかしヒカゲ、お前髪ボサボサだな」


「ああっ、すみません。起きてすぐ仕事始めてそのままだったもので」


「おいおい、出勤時間前から仕事してるんじゃないだろうな?」


「ああ、いえ、それは……」


 Webカメラとマイクによって顔を合わせてWeb会議を行う日向たち。

 テレワークによる業務は、オフィスで行うそれよりも、多少の効率低下を招いていた。

 そんな中、業務を終えた日向はひとり呟く。


「ふぅ……なんか仕事に身が入らない……会議もなんか不自然な感じになっちゃうし、結構ストレス溜まるなぁ……

 でも、そんな時は……」


 日向は業務用端末の電源を切り、自分のPCでシステーマパークにログインした。


「ただいまー、フレアちゃん」


「あ、おネイさん、おかえりなさーい」


「今日も行っとく?」


「はい、今月の分、稼いじゃいましょう!」


 システーマパークでは、エキスパート制度が施行され、エキスパートに認定された上位ランカーたちへの優遇措置が取られていた。

 それは、プレイ時間と成果に応じて、フリーパスの減額、混雑の回避などが施されるものであった。


「しかし、最近更に人が増えてきましたね。

 回線が持たなくなるのも近いんじゃ……」


「そうだねー、でもそろそろなんか新しい発表があるんじゃなかったっけ?」


「ああ、仮想研のサイトに載ってる告知ですね」


 システーマパークを運営する「株式会社仮想空間総合研究所」、略して仮想研では、新たなるサービスの開始が予告されていた。

 しかし、それはシステーマパークのものではなかった。


「我々がご提案するのは、仮想空間で仕事できるオフィスです。

 名付けて『カソーフィス』!

