異変の正体❨ 1 ❩
目が覚めたのは眠りについたのと同じベッドの上だった。
眠る前に見た女性は居なくなっている。
ベッドから降りて部屋を見渡す。
鏡の前を通った時に一つの異変に気づいた。
鏡に写ったのは小さな子供だったのだ。
年齢は六歳程だろうか?
どう見ても小学生にしか見えなかった。
「坊っちゃま。朝食のお時間です」
扉を開ける音と共に入ってきたのは六十代ほどのお婆さんだった。
坊っちゃまとは誰のことだろうか?
部屋を見渡してもここには俺しかいない。
「分かった」
短く返事をして部屋を出る。
その瞬間強烈な目眩に襲われ視界が暗くなる。
視界がもどるとさっきまで俺だった身体(以後彼と呼ぶ)が目の前に映った。
『どうなってるんだ・・・』
そう呟くと彼が俺の方に目を向けた。
「どうかされましたか?」
「何か聞こえた気がしたんだけど・・・多分気の所為だな」
どうやら俺のことは見えてないらしい。
とにかく状況を整理しよう。
俺はゲームセンターの入ったビルの屋上から飛び降りて、気がつくと崖の下に倒れていた。
その後また気を失って今度はこの部屋で目を覚ました。
そして今に至る・・・と。
うん。
全く分からん。
お婆さんと彼に着いて行くとリビングだろうか?大きなテーブルが中央に置かれた広い部屋に入った。
「おはようユウ。調子はどう?」
「おはようございます。特に問題はありません」
彼はユウというらしい。俺と同じ名前だ。
彼に声をかけた女性は俺が二度目に起きた時に見た人だ。
寝起きで意識がハッキリしていなかったが恐らく同一人物だろう。
「そう・・・何かいつもと違う所は無い?」
「特に変わったことはありませんね。強いていえば儀式の際に不思議な事があったくらいでしょうか」
儀式・・・もしかしたら何か関係があるかもしれないな。
「不思議な事?何があったの?」
そう続けたのは彼の隣に座っていた少年だ。
綺麗な銀髪と青い瞳が目立つかなりの美少年、歳は一四程だろうか。
「声が聞こえたんです」
「そりゃああれだけ人が集まっていれば声くらい聞こえるでしょ」
「違うよ兄さん。どう言えばいいのかな・・・外からじゃなくて内側から聞こえるっていうか」
銀髪の少年は彼の兄なのか。道理で顔立ちが似ている訳だ。
ということはここに居る五人は家族か。
儀式に内側からの声とはまたファンタジーにありがちな主人公設定だな。
「ふん!バカバカしい。大方事故で頭を打ったせいで幻聴が聞こえただけだろう」
随分と冷たいもの言いだな。信じるかどうかは別にしても子供の戯言だと流すことも出来たはずだ。
外見から察するにこの男は父親だろう。
とても自分の子供に対する態度とは思えない。
いわゆる毒親と呼ばれる者だ。
まさかとは思うが血の繋がりが無いのか?
確かにこの家族の中で黒髪は彼だけだ。
父と兄が銀髪で母と妹が金髪、なのに彼だけが黒髪となると血縁を疑いたくなるのは当然と言える。
この予想が正しく、なおかつ養子になった理由が父にとって好ましくないものだったとすればこの態度も有り得なくはない。
「まぁいいじゃないあなた。どうせ今日も暇なのでしょう?」
おや?母の方は普通だ。
むしろ好意的とも言える。
「それで?その声はなんと言っていたの?」
「えっと・・・確か「魂が二つある」とか「前世」がどうとか言っていました「記憶の統合に失敗した」などとよく分からない内容だったのですが・・・」
---今なんて言った?---
二つの魂に前世の記憶、そして統合の失敗。
つまり俺は日本で自殺した後転生して彼になった。その後何らかの理由で記憶が復活し異世界転生を果たすはずが魂が分離して今に至ると。
なんの冗談だ。
これが真実であると仮定してシュミレートしてみよう。
まずは記憶が復活したとする理由について。
俺が初めに目を覚ました場所は崖の下、森の中だった。周囲の状況から俺が崖の上から転落したことは間違いない。
記憶復活の理由が前世の死因にあるとすればビルの屋上から飛び降りた俺は見事に条件を満たしている。
次に記憶の統合に失敗したことについて。
二回目に目を覚ましたのは彼の自室だ。
