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第24話 真夜中の太陽

日向(ひなた)海果音(みかね)さんは……行方不明になったそうです」


 そう、私は深織(みおり)たちの前から姿を消しました。

 その日は3月5日、深織は教室を去ろうとする米光(よねみつ)先生を引き留めます。


「あの……先生、海果音が行方不明って」


「ああ、星野さん、言葉の通りです。

 現在、日向さんの所在が分からない状況なんですよ。

 親御さんにも行方が分からないらしくて……」


 深刻な表情で説明する先生、対する深織はそれを受け入れることを拒むように先生を問い詰めます。


「どういうことですか? 分からないって、親も教師もそんな無責任な物言い、おかしいですよ!」


「そうは言っても分からないものは分からないんです。

 今は警察に捜索願を出していますから、落ち着いてください」


「落ち着いてなんかいられませんよ! 私はひとりでも探しますから!」


「そんなこと言っても……」


 いつもとは違う剣幕の深織に騒然とする2年C組の教室、その時、足を踏み入れたのは――


「どうしたんだい? 深織ちゃん」


悠季(ゆうき)……あのね、海果音が行方不明になったって……」


「なんだって!」


「どうしたの? あんたたち、うるさいわよ」


 更に、珠彩(しゅいろ)さんも話に加わります。


「あ、珠彩、海果音が行方不明だって、先生が言うんだよ」


「そうなんですか? 先生」


「はい、現在捜索中なので、あまり事を荒立てないようにお願いします」


「ふーん、あの子が行方不明ね……」


 腕を組み、目を逸らして少し考える珠彩さん、そして、彼女の口から飛び出したのは冷静な一言でした。


「そう……先生が言う通り、私たちが無駄に騒いでもどうにもならないんだから、静観しましょう。

 ね、深織」


「そんな、珠彩……」


「ここでボクたちが動いても、あまり意味はないよ。

 それとも深織ちゃんは探偵ごっこでもしたいのかい?」


 裏切られたかのような目で珠彩さんを見る深織を、悠季さんはたしなめます。


「星野さん、ごめんなさい。

 でも、日向さんのことは私たち大人に任せて、今はあなたたちは学業に専念してください」


「そう……ですか、わかりました」


 火の消えた蝋燭のように意気消沈する深織。

 その時、窓の外では雨が降り始めていました。

 そうして、私の行方が分からないまま1週間が過ぎる頃、彼女は不思議な体験をします。


(3月……5日?)


 その前日は3月11日だったはずでした。

 ですが、時計も、携帯電話も、TVも、学校の黒板も、日付は全て3月5日を指しています。


(そんな……まだ、繰り返しているというの……?)


 似たような現象に心当たりのある深織でしたが、彼女が起こしていたのは1年周期の繰り返しです。

 彼女は、自分がこの現世に舞い戻ることで、時間の流れも正常化されると考えていたようですが、そう簡単には問屋が卸してくれないようでした。

 そして、私が行方不明になったと告げられたあの日から、雨が止むことはありませんでした。


「先生!」


 朝のホームルームで私のことに触れなかった米光先生を深織は引き留めます。


「はい、なんでしょうか?」


「あの……海果音は……?」


「日向さん? ……まだ行方不明なんですよ。

 申し訳ありませんが、進展があれば真っ先にお教えしますので……」


 日付は繰り返していましたが、先生の記憶は先週から引き継がれているようです。

 それは、以前年単位で時間が繰り返していた時も同様でした。


(周期が短くなっただけ……それに、海果音の行方不明……何か関係が?)


 深織は珠彩さんと悠季さんのふたりの様子も伺ってみることにしました。


「海果音? ……ああ、心配ね」


「でも、見つからないものはどうしようもないよ……」


 ふたりも同様に、先週の記憶を引き継いでいます。

 しかし、私が見つからないまま数週間が過ぎると、様子が変化してきました。


「ねえ深織、あんたの言ってる海果音って子、どんな人だっけ?」


「深織ちゃんの友達? だったよね」


 そう、私の存在が珠彩さん、悠季さんの記憶から薄れて行ったのです。

 相変わらず日付は3月5日から11日の7日間を繰り返しています。

 この世界の住人は皆、そのことには気付かず、記憶を保持したまま何事もなく振る舞っていました。


「日向さん? ……ごめんなさい、まだ……私も心配です」


 米光先生は他の人とは違い、私の存在をはっきりと覚えているようです。

 人々がそんな歪な日常を繰り返すうちに、珠彩さんは深織に相談を持ち掛けます。


「ねえ、深織、ちょっといい?」


「何?」


「えっと、あ、悠季も聴いてほしいんだけど……」


「なんだい?」


「実はね、うちの妹、燈彩(ひいろ)が、最近寝不足で、学校でも満足に勉強できてないみたいなんだけど、理由を教えてくれないの」


「あら、あの燈彩ちゃんが? それで、私に何を?」


「えっと、なんというか、確か、結構前に燈彩の相談に乗ってくれたのって……深織……だったっけ?