 これは、昨今、新型ウイルス対策として注目されているテレワークを更に進化させたものです。

 仮想空間のオフィスにアバターで出勤する、これが、新しい労働の形、バーチャレイバーなのです!」


 仮想を意味する「Virtual」と、労働を意味する「Labor」を掛け合わせてバーチャレイバー。

 それを実現する仮想環境、カソーフィス。

 それは、説明をよく見ればなんのことはない、システーマパークのデザインをオフィスに変えただけの急造品であるのは明白であった。

 しかし、その勢力は、システーマパークの実績に後押しされ、堅実に伸びて行った。


「え、カソーフィスですか?」


「そうだ、明日からこのWeb会議を止めて、カソーフィスに移行する」


 日向の所属する会社でも、システーマパークの利用者は少なからず存在していたようで、その移行は意外にもあっさりと決定した。

 日向は自宅に届いた会社からの支給品に目を輝かせる。


「はは、会社から新型VRゴーグルが支給されちゃった。こりゃラッキー。

 それに、新型のブレスレットとアンクレット、軽い! グローブやシューズ、スーツを使う買う必要が無くなっちゃったなぁ。

 ずっとゲームパッドだったけど、システーマパークもこっちでやってみよ」


 日向は業務のためのキャラクターを作成した。

 こちらはシステーマパークと違い、リアルの情報を基にキャラクターを生成するのみとなっていた。

 そうして、仮想空間にもうひとつの肉体を手に入れた日向は、着け慣れないブレスレットとアンクレットにも戸惑うことなく出勤する。


「おはようございます」


「「「「おはようございまーす」」」」


 そして、始業の鐘が鳴った。


「おう、みんな、ちゃんと出勤できたな……あははは、みんな顔そっくりだなぁ。

 山田なんて、ホクロの位置まで。こりゃいいな」


 仮想空間での仕事は、実際に顔を合わせるものと遜色のないものであった。

 歩いて席に着く、そんな一見無駄とも思えるアクションも、リアリティによって程良い刺激を与える。

 また、3Dのキャラクターであっても、仕草や表情が伝わることにより、そこに本物の人間が存在していると認識させるのに十分なものであった。

 むしろ、3Dキャラクターと3Dオフィスはリアルよりも情報量が少なく、視覚へのストレス、負担が少ないことから、仕事への集中力もリアルより高いものとなった。

 そして、カソーフィスは定時時間を超えると基本的にログアウトさせられるため、時間を効率的に使うことを強いられる。

 これらが奏功し、業務効率はみるみると上昇してゆくことになった。

 それは、カソーフィスを採用した他の企業にとっても同じことだった。


「ニュースです。

 近頃、ウイルス感染対策として利用されているカソーフィスでのバーチャレイバーにより、労働の効率が上昇しているとの研究結果が発表されました。

 また、一般市民がリアルに外出する機会が著しく減少したため、必須産業である物流も効率化し、交通事故の発生率も低下していることが報告されています。

 そんな中、外出できない一般市民は、休日、主にシステーマパークでのレジャーに憩いを求めています」


 そう、仕事も余暇も仮想空間で過ごす、それが新型ウイルスに対応した社会の新しい形として定着して行ったのだ。

 運動不足の解消には、仮想研から発売されている専用スーツで身体を動かすことによって実現されていた。

 床への衝撃吸収と、リアリティのある仮想地面を兼ね備えたVRマットも好調な売れ行きを見せる。

 こうして、リアルでは食事と排泄といった生命維持に関する行為のみ行うという人々も増えつつあった。

 日向もまた、そんな仮想世界の住人のひとりであった。

 彼女は今日も仕事を終え、システーマパークにログインした。


「こんばんは、フレアちゃん!」


「こんばんは、おネイちゃん、いよいよ今日からですね!」


「うん、一緒に頑張ろう!」


 カソーフィスの好調な業績に伴い、システーマパークのサーバー、回線も大幅に増強されていた。

 そんなシステーマパークではこの日から、大人気を誇るようになったゲーム、タンスタンスレボリューションの大会が開催される。

 日向扮するネイキッドとフレアのふたりは、プロミネンスとしてタッグマッチ部門にエントリーした。

 仕事でも仮想空間で過ごすようになり、際立って成長した日向の能力は、ライフルによる射撃を百発百中のものへと進化させていた。

 そして、フレアの徹底的に状況を支配する能力により、プロミネンスは安定した勝利を収め続けるのであった。


「タッグマッチ部門の優勝チームは、プロミネンスでーす!」


「「ありがとうございます!」」


「優勝チームには5年間の無料フリーパス、メダル、トロフィー、そして"サプライズ"を贈呈致します!」


「あの……サプライズってなんですか?」


「それは、お教えできません! もしかしたらずっと気付かないままかもしれませんね」


「な、なんですかそれ」


 その優勝は、どのプレイヤーにとっても意外性のないものであった。

 こうして、ふたりはトッププレイヤーとして、至る所で声援を浴びるようになる。勿論、仮想空間の中で。

 しかし、仕事に、余暇に、充実した日々を過ごす日向に思いがけない出来事が降りかかる。

 それは、カソーフィスで業務に勤しんでいる時のことであった。


「あの、坂上さん」


 作業画面から目を離し、仮想空間の上司を呼ぶ日向、しかしそこには意外な人物がいた。


「え? そんな……まさか」


「なんだ……って……おい、どういうことだ?」


「フレアちゃん!」

「おネイちゃん!」


 そこは、仮想空間のオフィス、しかし、そこに居たのはシステーマパークのキャラクターであった。


「フレアちゃん、何で居るの?」


「え、フレア……? ああっ」


 自分の姿と声を確かめて青ざめるフレア、それほどまでに表現が進化したカソーフィスでは、その感情が手に取るように分かってしまう。


「えっと……もしかして、ヒカゲ、お前がおネ……ネイキッドさんだったのか?」


 口調は違っていたが、それは確かにフレアであった。

 そして、日向は恐る恐るそれを口にする。


「ということは……坂上さんが……フレアちゃん?」


「………」


 しばし、驚愕した表情のままのフレア改め坂上は、観念したように白状する。


「いや、えっと、これは……つい、遊んでみたら……楽しくて……ってなんで、こんなことに……」


 騒然とするオフィス、髪と瞳の色が変わっただけの日向はまだ良いとして、そこにいる美少女のキャラクターに、まだ状況を把握できていない者ばかりであった。

 そこに、部長が通りかかる。


「ん? 日向くん、金髪にしたのか、まあ、気分転換はいいが、ほどほどにしておくんだぞ。

 ……誰だ、君は!?」


「あわわわわ……」


 事情を説明するフレアとネイキッド、改め坂上と日向は、カソーフィス内の会議室に呼ばれ、査問にかけられることとなった。


「日向くんはいいとして……坂上くん、それは何なんだ?」


「これは、システーマパークというゲームのキャラクターで……その、ランダム生成がオススメって出て……」


 小さく震え、涙目になるピンク髪でミニスカートのロリ巨乳は、取締役や部長に囲まれ、言葉を続けることができない。


「ふむ、ともかく、それはコンピューターウイルスか何かの影響かな?

