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69話 カッコつけ続ける義務。


 69話 カッコつけ続ける義務。



(おそろしく鋭いスイング。文句のつけようがない……まさに、神スイング……おまけに、死角のない、スタンダードな汎用スタイル……ど、どこに投げても……打たれる気ぃしかせぇへん)



 虹宮の、ゆったりとした構えを見て、トウシは思わず顔を歪ませてしまう。


 指先が震えた。

 心臓のリズムがまた乱れる。


 クラっとした。

 頭に血が昇りすぎている。


 深い逆上のぼせと火照ほてり。

 体内の陰陽が狂い、立ちくらみ。


 気付けば、視界がかすんでいた。



(ムリや……勝てん……100パー、打たれる……)



 巨大すぎる神の気迫に負けて、トウシはプレートを外した。

 両膝に両手をつけて、うつむき、何度も深呼吸をする。


(70人……ワシのせいで死ぬ……この罰は不可避……ワシがこの手で殺すみたいなもん……)


 どんどん、頭がクラクラしてくる。

 精神が追い込まれると、キャッチャーがどんどん小さくなる。


 これは、投手あるある。

 追い詰められた時、『どんだけ遠いところにいるんだよ!』と叫びたくなるほど、キャッチャーが遠くに感じる。


 トウシの視点では、豆粒よりも小さくなった捕手のミット。

 あんな遠いところまで球を届かせるなど、絶対に不可能。


(むりや……ぜったい……)


 神の覇気を前にして、完全にへし折れそうになった、

 その時、


「トウシ!」


 鋭い『女の声』が、トウシの体を貫いた。

 『ジュリアが叫んだのだ』と、認識するよりも先に魂が気付いた。

 反射的に視線を向けると、

 ベンチ前で仁王立ちしているジュリアが、


「私の前で! 無様な姿を見せるな!」


「……」


「私の前では、常に、カッコつけ続けろ! それが、あんたの義務だ!」


「……」


「私に対して、カッコ悪いところは絶対に見せるなぁあ! 殺すぞぉおおお!」


 殺すという言葉には色々な意味がある。

 そのままの意味で使えば、『忌避すべき暴力』だが、


(ワシはまだ……死んでへん……)


 狂気的な想いを込めれば、『届く言葉』にもなりうる。

 かなりのレアケースだし、互いの絶対的な信頼関係が必須となるが、

 本当に、ごくまれに、


(まだ……なにも……)


 殺すと宣言されるという事は、

 まだ『生きている』と言う事。


 ――まだ『なにも終わってはいない』という『事実』の確認になりうる。



「すぅう……はぁあ……」



 大きく、大きく、大きく深呼吸をして、まっすぐに虹宮を睨みつける。

 キャッチャーのミットは、まだ遠いけれど、


(届かん距離やない……)


 心の底からそう思えた。


 体の芯が熱くなってきた。

 ジュリアが見ている。

 そう思うだけで、気血が満ちて溢れていく。


 ふいに、




「お前が選んだだけのことはある……悪くない女だ」




 虹宮が、ニっと笑って、


「決めた。お前が負けた時に殺す70人の中に、あの女は絶対に入れる」


「……」


「さあ、トウシちゃん。御仕置きの時間だ。『世界の果て』を見せてやるよ」


 虹宮の発言は、トウシの肩に重くのしかかる。

 だが、潰れなかった。

 トウシは、


「……次の一球」


 言いながら、ミットに向けて、指と肘をまっすぐ伸ばし、十字を切った。


 祈っている訳じゃない。

 当然。


 だから、これは、宣言。

 コースの予告。



「キッチリ、ど真ん中、球種はストレート」



「程度の低いブラフだな。恐怖のあまり、頭が悪くなったか? 可哀そうに。これから先の人生、大変だな。お前、頭のよさ以外、なんの取柄とりえもないから」




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