 だから、また話を聴いてあげて欲しいの」


「……うん、そ、そうだね……わかった、私で良ければ」


(いや、私じゃない……あれは……確か)


 珠彩さんの勘違いに焦りの色を隠せない深織でしたが、とりあえず話を合わせます。


「じゃあ、早速だけど、今日でいい?」


「いいよ、他ならない珠彩の頼みだからね」


 そして下校時、深織は米光先生に呼び止められます。


「あの……日向さんのことなんだけど……」


「日向……さん?」


「……? ああ、いえ、なんでもありません。

 さようなら、また明日」


「さようなら」


 そう、深織自身も、私という存在を忘れかけていたのです。

 深織は学校を出たその足で、珠彩さん、悠季さんと一緒に、しんしんと降る雨の中、傘をさして燈彩さんのもとへと向かいます。


「この雨、最近ずっと降ってるね」


「そうね、霧雨みたいなものだから、それほど気にならないけど、やっぱり湿度が高いのは気持ち悪いし、服も雨臭くなっちゃうのよね……」


「そうだね、それに一日中お日様が見えないっていうのも、気が滅入ってしまうよ」


 3人はそんな会話を交わしながら、珠彩さんの家の門をくぐります。

 そして、深織は自分の役目を果たすため、燈彩さんの部屋に入って行きました。


「燈彩ちゃん、寝不足なんだって? それじゃ勉強も手につかないでしょ? どうしてなの?」


 珠彩さんと悠季さんが部屋の外で聞き耳を立てるなか、深織は燈彩さんを問いただしました。


「深織さん……深織さんは声優を目指しているんですよね?」


「うん、そうだけど」


「なら……実は、私、ちょっと前から声優さんが出演しているラジオを聴き始めたんですよ」


「ああ、番組宣伝とかのね」


「はい、それで、聴いてるうちに寝ちゃって、起きたら1時を過ぎてたんです。

 その時ラジオから流れていたのが、聴いたことない番組で……でも、ものすごく面白かったんです」


「どういう番組?」


「えっと、リスナーからハガキやメールでネタを募集してて、トークが頭がおかしいとしか言いようのないセンスで……綾乃(あやの)小路(こみち)って言う人の……」


「ああ……噂だけは」


 それは「綾乃小路のマッドナイトパワー」というカルトな人気を誇るAMラジオの深夜番組で、

 ネットが普及した現代においても衰えを知らない、奇跡の高聴取率番組でした。


「でも、今時夜更かししなくてもネットでいつでも聴けるんじゃないの?」


「そうですね……そうですけど、生放送ならではの緊張感が味わえるのは、やっぱり生で聴いて、メールで参加するからなんですよ!

 深織さんも一度聴いてみて下さい!」


 力説する燈彩さん、深織もその熱のこもりように圧倒されてしまいます。


「そ、そうなんだ、わかったよ、聴いてみる」


 そう言って葉月家を後にした深織は、燈彩さんのことを理解するためにも、その番組を聴いてみることにしました。

 そして、3月6日の深夜1時、番組が始まります。


「いやー、最近ね……病気なんですよ。色んなことから逃げたくなる……」


 番組が始まるまで眠い目を擦っていた深織でしたが、パーソナリティの女性による独特な視点と数多くの無駄なギャグによって構成されたトークにみるみる引き込まれ、

 リスナー投稿のコーナー、「プレイ」が始まる頃にはすっかり目が冴えていました。


「あはははっ……バッカみたい! はぁーあ……

 という訳で、次は『DJKハルカの挑戦』のコーナーです!」


 綾乃がそう告げると、別のパーソナリティが番組を開始します。


「DJKハルカの挑戦!

 この番組は現役女子高生である私、ハルカがDJとして成長するための番組です。

 今週も15分間お付き合いくださぁい!

 ……ってかさぁ、このDJKってやつ? JKのDJって意味なんだろうけど、正式にはなんて読めばいいの?

 ああ……ディレクターが言うには『ディスクジョッシー』なんですって、くだらな!

 Kどこやっちゃったの? 引き出しに入れといたら奥の隙間から落ちちゃったの?」


 こういうのを箱番組と呼ぶそうです。

 深織は同じ女子高生として、興味津々でこの箱番組に聞き耳を立てます。


「今日の挑戦は……ゲスト対談! という訳で、ゲストの方がいらっしゃってます。

 いや、私、誰が来るか聴かされてないんですけど……あっ、いらっしゃいました……どうも、私、ハルカと申します。

 ……いやなんか、このゲストの方、ちょっと毛深くて、無口? みたいですね……」


「ワン!」


「うわ、びっくりしたぁ! 急に吠えられても……と……言う訳で、ゲストの方は……犬です!

 え、名前あんの? ズ・ヴョ・ズ・ダ・チ・カ? 言えねぇよ! あ、これ、同時通訳もついてんの?」


「ワン! ワン!」


「えっと……ゲストの方、お腹が空いているようです。

 この同時通訳の方、ゲストの首についていて、液晶ですね。

 え? なんかインタビューしろって? 犬に?

 あー、じゃあ、お手ってできますか?」


「……」


「このお方、ビッグゲストですから、そう簡単には応じてくださらないようですね。

 おい、お手!」


「……」


「無視ですねぇ。お手らないですよこのゲスト……お座り!」


「……」


「大物なのに、立ったまま座りませんねこのゲスト。

 機嫌悪いんですかね? 尻尾を千切れんばかりに振ってますけど。

 言い方かな? どうぞ、おかけください……ダメか……立ったままです、落ち着きません。

 いや、四足歩行だから立ってるとも違うのかな……

 え? いや、それは……言えませんよ。

 いやいや、それセクハラですからね! ディレクター!

 言えないと合格とは認めない? そうですか……すぅ…………いやいやいやっ、女子高生がそんなことっ!」


「ワンワンッ!」


「いや、ゲストが応援してくれてるって、そんなわけないじゃないですか、この密室に警戒してるだけですよ!