 何かセキュリティ的に危ないことでもしたんじゃないのか?」


「それは、私には分かりかねます……」


「分からないとはなんだ、君のように責任のある立場の者がそんなことでは困るんだよ。

 大体なんだねその恰好は、妻子ある大の大人がそのような趣味をしているとは……嘆かわしい」


「まあまあ、そこはプライベートだから……処分は追って伝える。その姿で仕事はできるのかね?」


「で、できます!」


 発言したのは日向だった。彼女は坂上の顔を一瞬見つめて更に続けた。


「それに、男の人だからってこういう恰好をしてはいけないなんて、そんなことないと思います」


「どういうことだね?」


「私は女性だから、あまり的確ではないかも知れませんが、男の人というのは、子供の頃からずっと我慢すること、耐えることが美徳として育れられていますよね。

 そう、ひとりで立つ、自立した人間になるべきだと。

 でも、何の支えも無い状態でずっと立っているのは相当な苦労です。

 だから、自分を支えるもうひとりの自分として、その……可愛い女の子を選ぶのは、それほど責められることではないのかと思いますが……」


「ふむ、だがこれはコンプライアンスの問題でもある。

 日向くんが庇うのもわかるが……なぁ」


「申し訳ありません……」


 そして日向が顔を上げたその時、更に衝撃的なことが起きた。


「って、あれ? あの、部長、取締役、ちょっと……」


「ん? なんだね?」


 その声は透き通った女性のものであった。


「あの、ご自分の姿を……」


「こ、これは!」


「え? どういうこと?」


 なんと、部長と取締役の姿も、美少女のものへと変わっていたのだった。

 聴けば、部長も取締役も、システーマパークで余暇を過ごしており、そのキャラクターの姿がカソーフィスに反映されていたのだ。

 非常に気まずい空気が流れ、無限とも思える時間が過ぎる。


「……と、ともかく、仕事に戻りたまえ!」


 可愛い声だなあ、日向はそう思いながら坂上と共に自分のオフィスに戻る。

 すると、そこに居た男性社員の姿は全て美少女のものに変わっていた。


「そんな、みんなも……」


 そう、皆がシステーマパークで美少女のキャラクターを作っていたのだ。


「ってか、ロリ巨乳先生と地味メガネ先輩じゃないですか! 私、ファンなんですよ!」


 システーマパークで彼女らはそう呼ばれていた。

 彼ら改め彼女らは、その姿のまま仕事を再開したが、全くと言っていいほど業務に支障を来さなかった。

 社内のほどんどの男性が女性キャラクターとなったことで、坂上の問題は有耶無耶になる。

 そして、その姿を戻す方法が分らないまま業務は継続され、数日が経った。


「おネイちゃん、こっちの仕事、手伝ってくれる? これだけ解決して欲しいんだけど」


「うん、いいよ、フレアちゃん……1時間くらい待ってて」


 ふたりはタンスタンスレボリューションで培ったコンビネーションを存分に発揮し、次々と仕事を片付けて行った。

 日向の本来の業務に加え、様々な問題が彼女に振りかかる形となったが、それは全て定時時間内に処理され、驚異の業務効率を生み出した。


「……ふぅ、終わった。フレアちゃん、終わったよ」


「ありがとう、ちょっと休憩しようか」


 ふたりで休憩室(仮想空間)に移動し、リアルでコーヒーを用意して腰を掛ける。


「しかし、こんなことになるとはな……」


「そ、そうですね……」


「おネイちゃんを初めて見た時、どっかで見たことあるなぁと思ってたんだよな……」


「ああ、あはは……」


 日向は笑うことしかできない。しかしそれは、上司に対する接しにくさから来るものではなかった。


「まあ、こうやって仕事も円滑に進んでるんだ。これでいいのかもしれないな」


「それは私もそう思います。このまま仮想空間で、リアルとはかけ離れた姿になって生きていくのも悪くないかもですね」


「おネイちゃんは髪と目の色が違うだけじゃないかっ!」


