20話 助けて。
20話 助けて。
……バグという絶望を前に、誰もが未来を諦めた。
流石のドナも、当然『全世界の終焉』を覚悟した。
どれだけ苦しくても投げ出さなかったのは、『ゼノリカの黒き薔薇』・『穢れの断罪者』としての責務があったから。
センエースから直々に任命された責任。だから、必死になって抗った。けど、
『世界が終わっていく……奪われていく……私が守ってきたものが壊されていく……イヤだ……壊さないで……お願いだから……やめて……』
そんな地獄の底で、
『誰か…………助けて……』
――たった一人、ドナの慟哭に応えてくれたのは、
『あれ? ドナ、お前、もしかして泣いてる? うわ、マジ? 俺、お前が泣いてるところとか初めて見た。すっげぇレアじゃね? てか、お前も泣いたりとかするんだな。ははは……いやぁ、しかし、ドナよ……お前、涙が壊滅的に似合わないな。お前は、クールにキセルをふかしている姿が一番似合う。ていうか、それ以外は似合わん』
命の王センエース。すべての『弱い命の痛み』を背負ってくれた神。
『セン様……なぜ、あなたは、立ち向かえるのですか? そんな……誰よりも、ボロボロになって……なんで……理解できない。もしかして、あなたは【現状がもう詰んでいる】という事すらわからないほどバカなのですか? 私はあなたを買いかぶりすぎていたのですか?』
『ようやく気付いてくれたか。そのとおり。お前らは、常に俺を買いかぶりすぎている。お前らは、頻繁に俺を持ち上げるが、俺なんて、実際のところは、大したヤツじゃねぇ』
センエースは、最後の最後の最後まで『狂人(英雄)』であろうとした。
神はいつも、どんな絶望を前にしても、
『俺にとっては大した問題じゃない』と笑ってみせた。
――みんな、わかってた。
それが演技だってこと。
――長い闘いだった。
抗い続けた王は、日に日にすり減っていく。
『偉大な王が壊れていく……壊しているのは……私だ……私があなたを壊している……』
後方支援として、センを薬漬けにしていたのはドナだった。
『副作用がエゲつない薬』をブチこんで、『ありとあらゆる呪い』をかけて、それを『高次のアリア・ギアス』に昇華させて……
――ボロボロの姿になって帰ってくるセン。
ズタズタの姿で戦場に戻っていくセン。
『ドナ……バフと薬が切れた……補充してくれ。今回は、いつもよりキツくしてもいい。この地獄にもだいぶ慣れてきた。俺は……まだ舞える』
センは、まっすぐに、ドナの目を見て『自分を壊せ』と命令をした。
誰よりも壊れて、誰よりも苦しんで、なのに、それでも、センエースは、すべての『弱い命』のために、狂いながら、舞い続ける。
ズタボロの姿で、それでも、バグに立ち向かおうとする背中。さすがに耐えきれなくなって、ドナは想いを漏らした。
『おねがい……もうやめて。ここで諦めても、誰も、あなたを恨んだりしません……あなたは、十分すぎるほど戦ってくれました。あなたは、誰よりも傷ついてくれた……みんな、知っている……ちゃんとわかっている』
本気の言葉だった。もはや、懇願とも言えた。
――『産まれついての闇人形』だからって、『命』が理解できないわけじゃない。
むしろ、『心に虚を飼う闇人形』だからこそ、
命の輝きについて、誰よりも理解できているという自負があった。
――だから必死に戦った。けれど、もう無理。壊れ果てたセンの姿を目の当たりにし続けた結果、ついには、ドナの心も完全に壊れてしまった。
『……感謝しております。愛しています。だから――』
――お願いだから、もうそれ以上、壊れないで――
……すがりつくように『あきらめてほしい』と懇願されたセンは、
『お前ほどの良い女にそこまで評価される男はそういないだろう。誇らしいねぇ』
しかし、
『けどなぁ、ドナ。本音をぶっちゃけると……お前の【評価】や【願い】なんざ、知ったこっちゃないんだよ』