 ……でも、ギャラ3倍の誘惑には……」


「ハッハッハッ」


「そんな息を荒げられましても……言うの? ホントに? ……わかりましたよ……ち……」


 その時、その女子高生の言葉に被るようにジングルが鳴り始めました。


「……って、CM? なにそれぇ~!」


 CMが明けると箱番組はエンディングです。


「はい、大物ゲストの方、帰られましたね。

 いや、結構大人しい子……大人しい方……でしたよ。

 じゃあ今回の判定は?」


 女子高生の挑戦にスタッフの判定が下されます。


「不合格!」


「ええ~、なんで? 頑張ったじゃん!

 え? それを言えなかったから? いや、そんなの言えないでしょ!

 普通犬が来たら放送事故ですよ? 事故らなかっただけでも上出来でしょう!

 ダメなの? はぁ~ぁ…………ちんちん……ち!ん!ち!ん!!

 …………今言ってもダメ? うわぁ~、返せよぉ女子高生のちんちん! 2回分!

 ってか、今回も不合格だからギャラ千円でしょ?

 でもさ、あの犬もレンタルかなんかでしょ? いくら?

 ……1万円!? 15分で1万だから時給4万だよあの犬! ちくしょぉ!

 あの翻訳機は? 2万円? 15分の番組になんでそんな予算かけてんの?

 犬だってその辺の野良連れてくればいいじゃん!

 ……はいはい、私が成長するためになけなしの予算をはたいてくださったようです。

 ありがとうございまぁす。

 ということで、この辺でお別れの時間となります。

 また、次回の挑戦をお楽しみに。

 お相手は、今回もギャラ千円だったハルカでした……くっそぉ~!」


 そうして女子高生の箱番組は終了し、元の番組に戻ります。


「はい、今回もハルカちゃん頑張ってましたねー」


 深織はその女子高生のトークがやけにツボにはまり、笑い転げていました。

 次の日、深織はまた、珠彩さんの家に出向き、燈彩さんに会いに行きます。


「燈彩ちゃんが言ってたラジオ、私も聴いてみたんだけど……燈彩ちゃんの気持ち、よくわかったよ」


「ふふっ、そうでしょうそうでしょう!」


「綾乃小路のトークもコーナーも面白かったけど、私はDJKのコーナーが気になったなぁ」


「あー、あのハルカって人ですね。最初は全然喋れなかったんですけど、今や綾乃小路さんの喋りをコピーして発展させた感じになってますね」


「そうなんだ~、全然喋れなかったとは思えないね」


「ですよね~」


 その時、隣で聴いていた珠彩さんがコホンと咳払いをします。


「深織、ミイラ取りがミイラになってるわよ。

 寝不足を解消する案を出しなさいよ」


「ああ、ごめん珠彩、一応考えてきたんだけど、燈彩ちゃん、とりあえず、録音をセットして早目に寝るのがいいよ」


「ええ、そんなぁ」


 顔を曇らせる燈彩さんに、深織は人差し指を立てて提案します。


「……でも、偶然1時に起きちゃって、3時まで眠れなければ、ラジオくらいつけててもいいんじゃないかな」


「な、なるほどっ!」


「ただしっ、目覚ましはかけちゃダメだよ。

 起きられないってことは、体がそれだけ睡眠を必要としてるってことなんだから」


「わ、わかりました」


 深織は、「きっとあの子ならこう言うに違いない」という言葉を胸に、燈彩さんを諭したのでした。

 それから燈彩さんは、ラジオを聴く日は早めに寝て、1時に起きて3時にまた寝るという生活を繰り返し始めました。

 そして、深織はと言えば、そのラジオの、特にDJKハルカのことが気になり、燈彩さんと同じように毎週聴くようになって行きました。


「はい、今週の挑戦は……普通のおたよりです。

 では早速、ペンネーム『(くるま)運転ゴリラ』さんから。

 『はじめまして、ハルカさん。ハルカさんの好きな食べ物はなんですか?』」


 ラジオからは紙を破くような音が聴こえてきました。


「……あのぉ、紙を口に近付けて息を吹くと、ビリ~って破いたような音するじゃないですか。

 それはそれとして、今のおたよりは破きました。

 こんな答えてもなんの面白味もないおたより要りませんよ!

 ……次、ペンネーム『新しいチーズ』さんから。

 『こんばんは、ハルカさん。僕はカレーが好きです。ハルカさんはカレーが好きですか?』


 すると、くしゃくしゃと紙を丸める音がしました。


「次、ペンネーム『吉野ケ里伊勢神宮』さんから。

 『私はハルカさんのファンです。ハルカさんが好きなのはラーメンですね?』

 ……次……って、このおたよりも好きな食べ物聴いてるよ!

 こっちも……これも! これ、選考基準どうなってんの?

 え? 普通じゃないおたよりを省いて行った結果? あんたらにとって普通のおたよりは好きな食べ物を聴くものだけなのか!

 大体、今時紙におたよりを印刷するんじゃないよ! 世間一般の企業ではペーパーレスやってるよ!」


 番組はそんな調子でエンディングまで進みます。


「はい、今回の判定は……」


「合格!」


「ぃやった! 3千円! ……でも、私、この放送で大事なものを失ったんですよね……

 今日はさ、スタッフの笑い声聴こえないでしょ? 副調整室との間にガラスがあるんだけど、そこのカーテンも閉まってるんですよ。

 でね……これ、わかるかな……わかんないよね……実は今回私は全裸でスタジオに居ます!

