10話 泣き虫。
10話 泣き虫。
「はぁ……はぁ……」
ミシャは何度も荒く息を吸い込んだ。
肺が悲鳴を上げ、喉の奥が焼ける。
それでも呼吸を止めることはできず、肩が大きく上下するたび、全身の筋肉が小刻みに震えた。
数秒か、あるいは数十秒か。
自分でも判別できない時間、呼吸を整えることだけに集中してから、彼女はようやく肩の揺れを抑えた。
そして、すっと視線を落とす。
足元に倒れているハルスへ。
その顔には、戦闘の傷とは違う、はっきりとした涙の痕が残っていた。
乾ききらず、頬にうっすらと光を帯びている。
それを見た瞬間、ミシャの胸の奥が、きゅっと縮んだ。
ミシャは小さく微笑み、吐息と一緒に言葉を零す。
「あんたはホンマに……泣き虫やなぁ」
暖かな声。
言葉が淡く弾ける。
――次の瞬間、軽い拍手の音が場を切り裂いた。
乾いていて、感情の温度を一切感じさせない音。
「……素晴らしい。たった一匹とはいえ、私の中から逃げ出す事に成功するとは。誇っていい。その薄っぺらな人生における最大の功績だ」
バーチャは拍手を続けながら、心底愉快そうにそう告げた。
やがて音を止めると、その目が細く歪む。
見下すことに一切の躊躇を含まない、純粋な侮蔑の視線だった。
「で? 貴様一人で何ができる? その派手なだけでなんの意味もない、無駄に洗練された無駄のない無駄な行動に、いったい何の意味がある?」
問いかけは刃のように鋭く、答えを期待していないことがはっきりと伝わってくる。
ミシャは一度、首を傾けると、ゴキゴキ、とわざとらしく骨を鳴らした。
その音が、不自然なほど大きく響く。
「一人では……流石に……なんもできんなぁ」
言葉は弱音のようでいて、声には揺らぎがなかった。
その立ち姿、気配、空気の圧、口調も、オーラも。
どれもが、いつものミシャとは明らかに違う。
軽さは消え、代わりに張りつめた覚悟が全身を覆っている。
――言葉の終わりと共に、
倒れているハルスとヨグソードが粒子化していく。
そして、ミシャの右腕の中へと納まっていった。
ミシャは、『ハルスとヨグを回収した腕』を見つめながら、
「いつまでたっても頼ってばっかり……追いつこうとしても、すぐ、引き離して、一人でどっかにいってまう……」
そう呟きながら、ミシャは右腕に力を籠める。
指先から、腕へ、肩へ。
オーラが狂気を超えて充満していくのが、自分でもはっきりと分かった。
まるで命の全てが輝くように、深く、深く。
光は熱を帯び、彼女の身体を内側から焼く。
とても風雅で、暖かな輝き。