「「あははははっ」」


 その時、ふたりは心の底から笑い合えた。

 しかし、そんな仮想空間に生まれた新しい日常は、ある男性の逮捕によって揺るがされることになる。


「ニュースです。

 先頃起こったカソーフィスにおけるキャラクターの変化に、その開発者が、意図的にコンピューターウイルスを仕込んだとの容疑で逮捕されました。

 また、一部の利用者の名誉を毀損した容疑もかけられています」


 そのコンピューターウイルスとは、同一PCにインストールされているシステーマパークのキャラクターが、カソーフィスに反映されてしまうというものだった。

 その引き金は、システーマパークのトッププレイヤーたちへの"サプライズ"、そのサプライズを受け取った者同士がカソーフィスで出会うと、姿が変化し、

 姿が変化した者の付近に居る者も、徐々にシステーマパークのキャラクターに変化してしまうというものだった。

 このコンピューターウイルスは急速に感染を広め、猛威を振るった。

 そうして、カソーフィスは一旦サービスを停止することになり、人々の労働環境は不自由なテレワークに戻ってしまう。

 報道では、連日このカソーフィスの事件がセンセーショナルに取り上げられるようになった。


「この度、カソーフィス事件の容疑者、30代の男性が、警察の取り調べに次のように供述しているとの情報が入りました。

 『人はリアルの肉体としがらみを捨てて、仮想空間に適応した生物に進化するべきだ。

  そして、その仮想空間で手に入れる新しい肉体は、美少女であることが望ましい。そう、美少女に進化するべきなのだ。

  なぜならば、"かわいい"、それが、人間に最良の精神的影響を与える姿であるからだ。

  これにより、争いのない社会を実現する。そのためにカソーフィスを作った』

 また、新型ウイルスの不確定でネガティブな情報を流布し、社会の混乱を計ったとの供述もしているとこのことです。

 これを受けて政府は、仮想空間において営利業務を行うことを禁止する法律を立案する方針を取るとの見解を示しています」


 これに対し、日向は――無力であった。

 彼女はまた、不自由なテレワークで業務を行い、余暇をシステーマパークで過ごすようになる。

 そして、新型ウイルスへの対策の確立と、新規感染者の減少により、緊急事態宣言は解除され、

 人々はまた、現実世界で満員電車に乗り、オフィスで業務を行う生活に戻って行った。

 彼らが仮想空間で過ごした快適な日々は、その記憶の中にのみ存在する、失われた楽園となったのだ。

 しかし、その影で笑う者たちが居た。


「ははは……しかし、あれだけのものを作った有望な技術者をお縄にかけるとは、もったいないことをしましたな」


「やめてくれないか、せっかくの酒がまずくなる。

 1人の犠牲でこの国が守れるなら安い物だろう」


 そこは、とある会員制の高級料亭、2人の男が懐石料理を囲んでいた。


「まあ、あれは我々がやっとのことで築き上げた肥沃な労働環境を破壊しかねない。

 そんなことがあってはなりません」


「そうだ、彼らがあのようなまやかしの中で、効率化に味を占めてしまえば、大半の仕事に大した意味がないことに気付いてしまう。

 そんなことを考える暇を与えてはならない。人はその人生が労働で満たされることにより、迷うことなく生きられるのだから」


「そうですな。それに、彼らが頑張ってくれているお陰で我々の立場は保たれています。

 この世界の経済は、もう全ての人類を賄えるほどに豊かなものに発展した。

 だが、その豊かさを分け与えてしまえば、我々も彼らとそれほど変わらない存在に成り下がってしまう。

 我々がこの国に貢献してきたことを鑑みれば、そのようなことは許されません」


「そうだな……ゴホッ、ゴホゴホッ」


「おや、ウイルスですかな?」


「……いや、ちょっとむせただけだ。

 それに、労働環境に巣食う仮想空間というウイルスはもう駆逐したんだ、安心するが良い」