 女子高生の全裸! どうだ! スタッフも誰も見てないけど! あ、綾乃さんには確認してもらいました。

 女性同士ですしね……って、それも恥ずかしかったよ!

 服はね、さっき始まる前に脱いで、その辺に綺麗にたたんでおいた……てか、このスタジオ寒いんだよね。

 ……ということで、どういうことでだよ!? ……この辺でお別れの時間となります。

 また、次回の挑戦をお楽しみに。

 お相手は、DJKハルカでした……もう好きな食べ物を聴くおたよりは送ってこないでください!」


 次の週。


「DJKハルカでぇす。今回の挑戦は……リクエスト特集ということで。

 スペシャルウィークなので、30分の拡大バージョンでお送りします。

 ……でねー、さっきスタッフから聴いたんだけど、今回は歌の入ってない音源しか無いんだって。

 なんか、みんな貸し出し中とか言ってるけど……そんなわけねぇだろ!

 ガラスの向こうでディレクターが『アチャー』みたいなジェスチャーしてるけど、なんだよその三文芝居!

 小学生の嘘かよ! 『FFの20持ってるぜ』、『見せてよ』、『親戚のお兄ちゃんに貸してるから無理』かよ!

 リクエスト特集なのにカラオケしかないなんて成り立たないだろ! 早く取りに行けよ!

 え? 放送中に席を離れることはできないって? なんだそのプロ意識!

 プロだったら間違った音源持ってきた時点で腹切って反省しろよ!

 ……今スタッフから紙が渡されたんだけど、これ、歌詞カード?

 うわ……え? 音源に歌が入ってないから私が歌うの? なんだよそれっ!

 しかもこの歌詞で? バカじゃないの? もう一度言うぞ、バカじゃないのっ!

 それでは1枚目のリクエスト、ペンネーム『ミスターどじょっこ』さんから。

 『こんばんは、ハルカさん! 私は2児の父です。

  今回リクエストする曲は、2人目の子供が初めて口ずさんだ曲です。

  この曲を聴くと、あの日の喜びが蘇り、ついつい涙がこぼれてしまいます。

  よろしくおねがいします』

 なんだよこれ、この番組を2児の父みたいなまともな人が聴いてるわけないでしょ?

 嘘はおやめください! え? 早くかけろって? はいはい、ってタイトルまでいじってんの?

 それではお聴きください。『空飛ぶ君の間に』意味わかんねーよ! えっ、ホントに歌うの? 私が? これを?」


 曲のイントロが流れ始めます。

 彼女は観念したように大きく息を吸い、力の限り歌い始めました。


「君がうどんのときには 僕はご飯だけを頼む♪

 おつゆに米を漬け込むようなことが ご馳走で♪

 母がサンタと言う奴の 正体を僕は知ってた♪

 渡された札を僕は 振り払った遠い夜♪

 よく似てるよ サムライと♪

 よく似てるよ サム・ライミ♪

 行列のできる沼には 今日も甘~い蜜が湧く♪

 染みが顔って気付いたら 僕も壁に埋められる♪

 ……

 はぁ、はぁ……こんな歌、子供が口ずさむわけないじゃん!

 なんなのこれ……これをあと25分やるの?」


 深織は燈彩さんと同様に、その深夜ラジオを聴くことに熱中し、毎週聴くのを楽しみに、その上、録音したものを繰り返し聴くようになって行きました。

 そうして、彼女は時間がループしていることすら忘れていったのです。

 しかし、そんなある日――


「どうもぉ、DJKハルカで~す。

 さて今日は、コミュ力テスト! とのことで、ケーススタディで私のコミュ力を計ろうと言う企画です。

 いつになくまともですね。

 なんか、そういう本から出題されるみたいですよ。

 では、早速1問目、参りましょう。

 まずは、名刺の渡し方! って、女子高生だから名刺持ってないですよ。

 渡し方ってあるんですか? 知らないんですけど……あ、構成のスタッフが名刺を持ってやってきました。

 私のもあるんですね、はい、では交換しましょう。

 ほいっ、ほいっ……え、ダメ? 正解が書いてある紙を渡されました。

 『テーブルを挟んで交換してはいけない』……いやだって、先にテーブルの上に出してきたのは構成スタッフですよ? 罠ですよぉ。

 『自分の名刺は相手より下に出さなければならない』……え、それって両方同じことしたらどうなるの? 這いつくばって地面で交換することになるんじゃないですか?

 『受け渡しと受け取りは同時に行う』……何その等価交換っ!

 ……という訳で次、2問目、飲み会でのルール!

 『あなたは上司と数名の同僚と飲み会に参加しました。その時の正しい心構えはなんですか?』

 私、女子高生なんですけど、飲み会って、アルコール飲めないよ!

 ……えっとぉ、飲み会は無礼講だから本音で話す! そうしないと、建前だけの人間だって疑われちゃいますからね。

 まあ本音ってなんだよって話ですけど。

 ……いや、あのね、本音って言うけどそれって、思ってることを大袈裟に誇張して言ってるだけですからね。

 本音も建前も心の出力バランスを調整してるってだけですよ。

 大体、思ってることを正しく言葉に変換できる訳ありませんよ。

 で、正解は……『上司のお酒が無くなりそうになったら、同僚より先に注文を取る。この時、上司が今飲んでるのと同じもので良さそうならいちいち聴かない』

 ですって……何その、同僚より先にって、飲み会って戦いなの? ああ、そうなんですね、戦いだそうです。

 3問目、メール送信マナー!

