21話 葛藤。
21話 葛藤。
――ドナは、目を閉じた。
まぶたの裏に、センエースの背中が焼きついている。
静かに、熱い涙を流しながら、壇上に置いた聖典を指差し、
「……こんなものを読んだ程度で、セン様を理解することなど出来ない。ここには、セン様の本当の美しさが、わずかも記されていない。だから……」
スっと目を民衆に向けて、
「――私は聖典が嫌いだ」
ドナが言葉を終えたあと、一瞬、大聖堂には、静寂だけが落ちた。
しばらく、誰も動かなかった。
まるで、誰かが息をするのを待っているように。
まるで、『祈り』が終わった余韻が、大気を支配しているように。
――そして、数秒後、合図もないのに、ウセネス以外の全員が、一斉に立ち上がり、大粒の涙を流しながら、割れんばかりの盛大な拍手を、ドナと神に送った。
ミカンも、丁寧に拍手をしつつ、涙を流しながら、心の中で、
(誇張や美化は、もちろんあるのだろうけれど……でも、たぶん……ドナ猊下が見たセンエース神帝陛下だけは本物だ。ドナ猊下のあの想いが……ただのプロパガンダなワケがない。ドナ様がみた希望だけは……嘘であっちゃいけない……)
ぽつりと、そうつぶやいた。
★
耐えきれなくなったセンは、大聖堂を出てゲロを吐いた。
(頑張ったよ……俺は頑張った……それを否定する気はない。強くなったことも、敵を倒せたことも、全部、ちゃんと俺の誇りだ。……でもさ、守れなかった命がたくさんあるのも事実だ。だから、誉められても、素直に受け止めることなんてできないし、でも、本気で拒絶したら、みんな、哀しい顔をするし……じゃあ、もう、茶化すしかねぇじゃん)
などと、センが頭を抱えていると、そこで、
「――何してるんでちゅか、お兄」
背後から声をかけられて、センは振り返る。
そこにいたのは見知った顔。
「……ああ、シューリか。いや、ちょっと、ドナの話があまりにもアレすぎてな……」
彼女は、PSR部隊の特別顧問シューリ・スピリット・アース。
ボリューム満点の煌く金髪。キラッキラの神盛りメイク。無駄に露出が多いキャバスーツ。デカいヘッドホンを首にかけており、左手の薬指には質素なリングをはめている。ドンと開いた胸元にはキレッキレの谷間。あまりにもギャルが過ぎる美女。
「確かに、アレじゃあ、ただの事実しか言ってまちぇんからねぇ。どうせ民衆に語って聞かせるなら、爆盛り美化チューで話した方がいいでちゅよねぇ。オッケェ。オイちゃんが、ドナたんに言っておきまちゅ」
「やめてください、姉さん。マジ、勘弁してくださいよ。あれ以上美化されたら、俺に対する謎の信仰が、もっとえぐいことになる。あと、そろそろ、赤ちゃん言葉、やめてくれません? 俺、流石に、そろそろ乳児期は卒業したと思うのですが……」
赤ちゃん言葉は、赤ちゃんが使う言葉ではなく、赤ちゃんに対して使う言葉。
「思い上がるのもいい加減にしなちゃい。卒業なんてまだまだ遠い。オイちゃんからすれば、お兄は、まだまだ新卒の新入社員みたいなものでちゅよ」
「……お前のボケは、いつだって構造が複雑だから、一言では処理できねぇな……とりあえず、一言だけ言わせてもらうなら、大卒を赤子扱いするんじゃねぇ」
「中卒や高卒で新社会人になる人だっているんでちゅよ! めっ!!」
「何にキレられてんのか皆目見当もつかねぇが……とりあえず、労働者を乳幼児扱いするのはやめようか」




