29話 イタズラな神様。
29話 イタズラな神様。
「プロトコル案、読み上げます。1、本件は『国家安全保障上の臨時措置』として大統領決定。2、州施設内の対象者を『一時移送』→連邦保安官局(USMS)が受け。3、条件付外出の誓約書に署名・指紋・虹彩登録。4、行動条件:武装禁止。5、カバー・ストーリー:医療評価のための臨時搬出。6、違反時は即時回収。7、進捗は毎日0600と1800に報告」
司法長官が一文足す。
「……8、州側の法的責任は免責。連邦が全面負担」
国土安保長官。
「9、記者室へのブリーフは『ノーコメント』統一。漏洩対策は通信監査で補完」
大統領は頷き、記録官に目を向ける。
「議事要旨、いまの項目で。10分後にサインする」
そこで所長が、
「……大統領、確認です。センエースには、どの文言で伝えましょう」
「事実だけを短く。『対象者チャーリーについて、連邦の特別監督下での外出を認める。条件違反時は即時失効』――以上だ。恩は売らない。取引扱いも必要ない。正直、センエースとは深く関わりたくない。餌を与えて、大人しくしていて貰う。これが最善だ」
「了解しました」
別窓にカリフォルニア州知事の首席顧問が入る。
最小限の挨拶だけ交わし、文案と責任範囲を30秒で確認――同意。
伝達速度が早いのは、皆が腹を決めているからだ。
記録官がタブレットを回す。
大統領はスタイラスで署名。
画面に『大統領決定 国家安全保障上の臨時措置/対象:チャーリー・ラトナー/効力:即時』と表示が出る。
司法長官が続けて副署。
USMSの現地チームへ、暗号化されたオペ命令が飛ぶ。
★
鉄の扉が横に滑り、潮の匂いが薄く流れ込んだ。
看守が短くうなずき、紙袋と小さなキャリーケースを差し出す。
猫のベンはキャリーの中で小さく鳴いた。
門を抜ける。
外の空気は軽い。
舗道の白線がやけに新しく見える。
携帯を起動。
画面にはニュースとまとめサイト。
溢れる専門家コメントと、市場の乱高下。
センエースの見出しが際限なく連なる。
渋谷事変、黒い渦での首相裁き、核でも貫けないであろう魔法のバリア。
「……あの悪神様……思っていた以上に、無茶をしているな……」
センエースの暴走は予想を超えていた。
「……なぜ俺のことまでニュースに……別にいいけど……この小説は誰が書いているんだ? 刑務官か?」
情報をたどっていくと、自分が、かなりの有名人になっている事にも気づいた。
転生文学センエースという小説に、自分が登場しており、
『センエースによって救済されたこと』が記されていたのだ。
「ベン……お前も有名人……『有名猫』になっているぞ。ユーチューブを始めたら、今すぐにでも大金を稼げそうだ」
冗談っぽくそう言いながら、最寄りの銀行支店に向かった。
ATMコーナーは静かで消臭剤の匂いがきつい。
懐に手を伸ばす。
センにもらったキャッシュカード。
教えられた暗証番号を押すと、
残高照会――『預金残高:20億ドル(3000億円)』。
「……イタズラな神様は全てが規格外だなぁ……」