「それもそうですな、印鑑や飛び込み営業、思いやり残業は、消してはいけない文化の火です」


「「あーっはっはっはっは」」


 そして、とある企業の社長室では、カソーフィスの開発者が逮捕されたことと、法律の改正に嘆く者が居た。


「なんと……」


 その時、社長室の扉が開く。


「パパ、また徹夜したの?」


「……ああ、しかし、これくらい何のことはない」


「社長だからって、そこまで根詰めてたら身体が持たないわ」


珠彩(しゅいろ)、お前にまで苦労をかけているのに、呑気に寝てなどいられないだろう」


「私は自分のために仕事をしているだけよ! 勘違いしないで」


「……そうか、すまない」


「カソーフィスがあれば、少しはパパの負担も軽減できるのに……なんで……」


「そうだな……あれがあれば、皆に余計な苦労をかけることもない。

 ……珠彩、このニュース、何かおかしいと思わないか?」


「ああ、カソーフィスの開発者の供述? ちょっと過激よね」


「うむ、過激すぎる。

 特にこの部分、新型ウイルスに関する不確定な情報を流布して社会を混乱させたというところだ」


「ただのシステム開発者にそんなことできるのかしらね?」


「うむ、政府もマスコミも、この供述を取り上げて、この男性に意識が向くように仕向けているように見えてな」


「そんなまさか……」


「しかし、こうなると、再び人口過密問題と、新しいウイルスへの対策に対面することとなるな。

 珠彩よ、こんな話を知っているか。

 ウイルスには生物を進化させる機能があるという説がある。

 これは有力な説ではないが、私はこの説、笑ってもいられないと思うのだ」


「どういうこと?」


「つまり、今回の新型ウイルスは、人間を仮想空間に適応した生物に強制的に進化させるためのものだったのではないかとな。

 人類は外敵の存在があってこそ進歩できる。そのための新型ウイルスだったのではないか?」


「ハッ……人間本意で傲慢な発想ね。

 新型ウイルスはこの星の病原体である人類を駆逐するために発生したってのと同じくらい……バカらしいわ」


 笑って捨てる彼女であったが、その眼差しは真剣そのものであった。


「でも、全ての人類が仮想空間に移住できるようになったら、一般市民は仮想空間に移民させられて、資産家や権力者だけが防護服を着て外出できる。

 そんな世の中になりそうね。

 それで、一般市民は作られた安全な空気を吸い、資産家や権力者は汚れた空気を浄化したものを吸って『外の空気はうまい』なんて言うんでしょうね」


「はははっ、まるで、かの宇宙戦争アニメのようだな……」


「その時、現実に落とされるのは何なのかしらね……」


「しかし、その進化の道も今回の事件によって、随分と遠回りすることとなった。

 それを思うとな、時には性急さや強引さが必要になってくるのかもしれん……」


「何を言ってるの? ……パパ?」


 男は目を閉じ、手を組んで静かに口を開く。


「……パパか……ふふふ」


「しょ、しょうがないじゃない、私にとってパパはパパなんだから! 今更呼び方なんて変えられないわよ」


「……珠彩よ、もし、私がこの国の、いや世界の敵になったとしても、まだそう呼んでくれるか?」


「……そんなのわからないわよ。でも、これだけは言える」


「ん?」


「そんなことになる前に私はパパを止める。殺してでもね」


「……ふふふ……あーっはっはっはっは! そうかそうか、それは頼もしいな!」


「何がおかしいのよ、寝不足で頭おかしくなったの?

 それに、一般企業の社長風情が世界の敵に回るような大それたことできる訳ないでしょ」


「それもそうだな……」


 彼女は男の肩に後ろから優しく手を乗せる。


(止められなかったら……ごめんね)


 彼はそれを受けて目を開け、彼女を横目で見ながらその手に自分の手を重ねた。

 そして、彼はその時、決意を新たにするのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