 『あなたはメールを出しました。次にすることはなんですか?』

 うーん、次に? メール出したら終わりじゃないんですか? えー、なんだろう……

 そうだっ、なんか知らないけど、パスワードを別途送信する! どっかで見たことあるんですよ! どうですか? 正解でしょ?

 ……で、正解は……『メールを送信したことを電話などで連絡する』って何ですかそれ! 二度手間!」


 そうして彼女は、次々と出される問題に、ことごとく不正解を連発して行きました。


「今回の判定は?」


「不合格!」


「不合格でした……いや、私が思うにですね、これを考えた人たちがコミュニケーションって呼んでるのは、マウントの取り合いですよ。

 いや、だってそうじゃないですか、こんなの、他人より自分ができる奴だってことをアピールするためだけにやってるじゃないですか。

 こういったルールを押し付けることで、優位に立てると思ってるんですよ。

 で、自分より立場が弱い人間には高圧的な態度を取るんでしょ?

 こういう人は自分がコミュニケーションが下手だって気付いてないだけです。

 私たちはね、下手だって自覚してるんです! いつもコミュニケーションに悩んでるんです!

 相手のことを、相手の立場になって考えたら、悩むのが普通でしょう? ね?

 それに比べて、こういうのを考える人たちは、相手の優位に立つことしか考えてません。

 私たちが悩んでいる間に、何も考えずにマウントを取ってくるんですよ、こういう人は。

 だからですね、私たちなんかより、コミュニケーションが下手なことに気付いてないこういう人の方が得をするんですよ!

 不公平だと思いませんか?」


 その時、深織は心の中で記憶の扉が開く音を聴きました。


「人間はざっくり2種類しかいないと思う。

 コミュニケーションで悩んでる人と、コミュニケーションが下手なことに気付いてない人。

 下手な人の方が得してるんじゃない? そんなの不公平だ!」


 そう、彼女は私のことを思い出していたのです。


(そうだ、口調は違うけど、この声、この主張……間違いない……海果音、そこに……そこに居たんだね……)


 次の日、深織は珠彩さんと悠季さんに相談を持ち掛けます。


「ねえ、海果音って覚えてる?」


「みかね? 知らないわね」


「ボクもわからないな」


「……そうだよね。

 あのね、わからなくてもいいから、私のお願いを聴いて欲しいんだ」


 いつになく重い面持ちの深織に、ふたりは表情を引き締めました。


「海果音っていう子が居てね、その子が今、あの深夜ラジオに出演してるんだ。

 多分だけど、ちょっと厄介なことに巻き込まれてるんだと思う。

 それで、その子を助けるのを手伝って欲しいんだ」


「……ふーん、そう……で、その子が私たちとなんか関係あるの?」


 珠彩さんは目を閉じ、深織の返答を待ちます。

 深織はたどたどしく説明を試みます。


「あの、海果音っていうのは、私たちと友達で……それで、その子が居なくなってみんなの記憶からも消えてるの。

 私もそうだった、忘れてたんだ。

 それに今、この世界は時間がループしてる。

 3月5日から11日までを繰り返してるんだ。

 きっと、海果音を助け出せば、この世界は元に戻ると思う」


「それが本当だとして、証拠はあるのかい?

 ボクはその時間が繰り返しているっていうのがわからないんだけど……」


 悠季さんは深織の突拍子もない発言に困惑しながらも、説明を求めます。


「いや、証拠はないよ……

 多分、みんなの記憶は都合がいいように書き換えられている」


 珠彩さんは目を開き、深織をまっすぐに見つめました。


「……そう、ねえ知ってる? こういう話があるんだけど。

 例えばね、世界中の人がみんな『地球は平面だ』って言いだしたら、世界中の人がおかしくなったと思うでしょ?

 でも自分だけは地球が丸いことを知っている。

 だけど、それをいくら説明しても、世界中の人は『それは間違っている』と取り合ってくれない。

 この、地球が丸いってことと平面だってことを逆にした状態にある人は、精神病院に担ぎ込まれるのよ」


「そ、そんな……私はそんなんじゃ……」


 泣きそうな表情になる深織。

 珠彩さんは少し笑い、もう一度真剣な目を深織に向けます。


「……で、何をすればいいの? 私にできることなら言ってよ」


「はぁ……珠彩ちゃんは意地悪だね、ボクも手伝うよ」


「珠彩、悠季……!」


 その時、深織の瞳からは涙がこぼれ落ちていました。


「今分かっていることは、海果音があの深夜ラジオのスタジオに来るってこと。

 いつもはどこにいるのかわからないけど、その時には必ずそこにいるんだ。

 だからね、放送中にスタジオに潜入して、助け出す」


「ラジオ局のスタジオに? そんな、ラジオ局って警備が厳しいんでしょ?

 それに、テロ対策とかで、迷路のように入り組んでるって話よ?