当たり前の『弱さ』に背を向けて、
『俺はいつだって、自分がやりたいことをやるだけさ……あのデカい虫どもは、いい経験値だ。望んで探してもそうそう見つからない。俺を磨く最高の肥料』
ドナはいつも思う。
――王は嘘が下手すぎる。
『だから、俺を壊していることなんて、気にするな』
センは、どんな時だって、決して『ピエロ(ヒーロー)』の仮面を脱がずに笑ってみせた。そうしないと、『皆の心が不安で砕けてしまう』と知っていたから。
『……セン……様……あなたは……どうして……いつも……』
『どうして、か。あんまり言いたくないけど……でも……そうだな……』
照れくさそうに、微笑みながら、
『きっと、たぶん……【愛してくれたから】だろうな』
センは、ドナの目を見つめて、
『俺は孤独主義者のサイコパスだけど、愛されたくないワケじゃない。俺が欲しいモノは確かにあった。けど、それは、俺が望んだからって手に入るものじゃなかった。どれだけ努力しようが、どれだけ命をかけようが……俺一人だけでは絶対に手に入れられないものだった』
消え入りそうな声だったが、しかし、ハッキリと、ドナの耳に届く。
『実際、大したヤツじゃねぇよ、俺なんて。でも、そんな俺を……お前たちは愛してくれた。俺の無茶な願いをかなえようと努力してくれた』
――『センエースの願い』は、不条理の抹殺。
正しい努力が報われる世界。
理不尽な悪を殲滅した未来。
誰もが輝く明日を想える理想郷。
『最強』という概念に執着した本当の理由。
それは――愛する者達を確実に守れる力が欲しかったから。
『だから、俺は最後まで戦うと決めた。借りっぱなしは趣味じゃないから』
『誰にもマネできない偉業』の裏には、無数の『誰にもマネできない輝き』が隠されている。
――だから、ドナは、聖典が嫌いだった。
センエースの尊さとは、『最強の存在値』とか、『無敵の戦闘力』とか、『なぎ倒してきた敵の量』だとか――そんな『安っぽい数値』じゃない。
『心配しなくていい! 守ってやるよ! お前らの王として! 俺は最後まで戦い続ける!』
聖典という形で『主の偉業を後世に伝えようとした』――その試みを責める気はない。
だが、あまりの不出来さに、いつもイライラとしてしまう。
だから、
『マジで思うぜ! 必死に積み重ねてきてよかった! おかげで、まだ立っていられる! まだ、お前たちに希望を見せてやれる! ――さあ、前を見ろ! そこには必ず、俺がいる!!』
ドナは聖典が嫌いだ。
『――ドナ……俺はそろそろ、マジで壊れる。バグを壊すことしか頭にない歪んだ兵器になるだろう』
その恐怖は、どれだけのものだっただろう。
自分がどんどん兵器になっていく恐怖。
ドナには、少しだけ、その恐怖が想像できた。
センと出会う前のドナは『自分がただの武器でしかない』という認識があった。人としての心が死んで、武器として、ただ他者を傷つけるだけの暗殺者としての日々。……救ってくれたのはセンだった。ただの武器ではなく、『穢れを祓う薔薇』としての居場所をくれた。
『ドナ、壊れる前に言っておく。……ここまで、俺のサポートをしてくれてありがとう。お前がいてくれたから、俺はここまで戦えた』
手を握ってくれた。抱きしめてくれた。命の王として、理想の英雄として。
――ドナは『聖典を読んだくらいでセンエースを分かった気になっているバカ共』が大嫌いだ。ドナは思う。貴様らは何も理解できていない。主は、もっと……もっと――
『ゲヘヘ……精神ト外見ダケジャナク……ツイニハ声帯モイカレテキタナ……笑エルゼ』
主は――
『……ヤッタゾ……一匹ヲ殺ス時間……最高記録更新……流石、俺……カッコ良スギダゼ』
――センエースは!
『忘レルナ……コレガ……絶望ノ殺シ方ダ……』
ドナは忘れない。
センエースのなした全てが、その心に刻み込まれているから。




