シュートの悪魔8
繁忙期を迎えていた。12月1日から百貨店の以降出しが始まる。以降出しとは指定日に留め置きしておいた荷物を一度に流す事である。前日のとある地域区分局の深夜勤の彼にとっては仮病を使っても休みたい事案であった。担当シュートは6番最悪のシュートである。前日に担当シュートがわかっていた彼はどうすべきかとずっと考えていた。だが、答えは出てこなかった。
担務表を眺めている彼の背後に暴言を吐いて連れていかれたあの男が立っていた。
「6番か、見ものだな」
あの男はそう言って笑うのだった。
気がつけば、6番シュートにあの男がいた。担務指定では西側だったはずだ。どうせ課長に文句を言ってまたシュート番号を書き換えらせたのだろう。
「見ものだな」
この男はそう言って再び笑うのだった。
当然のようにあの男は荷物の多いオレンジのレーンを選択した。だが、彼は珍しくその選択に異議を申し立てたのだ。
「 ここを譲ってください」
「すまないな」
そう言ってレーンを譲る男に彼は戸惑いを感じずにはいられなかった。
パックの物量をアナウンスする声にも熱はこもっていなかったが、緊張感はあった。支社から偉いさんが来ているらしい。失敗は許されなかった。
このシュートは4人配置で短期アルバイトは一人だったが、彼は不安を隠せなかった。配置されているもう一人の長期のおばさんには期待できない。あっさりとこのポジションを譲ったあの男にも期待していいものか。不安が募るばかりだった。
「全部寄越せ」
あの男が吠えた。声に反応して彼は向かいのシュートに全ての荷物を押し出した。
「もっと寄越せー」
あの男は吠え続けた。
シュートが一段落した時、あの男は彼を褒める前に短期で入っていた人をねぎらった。お互いに頭を下げたが、長期のおばさんには目もくれることはなかった。
「シュートの皆様お疲れ様でしたー」
アナウンスが入る。各々が肩を下げて仲の良い人達と談笑しながら職場を後にする。労働を分かち合ってるのだ。だが、彼はいつものように一人で職場を後にするのだった。
「お疲れさま」
そう肩に手をかけるあの男がいた。
「労働の後のビールはうまいよな」
この男はこう言ったが、彼はお酒が飲めなかった。
「自分はコーヒー派なんで」
そう言って手を振りほどこうとした。
「コーヒーも大好きさ」
彼はため息をつくばかりだった。
「奢らせてくれ」
あの男は三階のカップ自販機の前でそう言って踏ん反り返るのだった。
「たった、70円で偉そうですね」
そう彼は嫌味を言ったが、この男には気にもしてないだろうと思った。
「任して正解だったな」
この男はそう言った。彼は驚いてこの男の顔を見た。
「ほとんどの荷物任せたので、自分は楽だったですよ」
彼は喉から絞り出すように声を出した。
「そんなわけはないだろ」
この男は頭をかきながらそういうのだった。
最後に「なんでこんなところにいるんだ」とあの男は言った。彼にとってはその質問はタブーだった。彼の表情を見てこの男は「すまない」と頭を下げた。
繁忙期は始まったばかりである。