 地図も公開してないだろうし、どうやってスタジオまで行くのよ」


「それを……考えて欲しい」


「はぁ? 私が? ……ふふ、いいわ、やってやろうじゃない」


「ボクは何をすればいいんだい?」


「悠季は、スタジオに潜入する時に手伝って欲しい。お願い」


「わかった。それ以外にもできることがあればするよ」


 翌日、3人は合体ロボット5号機設計部で作戦会議を始めました。


「深織、考えてきたわ。

 まず、小さな虫型ロボットを無数に放送局に放す。

 そのロボットは、起動した地点から、移動した座標の情報だけを無線で送信するようになっているわ。

 それを放って、しばらく待てば、放送局の立体地図が出来上がるってわけ」


「なるほど、それはいい考えだね。

 珠彩、ありがとう」


 鞄からロボットの入った容器を取り出す珠彩さん、2cmほどのそれは、どこから見てもあのアレでした。


「この虫ロボット、ちょっと見た目がアレだけど……でも、アレと同じくらい素早いから使えると思うわ。

 それに、生体部品で構成してあるから、壊されてもアレとしか思われない。

 むしろ、本物のアレに発信機が付いているようなものよ。

 普通の人はそんなもの触りたくも無いから、さっさとゴミ箱にポイってされるでしょう。

 まあ、見つからないように動くよう、設計してるんだけどね」


「……そ、それ、本当にロボットなのかい?」


 冷や汗をかいて怪訝そうにそれを見る悠季さんに、珠彩さんは不敵な笑いを浮かべます。


「ふふ、さあね……でも、ロボットだと思っておいた方が精神衛生上よろしいでしょ?

 それともうひとつ、潜入する時は、ジャミングを掛けながら警備員をかわして行きましょう。

 悠季はジャマーを持って深織をサポートするの」


「放送局でジャミングって……大丈夫なのかな?」


「そんなの、放送事故が命取りになる場所よ? 全部有線に決まってるじゃない」


「そうか、わかったよ」


 そして、その放送局に無数の虫型ロボットを放ち、数日が経ちました。


「これが放送局、さすがに入り組んでるね」


「見事よね。で、この辺にスタジオが集中してるから、ここまで最短距離で行って、片っ端から調べればいいわ。

 外に入館証が落ちてたから、それを真似てふたりの分を作っておいたわ。

 まあ、気休めかもしれないけど、知らない人が見たら、ただの放送関係者だと思うでしょうね。

 放送局は人の出入りも激しいし、いちいち覚えてないでしょう。

 ひょっとしたら、入館もこれで抜けられるかもしれないわ」


「珠彩は……どうしてそこまでしてくれるの?」


「決まってるでしょ……放送局に潜入するなんて面白いこと、こんな機会にでもないとできないからよ。

 安心して、深織が精神病と診断されれば罰されることもないわ! 未成年だしね!」


 ニヤリと笑う珠彩さん、しかし、悠季さんはそんな彼女に水を差します。


「……ボクが聴いたときには、『友達だから』って言ってなかったっけ?」


 それを聴いて見る見る顔を赤くする珠彩さんでした。


「う、うるさいわね! とにかく、今夜放送があるんでしょ? 潜入するわよ」


「……ええ、ありがとう、珠彩」


 深織と珠彩さんは覚悟を決めたようです。

 しかし、再び悠季さんが水を差します。


「待って、この手は一度しか使えないと思うんだけど、失敗するリスクを考えると、スタジオくらいは特定した方がいいと思うよ」


「それもそうね……放送を聴けば、スタジオがどこにあるか、分かるかもしれないわ。

 深織がはやる気持ちは分かるけど、今週は待ちましょう」


「いや、最初に行こうって言ったのは珠彩じゃ……ともかく、私もそれでいいと思う」


 そして、3人は手がかりを見付けるために、その日の放送を聴くことにしました。

 放送はいつものように始まり、スタジオの位置がわかるような情報は得られないかと耳をそばだてていると――


「はい、では次のおたより、ペンネーム『アメリカ』さんから……って……何あれ?」


 パーソナリティの綾乃小路が何かに気付いたようです。


「えいっ! 侵入者を排除しました! おたよりの続きです」


 その時、深織の携帯電話が鳴ります。


「もしもし、今、放送局に放ったロボットのうち、ひとつの反応が途絶えたわ。

 やったわね、これでスタジオの位置が特定できたわ!」


 そう、綾乃小路が排除したのは、珠彩さんが放った虫型ロボットだったのです。

 それから一週間後、未だ降りやまぬ雨の中、3人は放送局の前で番組が始まるのを待ちます。


「DJKのコーナーが始まった、行くよ、悠季!」


「ああ!」


 そうして、裏口の入管に向かうふたり。


「あ、あなたたち!」


 警備を抜けようとするも、案の定引き留められてしまいます。


「アポはお取りですか?」


「これを……」


 入館証を見せるふたりを、警備員は訝し気に見つめます。

 しかし、そんな時、警備室の電話が鳴りました。


「あっ、ちょっと待ってて!」


 しかし、その隙にふたりはゲートを抜け、放送局に潜入します。


「今の大丈夫かな……」


「もう連絡が行ってるかもね。

 ジャマーが役に立ってくれるといいけど」


 走りながら会話を交わすふたり。

 彼女たちは一直線にスタジオに向かいます。

 そして、スタジオに向かう最後の角を曲がる時、向かいから数人の警備員が押し寄せてきます。


「そこの2人、止まりなさい!」


「深織ちゃん、後は頼んだ!」


 そう言うと、警備員たちを相手に立ち回る悠季さん、深織はそれを掻い潜り、スタジオの扉を開けました。

 そこには――


「……先……生?」


「星野さん!」


 そこに座っていたのは、米光小町先生でした。


「ありゃ……これは想定外でした……あなたたちがここまで来るなんて……」


 スタジオには録音されていたDJKハルカの放送が流れています。


「どういう……ことですか?」


「うーん、とりあえず、放送が終わるまで待っててくれますか?」


「はい……」


 そんな中、DJKハルカの放送も予定通り進んで行きます。


「今日は皆さんの相談に私が乗るってことで、これが最後の相談です。

 『こんばんは、ハルカさん。私には学校に友達が居ません。どうしたら友達ができますか?』

 そんなもの、わざわざ作る必要ありません! しがらみに囚われて煩わしいだけですよきっと!

