30話 やるべきことと、やりたいことと、できること。
30話 やるべきことと、やりたいことと、できること。
驚きは薄かった。
たかが20億ドルよりも、『ベンが戻ってきたキテレツ』の方が、よほど狂っている。
もはや、滅多なことでは驚かない。
500ドルほど引き出してから銀行を出て、すぐ近くのカフェに入る。
ペット可なのがありがたかった。
窓際の低い椅子に腰かける。
ベンをキャリーから出すと、丸くなって喉を鳴らした。
コーヒーとチーズケーキ。
砂糖はひとつ。
紙ナプキンを折り、手帳を開く。
(まずは被害者に弁済……)
具体案を練る。
ペン先が走る。
――弁済計画。
まず、自分の事件群の被害者一覧を確定する。
検察記録、裁判記録、金融機関の被害申告、保険会社の支払い記録。
「弁護士が……二人はほしいな。会計士も一人。あと、被害者支援NPOを1団体ほどアサインしようか」
弁済比率は『元本100%+平均的な精神的損害の目安+交通費や手続き費用の雑損』。
詐欺の性質上、受取側の疑心が大きいから、直接振込はしない。
中立機関のエスクロー口座を使う。
『未請求額』『返戻率』までダッシュボード化して、毎週更新。
ここまでに必要な費用はざっくり数億。
少額詐欺ばかりだったが、数が多いので大変。
「問題はここからだな……何をしようか……」
自分の人生をかえりみると、
『やらなければいけないこと』と『やりたいこと』が、
洪水みたいに、頭の奥から湧いて出る。
「俺と似た境遇のガキは山ほどいる……そのまま大人になって苦労しているやつも……」
やりたいことは決まった。
あとは方法。
「……恒久的な資金の器を作る必要があるな。単発の善行寄付で終わったら意味がない……中抜きで誰かの懐に流れておしまいだ……」
闇の中で生きてきたから、人の愚かさや強欲さには精通している。
チャーリーの目には、そこらの『脳内お花畑バカ』では見えない風景が見えている。
「……『チャイルド・アウト』と『セーフ・ハンド』、2本立ての基金を設立する……」
『チャイルド・アウト』の目的は、酷い家庭から子どもを安全に外へ出すこと。
①緊急避難シェルターの常設(小規模分散、都市ごとに10床単位)。
②法的支援(一時保護、親権停止申立、保護命令、里親・養子縁組のマッチング)。
③生活の立ち上げ(家賃補助、就学支援、医療・カウンセリング)。
④『ミールパス』と『セーフ・ルーム』のネットワーク――駅前や商店街の提携店舗で、カード提示だけで温かい食事と席が得られる仕組み。店側には基金から即日立替払い。
⑤通報導線の見直し。子ども自身が使えるチャットとLINE窓口、既存の児相と警察に直結。誤報やイタズラのハンドリングはAIの一次ふるいと人の二次確認で。
『セーフ・ハンド』は、大人の再出発。
①強者に使われるだけの弱者の『抜け道』を作る。無理やりの闇労働や不当な債務で縛られている人の債権買い取りと帳消し。違法な契約は法務チームで叩き折る。
②職業訓練――倉庫・設備・介護・ITのショートブートキャンプ。修了者には提携企業へ直接斡旋。紹介料は企業負担で、本人は受け取らない。
③マイクログラント。上限5000ドル、審査は簡素、使途は『生活再建か自立に資すること』。返済不要。ただし使用後レポートは必須で、伴走支援を付ける。
④安全な金融口座。公的身分証の弱い人向けに、『本人確認支援』と『小額口座』を作る。手数料は基金持ち。
ベンがあくびをしている。
カップの中はカラになっていた。
「まずは、被害者の確定だ」
店を出て、電話をかける。
弁護士事務所。
会計士。
被害者支援NPO。
――最初の三本は、今日中に繋げる。
次に、銀行の法人窓口。
2本の基金の準備金口座を開く。
並行で、ダッシュボードの開発を依頼。
やることは無限にある。
近くの公園で一休憩。
膝の上で丸くなっているベンの頭をなでながら、
「……さあ、頑張ろうか」
晴れやかな顔で、チャーリーは最初の一歩を踏み出した。