そこで俺は確かに母とその部屋に見覚えがあると感じた。つまりその時俺は彼の記憶を薄くではあるが持っていたという事だ。
本来ならその後記憶が完全に統合されるはずだったのだが、何らかの理由で統合されず分離してしまったと。
そしてこの何らかの理由というのが最後の設問である魂が二つあることに繋がっている。
ダメだ。まだ情報が少なすぎる。
ファンタジー脳で考えれば何も不思議はない。
だが、ファンタジー脳なんてものは所詮こじつけでしかない。理由の分からない事実を魔法なんていう空想で埋めつくしただけの妄想だ。
例えるなら、解き方を教わっていない数式とその答えを提示され途中式を考えろと言われているようなものだ。
結論を出すには早すぎる。
「おかしなことというと先程坊っちゃまの様子に違和感を覚えたのですが何か関係があるのでしょうか」
---それだ!!---
使用人のお婆さんの一言が一つの可能性を提示した。
考えてみれば当然だ。
統合に失敗して分離したとはいえあの身体が俺の転生体であることに変わりは無いのだ。
俺があの身体を使えない道理は無い。
「私が声をかけた際に普段は決まって「分かった。すぐに行く」と仰るのですが今日は短く「分かった」とだけでしたし部屋を出てすぐに後ろを気にする素振りを見せました」
返し方が違ったのは返事をしたのが俺だから、後ろを気にしたのは俺が声をかけたからだろう。
今声をかけても反応がないことを考慮すれば本当に偶然という可能性も充分にあるのだがそこはまだいい。
重要なのは俺が身体を使っている時彼はどうなっているかだ。
「寝ぼけてただけだと思うんだけど、起きた時のこと覚えて無いんだ。でも代わりに夢を見たよ。目の前に自分が居る不思議な夢だったな。夢の中の俺がドアノブを掴んだのと同時に目が覚めて・・・その時俺は夢と同じようにドアノブを握ってた」
確定だな。
彼は俺が身体を使っている時、今の俺と同じ状態になる。
夢だと思っているということは俺ほど意識がハッキリしていないのか。
「それもしかしたら技能かもしれないよ」
それは兄の発言だった。どうやらこの現象に心当たりがあるらしい。
「カイルは《広範囲視認》の可能性を考えているのか?」
父が続けて兄に問いかけた。
カイルはそれを否定して続ける。
「ユウは自分を見てたんだよね?なら視野を広げる技能の《広範囲視認》じゃなくて外側から視認する技能なんじゃないかな?」
外側から視認する技能か・・・。
《三人称視点》とかか?
外から見たところで身体を使っている方がそれを認識出来ないのでは意味が無い。
当てが外れたな。
だが技能の存在を知れたのは大きい。
これだけ大きな家ならどこかに書斎か図書室、名称はともかく本がある部屋があるはずだ。
技能について調べるとしよう。
「技能ならステータスプレートに表記されるはずですよね?確認してみては?」
リビングから出ようとした瞬間、気になるワードが聞こえた。
もう少し聞いておいた方が良さそうだな。
彼は中指の上に人差し指を重ね、そのまま手を何かをなぞるように下ろした。流れるように手首を返して親指で中指を弾き、人差し指は上に向ける。指パッチンだ。
すると彼と俺の前に半透明なプレートが現れた。
「どうだった?」
カイルが問いかけた。
プレートを他人が見ることは出来ないのだろうか?覗き込めば済むと思うんだが・・・。
「技能は未習得になってるよ。あと・・・名前にカンザキって追加されてた」
「ミドルネームか!?」
カイルが異様に興奮している。
ミドルネームに何か意味があるのだろうか?
「どうしたの?兄さん」
「どうしたも何も無いよ!ミドルネームだよ!?凄いことじゃないか!」
「少し落ち着きなさいな。ユウはまだ家庭教師をつけていないのよ、知らないのも仕方ないわ」
母はカイルを落ち着かせるとミドルネームについて説明を始めた。
要約するとミドルネームとはゲームで言うところの称号のようなもので、ステータスを大幅に上げるものらしい。
本来は特別な水晶を使って習得させるため国の上層部、それこそ王族と一等爵位の貴族くらいしか得られる者は居ない。
通常の水晶で得るのは有り得ないことではないがかなり珍しいようだ