 ……はい、では判定を!」


「不合格!」


「ぐぁぁぁ~!」


 放送終了後、米光先生から警備員に説明がなされ、深織、珠彩さん、悠季さんの3人は事なきを得ます。

 そして、3人は先生に連れられて、雨の降りしきる中、放送局からほど近い米光先生の家に招待されました。

 米光先生が座った向かいに、テーブルを挟んで3人が座ります。


「さて……どこから話せばいいかな……

 いや、実は私、副業で深夜のラジオパーソナリティやっててね、バレるとちょっとまずいんだけど……」


「先生、それより海果音は?」


 深織が身を乗り出しました。


「ああ、日向さんね……いや、でも、まさかスタジオまで来るなんて……

 あのね、DJK陽果(はるか)の正体が彼女だってバレたらやめようと思ってたんですけど……

 いやー、困ったなあ、女子高生を深夜に働かせることはできないから、録音だって気付いてくれると思ったんだけど……ほら、犬の放送って聴いてました?

 あれ、犬って深夜になると寝ちゃうでしょ? なのに吠えてたってことでも……わかりそうなものですけどね」


「先生……!」


 深織はしどろもどろになる先生に鋭い視線を送ります。


「ごめんなさい! あれは私が全部悪いんです!」


 珠彩さんが深織を制止しながら冷静に先生を問いただします。


「先生、どういうことだか、説明してもらえますか?」


「はい、実は……日向さんは登校拒否をしていたんですよ。

 それで、どうしても学校に行きたくないと言うか、怖いって言うので……今は……」


 先生がバツが悪そうに視線を横に向けると、深織は一目散にその扉を開けました。


「海果音!」


「……深織……遅いよ」


 そう、私はそこでずっと待っていたのです。


「……海果音ちゃん?」


「ああ、海果音じゃない! え? 私、今まで忘れてたの? ……どういうこと?」


 珠彩さんと悠季さんも、私の姿を見た瞬間、私の存在を思い出してくれました。

 そして私は3人の前、先生の横に座ります。


「日向さん、話せますか?」


「はい、そうするって決めてましたので……

 私、ここ最近、変だなって感じてたんです。

 みんなとの学校生活が楽しくて、だけど、どうも記憶が曖昧で……

 なんか、何種類ものみんなとのクリスマスの記憶があったり、バレンタインの後に夏になっていたり……」


 その時、深織の顔がぴくんと反応したことに私は気付きましたが、そのまま話を続けました。


「それで、これは現実じゃないんじゃないかって思って、そしたら、みんなと会うのが怖くなったんです。

 もしかしたら、私が通ってる学校は私が作り出した妄想で、みんなもその一部で、私が登校することで存在している幻なのかもって、

 そう考えたら、みんな偽物って考えたら、恐ろしくてたまらなくなったんです」


 そう、何万回も繰り返してきた1年が深織によって断ち切られた瞬間に、

 私はそれまでに経験した全ての記憶を思い出して、現実を信じることができなくなっていたのです。

 そうして、前に進めない私の気持ちによって、世界は3月5日から11日までを繰り返すこととなったのでした。


「だから、先生に相談して、行方不明ってことにして、誰かが私を助けに来たら、現実を信じるって約束したんです。

 それで、先生が裏でやってるラジオに出演して、見付けてもらおうって……」


「裏って……」


 苦笑いを浮かべる先生を、3人は呆れた目で見つめていました。


「いや、だから、メールかなんかでDJK陽果(はるか)は日向さんですよねって来れば、すぐに終わりにする予定で……

 そうでなくてもしばらくしたら打ち明けようかなって……」


 悠季さんはそれに、鋭くえぐり込むような一言をぶつけました。


「で、先生は海果音ちゃんを利用したんですね」


「う……でも、人気が出ちゃったから……日向さん、トーク上手なんですもの……

 無茶振りにも耐えてくれましたし……みんな、面白かったでしょ?

 ……いやぁ、困りましたね……」


 私は3人を見回しながら口を開きます。


「いや、先生をかばう訳じゃないですけど、私には利用される価値があったんだって、それでちょっと嬉しかったのもあるんですよ」


「それで、あのトーク……別人みたいだったわね」


 珠彩さんの一言が厳しく私の胸に突き刺さりました。


「うう、ごめんなさい、私、ラジオに出ると性格変わっちゃうみたいで……私じゃないみたいですよね」


「いや、いいんじゃないかな……ほら、海果音ちゃん自身が言ってたじゃないか。

 本音と建前は心の出力バランスの問題だって。

 だからあれも本当の海果音ちゃんの一部だよ」


 悠季さんも私のラジオをしっかりと聴いてくれていたようです。

 私はそんな些細なことがちょっと嬉しくなると共に、寂しさも感じていました。


「それで、日向さん、もう次回を最後にするってことで、いいですね」


「はい……私を探しに来てくれる人が居るってこと、分かりましたから」


 私は日常の生活に戻ることを決意しました。

 そして、私たち4人は先生の家を後にします。


「ふぁ~、疲れたわね。今日学校行くの?」


「まあ、行こうよ」


「あれ? 雨が……」


 その時、4人は朝日に優しく包まれていました。

 そう、降り続いていた雨は、止んでいたのです。


「珠彩さん、悠季さん、深織、ごめんなさい、心配かけて……

 もう、こんなことしませんから……」


「うん、わかったよ、海果音」


「ちょっと、前から気になってたんだけど」


「なんですか? 珠彩さん」


「それよ、なんで深織は呼び捨てなのに、私にはさん付けなのよ?

 それに、そのですます調、そんな遠慮いらないわよ」


「あはは、珠彩ちゃんらしいね! ボクもさん付けはちょっと寂しいな」


 私は改めてふたりの顔を交互に見ました。

 そして、深織の目を見ます。


「……うん」


「じゃあ、珠彩ちゃん、悠季くん……ありがと、これからもよろしくね!」


「ええ、よろしく!」


「……く、くん!?」


 ニッコリと笑う珠彩ちゃんと、恥ずかしそうに困惑する悠季くん、ふたりはその時、私の中で本当の友達と呼べる存在になっていました。

 それは、ふたりにとっても同じことだったようです。

 そして次の週、DJK陽果(はるか)の挑戦の最終回が放送されます。


「さて、まずは先週の相談への回答の訂正からさせていただきます。

 『こんばんは、ハルカさん。私には学校に友達が居ません。どうしたら友達ができますか?』

 どうしたら友達ができるかについては、私には荷が重くて答えられませんが……これだけは言えます。

 友達なんていらないっていうのは嘘です。私は最近それを実感しました。ごめんなさい。

 はい、ということで今週も始まりました、DJK陽果(はるか)の挑戦ですが、

 リスナーの皆さん、このラジオには裏ルールがありました。

 それは、私の正体がバレたらこの番組は終了ってことです。

 そして、先週この放送が終わった後にバレてしまいました!

 だから、この番組は今週で最終回です」


 そうして、番組はエンディングを迎えます。


「では今週が最終回ということで、総合評価を頂きたいと思います。どうぞ!」


「不合格!」


「ええー! 感動の最終回なのに? え? 一度出した友達不要論を突っぱねたから?

 いやいやいや、そう思ったんだからしょうがないじゃないですか! そんなの個人の自由でしょ?

 そりゃ不要だと思ってる人はそのままでもいいですよ、でも私はちょっと立場が変わったんですよ!

 ……まあ、しょうがないですね、皆さんも、友達が不要だと言ってられない時が来るかもしれません。

 なので、そういう時は私と同じように、見苦しく意見を変えても大丈夫です!」


 そうして私は短い? DJKとしての生活を終えることとなりました。

 そして、翌日――


「あれ、珠彩ちゃんは?」


 放課後、掃除当番を終えて、深織と一緒にいつものように部室に向かうと、そこには悠季くんしかいませんでした。


「ああ、珠彩ちゃんなら、用事があるって一度学校から出て行ったよ。

 すぐ戻ってくるって言ってたけど」


「ふふっ」


「ん? 深織、どうしたの?」


「なんでもないよっ」


 深織のいつもの含みのある笑いに何かあると勘ぐる私ですが、心当たりがありません。

 そして、しばらくすると部室の扉が開きました。


「海果音! お誕生日、おめでとうー!」


 それはクラッカーを鳴らしながら入室してくる珠彩ちゃんでした。

 悠季くんと深織も隠し持っていたクラッカーを鳴らし、紙テープを浴びた私は唖然としていました。


「誕……生日? あ、今日って3月12日? ああっ、私、17歳になったの?」


「あははは!」


「おめでとう!」


「やっと……17歳だね!」


 突然の出来事に鼓動が高鳴り心臓が止まりそうになる私と、そんな私を祝ってくれる3人。

 珠彩ちゃんはプレゼント用に包装されたリボンのついた箱をテーブルに置きました。


「はい、これ、私たちからのプレゼント」


 悠季くんは廊下からケーキを持ってきてくれました。

 それを深織が切り分けてくれます。


「プレゼントって、こんな大きな箱、何? これ」


「開けてみて!」


 笑顔の珠彩ちゃんに促されて、びりびりと半ば乱暴に包装を破いて行く私。

 そこには――


「えっ、これって、VRゴーグル? 4つも?」


「あははっ、4つあるのはね、私たち全員分だからなのよ!」


「3年になったら忙しくなるから、今のうちにみんなでゲームやりたいって私が思って」


「ボクはあんまりゲームやったことないけど、大丈夫かなぁ……」


 その時、部室の扉からもうひとりの影が――


「あら、もう始まってたんですね! 日向さん、お誕生日おめでとう!」


 それは、しばらく学校を休んでいた米光先生でした。


「先生、今までどうしてたんですか?」


「いや、ちょっとラジオ局と揉めちゃいまして……

 でも大丈夫、今週も放送できたし、来週からも通常通り放送を続けられるってことになりました!

 また新しい企画考えなきゃ! 怒られそうで怒られないやつ!」


 私たち4人は、懲りない先生に乾いた笑いを送ります。

 米光先生はそれからもしばらく、教師とラジオパーソナリティの二重生活を続けていました。


 ――こうして、永い永い高校2年生を経て、私たちの時間は前に進み始めました。

 また、みんなの記憶は都合よく整頓されてしまったようで、ループしていたことを覚えているような人は、この世界中にひとりも存在しませんでした。

 そして、私がそのことに気付くのは、それからちょっと未来の話になります。


「そういえば深織、髪の色、変わったんだね」

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